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ふわ姫若頭 〜恋愛フラグを全部現場復帰させたら、女王ルートが開きました〜  作者: 夜嶋朔
第三章 食卓現場復帰編

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第41話 紅月の海賊ヴァンパイア


 リリアーナは、普通に学園へ通っていた。


 普通に。


 この言葉が、今のリリアーナにとってどれほど大きいか。


 少し前までは、部屋の端まで歩くだけで精一杯だった。王宮の廊下を歩くにもバルドの付き添いが必要で、学園へ戻るとなれば、車椅子、安全確認、休憩場所、体調記録。すべてを整えなければならなかった。


 だが、今は違う。


 短い距離なら自分の足で歩ける。長い移動や体調が悪い時には、車椅子を使えばいい。無茶さえしなければ、学園生活は回るようになっていた。


 だから、バルドの護衛も外れている。


 ただし。


「車椅子は常備です。休憩場所も確認済みです。無茶は禁止です」


 隣を歩くミレーヌが言った。


「分かっとる」


「分かっている方は、三回も言わせません」


「相棒の詰め方やめろ」


「相棒ですので」


「便利に使うな」


 リリアーナの横では、黒スーツ姿の清司が刀を肩に担いで歩いている。


 普通の生徒には見えない。


 見える者には見える。


 そして最近、その見える者が増えてきている気がした。


 ミレーヌは黒革手帖へ視線を落とした。


「黒スーツ姿の清司さんも、すっかり学園の日常風景になりましたね」


「背景にすな」


 学園は、以前よりも落ち着いていた。


 大階段は、もう恋愛イベントの舞台ではない。オートスロープは普通に使われ、噴水の前で泣く者も減り、授業を放り出す攻略対象もいない。


 王子も公爵も貴族も、すでに自分の持ち場を覚えている。


 恋愛フラグは、だいたい現場復帰していた。


「平和やな」


 リリアーナが言った。


「はい。乙女ゲームとしては、かなり平和です」


「乙女ゲームとして、それでええんか」


「恋愛イベントは減りましたが、業務効率は上がりました」


「乙女ゲームとして、それでええんか」


 二回言った。


 その時だった。


「リリアーナ様」


 優雅な声とともに、レイナが扇を手に歩いてきた。


 姿勢も、歩き方も、表情も美しい。


 そして、目だけは完全に仕事をしていた。


「お知らせがありますわ」


「嫌な予感するな」


「舞踏会ですわ」


 リリアーナは、少し黙った。


 隣に立つ黒スーツ姿の清司も、刀を肩に担いだまま動きを止める。


「……舞踏会?」


「はい」


「乙女ゲームっぽいやん」


「乙女ゲームですので」


「忘れかけてたわ」


 ミレーヌが黒革手帖を開いた。


「王族、貴族、他国の来賓が参加する舞踏会。長時間の滞在、挨拶、会場内の移動。場合によっては、ダンスも必要です」


「待て。ダンス?」


「舞踏会ですので」


「半日立つやつやんけ」


「正確には、半日歩き、挨拶をし、休憩を挟みながら必要に応じて踊ります」


「体力地獄やないか」


 レイナは、にっこりと笑った。


「ですので、訓練計画の更新が必要ですわ」


「乙女ゲームのイベントが来たと思ったら、体力強化メニューかい」


「現場ですわ」


「便利やな、現場」


 リリアーナは額に手を当てた。


 舞踏会。


 きらびやかな会場。


 美しいドレス。


 流れる音楽。


 攻略対象に手を取られる姫。


 普通なら、乙女ゲームの大イベントである。


 だが、リリアーナの頭に浮かんだのは、歩行距離、休憩導線、酸素、靴擦れ、体力配分、途中離脱のタイミング、車椅子の待機位置だった。


「乙女ゲーム?」


「はい?」


「いや、なんでもない」


 レイナは扇を閉じた。


「皆様には、すでに連絡しておりますわ」


「早いな」


「総括ですので」


 その言葉どおり、攻略対象たちはもう動き始めている。


 来賓対応、会場導線、休憩場所、温度管理、救護、合図。


 誰も言われるのを待たず、自分の持ち場へ入っていた。


 もう、恋愛イベントだけで動く者はいない。


「……現場復帰しすぎやろ」


 リリアーナが呟いた時だった。


「姫様」


 いつもの穏やかな笑みを浮かべたリキュウが現れた。


 ただ、その後ろには見慣れない者たちが並んでいる。


 学園の生徒ではない。


 王宮の者でもない。


 商人だけでもない。


 潮の匂いと夜の気配。そこに、血のように赤い月の空気が混ざっていた。


「ご紹介したい方々がおります」


「嫌な予感しかせぇへん」


「葉巻と煙草をさらに遠くへ運ぶには、海の道が必要です」


「海か」


「はい」


 リキュウが一歩横へずれた。


「こちらが――」


「ウケる。超イケメンじゃん」


 紹介より先に、女が喋った。


 派手だった。


 髪も、目元も、爪も、まとっている空気も、全部が派手である。


 圧倒的にギャルだった。


 彼女はリリアーナではなく、その隣を見ていた。


 刀を肩に担いだ、黒スーツ姿の清司を。


「歌舞伎映画の主演俳優じゃん。超タイプでヤバい」


「なんや、こいつ」


「聞いてる聞いてる。黒王子っしょ?」


「誰が黒王子や」


「そこの超イケメン」


「俺かい」


 ミレーヌが、じっと女を見た。


「……この方、嫌いではありません」


「気に入ったんか」


「はい。私も前世では、お姉さん系の白ギャルでしたので。ノリが好きです」


「お前もギャルやったんかい」


「お姉さん系です」


「でもギャルやろ」


「上品なギャルです」


「ギャルに種類あるんかい」


「あります。清司さんは前世でも、ギャルとは縁がなさそうですものね」


「ないな」


「でしょうね」


「なんで納得しとんねん」


 女は、けらけらと笑った。


「パード、そういうノリ好きー」


「パード?」


「パード・レオ。レオパードさんでもいいよ」


「自分でさん付けすな」


「パードがここに来たきっかけ、超ウケるんだけど聞く?」


「聞いてへん」


「パードさ、ホラー好きじゃん」


「知らんがな」


「スマホでホラーゲームやってたら、実は乙女ゲームでさぁ。は? 乙女ゲームじゃんって思った瞬間、この世界に来てたワケぇ」


「雑な転移やな」


「マジ、パネェ」


「お前のテンションがパネェわ」


 リキュウは隣で、静かに微笑んでいる。


 明らかに慣れている顔だった。


「リキュウ」


「はい」


「お前、ここのメンバーやったんか」


「はい」


「なんか分かるわ」


「ありがたきお言葉でございます」


「褒めてへん」


 パードは後ろに並んだ者たちを、親指で指した。


「で、こっちが攻略対象たち」


「紹介の入り雑やな」


「まず船長。キャプテントュリラー。名前長いから、パードは船長って呼んでる」


「雑」


「パード様」


 船長が静かに頭を下げた。


「パード様とか呼んでくんの、ウケるっしょ」


「攻略済み感すごいな」


「こっちがティオ。貴族ヴァンパイア。顔が高そう」


「顔が高そうってなんや」


「パード様」


 ティオも優雅に頭を下げる。


「こっちはゾンピグ。航海士。地図読める。マジ助かる」


「それは助かる」


「パード様」


「ヨホークは剣士。だいたい斬る」


「物騒やな」


「パード様」


「チョップは医者。名前のわりに治す側」


「名前が悪い」


「パード様」


「シャチは戦闘担当。説明いらんくらい戦闘」


「説明せえ」


「パード様」


「ライガは実働。動き早い」


「パード様」


「ヘイオンは参謀。落ち着いてる」


「パード様」


「スイチョは偵察。気づいたら見てる」


「怖いな」


「パード様」


 全員が、当たり前のようにパードを様付けで呼んだ。


 パードは満足そうに笑った。


「一応、攻略済みっす」


「最後に言うことか?」


「だって、済んでるし」


「済ませ方が雑やねん」


「黒王子の言うことなら聞くー」


「なんで俺や」


「顔がいいから」


「理由が浅い」


「でも、強そうじゃん」


「そこは当たっとる」


 リリアーナは、並んだ者たちを見た。


 船長。


 ヴァンパイア。


 航海士。


 剣士。


 医者。


 戦闘員。


 実働部隊。


 参謀。


 偵察。


 そして、商人。


 癖は強い。


 だが、使える。


 海路、流通、護衛、偵察、医療、交渉、実働。


 葉巻と煙草を海へ流すにも、これから国の食を変えるにも、必要な人材だった。


「……こいつら、流通に使えるな」


「はい」


 リキュウが頷いた。


「リキュウがここのメンバーなん、ほんま分かるわ」


「ありがたきお言葉でございます」


「せやから、褒めてへん」


 レイナが扇を閉じた。


「舞踏会にも、海路にも、食卓にも関わりますわね」


「総括早いな」


「総括ですので」


「また仕事増えたな」


「増えました」


 ミレーヌが黒革手帖を開いた。


『紅月の海賊ヴァンパイア勢、合流。

パード・レオ。

通称、レオパードさん。

自称、パード。

攻略対象、攻略済み。

清司さんへの呼称、黒王子』


「最後いらん」


「重要です」


「黒王子は重要ちゃう」


「パードさんが呼び続けそうですので」


「嫌な予感するな」


「黒王子ー」


「もう呼んどる」


 パードはリリアーナの前へ軽くしゃがむと、その横に立つ黒スーツ姿の清司を見上げた。


「で、黒王子。今なにしてんの?」


「舞踏会の準備や」


「へー。乙女ゲームっぽ」


「やっとな」


「でも顔が仕事モードじゃん」


「パン作るところやねん」


「パン?」


「あぁ。この世界のパン、どう思う」


 リリアーナが聞くと、パードは即答した。


「ゲロマズだよねぇ」


「やっぱりな」


「パード、最初に食べた時バグかと思ったもん。噛んでも噛んでも飲み込めない系じゃん?」


「それや」


「スープないと無理なやつ」


「完全にそれや」


「口ん中の水分、全部持ってくじゃん」


「被害者おったわ」


「みんな言わないだけで思ってるっしょ」


「それな」


 ミレーヌも頷いた。


「たしかに不味いですよね」


「お前も乗るな」


「事実ですので」


「パードさんは、パン作りに参加しますか?」


 ミレーヌが聞くと、パードはぱっと笑った。


「え? いいじゃん。やろやろ」


「軽いな」


「食べ物、大事じゃん。しかも舞踏会あるんでしょ? キラキラしたところでゲロマズパン出たら、テンション下がるじゃん」


「それは確かに」


「かわいいドレス着て、口の中パサパサとか無理」


「乙女ゲーム目線の正論やな」


 レイナが、すっと頷いた。


「舞踏会の食卓改善も必要ですわ。来賓が集まる以上、パンの質は国の印象に関わります」


「急に外交になったな」


「食卓は外交ですわ」


「ええこと言うやん」


 リキュウが一歩前へ出た。


「海路、流通、人手、護衛。必要なものは揃います。食材の流通にも活用できます」


 リリアーナは目を細めた。


「小麦か」


「はい」


「他国の麦、粉、酵母、窯、職人」


「すべて調べられます」


「パン改善に、海賊ヴァンパイアを使うんか」


「使えるものは使うべきです」


「お前、ほんま商人やな」


「ありがたきお言葉でございます」


「今のは褒めた」


「ありがとうございます」


 レイナが扇を閉じた。


「では、舞踏会までに必要なことを整理しますわ。リリアーナ様の体力強化、会場導線、休憩場所、食卓改善、来賓対応、海路調査、パンの試作です」


「多い多い多い」


「総括ですので」


「総括したら減るわけちゃうぞ」


「減りませんわ」


「やろな」


 リリアーナは、小さく息を吐いた。


 第3章。


 食卓現場復帰編。


 その始まりは、舞踏会だった。


 きらびやかな音楽。


 美しいドレス。


 華やかな挨拶。


 そういう、乙女ゲームらしい物語になるはずだった。


 だが、現実にはギャルが来て、海賊が来て、ヴァンパイアが来た。


 そして、パンがゲロマズだと再確認され、仕事だけが増えた。


「……ほんまに乙女ゲームか?」


 リリアーナが言った。


 パードは楽しそうに笑う。


「ウケるっしょ」


「ウケとる場合ちゃう」


 ミレーヌが黒革手帖を閉じた。


「第3章、始まりました」


「言うな」


「食卓現場復帰編です」


「言うなって」


 学園の中庭には、柔らかな光が差していた。


 かつてなら、恋が始まりそうな光だった。


 今は、パンの話をしている。


 乙女ゲームらしいきらめきは残っている。


 ただし、その中心にあるのは恋ではなく、主食だった。

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