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ふわ姫若頭 〜恋愛フラグを全部現場復帰させたら、女王ルートが開きました〜  作者: 夜嶋朔
第二章 学園現場復帰編

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第38話 無傷で失敗


 新選組は、無傷で帰ってきた。


 誰一人斬られていない。


 殴られてもいない。


 服も破れていない。


 刀も無事。


 全員、ぴんぴんしている。


 そして。


 任務だけ、見事に失敗していた。


 鎖国中の日本。


 戦国武将乙女ゲーム勢が支配する城の大広間に、新選組の男たちは横一列に並んで座らされていた。


 ガラが悪い。


 目つきも悪い。


 口も悪い。


 普段なら黙って座っているだけでも威圧感がある男たちだが、今だけは全員が妙に小さくなっている。


 広間の上座には、信長がいた。


 日本で天下を取った男。


 逆らう者は潰す。


 邪魔な者は焼く。


 そして、失敗を何より嫌う男である。


 信長は肘掛けへ片腕を置き、新選組を冷たく見下ろしていた。


「ファイルは」


 低い声が広間へ落ちた。


 先頭の男が、恐る恐る顔を上げる。


「……逃げられやした」


 信長の眉が、わずかに動いた。


「誰に」


「商人でぃ」


「商人に?」


「へい」


「貴様らが?」


「へい」


「新選組が?」


「……へい」


 返事をするたびに、広間の空気が重くなる。


 信長は肘掛けから手を離し、ゆっくりと立ち上がった。


「商人は、何人いた」


「大勢いやした」


「斬ったのか」


「斬っておりやせん」


「捕らえたのか」


「捕らえておりやせん」


「書類の写しは」


「逃がしやした」


「重要書類の原本は」


「商人が抱えて逃げやした」


「追ったのか」


「追いやした」


「ならば、なぜ捕まらぬ」


 先頭の男は、少しだけ目を逸らした。


「麗が、泣くんでぃ」


 広間が静まり返った。


「……何?」


「麗聖子が、ずっと泣きながら止めてきやして」


 信長の目が細くなる。


「女が泣いたから、任務を止めたと申すか」


「止めちゃいねぇ!」


 男は思わず声を張り、すぐに信長の顔を見て声を小さくした。


「追いやしたし、商人も蹴りやした。階段からも落としやした。だが、斬ろうとするたびに、やぁめぇてぇよぉー、人を斬ったらだめだよぉー、人の物を取るのもだめだよぉー、階段から落とすのもだめだよぉーって、ずっと耳元で叫ぶんでぃ」


 隣の男も、苦い顔で頷いた。


「しかも正論ばっかりでぃ。うるせぇのに、言ってることだけは間違ってねぇ」


「斬ったら麗が泣く」


「ファイルを取っても麗が泣く」


「商人を殴っても麗が泣く」


「追いかけても泣く」


「止まっても泣く」


「何しても泣くんでぃ!」


 信長のこめかみに、青筋が浮かんだ。


「貴様ら」


「へい」


「一人の女に止められ」


「……へい」


「商人一人斬れず」


「へい」


「書類一枚奪えず」


「へい」


「そのうえ」


 信長は、新選組を上から下まで見回した。


「誰一人傷も負わず、無傷で帰ってきたと申すか」


 新選組は揃って黙った。


 一拍。


「この大馬鹿者どもがァァァァ!!」


 怒声が城中に響いた。


 畳が震え、襖が揺れ、柱まで軋む。


「てやんでぃ!」


 先頭の男も、たまらず顔を上げた。


「こっちも必死だったんでぃ!」


「口答えするな!」


 げしっ。


 信長の足が、男の肩へ入った。


「いてぇ!」


「一人も斬らず!」


 げしっ。


「ファイルも奪えず!」


 げしっ。


「肉を抱えた商人まで逃がしただと!?」


「なんで肉のことまで知ってるんでぃ!」


「報告書に書いてあった!」


「誰が書いたんでぃ!」


「肉を守り切った、と!」


「そこは大事じゃねぇだろ!」


「貴様らが、商人一人から肉すら奪えぬからだ!」


「狙ってたのはファイルでぃ!」


「ならファイルを奪え!」


「それができなかったって話でぃ!」


「開き直るな!」


 げしっ。


「痛ぇ!」


 信長は、一人を蹴ると、隣の男まで蹴った。座っている者を引き起こしては蹴り、倒れた者が起き上がれば、もう一度蹴る。


 新選組も黙ってはいない。


「てやんでぃ! 蹴るなら一発ずつにしやがれ!」


「信長様、今ので三発目でぃ!」


「数えるな!」


「べらぼうめぇ、無茶苦茶でぃ!」


「失敗した者が、蹴られ方を選ぶな!」


「蹴られ方くらい選ばせろ!」


「黙れ!」


 その様子を、少し離れた場所で秀吉と明智が見ていた。


 秀吉は、にこにこと笑っている。


「信長様が、たいそうお怒りだ」


「見れば分かるでぃ!」


「これは、我らもお手伝いせねば」


「何を手伝うんでぃ!」


 秀吉は嬉しそうに立ち上がり、新選組の横へ歩いていった。


 そして。


 げしっ。


「痛ぇ!」


「なんでお前まで蹴るんでぃ!」


「信長様のお怒りを分かち合っている」


「絶対楽しんでるだけだろ!」


「そんなことはない」


 秀吉は、満面の笑みだった。


「心から胸を痛めている」


「顔が喜んでるんでぃ!」


「笑顔を絶やさぬよう心がけているだけだ」


「今は絶やせ!」


 明智も静かに立ち上がった。


 口元には、いつもと変わらない柔らかな笑みがある。


「失態は、失態ですからね」


「明智、お前は話が分かる奴だと思ってたでぃ!」


「もちろんです」


 明智は、倒れている新選組へ手を差し出した。


「立てますか」


「おう、助か――」


 その手は男の足首を掴んだ。


 次の瞬間、足を横へ払う。


「うわっ!」


 男は畳の上を転がった。


「何しやがる!」


「反省には、痛みも必要かと」


「お前も楽しんでるだろ!」


「いいえ。主君のお怒りを、適切に共有しております」


「蹴り方が軽快すぎるんでぃ!」


「足運びは大切ですから」


「剣術講座みたいに言うな!」


 信長。


 秀吉。


 明智。


 三人が、次々に新選組を足蹴りにしていく。


 新選組も、畳を転がりながら怒鳴り返した。


「てやんでぃ!」


「べらぼうめぇ!」


「こっちは殿の命令で行ったんでぃ!」


「その殿が今蹴ってるんだろうが!」


「信長様は殿の上でぃ!」


「意味が分からん!」


「こっちも分からねぇ!」


 広間は、もう反省会ではなかった。


 ただの乱闘である。


 いや。


 新選組は反撃できないため、ほとんど一方的に蹴られている。


 帰還した時は全員無傷だった。


 だが、今はもう違った。


「信長様! もう十分蹴られてるでぃ!」


「まだ足りぬ!」


「何が足りねぇんでぃ!」


「失敗した分だ!」


「失敗を蹴りで換算すな!」


 秀吉が、さらに一人を横から蹴った。


「これは、原本を奪えなかった分だ」


「勝手に一枚一蹴にすな!」


 明智も続けて別の男の足を払う。


「こちらは、写しを逃した分です」


「分けんな!」


「原本と写しは別ですから」


「細けぇ!」


「書類は細かく扱うものです」


「お前、絶対商人側に向いてるでぃ!」


 明智が笑顔で次の男へ手を伸ばした時だった。


「お辞めください」


 大きな声ではなかった。


 けれど、信長の足が止まった。


 秀吉も動きを止め、明智も新選組の足を掴んだまま静止する。


 広間の入口には、一人の少女が立っていた。


 御命萌呼。


 生まれながら体が弱く、長い間、外の世界を知らずに育った少女。


 それでも、信長をはじめとする戦国武将たちの心を掴んだ、この国の特別な存在だった。


 萌呼は、乱れた広間を静かに見渡した。


 畳へ倒れている新選組。


 足を上げたまま止まっている信長。


 楽しそうな顔の秀吉。


 そして、穏やかな笑みで人の足首を掴んでいる明智。


「明智様」


「はい」


「その方の足を離してください」


「承知しました」


 明智は、すぐに手を離した。


「最初から掴むな!」


 解放された男が叫ぶ。


「静かになさってください」


「へい」


 萌呼に言われると、新選組の男は素直に黙った。


 萌呼は上座へ視線を移す。


「信長様」


「こやつらは任務に失敗した」


「承知しております」


「一人も斬らず、一枚も奪わず、無傷で帰ってきた」


「はい」


「ならば、罰が必要だ」


「仲間でやり合っても、意味がありません」


 萌呼の静かな声に、広間の空気が変わった。


「新選組の皆様を蹴っても、ファイルは手に入りません。商人を斬ったとしても、すでに動き始めた産業は止まりません。今、必要なのは罰ではなく、次の策を考えることです」


 信長は黙った。


 怒りは消えていない。


 だが、萌呼の言葉には逆らわなかった。


「では、どうする」


「新選組の皆様は、戦う力をお持ちです。ですが、今回は相手が悪かったのではありません」


「商人だぞ」


「商人だからです」


 萌呼は、畳へ転がっている新選組を見た。


「商人は、書類を抱えて逃げます。追われれば人へ渡し、写しを作り、別の道から運びます。一人を捕らえても、別の者が動きます」


 新選組の一人が、ぼそりと言った。


「逃げ足だけは、べらぼうに速かったでぃ」


「追っても追っても、別の商人が出てきやした」


「肉持った奴だけは、妙に遅かったでぃ」


「肉の話はもうよい!」


 信長が怒鳴ると、新選組は揃って背筋を伸ばした。


「へい!」


 萌呼は、何事もなかったように続ける。


「相手は、人を集め、働く場所を作り、商品を生み出し、商人へ流し、他国へ広げようとしています。たとえ一つのファイルを奪っても、産業そのものは、もう動き始めています」


 信長の目が細くなった。


「ならば、元から崩せと」


「いいえ」


 萌呼は首を横に振った。


「次は、違う力を使いましょう」


「違う力」


「新選組の皆様は、正面から攻めました。ならば次は、別の時代を使うのです」


 萌呼は、広間の端に置かれた地図へ歩み寄った。


 日本。


 鎖国された国。


 戦国。


 幕末。


 平安。


 本来なら交わらない時代が、同じ国の中へ閉じ込められている。


 萌呼の白い指が、その一角を指した。


「平安あやかしに行かせましょう」


 広間が静まり返った。


 信長は、しばらく地図を見下ろしていた。


 やがて、その口元がゆっくりと歪む。


「よかろう」


 その時だった。


「人を蹴ったらだめだよぉー!」


 広間の外から、聞き覚えのある声が響いた。


 新選組全員の顔が、一斉に引きつる。


「来やがった」


「なんでここにいるんでぃ」


「まさか、ずっと聞いてたのか」


 襖が勢いよく開いた。


 麗聖子が、目に涙をためながら立っている。


「人を斬ったらだめだよぉー! 人の物を取るのもだめだよぉー! 仲間を蹴るのもだめだよぉー! みんな仲良くしないとだめだよぉー!」


 信長の顔が固まった。


 秀吉は、何も見ていないように天井へ目を向ける。


 明智は、何事もなかったように静かに座り直した。


「お前ら!」


 新選組が一斉に叫んだ。


「蹴ってたのは俺たちじゃねぇ!」


「蹴られてた方でぃ!」


「信長様と秀吉と明智でぃ!」


「告げ口するな!」


「事実でぃ!」


「蹴ったらだめだよぉー!」


「分かった!」


 信長が怒鳴った。


「泣くな!」


「怒鳴ったらだめだよぉー!」


「では、どうしろと言うのだ!」


「優しく言ってよぉー!」


 信長は奥歯を噛み締めた。


「……泣くでない」


「声が怖いよぉー!」


「これ以上、どうしろというのだ!」


「笑ってよぉー!」


 信長の口元が、ゆっくりと引きつった。


「こうか」


「もっと優しく笑ってよぉー!」


「無理を申すな!」


「怒ったらだめだよぉー!」


「怒っておらぬ!」


「怒ってるよぉー!」


「怒っておらぬと言っておるだろうが!」


「それが怒ってるよぉー!」


 広間が、再び騒がしくなる。


 新選組は畳の上を這いながら、少しずつ出口へ向かっていた。


「今のうちでぃ」


「見つかる前に逃げるでぃ」


「立つな。目立つ」


「這って帰るんでぃ」


「俺たち何しに帰ってきたんだ」


「蹴られに帰ってきたんでぃ」


「任務より被害出てるでぃ」


「信長様に聞こえるぞ」


「聞こえておるぞ」


 信長の低い声が落ちた。


 新選組は、その場でぴたりと止まった。


「逃げようとした者から、もう一度蹴る」


「動くな!」


「息も止めろ!」


「死んじまうでぃ!」


「馬鹿になれ!」


「わーい! 畳は広いでぃ!」


「広間でお昼寝でぃ!」


「何も考えてねぇでぃ!」


 新選組は突然、畳へ大の字に寝転んだ。


 信長は、冷たい目で男たちを見下ろしている。


「貴様ら」


「へい!」


「次も失敗したら」


 新選組全員の喉が鳴った。


「今度は、無傷で帰れると思うな」


 広間の空気が凍りつく。


 新選組は、寝転んだまま揃って返事をした。


「へい……」


 失敗しても、敵には斬られなかった。


 だが、味方には蹴られた。


 新選組は、次こそは任務を成功させようと心に決めた。


 できるかどうかは、別の話である。


 そして、その裏ではすでに新たな命令が動き始めていた。


 新選組の次は。


 平安あやかし。


 海の向こうでは、リリアーナたちが何も知らずに葉巻と煙草のレセプションを始めようとしていた。

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