表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ふわ姫若頭 〜恋愛フラグを全部現場復帰させたら、女王ルートが開きました〜  作者: 夜嶋朔
第二章 学園現場復帰編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
37/51

第37話 イケたやん事件


 王宮の食堂には、静かな時間が流れていた。


 国王は葉巻をゆっくりとふかし、王妃は細い煙草を指に挟んでいる。リリアーナの前には体に優しい食事が並び、ミレーヌは黒革手帖を横へ置き、バルドは少し離れた場所で静かに控えていた。


 完成した工場。


 通った申請。


 そして、絶対に守らなければならない分厚いファイル。


 葉巻と煙草産業は、ようやく動き出したところだった。


「リキュウは」


 リリアーナが尋ねると、ミレーヌは黒革手帖を開いた。


「商人仲間への報告に向かいました」


「ファイルは」


「持ち出し禁止と記録しました」


「記録しただけやろ」


「はい」


「不安やな」


 チリン。


 バルドが鈴を鳴らした。


「非常に不安です」


「お前が言うと余計怖いわ」


 刀を肩へ担いだ黒スーツ姿の清司も、食堂の扉へ目を向けている。


 その時だった。


 廊下の向こうから、乱れた足音が聞こえた。


 一人ではない。


 複数の足音が、ばたばたと食堂へ近づいてくる。


「何か来たな」


 リリアーナが言った直後、食堂の扉が勢いよく開いた。


 バンッ。


 全員が入口を見た。


 王宮の兵士が、一人の男を抱えるようにして立っている。


 リキュウだった。


 服は乱れ、髪も崩れ、息は切れ、顔色は青い。それでも、両腕には分厚いファイルがしっかりと抱えられていた。


 リリアーナは、一瞬で理解した。


「やっぱ持って行ってたんかい!」


「申し訳ございません……!」


 兵士に支えられたリキュウは、震える腕でファイルを差し出した。


「ですが、ファイルは完全に守り切りました!」


 食堂の空気が止まった。


 リリアーナは、差し出されたファイルを見る。


 ある。


 葉巻と煙草産業の心臓が、確かにそこにある。


「……イケたやん」


 リキュウは安堵したように息を吐いた。


「斬られそうで、死にそうでした……」


「そらそうやろな。何があった」


「新選組が来ました」


 国王が、葉巻をふかす手を止めた。


「新選組」


「はい」


「何しに来た」


「ファイルを奪いに」


「目的がはっきりしとるな」


「非常にはっきりしておりました」


 王妃は煙草を細くふかした。


「宴は」


「台無しでございます」


「やろな」


「皿も割れました」


「やろな」


「酒もこぼれました」


「やろな」


「肉は守りました」


「何の話や」


 その時、廊下がさらに騒がしくなった。


「担架を持ってこい!」


「医務室へ運べ!」


「水を!」


「ファイル関連、確認!」


「姫様案件です!」


「肉も来ます!」


「肉はいらん!」


 王宮の兵士たちが、次々と食堂の前を走り抜けていく。


 普通の王宮なら、突然現れたボロボロの商人たちは門で止められていただろう。


 だが、ここは違った。


 オヤジに鍛えられた王宮である。


 判断だけは、異様に早い。


 倒れかけた者を支え、怪我人を担架へ乗せ、意識のある者から事情を聞き、ついでに持ち物まで確認していく。


 一人。


 また一人。


 商人たちが食堂へ運ばれてきた。


 服は破れ、髪は乱れ、顔には打撲の跡がある。階段から落ちた者は足を引きずり、椅子で殴られかけた者は頭を押さえ、酒瓶を避け損ねた者は全身から酒の匂いを漂わせていた。


 皿を抱えたまま逃げた者もいる。


 そして最後に、焼かれた肉の大皿を両腕で抱えた商人が現れた。


「……肉も、守りました」


 顔を腫らしながら、誇らしげに肉を掲げている。


「お前は海賊の船長か!」


 ミレーヌが黒革手帖を開いた。


「婦人服の名前の漫画の海賊ですね」


「やめろ。怒られるやつや」


「記録します」


「するな」


「肉は一枚も失われておりません」


「そこだけ報告すな!」


「骨付きも無事です!」


「細かく報告すな!」


 肉を抱えた商人は、大皿をさらに高く掲げた。


「守り抜きました!」


「ファイルを守れ!」


「ファイルはリキュウ殿が守っておりました!」


「なら手伝え!」


「両手が肉でふさがっておりました!」


「肉を置け!」


「嫌です!」


「何でや!」


「取られるかもしれません!」


「誰も狙ってへん!」


「新選組が来たんですよ!」


「新選組もいらん言うてたやろ!」


「油断させる作戦かもしれません!」


「どんな作戦や!」


「肉を奪う作戦です!」


「ファイル奪いに来た言うてるやろ!」


「その裏に肉があるかもしれません!」


「ない!」


「まだ分かりません!」


「分かれ!」


 肉の商人は誰にも渡すまいと、大皿を胸へ抱き締めた。


「この肉は、おれのだ!」


「誰も取らへん!」


「取られてからでは遅い!」


「何と戦ってんねん!」


「食欲です!」


「もう負けとるやんけ!」


 リリアーナは、食堂へ集まった商人たちを見渡した。


 全員、ボロボロだった。


 けれど、誰も死んでいない。


 誰も斬られていない。


 ファイルもある。


 肉もある。


「……イケたやん」


 二回目だった。


 ミレーヌも静かに頷く。


「はい。イケています」


「そういう言い方やめろ」


「全員、生還しております」


「そこはほんまにイケた」


「肉も生還しております」


「肉は生きてへん」


「焼かれておりますので」


「余計死んどるわ」


「ですが、まだ温かいです」


「そいつが抱いてたからや!」


 肉の商人が、大皿へ頬を寄せた。


「おれが温めました!」


「気持ち悪い温め方すな!」


「肉も安心しております!」


「肉の気持ちを代弁すな!」


 国王は葉巻をふかしながら、リキュウを見た。


「誰も殺されてへんのか」


「はい。斬られかけはしましたが、誰も斬られておりません」


「なんでや」


「うるせぇ子が助けてくれました」


 リリアーナの目が動いた。


「うるせぇ子?」


「はい。ずっと泣きながら止めておりました」


「泣きながら」


「はい」


「どんな感じや」


 商人の一人が、震える声で言った。


「やぁめぇてぇよぉー! と」


 別の商人も頷く。


「人の物を取ったらだめだよぉー! と」


 階段から落ちた商人は、足をさすりながら続けた。


「階段から落としたらだめだよぉー! とも言っておりました」


「正論やな」


「ものすごく正論でした」


「でも、うるさかったんか」


「ものすごくうるさかったです」


「どのくらいや」


「新選組が全員黙るくらいです」


「強いな」


「一人で全員へ説教しておりました」


「泣きながら?」


「泣きながらです」


「声は」


「ずっと大きかったです」


「息継ぎは」


「していたか分かりません」


「化け物やん」


「あと、殿も怒られちゃうよぉー! と言っておりました」


「誰に怒られるんや」


「本人も知らないそうです」


「知らんのかい」


「ですが、新選組は一度納得しておりました」


「アホやん」


「帰るか相談しておりました」


「帰ろうとしたんか」


「はい」


「帰ったんか」


「命令されたから帰れないと言っておりました」


「ほな戦うんか」


「何をすればいいか分からないと」


「アホやん」


「その後、またファイルを要求されました」


「一周して戻ってきたんやな」


「はい」


 リリアーナは、少し黙った。


「名前は」


「麗と呼ばれておりました」


「麗」


「あと、聖子とも」


「聖子」


 リリアーナの目が細くなる。


「うる……せいこ?」


 刀を肩へ担いだ黒スーツ姿の清司も、同じように麗聖子という名前を考えている。


「うるせぇ子! そのまんまやんけ!」


 ミレーヌは黒革手帖へ書き込んだ。


「名前が雑ですね。原作者が手を抜き始めた可能性があります」


「それ、スギナの時から思ってたけどな!」


「かわいすぎな」


「言うな」


「うるせぇ子」


「言うなって!」


「分かりやすいですので」


「分かりやすすぎんねん!」


 王妃が煙草をふかしながら笑った。


「覚えやすいやん」


「姐さんまで」


「名前は覚えてもらってなんぼやで」


「商売人の目線で評価すな」


「ええ名前やん。麗聖子」


「並べると普通に綺麗な名前なんが腹立つな」


 ミレーヌは書き終えた頁を眺めた。


「麗聖子。特徴、うるさい。能力、正論。攻撃方法、泣く」


「攻撃してへん!」


「新選組を止めています」


「ほな攻撃なんか」


「非常に有効です」


「新選組、泣き声に負けとるやん」


 リキュウが静かに頷いた。


「はい。刀ではなく、声量に負けておりました」


「アホやん」


 国王は、葉巻をゆっくりとふかした。


「新選組、嫌いやない」


「オヤジ、そこ評価すんのか」


「根性あるやんけ」


「ファイル盗りに来たんやぞ」


「盗れてへん」


「せやけどな」


「誰も斬ってへんのやろ」


「うるせぇ子に止められたからな」


「止まるだけ偉いやんけ」


「偉い基準が低すぎるやろ!」


 リキュウは、疲れた顔で小さく頷いた。


「一度は帰ろうとしておりました」


「帰ろうとしたんか」


「麗殿に、人の物を取ってはいけないと説教されまして」


「正論やな」


「はい。新選組の方々も、それはそうでぃ、と」


「納得したんかい」


「その後、帰るかと相談を始めました」


「帰ったんか」


「信長様の命令だから帰れないと」


「ほな、また襲ってきたんか」


「その前に、何をすればいいか分からないと揉めておりました」


「何しに来たんや!」


「ファイルを奪いに来たはずなのですが」


「途中で目的見失っとるやん」


「最後には思い出しました」


「思い出して襲ってくんな!」


 王妃が煙草を灰皿へ置いた。


「でも、また来るやろな」


「来るやろな」


 リリアーナは、リキュウが守り抜いたファイルへ目を落とした。


「狙いは、これや」


「はい」


 ミレーヌが黒革手帖を開き、静かに記録を始めた。


「葉巻・煙草産業重要書類ファイル襲撃未遂。新選組を名乗る集団。ファイル防衛成功。商人多数負傷。死者なし。肉、防衛成功」


「肉いらん」


「重要です」


「何がや」


「持ち帰っておりますので」


「持ち帰ったもん全部成果にすな」


「失わなかった物として記録します」


「ほな靴片方なくした新選組も書いとけ」


「新選組、履物一足のうち半分を損失」


「半分言うな!」


 肉を抱えた商人が、大皿を少し持ち上げた。


「肉は損失ゼロです!」


「張り合うな!」


「一枚も落としておりません!」


「そこだけ完璧やな!」


「ありがとうございます!」


「褒めてへん!」


 リリアーナは額へ手を当てた。


「これ、池田屋事件か?」


 ミレーヌは、静かに首を横へ振った。


「イケたやん事件です」


「雑に変えるな」


「全員、生還しましたので」


「ファイルも守りました!」


 リキュウが続ける。


「肉も守りました!」


 肉の商人も続いた。


「お前は黙れ!」


 チリン。


 バルドが鈴を鳴らした。


「本件、イケたやん事件として記録します」


「お前まで乗るな」


「必要です」


「絶対必要ちゃう」


「死者が出ていないことは重要です」


 その言葉に、食堂の空気が少しだけ落ち着いた。


 確かに。


 ファイルは守った。


 全員、生きている。


 誰も斬られていない。


 誰も殺されていない。


 麗聖子という、うるさい少女が泣きながら止めた。


 新選組という、荒い男たちも、その声を無視して斬り続けることはできなかった。


 商人たちは逃げ切った。


 王宮は全員を受け入れた。


 そして、誰一人欠けていない。


「……まあ、イケたやん」


 リリアーナが言うと、商人たちは疲れ切った顔で頷いた。


 かなりうるさく。


 かなり雑に。


 肉まで巻き込みながら。


 それでも、死者は出なかった。


 リリアーナは、集まった者たちを見渡した。


「シュドケン」


「はっ」


「商人たちを医務室へ運べ。王宮の守りも固めろ」


「承知しました」


「ゲンコワ」


「はい」


「事情を聞け。詰めるのは後や」


「承知しました。まず、誰が階段から落ちたか確認します」


「見たら分かる!」


「では、誰が椅子を倒したか」


「店の話は後や!」


「酒瓶を割った者は」


「お前、酒場の店主か!」


「証拠ですので」


「今はいらん!」


「承知しました」


「顔が承知してへん!」


 リリアーナは、ミレーヌへ視線を移した。


「ファイルを王宮の保管場所へ戻せ」


「記録します」


「先に戻せ」


「戻しながら記録します」


「落とすなよ」


「両手で持ちます」


 次に、リキュウを見る。


「リキュウ」


「はい……」


「次、持って行ったらしばく」


「深く反省しております」


「顔が反省しとらん」


「商人ですので」


「便利に使うな」


 リキュウは、疲れ切った顔でわずかに微笑んだ。


「ですが、姫様」


「なんや」


「商人たちは、誰一人逃げませんでした」


 リリアーナは黙った。


「全員、ファイルを守ろうとしてくれました。前へ出る者も、写しを抱えて逃げる者も、酒瓶を避ける者も、道を開ける者もおりました」


「肉を守る者もおりました!」


「お前は黙れ!」


 それでも、肉を抱えた商人だけは誇らしげだった。


 ボロボロの商人たちは、静かに頭を下げた。


 肉を抱えた商人も、大皿ごと頭を下げる。


「肉は置け」


「はい」


 ようやく、大皿が机の上へ置かれた。


 王妃が煙草をふかしながら、その肉を見た。


「冷めてるな」


「そこ言うんか」


「ずっと抱えて走ってきたんやろ」


「温かそうやけどな」


「腕の温もりや」


「嫌な温まり方すな」


 国王は、葉巻をふかした。


「肉、温めたれ」


「オヤジ」


「よう守ったんやろ」


「肉を?」


「肉もや」


「ファイルやろ」


「ファイルもや」


「順番逆や」


「腹減ってきたな」


「食う気か!」


 肉の商人は慌てて、大皿を抱え直した。


「これは、おれの肉です!」


「また持つな!」


「取られる!」


「国王やぞ!」


「国王でも肉は別です!」


「そこだけ身分制度を越えるな!」


「肉は皆、平等です!」


「食う時だけや!」


 国王が笑った。


「一枚くらいええやろ」


「一枚なら……」


「許すんかい!」


「骨付きは駄目です」


「条件あるんかい!」


「骨付きは、おれのです!」


「知らんわ!」


 王妃が、肉の皿を見ながら言った。


「ほな、薄いとこ一枚もろたらええやん」


「姐さんまで食う気やん!」


「冷めた肉は早よ食べな固なるで」


「今、温め直す流れやろ!」


「先に一枚食べたらええ」


「理屈が肉側や!」


 肉の商人は、大皿を抱えたまま悩み始めた。


「一枚だけなら……」


「何でお前が配給決めんねん!」


「おれが守った肉です!」


「肉の所有権強すぎるやろ!」


「命懸けでした!」


「ファイルより守ってたもんな!」


「はい!」


「認めるな!」


 ミレーヌが黒革手帖へ書き込む。


「肉の所有権を主張。国王陛下へ一枚譲渡予定」


「記録すな!」


「骨付きは譲渡不可」


「細かい条件まで書くな!」


「重要ですので」


「何が重要や!」


 チリン。


「温め直しが必要です」


 バルドが言った。


「お前まで肉に乗るな!」


「必要です」


「それは必要やけど!」


 食堂に、ようやく笑い声が広がった。


 ファイルは守った。


 全員、生きている。


 肉もある。


 たしかに。


 イケたやん。


 その夜、王宮では急ぎ医務室が動き、商人たちは傷の手当てを受けた。


 葉巻と煙草産業の心臓である重要書類ファイルは、改めて王宮の厳重な保管場所へ戻された。


 新選組は、誰も斬れなかった。


 何も奪えなかった。


 ファイルにも手が届かなかった。


 ただし。


 商人の肉にも、最後まで手は届かなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ