第32話 学園復帰
リリアーナは、学園へ復帰した。
とはいえ。
まだ、完全復帰ではない。
長い移動では車椅子を使う。
オートスロープを使う。
授業の途中でも休憩を挟む。
顔色。
呼吸。
脈。
足の震え。
すべて、バルドが確認する。
リリアーナ本人より。
バルドの方が、リリアーナの体を信用していなかった。
チリン。
「歩行は、ここまでです」
「まだ学園入ったとこやぞ」
「復学初日ですので」
「校門から三分や」
「三分歩けました」
「前向きやな」
「必要です」
「何でも必要で通すな」
リリアーナは、用意されていた車椅子へ座った。
その隣では、黒スーツ姿の清司が刀を肩へ担ぎ、学園の校舎を見上げている。
久しぶりの校舎。
久しぶりの制服。
久しぶりの授業。
「戻ってきたな」
リリアーナが言った。
「はい」
ミレーヌが黒革手帖を開く。
「学園へ復帰です」
「現場復帰みたいに言うな」
「似たようなものです」
「否定できへんな」
リリアーナが校舎へ入ると、生徒たちが一斉に振り返った。
「リリアーナ姫だ」
「戻ってきたんだ」
「歩けるようになったらしいよ」
「大階段を動かした姫様だ」
「最後の情報いらんやろ」
「有名ですので」
「何で有名になっとんねん」
その時。
廊下の奥から、大きな足音が近づいてきた。
「リリアーナー!」
「リリアーナァァー!」
「来たぁー!」
「復学だぁー!」
ロイヤルフラグメントの面々だった。
エリオット。
レオン。
ノエル。
エミール。
セシル。
アレクシス。
ルシアン。
そして。
少し遅れて、レイナが優雅に歩いてくる。
「朝からうるさい」
「だって復学だよ!」
エリオットが車椅子の前で止まり、両手を広げた。
「おかえりー!」
「近い」
「僕も言う!」
レオンが横から飛び出す。
「おかえり!」
「僕もー!」
ノエルが反対側から顔を出す。
「僕が一番会いたかったよ!」
「順番つけんな」
「僕も待ってた!」
エミールが資料を抱えたまま駆け寄る。
「教室の座席、動線いい場所に変えといたよ!」
「朝から仕事早いな」
「だって車椅子でも入りやすい方がいいでしょ?」
「ええやん」
「やったぁ!」
セシルは両手を大きく広げた。
「笑顔なんて僕のオハコじゃーん!!」
「まだ何も頼んでへん」
「復学祝いの笑顔ぁー!」
「声量いらん」
「君に届け!!」
「もう届いとる」
アレクシスは、少し離れた場所から微笑んでいた。
「君が戻ると、学園の景色まで美しく見えるね」
「朝から重い」
「美しい言葉だよ」
「軽く言うたらええねん」
「おかえり」
「それでええ」
ルシアンが、冷たい水の入った小さな瓶を差し出す。
「飲む?」
「お前は平和やな」
「歩いたあとは水分が必要だから」
「ちゃんと見とるやん」
「冷蔵担当だからね」
「まだ言うとんのか」
「一生使える呼び名だよ」
「使うな」
レイナは、騒ぐ全員の横を通り抜け、リリアーナの前で立ち止まった。
「おかえりなさいませ、姫様」
「おう」
「皆様」
レイナが扇を開いた。
「廊下を塞いでおりますわ」
全員が、ぴたりと止まる。
「ほんとだ!」
「また通路塞いだ!」
「僕たち、恋愛イベントみたい!」
「反省せぇ!」
エミールがすぐに動き出した。
「右に寄って!」
「車椅子の幅、空けて!」
「レオン、後ろの人止めて!」
「分かった!」
「ノエル、前見て!」
「僕を見てじゃないの?」
「今は前!」
「はーい!」
ロイヤルフラグメントは、わいわい騒ぎながら通路を空けた。
「ほんまに学習しとるな」
「現場復帰しましたので」
ミレーヌが記録する。
『ロイヤルフラグメント。
復学初日より姫様を包囲。
指摘後、即座に動線確保。』
「包囲って書くな」
「事実ですので」
その日の授業は。
魔法演習場で行われた。
青い空。
広い石畳。
並べられた的。
地面に描かれた魔法陣。
生徒たちは、自分の属性に合わせた魔法を練習している。
炎。
水。
風。
土。
光。
氷。
そして。
なぜか棒。
「なんで棒おんねん」
リリアーナが言った。
「僕だよぉー!」
セシルが、長い木剣を持って手を振った。
「見たら分かる」
「今日も届けるよぉー!」
「何をや」
「僕の気持ちぃー!」
「授業せぇ」
演習場の端には、リリアーナ用の席が用意されていた。
日よけ。
飲み物。
足を置く台。
休憩用の小さな寝台。
「準備よすぎひん?」
「レイナ様が手配されました」
バルドが答える。
「総括ですので」
レイナが当然のように言った。
「授業まで総括すな」
「姫様の復学初日ですわ」
「春の日差しか」
「本日は本物の日差しですわ」
「ややこしいな」
教師が前へ出た。
「本日は、各自の得意魔法を確認します」
「実戦を意識し」
「正確さ」
「持続時間」
「制御」
「応用」
「それぞれを見ます」
ロイヤルフラグメントの全員が、元気よく手を上げた。
「はーい!」
「返事だけ小学生やな」
「学校だからね!」
エリオットが笑う。
「楽しみだね!」
「魔法演習やぞ」
「僕、集めるよ!」
「もう用途決まっとるやん」
最初は、ルシアンだった。
ルシアンが魔法陣の中央へ立つ。
足元には、水の入った透明な球がいくつも並べられていた。
「ダークコールド」
ルシアンが両手を広げる。
「氷の翼よ」
「静寂なる夜を越え」
「永遠の冷気を」
「長い」
「今から格好いいところだよ」
「普通に冷やせ」
「分かった」
ルシアンが指を動かすと、水の球が一斉に凍り始めた。
表面だけ。
中心だけ。
半分だけ。
一つずつ、違う温度で止まっていく。
「制御できとるやん」
「得意だよ」
「フローズン作ってたもんな」
「冷蔵対象だからね」
「そこから離れろ」
教師が、凍った球を順番に確認する。
「すべて温度が違う」
「割れもありません」
「見事です」
「やった!」
ルシアンは、リリアーナへ向かって手を振った。
「見てた?」
「見とった」
「冷えた?」
「俺は冷えてへん」
「心は?」
「知らん」
「次は心も冷やすね」
「やめろ」
次は、レオンだった。
レオンが演習場の端へ立ち、空へ手を上げる。
指先に、小さな光が集まった。
「行くよ!」
光は細い線になり、演習場の端から端へ走った。
一度。
二度。
三度。
色を変えながら点滅する。
遠くにいた生徒たちが、それを見て動きを変えた。
赤で止まる。
青で進む。
黄色で注意する。
「合図の魔法やな」
「そう!」
レオンが嬉しそうに振り返る。
「遠くからでも見える!」
「音が届かん場所でも使えるな」
「戦場でも使えるよ!」
「命捨てるより、合図出せ」
「覚えてる!」
レオンは胸へ手を当てた。
「リリアーナが、僕に生きて働けって言ってくれたから!」
「そこまで言うてへん」
「でも、そういう意味だよね?」
「まあ、そうやけど」
「やった!」
「何で喜ぶねん」
教師も頷いた。
「伝令魔法として、非常に優秀です」
「防災や避難誘導にも使えます」
「避難誘導!」
レオンの目が輝く。
「僕、もっと練習する!」
「ええやん」
「リリアーナに褒められた!」
「教師にも褒められとるやろ」
「リリアーナの方が嬉しい!」
「前向きすぎるねん」
次は、エミールだった。
演習場には、小さな旗が何本も立てられた。
エミールは目を閉じ、手のひらで風を感じる。
「こっちは強い」
「こっちは弱い」
「ここは渦になる」
旗が、一斉に揺れた。
エミールは生徒たちの立ち位置を次々に変えていく。
「二人、左へ!」
「そこは風がぶつかる!」
「後ろの三人、少し開いて!」
全員が動くと。
それまで乱れていた風が、一本の流れになった。
「配置やな」
リリアーナが言う。
「うん!」
エミールが走って戻ってくる。
「風の流れと、人の流れって似てるんだよ!」
「前より分かるようになったんか」
「スロープ作った時に、詰まる場所いっぱい見たから!」
「授業と現場が繋がっとるやん」
「僕、もっと役に立てるよ!」
「もう立っとる」
「ほんと!?」
「ほんま」
「やったぁー!」
エミールは、その場で両手を上げた。
次は、エリオットだった。
エリオットが魔法陣へ立つと、足元から淡い光の線が広がった。
何本もの光が、生徒たちの足元へ伸びていく。
「みんなー!」
「こっちだよー!」
光に導かれた生徒たちが、ばらばらの位置から中央へ集まった。
「人を集める魔法か」
「うん!」
エリオットが胸を張る。
「離れた人を、同じ場所に集める!」
「グループデートやんけ」
「今は集合誘導だよ!」
「言い方変えただけやろ」
「でも便利でしょ?」
「便利や」
「やった!」
「避難所への誘導」
「式典の集合」
「迷子の案内」
「使い道多いな」
「グループデートも!」
「それは捨てろ」
「テヘヘ!」
「誤魔化すな」
次は、ノエルだった。
ノエルは、両手に柔らかな光を集める。
そのまま。
自分の指先へ当てた。
「何しとんねん」
「見て見て!」
「怪我してへんやろ」
「綺麗な光でしょ?」
「魔法の使い道を見せろ」
「はーい!」
教師が、訓練で腕を擦りむいた生徒を呼ぶ。
ノエルは、すぐにその生徒の前へしゃがんだ。
「痛い?」
「少しだけ」
「じゃあ、僕を見て」
「傷見ろ」
「傷も見てるよ!」
ノエルの手から、淡い光が広がる。
擦り傷が、ゆっくりと閉じていった。
「回復魔法か」
「そう!」
ノエルが得意げに笑う。
「僕を見てほしいからね!」
「怪我人を見ろ」
「見てるよ」
ノエルは、治った腕を確認した。
「見てるから、治すんだ」
リリアーナは、少しだけ黙った。
「ええやん」
ノエルの顔が、一気に明るくなる。
「やっと僕!?」
「怪我人の後や」
「順番!」
「でも褒めたやろ」
「うん!」
「ほなええやん」
「もう一回言って!」
「調子乗るな」
「ひどーい!」
次は、アレクシスだった。
アレクシスが目を閉じると、薄い紫の光が空気の中に広がった。
美しい。
柔らかい。
だが。
どこか、妖しい。
光を見た生徒たちの視線が、自然とアレクシスへ集まる。
足が止まる。
声が消える。
全員が、その動きを追ってしまう。
「妖しいな」
「美とは、時に人を惑わせるものだからね」
「ユダみたいなこと言うな」
「誰だい、それは」
「知らん方がええ」
アレクシスが指を鳴らすと、紫の光が一斉に散った。
「視線誘導」
「威圧」
「交渉前の空気づくり」
「式典の演出」
「使えるやろ?」
「使える」
「美しく?」
「そこはいらん」
「必要だよ」
「お前にはな」
「分かってくれて嬉しいよ」
「褒めてへん」
「君の言葉は、いつも奥深いね」
「勝手に深めんな」
そして。
セシルだった。
セシルは、木剣を両手で握っている。
他の全員が。
氷。
光。
風。
回復。
妖術。
華やかな魔法を見せたあと。
セシルだけが。
木剣を持って立っていた。
「なんでお前だけ素振りやねん」
「基礎体力は」
セシルが木剣を構える。
「すべての魔法に!」
ブンッ!
「届くからね!」
「届かんでええ!」
「君に!」
ブンッ!
「届け!」
ブンッ!
「誰に届けとんねん!」
「リリアーナに!」
ブンッ!
「届け!」
ブンッ!
「飛ばすな!」
「僕の!」
ブンッ!
「努力と!」
ブンッ!
「情熱を!」
ブンッ!
「君に届け!!」
ブンッ!
「うるさっ!!」
演習場中に、リリアーナの声が響いた。
セシルは、爽やかに汗を流していた。
笑顔。
姿勢。
木剣の振り。
全部、腹立つほど綺麗だった。
「魔法はどうした」
「あるよぉー!」
「あるんかい!」
「でも今日は基礎の日!」
「皆、得意魔法見せとるぞ」
「僕の得意は、届けることだからね!」
「抽象的すぎる」
「笑顔も!」
ブンッ!
「元気も!」
ブンッ!
「筋力も!」
ブンッ!
「君に届け!!」
ブンッ!
「筋力は届けんな!」
教師が、真面目な顔で記録板へ書き込んだ。
「セシル殿下」
「体幹」
「姿勢」
「剣の軌道」
「すべて良好です」
「評価されとるやんけ」
「やったぁー!」
セシルが木剣を高く上げる。
「先生にも!」
ブンッ!
「届いたぁー!」
「授業中やぞ!」
「ちゃんとやってるよぉー!」
「魔法見せろ言うとんねん!」
「次回!」
「今日見せろ!」
「今日の僕は剣士だから!」
「職業変わっとる!」
バルドが、静かに鈴を鳴らした。
チリン。
「そこまでです」
「授業止めるな」
「姫様の血圧が上がっています」
「原因あいつや」
「嬉しいなぁー!」
「何がや!」
「僕の気持ちが!」
ブンッ!
「届いてるぅー!」
「木剣置け!!」
セシルは、満面の笑顔で木剣を地面へ置いた。
「はい!」
「素直やな」
「君の言葉だからね!」
「重いねん」
最後は、レイナだった。
レイナが魔法陣の中央へ進む。
扇を開く。
炎が上がる。
扇を返す。
水が流れる。
指先を動かす。
風が舞う。
足を踏み出す。
土が盛り上がる。
最後に。
光が演習場全体を包んだ。
全属性。
しかも。
全部、綺麗だった。
「なんで全部できんねん」
リリアーナが言った。
「春の日差しですわ」
「答えになってへん」
「努力ですわ」
「急にまともな答え出すな」
レイナは、優雅に扇を閉じた。
「姫様のおかげで、皆様が持ち場を得ましたもの」
「私は総括として」
「見苦しい姿を、お見せできませんわ」
「真面目やな」
「当然ですわ」
「負けず嫌いやろ」
「当然ですわ」
「認めるんやな」
「姫様に認めていただくためなら」
「そこまでせんでええ」
「しますわ」
「重いねん」
教師は、全員の記録を確認した。
「皆さん」
「以前より、魔法の用途が明確になっています」
「威力を競うだけではなく」
「誰のために」
「何に使うのか」
「それを考えられている」
ロイヤルフラグメントの面々が、一斉にリリアーナを見る。
「何でこっち見るん」
「リリアーナのおかげだから!」
エリオットが言った。
「使い道、教えてくれたもん!」
レオンも笑う。
「僕、もう命捨てないよ!」
「僕は配置見る!」
エミールが手を上げる。
「僕は怪我人見る!」
ノエルも続く。
「僕は美しく惑わせる!」
「言い方怖い」
「僕は温度を守る!」
ルシアンが胸を張る。
「僕は!」
セシルが木剣を持ち上げた。
「届けるぅー!」
「お前だけ分からん!」
「君に届け!!」
ブンッ!
「置け言うたやろ!」
「ハハッ!」
「笑って誤魔化すな!」
黒スーツ姿の清司は、刀を肩へ担ぎながら演習場を見渡していた。
本来。
恋愛イベントのために用意された攻略対象たち。
今は。
普通に授業を受けている。
普通に学んでいる。
普通に失敗する。
普通に笑う。
普通に。
自分の力を、誰かの役に立てようとしている。
その普通が。
前よりずっと、眩しく見えた。
「全員、学校戻っとるやんけ」
リリアーナが言った。
「はい」
ミレーヌが黒革手帖へ書き込む。
『ロイヤルフラグメント。
学園生活へ復帰。
ルシアン:温度管理。
レオン:合図。
エミール:配置。
エリオット:集合誘導。
ノエル:回復。
アレクシス:視線誘導。
レイナ様:全属性。
セシル様:素振り。』
「最後だけしょぼいな」
「君に届け!!」
ブンッ!
「追記せんでええ!」
「備考として必要です」
「必要ちゃう!」
授業が終わると。
アレクシスが、すぐにリリアーナへ近づいてきた。
「リリアーナ」
「少しいいかな」
「なんや」
「紹介したい人がいる」
リリアーナは、バルドを見る。
バルドは顔色を確認し、手首へ指を当てた。
チリン。
「短時間であれば可能です」
「鈴で面会時間決めるんか」
「必要です」
「ほんま便利やな」
「便利です」
「自覚強いな」
リリアーナは、バルドに付き添われ、車椅子で中庭へ向かった。
ロイヤルフラグメントの面々も、当然のようについてくる。
「お前らも来るん?」
「紹介でしょ?」
エリオットが笑う。
「新しい人?」
「仲間?」
レオンも目を輝かせる。
「僕より可愛い?」
「商人や」
「じゃあ違うね!」
「何で安心すんねん」
「僕、笑顔届ける?」
セシルが手を上げる。
「まだ届けんな」
「予約しとくね!」
「笑顔に予約制度つくるな」
噴水の前には、一人の男が立っていた。
派手ではない。
だが。
姿勢に隙がない。
服。
靴。
手。
視線。
すべてが整っている。
商人の匂いがした。
「リキュウと申します」
男は静かに頭を下げた。
「商いのことは」
「このリキュウにお任せあれ」
「自信あるな」
「ございます」
「ええやん」
アレクシスが、リキュウの隣へ立つ。
「葉巻と煙草を広げるなら」
「彼の力が必要だと思った」
「お前が連れてきたんか」
「そうだよ」
アレクシスは指を折っていく。
「海路」
「物流」
「販売網」
「税」
「契約」
「権利申請」
「王都だけで終わらせるには」
「惜しい商品だからね」
リリアーナは、少しだけ目を細めた。
ただ美しいだけではない。
ただ妖しい魔法を使うだけでもない。
アレクシスは、自分の人脈を使い。
必要な人間を探し。
現場へ連れてきた。
「そこまで考えとったんか」
「リリアーナのために」
「美しく役に立ちたいからね」
「美しくはいらんけど」
「役には立つ」
「褒め言葉として受け取ろう」
「アレクシス」
「なんだい」
「ようやってくれた」
アレクシスは、一瞬だけ目を細めた。
「嬉しいよ」
「普通に言えるやん」
「たまにはね」
「毎回それでええ」
「それでは、美しくない」
「知らんがな」
後ろでは。
ロイヤルフラグメントの面々が小声で騒いでいた。
「アレクシス褒められた!」
「いいなー!」
「僕も人連れてくる!」
「誰連れてくるの?」
「分かんない!」
「僕、笑顔持ってくる!」
「もう持っとるやろ」
「君に届け!!」
「静かにせぇ!」
リキュウは、穏やかに尋ねた。
「品を拝見できますか」
「ある」
リリアーナが答えるより早く。
バルドが一歩前へ出た。
チリン。
「常備しております」
「なんでや」
「姫様の現場判断に必要です」
「持ち歩いとったん?」
「はい」
「煙草事件からずっと?」
「はい」
「便利すぎるやろ」
バルドは小さな箱を開いた。
葉巻。
煙草。
ミントの試作品。
まだ正式な商品ではない。
だが。
リキュウの目が変わった。
葉巻を手に取る。
香りを確かめる。
巻きを見る。
箱を見る。
煙草だけではない。
売り場。
客。
贈り物。
運ぶ船。
店。
その先まで見ている目だった。
「これは」
「広がります」
「早いな」
「価値が分かりやすい」
「嗜好品」
「贈答品」
「身分を示す品」
「日常品」
「売り方を分けられます」
「分かっとるやん」
「貴族用と庶民用」
「さらに女性向けまである」
「市場を複数に分けられます」
「ええやん」
リキュウは、煙草を箱へ戻した。
「ただし」
「真似されます」
リリアーナの目が細くなる。
黒スーツ姿の清司も、刀を肩へ担いだままリキュウを見る。
「そこや」
「製法の権利保護」
「商品名」
「販売権」
「流通契約」
「商人ギルドへの申請」
「先に押さえる必要があります」
「税は」
「整理します」
「税が曖昧な商品は」
「必ず揉めますので」
「ええやん」
「商人仲間と共に」
「すぐに動きます」
リキュウは穏やかに微笑んだ。
顔には出ていない。
だが。
目が言っていた。
これは儲かる。
「今、めっちゃ儲かる思ったやろ」
「価値を正しく流通させるだけです」
「言い方うまいな」
「商人ですので」
「僕も商人できるかな!」
エリオットが身を乗り出す。
「人集められるよ!」
「客寄せには使える」
「やった!」
「僕は合図出す!」
「荷運びで使えるな」
「やった!」
「僕は配置!」
「倉庫で使える」
「やった!」
「僕は回復!」
「怪我人出たら頼む」
「やった!」
「僕は美!」
「広告やな」
「当然だね」
「僕は冷蔵!」
「保管や」
「やった!」
「僕は!」
セシルが木剣を持ち上げる。
「君に届け!!」
ブンッ!
「商品壊すから下げろ!」
「笑顔を届けるぅー!」
「接客だけしろ!」
「まっかせなしゃい☆」
「不安やな!」
レイナが扇を閉じた。
「皆様」
「商談の邪魔ですわ」
「はーい」
全員が一斉に下がった。
「ほんま返事だけはええな」
その時だった。
学園中へ、魔法拡声の声が響いた。
『リリアーナ姫』
『学園長室まで、お越しください』
噴水前が静かになった。
リリアーナは固まった。
黒スーツ姿の清司も、刀を肩へ担いだまま動かなくなった。
「終わった」
リリアーナが言った。
「何がですか」
ミレーヌが尋ねる。
「大階段や」
「ああ」
「勝手にオートスロープへ変えたんやぞ」
「改善です」
「言い方や」
「便利になりました」
「乙女ゲームの名所壊したんやぞ」
「壊してはいません」
「恋愛イベントは壊した」
「そこは否定できません」
「怒られるやつや」
ロイヤルフラグメントの面々が、一斉に騒ぎ始めた。
「僕たちも行く!」
「一緒に謝る!」
「僕、説明するよ!」
「僕、回復する!」
「誰を治すねん!」
「学園長の心!」
「余計怒られるわ!」
「僕、美しく謝る!」
「普通に謝れ!」
「僕、笑顔届けるぅー!」
「絶対来んな!」
セシルが胸へ手を当てた。
「君に!」
ブンッ!
「勇気を!」
ブンッ!
「届け!」
ブンッ!
「木剣置けぇ!!」
バルドが、リリアーナの顔色を確認する。
「移動できますか」
「行く」
「怒られるなら、早い方がええ」
チリン。
「許可します」
「怒られに行く許可出すな」
「必要です」
「何がや」
「覚悟です」
「鈴で覚悟決めさすな」
一行は、学園長室へ向かった。
リリアーナは車椅子。
バルド。
ミレーヌ。
そして。
来るなと言ったのに。
ロイヤルフラグメント全員が後ろからついてきた。
「何で来とんねん」
「仲間だから!」
エリオットが答える。
「僕たちも関係あるよ!」
「階段使ってたもん!」
「僕、花落としたことある!」
「ノエル、それ言わん方がええぞ」
「僕は追いかけた!」
「レオンも黙っとけ」
「僕、階段の途中で人集めた!」
「エリオットもや」
「僕は美しく立ってただけだよ」
「一番邪魔なやつや」
「僕は冷やしてた」
「何をや」
「空気」
「お前だけ意味分からん」
「僕は素振り!」
「階段で振ったんか!?」
「してないよぉー!」
「そこだけ安心したわ!」
学園長室の前へ着く。
リリアーナは、深く息を吸った。
「行くぞ」
「はい」
バルドが扉を開ける。
学園長は、机の前から立ち上がった。
「リリアーナ姫」
「はい」
「ありがとうございます」
「……はい?」
怒られなかった。
「大階段の動線が」
「非常に良くなりました」
「怒られへんのかい」
リリアーナが思わず言った。
学園長は、少しだけ遠い目をした。
「正直に申し上げます」
「私も」
「諦めておりました」
「何をですか」
ミレーヌが尋ねる。
「大階段です」
「階段で」
「見つめ合う」
「花を落とす」
「泣く」
「走り去る」
「追いかける」
「途中で立ち止まる」
「通路を塞ぐ」
後ろにいたロイヤルフラグメントの面々が、少しずつ目を逸らした。
「心当たりある奴らおるな」
「ちょっとだけ」
エリオットが小声で答える。
「僕、花落とした」
「僕、追いかけた」
「僕、見てって言った」
「僕、美しく立っていた」
「全員やないか」
学園長は、静かに続けた。
「通れない」
「授業に遅れる」
「揉める」
「泣く」
「教師が止める」
「翌日、また起こる」
「地獄やな」
「地獄でした」
「言うてもた」
「毎年です」
「毎年」
「毎年です」
学園長の声には、長年の疲れが詰まっていた。
「大階段は」
「本来、人が通る場所です」
「正論や」
「しかし」
「いつの間にか」
「恋愛イベントの舞台になっておりました」
「乙女ゲームやからな」
「何度、注意しても」
「また見つめ合う」
「また花を落とす」
「また泣く」
「また追いかける」
「何で花持って階段上がるねん」
「ロマンチックだからね!」
アレクシスが答える。
「お前が言うな」
「今は反省しているよ」
「ほんまか?」
「通路を塞がない美を学んだからね」
「成長したな」
学園長は、穏やかに笑った。
「それを」
「姫様が変えてくださいました」
「一瞬で」
「一瞬ちゃいます」
「工事しました」
エミールが元気よく手を上げる。
「配置も考えた!」
「僕、合図出した!」
レオンも続く。
「僕、人集めた!」
「お前は工事中も集めとったな」
「僕、見てって言った!」
「ノエルは邪魔しとったな」
「僕、笑顔届けた!」
「セシルはうるさかった」
「僕、温度管理した」
「ルシアンはちゃんと働いた」
「僕、美しく監督した」
「アレクシスも邪魔やった」
「私は総括ですわ」
「レイナだけ仕事できすぎや」
学園長は、ロイヤルフラグメントの面々を見て笑った。
「春の交流会も」
「見事でした」
「王子」
「公爵」
「騎士」
「皆が運営へ回った」
「授業態度も変わりました」
学園長は、机の上に置かれた記録を手に取る。
「魔法の制御」
「出席率」
「遅刻」
「課題提出」
「すべて、改善しています」
「課題まで?」
リリアーナが振り返る。
全員が胸を張った。
「やったよ!」
「ちゃんと出した!」
「僕、一番早かった!」
「僕、表にした!」
「僕、美しくまとめた!」
「僕、冷やした!」
「課題冷やすな」
「保存だよ」
「何を保存すんねん」
「僕は素振りした!」
「課題出せ!」
「出したよぉー!」
「出したんかい!」
「素振りの回数を書いた!」
「内容それで通ったん?」
教師ではない学園長が、静かに頷いた。
「非常に細かな記録でした」
「通ったんかい」
「一振りごとに」
「君に届けと書いてありました」
「何してんねん!」
「気持ちを込めたからね!」
「課題に込めんな!」
学園長は、楽しそうに笑った。
「学園が」
「学園へ戻りつつあります」
リリアーナは、少しだけ黙った。
怒られると思っていた。
大階段を変えた。
恋愛イベントを壊した。
勝手なことをした。
そう思っていた。
だが。
学園長の顔にあったのは。
怒りではなかった。
長年の渋滞から解放された。
静かな安堵だった。
「リリアーナ姫」
学園長は、まっすぐリリアーナを見る。
「復学」
「おめでとうございます」
その言葉は。
思っていたより。
ずっと静かに響いた。
学園は。
リリアーナを責めなかった。
戻ってきたことを。
喜んでくれていた。
「ありがとうございます」
リリアーナは、小さく頭を下げた。
黒スーツ姿の清司も、その隣で静かに目を伏せる。
ミレーヌは、黒革手帖へ短く記録した。
『リリアーナ姫。
復学。
学園長より感謝。
大階段。
正式に改善として認定。』
「正式に改善扱いすな」
「認定されましたので」
「されたな」
「恋愛イベント跡地です」
「跡地言うな」
「現在は通路です」
「それでええねん」
学園長は、晴れやかに笑った。
「姫様」
「これからも」
「学園をよろしくお願いいたします」
「重いな」
「切実です」
「切実なんかい」
「特に」
「階段」
「廊下」
「中庭」
「噴水前」
「恋愛イベントが起こりやすい場所を」
「何とかしていただければ」
「俺、学園の恋愛撤去業者ちゃうぞ」
「運営総括なら私が」
レイナが一歩前へ出る。
「出るな」
「人流なら僕!」
エミールが手を上げる。
「合図は僕!」
「集合は僕!」
「怪我人は僕!」
「美観は僕!」
「温度は僕!」
「笑顔は僕ぅー!」
「お前らやる気満々やんけ!」
セシルが、どこからか木剣を取り出した。
「学園長にも!」
ブンッ!
「安心を!」
ブンッ!
「君に届け!!」
ブンッ!
「学園長に振るなぁ!!」
学園長は、なぜか目を潤ませていた。
「頼もしい生徒たちです」
「感動するとこちゃう!」
「皆さん」
「本当に変わりました」
「素振りしとる奴おるぞ」
「体力づくりも大切です」
「肯定すな!」
バルドが、静かに鈴を鳴らす。
チリン。
「本日は、ここまでです」
「学園長室も鈴で締めるんか」
「姫様の体力が限界です」
「それは締めやな」
「戻りましょう」
「せやな」
リリアーナが車椅子を動かすと。
ロイヤルフラグメントの面々が、一斉に後ろへ続いた。
「次の授業、一緒だよ!」
「昼ごはんも一緒!」
「僕の隣空けてる!」
「僕が運ぶ!」
「僕、冷やす!」
「僕、美しく案内する!」
「僕は!」
セシルが木剣を構えた。
「復学の喜びを!」
ブンッ!
「君に!」
ブンッ!
「届け!」
ブンッ!
「廊下で振るなぁ!!」
こうして。
リリアーナは。
学園生活へ戻った。
長い移動には、まだ車椅子が必要だった。
休憩も必要だった。
バルドの管理も必要だった。
それでも。
教室へ行く。
授業を受ける。
友人と騒ぐ。
魔法を見る。
怒られると思って、学園長室へ行く。
そんな。
普通の学校生活が戻ってきた。
ロイヤルフラグメントの面々も。
恋愛イベントではなく。
授業。
課題。
訓練。
友人との時間へ戻った。
氷を操る者。
光で合図を出す者。
風と人を配置する者。
人を集める者。
傷を癒やす者。
妖しい魔術で視線を導く者。
すべての魔法を扱う者。
そして。
ひたすら素振りする者。
「君に!」
ブンッ!
「届け!」
ブンッ!
「まだ振っとんのか!!」




