第30話 仲間入り
春の交流会が終わったあと。
リリアーナは、ミレーヌとバルドを連れて、モビーズの作業場へ向かった。
もちろん。
新しく現れた『セイント・ミステリア 〜可愛すぎる聖堂探偵〜』の面々も一緒である。
スギナ・カワイ。
シャーホムズ。
ワトゾン。
イレギュラー。
チンプ。
アネイモ。
ゲンコワ。
シュドケン。
ゴスペル。
ネツゾウ。
探偵。
助手。
神父。
シスター。
異端審問官。
修道騎士。
聖歌隊。
そして。
名前が怪しすぎる記録係。
やはり、情報量が多かった。
セイントミステリア勢とは。
教会と探偵と聖職者が一つに詰め込まれた、別の乙女ゲームの登場人物である。
別の乙女ゲームである。
大事なことなので、もう一度言った。
「改めて見ると、だいぶ濃いな」
リリアーナが言った。
その隣には、黒スーツ姿の清司が立っている。
黒い上着。
黒いシャツ。
緩めた襟元。
刀を肩へ担ぎ、セイントミステリアの面々を順番に見ていた。
スギナだけは、黒スーツ姿の清司をきらきらした目で見つめている。
「黒き運命の守護者様……」
「見るな見るな」
「見えていますので」
「見えるから見るな言うとんねん」
「難しいお願いですね」
「目ぇ閉じろ」
「心の目で見えます」
「余計あかんやんけ」
ミレーヌは、歩きながら黒革手帖を開いた。
「本日は、モビーズとセイントミステリアの皆様を引き合わせます」
「言い方だけ聞いたら、まともやな」
「内容もまともです」
「別の乙女ゲーム混ざっとるけどな」
「コラボですので」
「勝手に決定事項にすな」
「期間限定ですか?」
ワトゾンが尋ねた。
「期間は未定です」
「ミレーヌも乗るな」
「記録に必要ですので」
「何を記録すんねん」
「異世界乙女ゲーム合同産業計画です」
「話でかくすな」
スギナが、ぱっと両手を合わせた。
「愛と光の合同計画ですね!」
「産業言うとるやろ」
「愛と光も産業を支えます」
「だいぶ前向きやな」
作業場の扉を開けると、モビーズの面々がすでに集まっていた。
眼鏡をかけた聖職者風の女性。
実務型のデザイン見習い。
静かな文官。
葉の乾燥を確認する者。
巻き方を試している者。
箱の形を調整している者。
かつて背景に立っていた元モブたちは、誰に指示されるでもなく、自分たちの持ち場で動いていた。
机の中央には、小さな箱がいくつも並んでいる。
「姫様」
眼鏡の聖女が、手を止めて頭を下げた。
「試作品が完成しました」
「はやっ」
「前回も早かったので、もう驚きませんけどね」
ミレーヌが静かに言った。
「驚け」
「モビーズですので」
「それで全部通すな」
「私たち、そんなに早いですか?」
眼鏡の聖女が首を傾げる。
「めっちゃ早い」
「期日がありましたので」
「普通の顔で化け物みたいな仕事量こなすな」
「褒め言葉として受け取ります」
「強いな」
リリアーナは、車椅子を机の前へ進めた。
箱の中には、太く巻かれた葉巻が数本。
その隣には、白い紙で細く巻かれた煙草が並んでいる。
葉の色。
巻きの固さ。
表面の乾き。
太さ。
切り口。
リリアーナは一つずつ確かめた。
黒スーツ姿の清司も刀を肩から下ろし、机の端へ手をついて試作品を見ている。
遊びの顔ではなかった。
検収だった。
「まず、葉巻や」
「はい」
眼鏡の聖女が、一本を丁寧に差し出した。
バルドが静かに前へ出る。
「私が確認いたしましょうか」
「頼む」
リリアーナは葉巻を指差した。
「ただし、肺に入れんなよ」
「肺に?」
「口の中で香りを楽しんで、煙を吐け。ふかすだけや」
「承知しました」
「分かるんかい」
「事前に説明を受けております」
「いつの間に」
「必要でしたので」
「ほんま話早いな」
バルドは葉巻を受け取ると、切り口を確かめ、火をつけた。
葉巻を静かに口へ運ぶ。
煙を含み。
ゆっくりと吐く。
白い煙がふわりと広がり、作業場に落ち着いた香りを残した。
甘すぎない。
重すぎない。
乾いた木の香り。
その奥に、細い熱がある。
シナモン。
ナツメグ。
削った木箱。
古い家具。
静かな部屋で、ゆっくり時間が流れていくような香りだった。
「木とスパイスやな」
リリアーナが言った。
眼鏡の聖女が、ぱっと顔を上げる。
「分かるのですか?」
「香りが、そう言うとる」
「香りが話すのですか?」
スギナが目を輝かせる。
「お前は黙っとけ」
「はい!」
返事だけは異様に素直だった。
バルドが、腰の鈴を鳴らす。
チリン。
「最高です」
「鈴鳴らすほどか」
「最高でしたので」
「何の合図やねん」
「葉巻完成の合図です」
「勝手に完成さすな」
「完成ではありませんか?」
「……完成やけどな」
「では、問題ございません」
「強いな」
眼鏡の聖女の表情が、ほんの少しだけ緩んだ。
「ありがとうございます」
「最初の一本としては、かなりええ」
「最初の一本」
「せや」
リリアーナは、葉巻が並ぶ箱を見た。
「これだけでも売れる」
「ですが、好みは人によって違う」
「香りを分けるんですね」
「話早いな」
「香りの違いを試しておりましたので」
「最高やんけ」
リリアーナは指を折りながら、次の方向を伝えた。
「今のは、木とスパイス」
「はい」
「次は、ナッツと甘み」
「ナッツと甘み」
「コーヒーとか、ハチミツみたいな奥行きがあるやつや」
「かしこまりました」
「それから、土と革」
「重い香りですね」
「せや。湿った大地とか、古い革みたいなやつ」
「かしこまりました」
「最後に、華やかで上品なやつ」
「花の香りでしょうか」
「花だけやと軽い」
「では、クリームのような柔らかさを加えます」
「それや!」
「かしこまりました」
「話はや!」
眼鏡の聖女は、すでに紙へ書き込んでいた。
「木とスパイス」
「ナッツと甘み」
「土と革」
「華やかで、クリーミー」
「試作を四種類に分けます」
「もう今のも入っとるやん」
「完成品も比較に必要ですので」
「優秀すぎるやろ」
「モビーズですので」
「便利な言葉に育てるな」
スギナは、黒スーツ姿の清司を見つめたまま、胸の前で手を組んだ。
「木とスパイス」
「ナッツと甘み」
「土と革」
「華やかでクリーミー……」
「なんや」
「黒き運命の守護者様は、世界へ香りを与える方なのですね」
「大げさや」
「職人が迷わないよう、進む道を言葉にしている」
「お前、急にちゃんと見とるな」
「愛と光で見ています」
「やっぱりスピってんな」
スギナは、うっとりと微笑んだ。
「素敵です……」
「仕事見ろ」
「仕事をしている姿を見ています」
「俺を見るな言うとんねん」
「難しいお願いですね」
「さっきも聞いたわ」
「次、煙草や」
リリアーナが言うと、眼鏡の聖女が細い試作品を差し出した。
バルドが葉巻を灰皿へ置き、新しい試作品を受け取る。
「今度は普通に吸ってええ」
「承知しました」
バルドは煙草へ火をつけた。
先端が赤く灯る。
細い煙が上がる。
ゆっくり吸い。
静かに煙を吐いた。
葉巻より軽い。
だが、煙の芯ははっきりしている。
バルドは少し考えたあと、小さく頷いた。
「軽すぎず、重すぎず」
「やろな」
リリアーナは、煙の量とバルドの吸い方を見た。
「これは、八ミリくらいや」
作業場が、ぴたりと止まった。
「吸っていないのに分かるのですか?」
ワトゾンが、思わず身を乗り出す。
「煙の重さと、吐いた量でだいたい分かる」
「何の経験ですか?」
「前世や」
ミレーヌが、さらさらと記録する。
『清司さん。
煙の重さと量から、煙草の強さを推定。
備考:前世。』
「書くな」
「重要ですので」
「前世で片づけんな」
「では、詳細をお願いいたします」
「書けるか」
「努力します」
「努力すな」
眼鏡の聖女が煙草を一本持ち、太さと巻きを確認した。
「これを基準にするのですか?」
「せや」
リリアーナは机を軽く指で叩いた。
「一ミリ」
「はい」
「三ミリ」
「はい」
「六ミリ」
「はい」
「今の八ミリ」
「はい」
「十ミリ」
「はい」
「十二ミリ」
「かしこまりました」
「ほんまに話早いな」
「数字がある方が、試作しやすいです」
「最高やん」
「強さによって、葉の配合を変えます」
「紙の燃え方も見ろよ」
「すでに確認しております」
「最高やんけ!」
バルドが、もう一度だけ煙を吐いた。
チリン。
「良いです」
「さっきより鈴、小さない?」
「葉巻の完成度が高すぎましたので」
「評価まで鈴で分けとるんか」
「分かりやすいかと」
「そのうち五段階評価にすんなよ」
「必要であれば」
「すな言うとるやろ」
リリアーナは、煙草の試作品を見ながら少し考えた。
「次は、メンソールやな」
眼鏡の聖女が、初めて手を止めた。
「めんそーる?」
「ミントや」
「ミント」
「吸った時、口と喉がすっとするやつ」
「薬草園にあります」
「あるんかい」
「食用と医療用で育てています」
「便利すぎるやろ、この国」
「配合を変えて試作します」
「頼む」
「かしこまりました」
「やっぱり話早いな!」
ミレーヌは黒革手帖へ、決まった内容を整理して書き込んだ。
『葉巻。
木・スパイス系:完成。
追加試作。
ナッツ・甘み系。
土・革系。
華やか・クリーミー系。
煙草。
八ミリを基準。
追加試作。
一ミリ。
三ミリ。
六ミリ。
十ミリ。
十二ミリ。
次回。
ミント系。』
「完全に仕事の記録になってきたな」
「元から仕事です」
「乙女ゲーム、どこ行った」
「現場復帰しました」
「それはそう」
リリアーナは、セイントミステリアの面々を振り返った。
全員が試作品とモビーズの動きを見ている。
スギナだけは、まだ黒スーツ姿の清司を見ていた。
「お前は仕事見ろ」
「黒き運命の守護者様のお仕事を見ています」
「ほんま会話通じへんな」
「ほな、紹介するぞ」
モビーズの面々が一斉に顔を上げた。
スギナは、なぜか胸を張る。
「こいつらは、今日からモビーズと組む」
作業場が、少し静かになった。
眼鏡の聖女が、セイントミステリアの面々を順番に見る。
「教会関係者でしょうか」
「別の乙女ゲームの方々です」
ミレーヌが補足した。
「補足が一番怖いねん」
「必要ですので」
「別の乙女ゲーム……」
「そうです」
「分かりました」
「受け入れ早っ!」
「姫様がお連れになったのであれば、必要な人材なのでしょう」
「信用が重いな」
「モビーズですので」
「それ、どういう意味になってきたんや」
リリアーナは、シャーホムズを指差した。
「シャーホムズ」
「はい」
「お前は、証拠管理や」
「証拠管理」
「契約書」
「権利書」
「製法記録」
「原料の仕入れ記録」
「改ざんされてへんか、偽物が混ざってへんか、全部見ろ」
シャーホムズは眼鏡へ指を添え、静かに笑った。
「真実は、記録の隙間にあります」
「かっこよく言わんでええ」
「では、普通に確認します」
「それでええ」
「承知しました」
シャーホムズは、すぐに書類が置かれた棚へ向かった。
「早速見るんか」
「真実が待っていますので」
「やっぱり格好つけるんやな」
「ワトゾン」
「はい!」
ワトゾンが、手帳を抱えて一歩前へ出る。
「お前は現場メモ」
「現場メモ」
「聞き取り」
「作業記録」
「失敗した回数」
「配合」
「乾燥時間」
「誰が何をしたか」
「全部書け」
「任せてください!」
「手ぇ止めるなよ」
「はい!」
「もう書いとるんか」
「今の指示から記録しています」
「話早いな!」
ワトゾンはその場で机を借り、すぐに記録を始めた。
「イレギュラー」
「裏取りだね」
小柄な少年が、にやっと笑う。
「噂拾い」
「不審者確認」
「変な買い付け」
「作業場の周りをうろつく奴」
「妨害の兆候があったら、すぐ報告せぇ」
「得意だよ」
「どこ行くねん」
「もう外を見てくる」
「まだ説明終わってへん!」
「聞こえる範囲にいるよ」
「自由やな!」
イレギュラーは笑いながら、開いた窓の外を確認し始めた。
「チンプ」
「はい」
神父のチンプが、穏やかに頭を下げる。
「お前は、苦情と相談の窓口や」
「相談の窓口」
「働いとる奴の悩み」
「職人同士の不満」
「言いにくい問題」
「懺悔室で聞くみたいに、話を拾え」
「教会の務めにも近いですね」
「ただし、勝手に喋んなよ」
「秘密は守ります」
「問題がでかい時だけ上へ上げろ」
「承知しました」
「神へ報告は?」
「祈りの中で」
「それは好きにせぇ」
「ありがとうございます」
「許可いるんか」
「アネイモ」
「はい」
アネイモは、すでに作業場の物資を目で確認していた。
「お前は女子側の聞き取り」
「はい」
「物資管理」
「はい」
「衛生用品」
「はい」
「スギナの補助」
「はい」
「スギナの制御」
「最後も業務なのですね」
「一番重要かもしれん」
「黒き運命の守護者様への愛は、制御できません」
スギナが笑顔で言った。
「ほらな」
「努力いたします」
「頼むぞ」
「スギナ様」
アネイモが振り返る。
「まず、作業場では黒き運命の守護者様を見つめ続けないでください」
「難しいお願いですね」
「もう制御失敗しとるやん」
「ゲンコワ」
「はい」
黒い服を着たゲンコワが、重い足音で前へ出る。
「不正の追及」
「承知しました」
「盗み」
「原料の横流し」
「製法の持ち出し」
「契約違反」
「証拠を集めてから聞け」
「はい」
「いきなり異端認定すんなよ」
「努力します」
「努力で足りるんか」
「できる限り、穏やかな顔で向かいます」
ゲンコワが口元を上げた。
誰よりも怖かった。
「笑わんでええ」
「穏やかさを」
「逆に怖いねん」
「では、無表情で」
「それも怖い」
「どうすれば」
「アネイモに付き添ってもらえ」
「承知しました」
「私の業務が増えました」
「重要や」
「シュドケン」
「はっ!」
鎧姿の修道騎士が、胸へ手を当てた。
「権利書の保管場所」
「煙草倉庫」
「葉巻の熟成庫」
「原料の運搬」
「全部守れ」
「必ず守ります」
「命捨てるなよ」
「はっ!」
「そこ即答できるんやな」
「春の交流会で、レオン卿から教わりました」
「もう交流しとるやん」
「命を捨てず、周りを見て守ると」
「ええこと言うようになったな、あいつ」
「私も、生きて守ります」
「それでええ」
シュドケンはすぐに倉庫の場所を確認し、扉と窓、避難経路まで見始めた。
「ゴスペル」
「はい」
聖歌隊の青年が、柔らかく一礼する。
「歌で場を鎮めろ」
「祈りの歌をお届けします」
「作業の邪魔にならん程度にな」
「承知しました」
「疲れが出る時間」
「揉めそうな時」
「失敗が続いて空気が悪くなった時」
「歌え」
「人の心を整えるのですね」
「士気上げや」
「祈りの歌ですが」
「現場では士気上げや」
「では、現場へ祈りを届けます」
「セシルみたいな言い方すな」
ゴスペルは笑い、作業場の隅で音の響き方を確かめ始めた。
「ネツゾウ」
「はい」
大量の書類を抱えたネツゾウが、静かに前へ出る。
「時系列整理」
「承知しました」
「証言の照合」
「承知しました」
「誰が」
「いつ」
「どこで」
「何を運んだか」
「食い違いがあったら、全部出せ」
「お任せください」
「勝手に整えるなよ」
「整えるのは書類の順番だけです」
「名前が不安やねん」
「よく言われます」
「改ざんは」
「しません」
「証言の書き換えは」
「しません」
「都合のええアリバイは」
「作りません」
「ほな、採用」
「すでに採用されていたかと」
「再確認や」
「ありがとうございます」
ネツゾウは、すぐに空いている机を見つけ、書類を日付順に並べ始めた。
「名前以外、めっちゃ有能やな」
「よく言われます」
「褒められた時もそれ言うんか」
「初めてです」
「初めてなんかい」
最後に。
リリアーナは、スギナを見た。
スギナは目を輝かせ、胸の前で両手を組んでいる。
「スギナ」
「はい!」
「返事だけ元気やな」
「黒き運命の守護者様のお言葉ですので!」
「そこまで張らんでええ」
「私の持ち場は、どこでしょうか!」
スギナは、期待に満ちた顔で一歩前へ出た。
「証拠を見抜きますか!」
「シャーホムズがおる」
「記録しますか!」
「ワトゾンがおる」
「不正を追及しますか!」
「ゲンコワがおる」
「守りますか!」
「シュドケンがおる」
「歌いますか!」
「歌えるんか」
「可愛く歌えます」
「ゴスペルがおる」
「では、私にしかできないことを!」
「せやな」
リリアーナは、作業場を見渡した。
緊張している職人。
初めて扱う葉。
まだ形になったばかりの商品。
失敗するかもしれない不安。
それでも。
スギナが笑うと、なぜか皆の背筋が伸びる。
やる気が出る。
手が動く。
「最高のもんができるように、祈っといてくれ」
スギナは、ぴたりと止まった。
目を見開く。
頬が赤くなる。
「最高のものができるように」
「私に」
「祈っていてほしい……」
「そう言うた」
「私にしかできないことを」
「任せてくださった……」
「まあ、そうやな」
「私の存在を」
「必要としてくださった……」
「そこまでは言うてへん」
スギナは、胸へ手を当てた。
「好きです」
「早い!」
「魂が決めました」
「勝手に決めんな」
「黒き愛の波動を受け取りました」
「光どこ行ったんや」
「愛が強かったので」
「知らんがな」
ミレーヌが、黒革手帖へ書き込む。
『スギナ・カワイ。
担当:祈り、士気向上。
状態:配置を告白と認識。
備考:好きです。』
「記録すな」
「重要ですので」
「どこがや」
「告白まで進みました」
「進めてへん」
「攻略が順調です」
「俺がされる側なん?」
「はい」
「俺は姫の中身やぞ」
「非常に珍しい攻略対象です」
「珍しがるな」
スギナは、作業場の中央へ立つと、両手を胸の前で組んだ。
「愛と」
「光と」
「可愛さを込めて」
「最高の香りが生まれるよう」
「祈ります!」
「可愛さまで込めるんか」
「最も強い力ですので」
「自信すごいな」
スギナが目を閉じた。
ゴスペルが、静かな祈りの歌を口ずさむ。
柔らかな声が、作業場に広がった。
すると。
職人たちの手が、少しずつ速くなる。
「スギナ様が祈ってる……!」
「なんか、いいものができそう!」
「次の葉、持ってきます!」
「巻き直します!」
「箱の寸法、もう一度確認します!」
眼鏡の聖女の筆が速くなる。
ワトゾンの記録も速くなる。
シャーホムズは書類を確認する。
ネツゾウは時系列表を作る。
アネイモは不足している道具を書き出す。
シュドケンは倉庫の見回りへ向かう。
イレギュラーは、窓の外で怪しい人影がないか確認している。
チンプは、緊張していた職人へ静かに声をかける。
ゲンコワは。
怖い顔で見ていた。
「ゲンコワ」
「はい」
「もうちょい離れろ」
「承知しました」
三歩下がった。
「まだ怖い」
「これ以上離れると、確認できません」
「ほな、壁見とけ」
「承知しました」
ゲンコワは、壁を見た。
それでも怖かった。
「ほんまに効いとるな」
リリアーナが作業場を見渡す。
「現場への支援効果ですね」
ミレーヌが答えた。
「顔と祈りで?」
「顔と祈りで」
「強いな」
「私も可愛いですか?」
スギナが、目を閉じたまま聞いた。
「集中せぇ」
「お答えいただけるまで、波動が乱れます」
「めんどくさ!」
「姫様」
アネイモが静かに頭を下げる。
「スギナ様の制御のため、お願いいたします」
「俺がやるん?」
「最も効果があります」
「……可愛いんちゃうか」
スギナの目が、勢いよく開いた。
「可愛いと!」
「言うてへん!」
「今、可愛いと!」
「可愛いんちゃうか言うただけや!」
「宇宙へ届きました!」
「届けんな!」
作業場から歓声が上がった。
「スギナ様が褒められた!」
「今日は成功する!」
「最高の葉巻ができるぞ!」
「何でそうなるんや!」
バルドが、静かに鈴を鳴らす。
チリン。
「士気、最高です」
「鈴で評価すな」
「必要でしたので」
「腹立つほど効果あるな」
リリアーナは、もう一度作業場を見渡した。
作る者。
守る者。
調べる者。
記録する者。
聞く者。
整える者。
歌う者。
祈る者。
誰も。
背景には立っていなかった。
誰も。
恋愛イベントが始まるのを待ってはいなかった。
自分の持ち場を見つけ。
自分にできることを始めている。
黒スーツ姿の清司は刀を肩へ担ぎ、動き始めた作業場を静かに見ていた。
「ミレーヌ」
「はい」
「記録しとけ」
「すでに記録しております」
「早いな」
「新生モビーズ、始動です」
「ええやん」
リリアーナは、少しだけ笑った。
「これなら、いける」
眼鏡の聖女が、深く頭を下げる。
「必ず、次の試作品も完成させます」
「頼む」
「シャーホムズ様。製法記録をお願いいたします」
「確認しよう」
「ワトゾン様。作業時間を」
「もう書いています!」
「アネイモ様。ミントの在庫を」
「薬草園へ確認いたします」
「ネツゾウ様。試作の順番を」
「日付と時刻を入れて整理します」
「改ざんすなよ」
「しません」
「一回一回言わんと不安やねん」
「よく言われます」
ゴスペルの歌が、作業場へ静かに広がる。
スギナは、黒スーツ姿の清司を見つめた。
「好きです……」
「二回目やぞ」
「先ほどより、波動が強くなりました」
「来んな」
「三回目も、すぐです」
「予告すな」
「清司さん」
ミレーヌが、黒革手帖を閉じる。
「別のヒロインによる攻略は、継続中です」
「継続すな」
「ですが、作業効率は上がっています」
「そこが腹立つほど有能やねんな」
「はい」
リリアーナは、嬉しそうに祈るスギナを見た。
「恋愛は知らん」
「仕事ができるなら、配置や」
「現場判断ですね」
「せや」
「告白は」
「聞いてへん」
「記録は」
「消せ」
「消しません」
「知ってたわ」
こうして。
元モブが動く集団、モビーズへ。
教会。
探偵。
聖職者。
可愛すぎるシスターが加わった。
作る。
守る。
調べる。
記録する。
聞く。
整える。
歌う。
祈る。
モビーズは、もう試作品を作るだけの班ではない。
一つの産業を。
作り。
育て。
守るためのチームになった。
葉巻は、木とスパイスの香りで完成した。
次は。
ナッツと甘み。
土と革。
華やかでクリーミー。
煙草は、八ミリを基準に広がっていく。
さらに。
ミントを使った、新しい味まで動き始めた。
元モブたちは。
別の乙女ゲームまで巻き込み。
新しい持ち場で、動き出した。
新生モビーズ。
始動である。
「黒き運命の守護者様」
「なんや」
「三回目の好きですを、お届けしてもよろしいでしょうか」
「届けんな」
「好きです!」
「聞けや!!」




