第29話 セイント・ミステリア
春の交流会は、思っていた以上に順調だった。
会場の中央では、レイナが総括席に立ち、扇を片手に全体を見渡している。
「エミール様。北側の座席ですが、仲の悪い貴族家同士が近すぎますわ」
「ほんとだ! 二列ずらすね!」
エミールは配置表へ印をつけ、担当者のもとへ向かった。
「レオン様。入口が詰まり始めています」
「僕に任せて!」
レオンが高く手を上げる。
合図を受けた警備員たちが、入口と中央の流れを整えた。
ノエルは人々の視線を次の案内へ向け、セシルは壁際で一人になっていた初参加者へ声をかけている。
アレクシスのローズセレモニーは、決められた場所で、決められた時間に始まった。
ルシアンは飲み物を補充し、エリオットは到着の遅れた来賓を迎えていた。
全員、朝からやたら楽しそうだった。
だが、持ち場は離れていない。
呼ばれれば返事をし、必要な時には、ほかの担当へ話を繋いでいる。
「思ったより回っとるな」
リリアーナは、車椅子から会場を見渡した。
その隣では、黒スーツ姿の清司が刀を肩へ担ぎ、全体の動きを見ている。
春の交流会とは、本来、甘い恋愛イベントだった。
攻略対象と出会い、偶然手が触れ、ローズを受け取る。
しかし現在、大階段は車椅子も荷車も通れる道になった。
ローズは時間と場所を管理され、攻略対象たちは全員スタッフである。
恋より、運営だった。
入口の流れが戻ったのを確かめ、レイナが扇を閉じる。
清司も、僅かに口元を上げた。
任せた仕事が、それぞれの手で動いていた。
その時だった。
「あ……」
会場の端から、小さな声が聞こえた。
白いシスター服の少女が、入口で立ち止まっている。
柔らかな髪。
大きな瞳。
頬には、ふんわりとした桃色。
周りだけ、きらきらと光って見えた。
異様に可愛い。
その後ろには、探偵のような男と、助手のような青年。
小柄な少年。
神父。
シスター。
異端審問官。
修道騎士。
聖歌隊らしき青年。
そして、書類を大量に抱えた男。
情報量が多かった。
白いシスター服の少女は、リリアーナを見ていなかった。
その隣に立つ、黒スーツ姿の清司をまっすぐ見つめていた。
「黒き運命の守護者様……」
「あっ」
リリアーナが言った。
黒スーツ姿の清司が、刀を肩から下ろす。
「見えるんか」
少女は両手を胸の前で組み、瞳を輝かせた。
「見えます」
「愛と光の波動が」
「魂の星屑を通して」
「私の内なる月へ届いています」
「だいぶスピってんな」
「清司さん」
ミレーヌが静かに黒革の手帖を開いた。
「おそらく、黒スーツ姿の清司さんが見えています」
「それは分かる」
少女は、リリアーナたちの前まで歩いてくると、ふわりと頭を下げた。
「はじめまして」
「私は」
「香湧井 澄喜菜と申します」
「かわい……」
リリアーナは、名前を頭の中で繋げた。
「西洋では、スギナ・カワイと呼ばれています」
「かわいすぎな」
「はい」
「そのまんまやんけ」
スギナ・カワイは、にこっと笑った。
その瞬間、近くにいた男子生徒と使用人たちの背筋が、一斉に伸びた。
「スギナ様……可愛い……」
「なんか、やる気出てきた……」
「俺、椅子運びます!」
「私は飲み物配ってきます!」
「僕、掃除してきます!」
数人が急に動き始めた。
「なんや今の」
リリアーナが目を丸くする。
「士気が上がりました」
ミレーヌが記録しながら答えた。
「顔で?」
「顔で」
「強いな」
スギナは、両手を広げた。
「大丈夫です」
「私の可愛さは」
「宇宙から授かったギフトですから……」
「やっぱりスピってんな」
「でも、有能です」
ミレーヌが言った。
「それは分かる」
スギナは、黒スーツ姿の清司を見つめたまま、頬を赤くした。
「黒き運命の守護者様」
「私たちは」
「愛と光に導かれて」
「この場所へ参りました」
「ちゃうと思う」
「清司さん」
「なんや」
「別の乙女ゲームが侵入してきた可能性があります」
「もっとちゃうやんけ」
ミレーヌは、持っていた来賓資料へ目を落とした。
教会関係者としてまとめられていた名前が、目の前の顔と繋がっていく。
スギナは、仲間たちを振り返った。
「みんな」
「黒き運命の守護者様へ」
「愛と光のご挨拶を」
「普通の挨拶でええ!」
探偵風の男が、堂々と一歩前へ出た。
「シャーホムズ」
「真実を見抜く者です」
リリアーナは、その顔と手元を見た。
目立つ名乗り方ではある。
だが、男の目は部屋の出入口も、人の動きも捉えていた。
「シャーホムズ」
「はい」
「事件調査、証拠の管理、偽物の見分け、契約書の確認。できるか」
「できます」
「採用」
ミレーヌの筆が動いた。
『シャーホムズ。
調査、証拠確認、鑑定、契約内容の確認』
「次」
助手風の青年が、慌てて一歩前へ出る。
「ワトゾンです」
「観察と記録を担当しています」
「記録仲間です」
ミレーヌが静かに言った。
「現場メモや」
リリアーナが言った。
「聞き込み、記録、日誌、作業報告。できるか」
「できます」
「採用」
小柄な少年が、にやっと笑った。
「イレギュラー」
「裏の噂なら、少々」
清司の視線が、少年へ移った。
自分の話をする時より、周囲の声へ耳を向けた時の方が、目が動いている。
「裏取り、噂拾い、不審者確認」
「できるな」
「得意だよ」
「採用」
神父らしき男が、静かに頭を下げた。
「チンプと申します」
「神父か」
「はい」
「懺悔室で、人々の話を聞いております」
「聞き取りやな」
「聞き取り」
「悩み、苦情、内部の不安、噂の入口」
「全部拾え」
チンプは少し考え、穏やかに頷いた。
「それは、教会の務めにも近いですね」
「採用」
次に、シスターらしき女性が前へ出た。
「アネイモです」
「実務やな」
「まだ何も申し上げておりませんが」
「顔が実務や」
「顔で分かるのですか?」
「分かる」
アネイモの手には、名簿、救護用品、筆記具、予備の布。
すべて、取り出しやすいようにまとめられていた。
仲間が前へ出るたび、彼女はその後ろの通路を空けている。
リリアーナは、その手元を見た。
「教会内の調整」
「スギナの補助」
「物資管理」
「女子側の聞き取り」
「できるか」
「できます」
「採用」
黒い服を着た厳格そうな男が、ゆっくり前へ出た。
「ゲンコワ」
「異端を問う者です」
声が落ちただけで、周囲の空気が少し張った。
リリアーナは、目を逸らさなかった。
「尋問やな」
「尋問」
「ただし」
「やりすぎるな」
「証拠に基づいて聞け」
「承知しました」
「採用」
ミレーヌが、顔を上げた。
清司は、ゲンコワの返事を聞いたあとも、しばらくその目を見ていた。
頷いただけでは、まだ分からない。
任せた先で、何をするか。
そこは見ていくつもりだった。
鎧を着た修道騎士が、胸へ手を当てる。
「シュドケンです」
「護衛と警備を担当しております」
リリアーナは、鎧と足元を見た。
「権利書の保管場所」
「煙草倉庫」
「運搬時の護衛」
「守れるか」
「命に代えても」
「命に代えるな」
「はい?」
「生きて守れ」
シュドケンは、一瞬だけ目を見開いた。
清司の声は、低いままだった。
命を差し出せと言うために、声をかけたのではない。
守って、仕事を終えて、戻る。
そこまで任せたかった。
「承知しました」
「生きて守ります」
「採用」
少し離れた持ち場で、レオンがこちらを見ていた。
シュドケンの返事に、大きく頷く。
だが、駆け寄ってはこなかった。
入口へ顔を戻し、次の合図を出している。
清司も、僅かに顎を引いた。
聖歌隊らしき青年が、柔らかく一礼する。
「ゴスペルです」
「祈りの歌で、場を鎮めます」
声そのものが、よく通った。
張り上げていないのに、周囲の話し声の中で輪郭が残る。
「歌で、人の心を落ち着かせることはできます」
「士気上げやな」
「祈りの歌ですが」
「現場では士気上げや」
リリアーナは、ゴスペルを見る。
「現場が荒れた時」
「疲れた時」
「不安が広がった時」
「歌えるか」
「できます」
「採用」
最後に、大量の書類を抱えた男が前へ出た。
「ネツゾウです」
「時系列整理と、アリバイ確認を担当しております」
リリアーナは、黙った。
黒スーツ姿の清司が刀を肩から下ろし、眉間に深い皺を寄せる。
ミレーヌの筆も、一度止まった。
ネツゾウは、慣れた様子で頭を下げた。
「よく言われます」
「証拠扱う側で、ネツゾウはあかんやろ」
「ですが、時系列は正確です」
「余計ややこしいわ」
ミレーヌが、静かに記録する。
『ネツゾウ。
担当:時系列整理、証言照合、アリバイ確認。
注意:名前が疑わしい』
「注意書きが失礼では」
「重要ですので」
リリアーナは、男の抱えた書類へ目を落とした。
名前だけで決めるわけにはいかない。
それは、自分がほかの者にもしてきたことだった。
「証言、勝手に変えへんな?」
「変えません」
「書類、作り直さんな?」
「訂正は記録を残します」
「都合のええ時系列にせぇへんな?」
「事実に基づきます」
「……採用」
ミレーヌの筆が、再び動き始めた。
新しく現れた者たちは、
『セイント・ミステリア 〜可愛すぎる聖堂探偵〜』
教会。
探偵。
聖職者。
可愛すぎるシスター。
それらが一つに詰め込まれた、別の乙女ゲームの登場人物だった。
ロイヤルフラグメントとは、まったく別の乙女ゲームである。
だが、清司が見ていたのは、どの物語から来たかではなかった。
何ができるか。
何を見ているか。
誰へ話を通せるか。
それぞれの返事を聞き、立ち位置を見ていた。
リリアーナは、彼らを順番に見渡した。
「シャーホムズ」
「ワトゾン」
「イレギュラー」
「チンプ」
「アネイモ」
「ゲンコワ」
「シュドケン」
「ゴスペル」
「ネツゾウ」
「お前ら」
「モビーズと組め」
「モビーズ?」
シャーホムズが聞き返す。
「元モブがムーブする集団や」
「説明が雑ですね」
「だいたい合っとる」
リリアーナは、机へ置かれた資料を寄せた。
「葉巻と煙草の現場や」
「これから、権利書」
「品質」
「倉庫」
「運搬」
「契約」
「噂」
「妨害」
「全部増える」
黒スーツ姿の清司は、刀を肩へ担ぎ直した。
「守る奴がいる」
「調べる奴がいる」
「聞く奴がいる」
「記録する奴がいる」
リリアーナは、まっすぐ彼らを見た。
「お前ら」
「使える」
スギナの瞳が、さらに輝いた。
「喜んで!」
両手を胸の前で組む。
「黒き運命の守護者様のためなら」
「私の愛と」
「光と」
「可愛さを」
「現場へ届けます!」
「だいぶスピってんな」
「でも有能です」
ミレーヌが淡々と言った。
「可愛さで士気が上がるのは、現場への強力な支援になります」
「顔で支援すな」
スギナは、嬉しそうに笑った。
その目は、まだ黒スーツ姿の清司へ向いている。
仕事を頼んだ返事と、それ以外の気持ちが、本人の中で一緒になっているようだった。
清司は、少し眉を寄せた。
誰かの想いに応えるつもりで、声をかけたのではない。
それでも、できる仕事を見つけたことまで、なかったことにはしなかった。
スギナが、くるりと仲間たちを振り返る。
「みんな」
「愛と光の波動で」
「現場へ参りましょう」
「はい、スギナ様」
「真実を見抜きます」
「記録します」
「守ります」
「歌います」
「アリバイを整えます」
「最後、言い方気ぃつけろ」
ネツゾウが静かに頷く。
「アリバイを確認します」
「それでええ」
ミレーヌは、彼らの名を一人ずつ手帖へ残した。
役目を繋ぐための話し合いは、交流会のあとに設けることになる。
今はアネイモが、仲間たちの予定を確かめ始めていた。
その様子を見て、レイナが近づいてくる。
「姫様」
「なんや」
「あの方」
「清司様を見ておりますわ」
「見えとるからな」
「いいえ」
レイナは、扇の隙間からスギナを見る。
「恋する目で」
「やめろ」
黒スーツ姿の清司が、僅かに顔を背けた。
その横顔まで、スギナの視線が追いかける。
「黒き運命の守護者様ー!」
少し離れたところから、スギナが両手を振った。
「愛と光!」
「届いていますかー!」
「届かんでええ!」
スギナは、嬉しそうに胸へ手を当てる。
「届きました……!」
「なんでや!」
レイナの扇が、ぴたりと閉じた。
ミレーヌの筆が動く。
清司は、そちらへ目を向けた。
「書くなよ」
ミレーヌは答える代わりに、手帖を僅かに傾けた。
『スギナ・カワイ。
黒スーツ姿の清司さんを視認。
否定の返答も、好意的に受け取る傾向』
「仕事の記録ちゃうやろ」
「今後の対応に関わりますので」
会場では、次の案内が始まっていた。
レオンが合図を出す。
エリオットが来賓を集める。
エミールは配置表を確かめ、到着した教会関係者の席へ担当者を向かわせた。
ノエルが中央へ視線を集め、セシルは初参加者を次の輪へ案内している。
アレクシスのローズは、通路を塞いでいなかった。
ルシアンの飲み物も、途切れずに補充されている。
新しい来賓が増えても、会場は止まらなかった。
リリアーナは、もう一度全体を見た。
あちらは、任せておける。
その分、目の前の話を聞くことができた。
「清司さん」
ミレーヌが、手帖を閉じた。
「なんや」
「別の乙女ゲームのヒロインから、攻略対象として認識されたようです」
「なんでそうなるんや」
「乙女ゲームですので」
「俺は姫の中身やぞ」
「非常に珍しい攻略対象です」
「攻略するな」
「黒き運命の守護者様ー!」
スギナが、また両手を振った。
「現場へ行ってまいりまーす!」
「おう!」
リリアーナが、反射的に返事をする。
スギナは、その場で固まった。
頬を真っ赤にする。
「お返事を……」
「いただきました……!」
「ちゃう!」
「愛と光が!」
「届きましたー!」
「ちゃう言うとるやろ!」
ミレーヌは、静かに手帖を開き直した。
レイナは、扇で口元を隠している。
清司は、その二人を見て、深く息を吐いた。
春の交流会は、予定どおり進んでいた。
ロイヤルフラグメントは、それぞれの持ち場で働いている。
新たに現れた『セイント・ミステリア 〜可愛すぎる聖堂探偵〜』の面々には、葉巻と煙草産業を守るための仕事が見つかった。
そして清司は、別の乙女ゲームのヒロインから、黒き運命の守護者として、しっかり攻略対象にされていた。
「なってへん!!」




