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ふわ姫若頭 〜恋愛フラグを全部現場復帰させたら、女王ルートが開きました〜  作者: 夜嶋朔
第二章 学園現場復帰編

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第25話 おやめなさい


 深夜。


 リリアーナの部屋は、静まり返っていた。


 ベッドの上では、リリアーナが眠っている。


 昼間、王宮中を回って人材を探し、モビーズを結成し、葉巻と煙草という名のブツの準備まで始めたせいで、体はすっかり限界だった。


 そして、その横のソファには、黒スーツ清司がいた。


 黒い上着。

 黒いシャツ。

 緩めた襟元。


 腕を組み、深く沈むように目を閉じている。


 見た目だけなら、姫の寝室に絶対いてはいけない男である。


 だが、誰にも見えない。


 なので、ぎりぎり問題にはなっていない。


 その時だった。


 ふわり、と白い光が降りた。


 花びら。

 羽。

 鈴の音。

 やたら清らかな粒子。


 乙女ゲームのオープニングのような演出である。


「……何や」


 黒スーツ清司の目が、ゆっくり開いた。


 次の瞬間。


 ソファの足元が、消えた。


「は?」


 ベッドのリリアーナは、眠ったまま。


 ソファにいた黒スーツ清司だけが、白い光の中へ引きずり上げられていく。


「おい、身体置いていくな」


 返事はなかった。



 気づけば、清司は真っ白な空間に立っていた。


 雲のような床。


 降り続ける花びら。


 どこからともなく鳴る鈴の音。


 そして正面には、ふわふわした女神がいた。


 金色の髪。


 白い衣。


 柔らかな微笑み。


 全身から、癒しと祝福と課金画面のような光が出ている。


「清司様」


「夜中やぞ」


「おやめなさい」


「第一声それか」


 女神は、微笑んだまま、もう一度言った。


「おやめなさい」


「二回言うな」


「必要ですので」


「バルドみたいなこと言うな」


 女神の微笑みが、ほんの少し固まった。


「清司様。前回お会いした際、私は恋愛ルートへ戻るよう、やんわりとお願いしました」


「やんわり?」


「やんわりです」


「俺の記憶やと、光って逃げた女やけど」


「戦略的撤退です」


「逃げたな」


「本日は、逃げません」


「ほう」


 清司は、腕を組んだ。


「説教に来ました」


「女神が説教に来るな」


「修正では間に合わないと判断されました」


「誰にや」


「上層部です」


「女神にも上司おるんか」


「います」


「乙女ゲーム運営も現場大変やな」


「誰のせいだとお思いですか」


「知らん」


 女神の光が、少しだけ強くなった。


 怒っているらしい。


「まず、姫スマをしてください」


「無理や」


「即答しないでください」


「仕事中や」


「姫は、仕事中でも優しく微笑むものです」


「現場でずっと笑ってる奴は怖いやろ」


「可憐なのです」


「怖いわ」


「リリアーナ姫は、可憐で、儚く、優しく微笑むことで攻略対象たちの心を揺らす存在なのです」


「そんなんで国回るか」


「国を回すゲームではありません」


「回り始めてもうた」


「始めないでください」


 女神は、胸の前で両手を握った。


「攻略対象を、現場に戻しすぎです」


「戻した方が使える」


「使うものではありません。恋愛するものです」


「人間を恋愛機能だけで見るな」


「乙女ゲームです」


「せやからあかんねん」


 女神が、ぴたりと止まった。


「……あかん、とは」


「持ち場ない奴が多すぎる」


「攻略対象には恋愛イベントがあります」


「仕事は?」


「恋愛イベントがあります」


「仕事は?」


「……恋愛イベントが」


「仕事は?」


 女神は、そっと目を逸らした。


「お前も分かっとるやないか」


「おやめなさい」


「逃げるな」


 女神は、少し咳払いをした。


「ローズイベントを止めたことも問題です」


「建設の邪魔やった」


「アレクシス殿下のローズセレモニー」


「通路塞いでた」


「エリオット殿下のサプライズローズ」


「搬入口塞いでた」


「レオン卿のローズと花火」


「邪魔すぎた」


「言い方をおやめなさい」


「事実や」


「恋愛イベントは、心を動かすために必要なのです」


「現場も動かせ」


「趣旨が違います」


「人がおる場所でイベントするなら、通路と安全確認せえ」


「ときめきが減ります」


「怪我も減る」


「演出が弱くなります」


「事故も減る」


「……」


「何で黙るねん」


 女神は、悔しそうに唇を結んだ。


「そして、最も重大なことがあります」


「まだあるんか」


「あります」


 女神は、きらきらした光を背負いながら、厳かに言った。


「恋愛イベントに欠かせない階段を、スロープにするとは何事でしょうか?」


「人が通れんからや」


「そこは、偶然ぶつかる場所です」


「ぶつかったら危ないやろ」


「違います。運命の出会いです」


「事故や」


「階段で転びかけた姫を、攻略対象が抱き留める大切なイベントです」


「まず転ばすな」


「ときめきです」


「怪我や」


「高低差は恋愛演出に必要なのです」


「バリアや」


「見下ろす視線、見上げる表情、差し伸べられる手」


「通れん奴のこと考えろ」


「演出です」


「障害物や」


 女神は、とうとう少し涙目になった。


「あなたは、乙女ゲームの美しい階段を、工事現場にしました」


「したな」


「認めないでください」


「したもんはした」


「恋愛イベントの発生率が下がります」


「通行率は上がる」


「その言い方をおやめなさい」


「大事やろ」


 女神は、言葉を失った。


 黒スーツ清司が、腕を組み直す。


「人が通れん場所で恋愛すな」


 低い声が、白い空間に落ちた。


 女神は、口を開きかけて、閉じた。


「それから」


「まだあるんか」


「モブを勝手に班にしないでください」


「モビーズか」


「名前までつけないでください」


「元モブがムーブするからモビーズや」


「説明しないでください」


「可愛いやろ」


「可愛いのが問題なのです」


「そこなんか」


 女神は、ふわふわした袖を握った。


「モブは、背景として配置されています」


「背景ちゃう」


「画面上の役割としては」


「仕事しとったやろ」


「……」


「見たか? メガネ聖女の手元」


「見ました」


「弟子のロゴは」


「見ました」


「文官の書類は」


「見ました」


「ほな背景ちゃう」


「……」


 女神は、返事に詰まった。


「才能がないんちゃう。見抜かれてへんだけや」


「……その言い方は」


「何や」


「少し、ずるいです」


「知らん」


 女神は、悔しそうに目を伏せた。


「それでも、物語には中心が必要です」


「中心があるんはええ」


 清司は言った。


「でも、中心だけで国は回らん」


「乙女ゲームは国を回すものでは」


「もう聞いた」


「……」


「姫が微笑んで、王子がときめいて、ローズ渡して、階段で抱き留めて」


 清司は、鼻で息を吐いた。


「それで誰が道作るんや」


「……」


「誰が薬草見るんや」


「……」


「誰が記録するんや」


「……」


「誰が危ない時に止めるんや」


「……バルド様でしょうか」


「そこだけ即答すな」


 女神は、気まずそうに目を逸らした。


「バルド様は、想定以上に現場向きでした」


「認めとるやないか」


「鈴は想定外です」


「俺もや」


 少しだけ、白い空間の空気が緩んだ。


 だが、女神はすぐに顔を戻した。


「葉巻と煙草も、おやめなさい」


「それは俺も思う」


「では」


「オヤジと姐さんが待っとる」


「その二人が一番問題です」


「それも俺は思う」


 女神と清司の意見が、一瞬だけ合った。


 だが、何も解決しなかった。


「嗜好品を国家事業にしないでください」


「もう人集めた」


「集めないでください」


「モビーズが動き出した」


「動かさないでください」


「ブツがいる」


「言い方を移さないでください」


 女神は、頭を押さえた。


「どうして、よりによってリリアーナ姫に」


「知らん」


「よりによって、なぜ元若頭が」


「知らん」


「しかも人を見る目がありすぎます」


「褒めてんのか」


「困っています」


「正直やな」


 女神は、大きく息を吐いた。


 ふわふわした光が、少し弱くなる。


「せめて」


「なんや」


「せめて、姫らしくしてください」


「姫らしくって何や」


「優しく、微笑み、愛されることです」


「愛されるだけの人間にする気か」


 女神が、黙った。


 白い空間が、静かになる。


 花びらだけが、ふわふわと落ちた。


「俺はもう見えてもうた」


「何を、ですか」


「通れん階段も」


 清司は、静かに言った。


「仕事しとるモブも」


 女神は、目を伏せた。


「持ち場のない攻略対象もや」


「……」


「見えたもんを、見えんふりして笑えるか」


 女神は、何も言わなかった。


 しばらくして、ふわ姫女神は、ゆっくり顔を上げた。


「……本日は、一度持ち帰ります」


「どこにや」


「上層部に」


「ほんまに上司おるんやな」


「います」


「乙女ゲーム運営も大変やな」


「誰のせいだと」


「知らん」


 女神の眉が、少しだけ下がった。


「最後に、お願いです」


「なんや」


「明日だけでも、姫スマをしてください」


「考えとく」


「それは、しない返事ですね」


「よう分かっとるやん」


「おやめなさい」


「もう遅い」


 女神は、泣きそうな顔で光の中へ戻っていく。


 消えかけたところで、もう一度だけ振り返った。


「階段をすべてスロープにするのは、本当におやめなさい」


「全部とは言うてへん」


「一部でお願いします」


「現場見てから決める」


「それが一番怖いのです」


 ふわ姫女神は、光の中に消えた。



 次の瞬間。


 清司は、リリアーナの部屋に戻っていた。


 ベッドの上で、リリアーナは眠ったまま。


 横のソファには、黒スーツ清司が座っている。


 腕を組んだまま、清司は深く息を吐いた。


「……女神も大変やな」


 ミレーヌはいない。


 誰も記録していない。


 だから、その一言は、夜の部屋に溶けた。


 おいたわしいのは、

 ふわ姫女神と、まだ乙女ゲームだと思っている運営側である。

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