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ふわ姫若頭 〜恋愛フラグを全部現場復帰させたら、女王ルートが開きました〜  作者: 夜嶋朔
第二章 学園現場復帰編

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24/28

第24話 お前ちゃう


 翌朝。


 リリアーナの部屋に、父王陛下からの手紙が届いた。


 封蝋は王家のもの。


 字は、妙に圧が強い。


 ミレーヌが、淡々と読み上げる。


「今建設してるのはええ。こっちのブツもちゃんとやれ」


「言い方」


 リリアーナの口から、低い声が漏れた。


 横に立つ黒スーツ清司も、同じ顔で眉間に皺を寄せている。


「王家の手紙でブツ言うな」


「続きがあります」


「嫌な予感しかせん」


「葉巻。煙草。早よせえ」


「せかすな」


「追伸」


「まだあるんか」


「姐さんも待っとる」


「圧を足すな」


 ミレーヌは手紙を畳み、黒革手帖を開いた。


『父王陛下より催促。

内容:葉巻・煙草。

表現:ブツ。

備考:王家書簡としては不適切』


「書くな」


「重要な記録ですので」


「不適切はほんまやけど」


 スロープ建設現場は、すでに動いている。


 安全確認はバルド。


 苦情と導線整理はレイナ。


 工程表はエミール。


 外観と案内板はアレクシス。


 休憩所と顔合わせはエリオット。


 警備導線と合図係はレオン。


 恋愛イベントは止まった。


 現場は進んだ。


 ならば次は。


「こっちのブツやな」


「葉巻と煙草ですね」


「言い直しても怪しいな」


「初期班が必要です」


 ミレーヌが黒革手帖をめくる。


「薬草、香り、乾燥、保管、紙、箱、意匠、記録。在庫管理も必要です」


「流通は後や」


「よろしいのですか?」


「物ができてへんのに売り先考えてもしゃあない」


「珍しく順番がまともですね」


「珍しく言うな」


 黒スーツ清司が、腕を組んだ。


 リリアーナも、同じ顔で前を見る。


「人、探すぞ」



 まず向かったのは、王宮内の薬草室だった。


 白い服。


 淡い光。


 清らかな空気。


 薬草とポーションの匂い。


 いかにも聖女がいそうな部屋である。


「まあ、リリアーナ姫様!」


 案の定、いた。


 長い金髪。


 潤んだ瞳。


 柔らかな笑顔。


 絵に描いたような聖女だった。


「お体は大丈夫ですか? 私、ずっと心配しておりましたの。姫様のためでしたら、癒しの祈りも、浄化の儀式も、祝福の歌も――」


「お前黙っとけ」


 薬草室が、静まり返った。


「え」


「こっちに話聞きたい」


 清司が見ていたのは、その聖女の後ろだった。


 眼鏡をかけた聖女が、黙々と作業している。


 葉を分ける。


 瓶を寄せる。


 火を弱める。


 液体の色を見る。


 記録を書く。


 速い。


 静か。


 正確。


「お前や」


「私でしょうか」


「お前や」


「私、背景みたいで話しかけられたの初めてです」


「背景ちゃう。仕事しとったやろ」


 メガネの聖女が、固まった。


「その葉、何が違う」


「乾燥時間です。左は三日、右は五日。香りの残り方が違います」


「保管は」


「湿度が高いと香りが濁ります。冷えすぎても硬くなります」


「煙草に使えるか」


「葉の癖によります。薬草用とは違いますが、香りの層は作れます」


「お前に頼みたい」


「かしこまりました」


「めっちゃ話わかるやん」


「指示が明確ですので」


「気に入った」


 ミレーヌが記録する。


『メガネ聖女。

分類:未配置人材。

能力:薬草、香り、乾燥、調合、保管。

現場適性:葉巻・煙草初期班班長候補』


「班長候補?」


「お前が一番、手元見えてる」


「……かしこまりました」


「腹決まるの早いな」


「作業中ですので」


「ええやん」



 次に向かったのは、王宮の意匠室だった。


 壁には絵。


 机には布、紙、顔料。


 中央には、明らかに芸術家のような男がいた。


 髪は長い。


 服は派手。


 指にはいくつも指輪。


 立っているだけで、自分は芸術ですと言いたげである。


「ようこそ、姫様! ついに私の芸術が、王家に必要とされる時が来たのですね!」


「お前ちゃう」


「早いな」


 ミレーヌが小さく言った。


 芸術家の男は、両手を広げたまま固まった。


「え?」


「横や」


 清司が見ていたのは、その男の横だった。


 地味な服を着た弟子らしき人物が、机の端でスケッチをしている。


 線は少ない。


 飾りも少ない。


 だが、見やすい。


 箱の形。


 ラベルの位置。


 文字の置き方。


 遠目で分かる印。


 全部、紙の上に整っていた。


「わ、私でしょうか」


「話しかけてへん」


「え」


「絵ぇ見とる」


 リリアーナは、そのスケッチを指した。


「お前は、シンプルで分かりやすい絵を描いとる」


「は、はい」


「うるさい絵は刺さらん」


 芸術家の男が震えた。


「貴族に刺さるロゴ作ってくれ」


「ロゴ、ですか」


「箱、紙、印。見た瞬間に王家の認可品やと分かるやつ」


「かしこまりました」


「あ、家紋はやめろよ」


「分かってます」


「めっちゃ話早いやん」


 ミレーヌが記録する。


『意匠室の弟子。

分類:未配置人材。

能力:簡潔な図案、視認性、箱・ラベル設計。

現場適性:ロゴ、包装、商品表示。

注意:家紋化しない』


「家紋化しないってなんや」


「重要です」


「重要やけど」



 次に向かったのは、図書室だった。


 そこには、セドリックがいた。


 相変わらず、眼鏡が似合う。


 相変わらず、知的で落ち着いている。


 相変わらず、四十代とは思えない色気がある。


 そして相変わらず、清司から見れば、じじいだった。


「姫様。今度は何をお探しで?」


「人や」


「本ではなく?」


「本も見る。けど、今日は人や」


 セドリックは、眼鏡の奥で少しだけ目を細めた。


「私でしょうか」


「お前ちゃう」


「相変わらず手厳しい」


「お前も使う。けど、本命はそっちや」


 清司が指したのは、セドリックの近くで黙々と書類を書いている文官だった。


 若い。


 地味。


 目立たない。


 だが、手が速い。


 紙を取り、読み、分類し、記入し、横へ流す。


 流れるようだった。


「お前」


「はい」


「今、何枚書いた」


「十七枚です」


「誤字は」


「ありません」


「分類ミスは」


「ありません」


「なんで分かる」


「確認しながら書いていますので」


「お前、記録係や」


「承知しました」


「話早っ」


 セドリックが、静かに笑った。


「その者は、目立ちませんが、手が正確です」


「知っとったんか」


「もちろん」


「言えや」


「誰も聞きませんでしたので」


「この王宮、そういう奴多すぎるやろ」


「多いでしょうね」


 ミレーヌが記録する。


『図書室文官。

分類:未配置人材。

能力:高速筆記、分類、記録、誤字確認。

現場適性:帳簿、在庫表、許可証、作業記録。

備考:返事が早い』


「備考いるか」


「返事が早いのは重要です」


「それはそう」



 その後も、清司は王宮内を回った。


 香りを分けていた者。


 紙を寸法通りに揃えていた者。


 瓶を割らずに素早く並べていた者。


 保管庫で湿度を見ていた者。


 道具の場所を全部覚えている下働き。


 誰も目立っていない。


 誰も前に出てこない。


 だが、呼ばれたら来る。


 聞かれたら答える。


 言われたら動く。


 無駄に話しかけてこない。


 ローズも持ってこない。


 花火も上げない。


「……ええな」


「何がですか」


「無駄に話しかけてこん」


「元モブですので」


「強みみたいに言うな」


「強みです」


「否定できん」


 気づけば、二十人ほどが集まっていた。


 メガネの聖女。


 地味な弟子。


 無口な文官。


 髪をきっちり結んだ薬草係。


 袖をまくった紙係。


 手袋をした保管係。


 目立たないが姿勢のいい侍女。


 道具の場所をすべて覚えている下働き。


 見た目は、ばらばらだった。


「……全員メガネやったら覚えやすいんやけどな」


「現実味がありません」


 ミレーヌが即答した。


「せやな」


「それに、メガネは班長の記号で十分です」


「記号言うな」


 メガネの聖女が、小さく眼鏡を押し上げた。


「私が、班長でよろしいのでしょうか」


「お前が一番、手元見えてる」


「……かしこまりました」


「ほんま腹決まるの早いな」


「作業中ですので」


「好きやわ、その感じ」


 そこへ、レイナが入ってきた。


 手には、スロープ建設現場の経過報告書がある。


「姫様。大階段前の工事ですが、午前分の作業は予定より少し早く進んでおりますわ」


「バルドは?」


「安全確認中です。エミール様は工程表を修正中。レオン卿は合図係を、妙に真剣にやっています」


「花火やめたか」


「今のところは」


「油断できんな」


 レイナは、集まった二十人を見た。


「……こちらは?」


「葉巻と煙草の初期班や」


「まあ」


 レイナは、扇を閉じた。


「地味ですわね」


「刺すな」


「ですが、手元は悪くありませんわ」


「そこ見れるんはええな」


 リリアーナは、集まった二十人を見た。


 黒スーツ清司が、リリアーナの横に立つ。


 腕を組み、鋭い目で、まっすぐ二十人を見る。


 レイナは、報告書を胸に抱えたまま、その姿を見つめた。


「はっきり言って」


 リリアーナの口から、低い声が出た。


「お前らの仕事の姿勢に惚れた」


「お前らやからこそ、成功する」


「キラキラしとる奴が上に立っとるせいで、見えてへんだけや」


「才能がないんちゃう。見抜かれてへんだけや」


「お前らは背景ちゃう。仕事しとったやろ」


 清司の声が、少しだけ強くなった。


「お前らの実力、見せつけたれ!!」


「はい!!」


「葉巻と煙草、作るぞ」


「清司さん」


「なんや」


「組合の集会みたいでした」


「うるさい」


 その少し後ろで、レイナがふらりと揺れた。


「レイナ様」


 演説のあいだ隣に控えていたバルドが、静かに支える。


「大丈夫ですか」


「え、ええ……問題ありませんわ」


「顔色が赤いです」


「問題ありませんわ」


「呼吸が乱れています」


「問題ありませんわ」


 レイナは、リリアーナに重なる黒スーツ清司を見つめた。


 腕を組み、鋭い目で二十人を見ているその姿は、先ほどまでよりもずっと濃く見えた。


「……素敵すぎますわ」


「レイナ」


 リリアーナの口から、低い声が漏れた。


「今それ言う場面ちゃう」


「申し訳ありません。ですが、無理ですわ」


「無理ってなんや」


 バルドの手が、腰の鈴へ伸びた。


「鳴らすな」


「まだ鳴らしておりません」


「鳴らす気やったやろ」


「必要であれば」


「何を終了させる気や」


「過度な興奮を」


「ローズセレモニーより失礼やぞ」


 ミレーヌは黒革手帖を開いた。


『レイナ様。

状態:デレボケ。

原因:清司さんの漢気と現場圧。

対応:バルド様が支える。

備考:静かな進行役、恋愛面にも対応可能』


「対応すな」


「記録上、必要です」


 ミレーヌは、改めて黒革手帖を開いた。


「班名が必要ですね」


「葉巻煙草初期班でええやろ」


「長いです」


「ほな何や」


「モビーズ」


「……なんやそれ」


「元モブが、ムーブするので」


「急に英語混ぜるな」


「モビーズです」


「ちょっと可愛いの腹立つな」


「記録しやすいです」


「理由そこなんや」


 メガネの聖女が、眼鏡を押し上げた。


「モビーズ、承知しました」


「受け入れ早いな」


「班名がある方が動きやすいので」


「最高やんけ」


 ミレーヌは、黒革手帖に書き込む。


『葉巻・煙草事業初期班。

通称:モビーズ。

班長:メガネ聖女。

主な役割:薬草、香り、乾燥、保管、紙、箱、意匠、記録。

備考:元モブが、ムーブする』


「最後気に入ってるやろ」


「少し」


「認めるな」


 こうして、王宮の片隅で、


 誰にも見られていなかった者たちが、


 葉巻と煙草という名のブツを作るため、


 静かに動き出した。


 おいたわしいのは、

 乙女ゲーム制作スタッフである。

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