第24話 お前ちゃう
翌朝。
リリアーナの部屋に、父王陛下からの手紙が届いた。
封蝋は王家のもの。
字は、妙に圧が強い。
ミレーヌが、淡々と読み上げる。
「今建設してるのはええ。こっちのブツもちゃんとやれ」
「言い方」
リリアーナの口から、低い声が漏れた。
横に立つ黒スーツ清司も、同じ顔で眉間に皺を寄せている。
「王家の手紙でブツ言うな」
「続きがあります」
「嫌な予感しかせん」
「葉巻。煙草。早よせえ」
「せかすな」
「追伸」
「まだあるんか」
「姐さんも待っとる」
「圧を足すな」
ミレーヌは手紙を畳み、黒革手帖を開いた。
『父王陛下より催促。
内容:葉巻・煙草。
表現:ブツ。
備考:王家書簡としては不適切』
「書くな」
「重要な記録ですので」
「不適切はほんまやけど」
スロープ建設現場は、すでに動いている。
安全確認はバルド。
苦情と導線整理はレイナ。
工程表はエミール。
外観と案内板はアレクシス。
休憩所と顔合わせはエリオット。
警備導線と合図係はレオン。
恋愛イベントは止まった。
現場は進んだ。
ならば次は。
「こっちのブツやな」
「葉巻と煙草ですね」
「言い直しても怪しいな」
「初期班が必要です」
ミレーヌが黒革手帖をめくる。
「薬草、香り、乾燥、保管、紙、箱、意匠、記録。在庫管理も必要です」
「流通は後や」
「よろしいのですか?」
「物ができてへんのに売り先考えてもしゃあない」
「珍しく順番がまともですね」
「珍しく言うな」
黒スーツ清司が、腕を組んだ。
リリアーナも、同じ顔で前を見る。
「人、探すぞ」
まず向かったのは、王宮内の薬草室だった。
白い服。
淡い光。
清らかな空気。
薬草とポーションの匂い。
いかにも聖女がいそうな部屋である。
「まあ、リリアーナ姫様!」
案の定、いた。
長い金髪。
潤んだ瞳。
柔らかな笑顔。
絵に描いたような聖女だった。
「お体は大丈夫ですか? 私、ずっと心配しておりましたの。姫様のためでしたら、癒しの祈りも、浄化の儀式も、祝福の歌も――」
「お前黙っとけ」
薬草室が、静まり返った。
「え」
「こっちに話聞きたい」
清司が見ていたのは、その聖女の後ろだった。
眼鏡をかけた聖女が、黙々と作業している。
葉を分ける。
瓶を寄せる。
火を弱める。
液体の色を見る。
記録を書く。
速い。
静か。
正確。
「お前や」
「私でしょうか」
「お前や」
「私、背景みたいで話しかけられたの初めてです」
「背景ちゃう。仕事しとったやろ」
メガネの聖女が、固まった。
「その葉、何が違う」
「乾燥時間です。左は三日、右は五日。香りの残り方が違います」
「保管は」
「湿度が高いと香りが濁ります。冷えすぎても硬くなります」
「煙草に使えるか」
「葉の癖によります。薬草用とは違いますが、香りの層は作れます」
「お前に頼みたい」
「かしこまりました」
「めっちゃ話わかるやん」
「指示が明確ですので」
「気に入った」
ミレーヌが記録する。
『メガネ聖女。
分類:未配置人材。
能力:薬草、香り、乾燥、調合、保管。
現場適性:葉巻・煙草初期班班長候補』
「班長候補?」
「お前が一番、手元見えてる」
「……かしこまりました」
「腹決まるの早いな」
「作業中ですので」
「ええやん」
次に向かったのは、王宮の意匠室だった。
壁には絵。
机には布、紙、顔料。
中央には、明らかに芸術家のような男がいた。
髪は長い。
服は派手。
指にはいくつも指輪。
立っているだけで、自分は芸術ですと言いたげである。
「ようこそ、姫様! ついに私の芸術が、王家に必要とされる時が来たのですね!」
「お前ちゃう」
「早いな」
ミレーヌが小さく言った。
芸術家の男は、両手を広げたまま固まった。
「え?」
「横や」
清司が見ていたのは、その男の横だった。
地味な服を着た弟子らしき人物が、机の端でスケッチをしている。
線は少ない。
飾りも少ない。
だが、見やすい。
箱の形。
ラベルの位置。
文字の置き方。
遠目で分かる印。
全部、紙の上に整っていた。
「わ、私でしょうか」
「話しかけてへん」
「え」
「絵ぇ見とる」
リリアーナは、そのスケッチを指した。
「お前は、シンプルで分かりやすい絵を描いとる」
「は、はい」
「うるさい絵は刺さらん」
芸術家の男が震えた。
「貴族に刺さるロゴ作ってくれ」
「ロゴ、ですか」
「箱、紙、印。見た瞬間に王家の認可品やと分かるやつ」
「かしこまりました」
「あ、家紋はやめろよ」
「分かってます」
「めっちゃ話早いやん」
ミレーヌが記録する。
『意匠室の弟子。
分類:未配置人材。
能力:簡潔な図案、視認性、箱・ラベル設計。
現場適性:ロゴ、包装、商品表示。
注意:家紋化しない』
「家紋化しないってなんや」
「重要です」
「重要やけど」
次に向かったのは、図書室だった。
そこには、セドリックがいた。
相変わらず、眼鏡が似合う。
相変わらず、知的で落ち着いている。
相変わらず、四十代とは思えない色気がある。
そして相変わらず、清司から見れば、じじいだった。
「姫様。今度は何をお探しで?」
「人や」
「本ではなく?」
「本も見る。けど、今日は人や」
セドリックは、眼鏡の奥で少しだけ目を細めた。
「私でしょうか」
「お前ちゃう」
「相変わらず手厳しい」
「お前も使う。けど、本命はそっちや」
清司が指したのは、セドリックの近くで黙々と書類を書いている文官だった。
若い。
地味。
目立たない。
だが、手が速い。
紙を取り、読み、分類し、記入し、横へ流す。
流れるようだった。
「お前」
「はい」
「今、何枚書いた」
「十七枚です」
「誤字は」
「ありません」
「分類ミスは」
「ありません」
「なんで分かる」
「確認しながら書いていますので」
「お前、記録係や」
「承知しました」
「話早っ」
セドリックが、静かに笑った。
「その者は、目立ちませんが、手が正確です」
「知っとったんか」
「もちろん」
「言えや」
「誰も聞きませんでしたので」
「この王宮、そういう奴多すぎるやろ」
「多いでしょうね」
ミレーヌが記録する。
『図書室文官。
分類:未配置人材。
能力:高速筆記、分類、記録、誤字確認。
現場適性:帳簿、在庫表、許可証、作業記録。
備考:返事が早い』
「備考いるか」
「返事が早いのは重要です」
「それはそう」
その後も、清司は王宮内を回った。
香りを分けていた者。
紙を寸法通りに揃えていた者。
瓶を割らずに素早く並べていた者。
保管庫で湿度を見ていた者。
道具の場所を全部覚えている下働き。
誰も目立っていない。
誰も前に出てこない。
だが、呼ばれたら来る。
聞かれたら答える。
言われたら動く。
無駄に話しかけてこない。
ローズも持ってこない。
花火も上げない。
「……ええな」
「何がですか」
「無駄に話しかけてこん」
「元モブですので」
「強みみたいに言うな」
「強みです」
「否定できん」
気づけば、二十人ほどが集まっていた。
メガネの聖女。
地味な弟子。
無口な文官。
髪をきっちり結んだ薬草係。
袖をまくった紙係。
手袋をした保管係。
目立たないが姿勢のいい侍女。
道具の場所をすべて覚えている下働き。
見た目は、ばらばらだった。
「……全員メガネやったら覚えやすいんやけどな」
「現実味がありません」
ミレーヌが即答した。
「せやな」
「それに、メガネは班長の記号で十分です」
「記号言うな」
メガネの聖女が、小さく眼鏡を押し上げた。
「私が、班長でよろしいのでしょうか」
「お前が一番、手元見えてる」
「……かしこまりました」
「ほんま腹決まるの早いな」
「作業中ですので」
「好きやわ、その感じ」
そこへ、レイナが入ってきた。
手には、スロープ建設現場の経過報告書がある。
「姫様。大階段前の工事ですが、午前分の作業は予定より少し早く進んでおりますわ」
「バルドは?」
「安全確認中です。エミール様は工程表を修正中。レオン卿は合図係を、妙に真剣にやっています」
「花火やめたか」
「今のところは」
「油断できんな」
レイナは、集まった二十人を見た。
「……こちらは?」
「葉巻と煙草の初期班や」
「まあ」
レイナは、扇を閉じた。
「地味ですわね」
「刺すな」
「ですが、手元は悪くありませんわ」
「そこ見れるんはええな」
リリアーナは、集まった二十人を見た。
黒スーツ清司が、リリアーナの横に立つ。
腕を組み、鋭い目で、まっすぐ二十人を見る。
レイナは、報告書を胸に抱えたまま、その姿を見つめた。
「はっきり言って」
リリアーナの口から、低い声が出た。
「お前らの仕事の姿勢に惚れた」
「お前らやからこそ、成功する」
「キラキラしとる奴が上に立っとるせいで、見えてへんだけや」
「才能がないんちゃう。見抜かれてへんだけや」
「お前らは背景ちゃう。仕事しとったやろ」
清司の声が、少しだけ強くなった。
「お前らの実力、見せつけたれ!!」
「はい!!」
「葉巻と煙草、作るぞ」
「清司さん」
「なんや」
「組合の集会みたいでした」
「うるさい」
その少し後ろで、レイナがふらりと揺れた。
「レイナ様」
演説のあいだ隣に控えていたバルドが、静かに支える。
「大丈夫ですか」
「え、ええ……問題ありませんわ」
「顔色が赤いです」
「問題ありませんわ」
「呼吸が乱れています」
「問題ありませんわ」
レイナは、リリアーナに重なる黒スーツ清司を見つめた。
腕を組み、鋭い目で二十人を見ているその姿は、先ほどまでよりもずっと濃く見えた。
「……素敵すぎますわ」
「レイナ」
リリアーナの口から、低い声が漏れた。
「今それ言う場面ちゃう」
「申し訳ありません。ですが、無理ですわ」
「無理ってなんや」
バルドの手が、腰の鈴へ伸びた。
「鳴らすな」
「まだ鳴らしておりません」
「鳴らす気やったやろ」
「必要であれば」
「何を終了させる気や」
「過度な興奮を」
「ローズセレモニーより失礼やぞ」
ミレーヌは黒革手帖を開いた。
『レイナ様。
状態:デレボケ。
原因:清司さんの漢気と現場圧。
対応:バルド様が支える。
備考:静かな進行役、恋愛面にも対応可能』
「対応すな」
「記録上、必要です」
ミレーヌは、改めて黒革手帖を開いた。
「班名が必要ですね」
「葉巻煙草初期班でええやろ」
「長いです」
「ほな何や」
「モビーズ」
「……なんやそれ」
「元モブが、ムーブするので」
「急に英語混ぜるな」
「モビーズです」
「ちょっと可愛いの腹立つな」
「記録しやすいです」
「理由そこなんや」
メガネの聖女が、眼鏡を押し上げた。
「モビーズ、承知しました」
「受け入れ早いな」
「班名がある方が動きやすいので」
「最高やんけ」
ミレーヌは、黒革手帖に書き込む。
『葉巻・煙草事業初期班。
通称:モビーズ。
班長:メガネ聖女。
主な役割:薬草、香り、乾燥、保管、紙、箱、意匠、記録。
備考:元モブが、ムーブする』
「最後気に入ってるやろ」
「少し」
「認めるな」
こうして、王宮の片隅で、
誰にも見られていなかった者たちが、
葉巻と煙草という名のブツを作るため、
静かに動き出した。
おいたわしいのは、
乙女ゲーム制作スタッフである。




