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ふわ姫若頭 〜恋愛フラグを全部現場復帰させたら、女王ルートが開きました〜  作者: 夜嶋朔
第二章 学園現場復帰編

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第23話 ローズイベント


 スロープ建設予定地となった大階段前は、数日で完全な工事現場になっていた。


 積み上げられた石材と木材。広げられた図面。張り巡らされた測量用の縄。


 作業員が行き交い、ミレーヌが黒革手帖へ進捗を書き込んでいる。


 その中央に、なぜかローズを持ったアレクシスが立っていた。


「……何してんねん」


「配置の確認だよ!」


「そのローズは何や」


「色も確認してる!」


「工事現場で?」


「工事現場だからだよ! 石ばっかりだと寂しいでしょ?」


「今から石置く場所や!!」


 アレクシス・ローゼン。


 顔がうるさい王子である。


 本人は普通に立っているつもりだが、工事現場にいても一人だけ式典の告知ポスターみたいになっていた。


「見て、リリアーナ! 白い石に赤いローズ! 最高に映えるよ!」


「映えより足元見ろ!」


「安全と美しさは両立できるよ!」


「ローズ持って測量用の縄またぐな!!」


「大丈夫! 僕、運動神経いいから!」


「お前が大丈夫でも周りが危ないんや!」


 アレクシスの前には、数人の令嬢まで並んでいた。


 全員、なぜか少し緊張している。


 アレクシスは一本のローズを抜き、笑顔で差し出した。


「このローズ、受け取ってくれる?」


「はい、喜んで」


「ローズセレモニー始めんな!!」


「色の見え方を確認してるだけだよ!」


「令嬢並べる必要ないやろ!」


「人が持った時の高さも大事だから!」


「それっぽい理由つけるな!」


 チリン。


 澄んだ鈴の音が、騒がしい工事現場へ静かに響いた。


「そこまでです」


 いつの間にか、バルドが立っていた。


 背筋を伸ばし、片手に小さな鈴を持っている。


「ローズをお持ちの皆さま。お時間です」


「何の時間や」


「ご移動のお時間です」


「帰らせる気や!」


「資材の搬入が始まりますので、速やかに通路をお空けください」


 令嬢たちはローズを持ったまま、一斉に脇へ避けた。


 バルドはアレクシスを見る。


「アレクシス殿下も、こちらへ」


「僕も?」


「最も通路を塞いでおります」


「一番邪魔やったんかい」


「邪魔だった?」


「邪魔です」


「即答!」


「必要ですので」


 ミレーヌの筆が走った。


『バルド・ハルディン。


 分類:静かな進行役。


 新装備:鈴。


 発言傾向:そこまでです。


 効果:不要な恋愛演出の終了。


 備考:渋い』


「渋いまで書くんか」


「記録です」


「記録は武器ですので」


 リリアーナは、まだローズを持っているアレクシスを見た。


 令嬢の立ち位置。


 ローズの色。


 石材との組み合わせ。


 邪魔ではあるが、見ている場所は悪くない。


「アレクシス」


「何?」


「お前の美意識は、案内板と外観に使え」


「案内板?」


「誰が見ても分かるやつや。綺麗で、見やすくて、初めて来た奴でも迷わんようにせぇ」


 アレクシスの顔が、ぱっと明るくなった。


「僕に任せて! 最高に美しい案内板を作るよ!」


「美しさより分かりやすさやぞ」


「両方に決まってるでしょ!」


「急に強いな」


「スロープも学園の景色に溶け込ませる! 使う人が遠慮しないくらい堂々としたものにするよ!」


「それでええ」


「ローズも飾る?」


「いらん」


「一本だけ!」


「いらん!」


「入口に少し!」


「諦めろ!!」


 ミレーヌが黒革手帖へ書き込む。


『アレクシス殿下。


 恋愛イベント化傾向:ローズセレモニー。


 現場転用:案内板、外観、景観調整。


 注意:工事導線へ令嬢を並べない』


「もう並べないよ!」


「ほんまやろな」


「次は作業員を並べる!」


「誰も並べんな!!」


「最高ぉう!」


「誤魔化すな!」


「リリアーナー!」


 今度は大階段の上から、エリオットが手を振った。


「みんな連れてきたよー!」


「嫌な予感しかせぇへん」


 エリオットの後ろから、生徒たちが次々と下りてくる。


 お茶。軽食。花。敷物。美しく飾られた椅子。


 小さな机まで運ばれていた。


「ちょっと休憩しよう! みんな朝から頑張ってるでしょ?」


「まだ作業始まったばっかりや!」


「早めの休憩も大事だよ!」


「その椅子どこ置く気や」


「ここ!」


「搬入口の真ん中や!!」


「広くてみんな集まりやすいよ!」


「資材もそこに集まるんや!!」


 エリオットは、すでに敷物の上へ軽食を並べ始めている。


「作業員も生徒も先生も、みんな一緒に休めるよ! これを機会に仲良くなろう!」


「工事現場で親睦会始めんな!」


「交流は大事でしょ?」


「言うてることだけは正しい!」


「飲み物もいっぱいあるよ! リリアーナはここに座って!」


「俺だけ椅子豪華すぎるやろ!」


「主役だから!」


「何の主役や!」


「スロープを作る主役!」


「工事に主役はいらん!」


 エリオットは小さなローズを取り出し、リリアーナへ差し出した。


「それと、みんなを動かしたリリアーナに――」


「待て」


「サプライズローズ!」


「言うてもた!!」


 チリン。


「そこまでです」


 バルドが二人の間へ入った。


「エリオット殿下。ローズをお渡しになる前に、皆さまへ大切なお知らせがございます」


「何?」


「ご移動ください」


「また帰らせるやつや!」


「机と椅子が搬入口を塞いでおります」


「あっ、本当だ!」


「軽食台が図面の隣に置かれております」


「みんなで見ながら食べられるよ!」


「油染みが残ります」


「それは困る!」


「人員が一か所へ集まり、作業導線も停止しております」


 エリオットが周りを見る。


 作業員たちは、資材を持ったまま完全に立ち止まっていた。


「……僕、邪魔してた?」


「邪魔です」


「アレクシスと同じこと言われた!」


「最高ぉう!」


「喜ぶところちゃう!」


 バルドは鈴を持ったまま、生徒たちへ穏やかに顔を向けた。


「皆さま。休憩所は木陰へ移動いたします。飲み物のみを残し、軽食は作業が一区切りしてからお召し上がりください」


「はーい!」


「椅子はこちらへ」


「はーい!」


「ローズは?」


「お持ち帰りください」


「俺に聞くな」


 リリアーナは、片づけを始めたエリオットを見た。


 人を集める。


 場を作る。


 立場の違う者同士を自然に交ぜる。


 場所さえ間違えなければ、必要な力だった。


「エリオット」


「何?」


「人を集めるんは悪くない」


「ほんと?」


「ただ、場所と目的が違う。休憩所は搬入口から離せ。水分補給だけは作業場所の近くに置け。顔合わせするなら交代でやれ」


「なるほど!」


「全員集めて作業止めんな」


「じゃあ僕、休憩の順番を作るよ! 先生と生徒と作業員が少しずつ話せるようにする!」


「それや」


「お茶の種類も分ける!」


「それも好きにせぇ」


「サプライズローズは?」


「いらん」


「一輪だけでも?」


「いらん!」


「じゃあ休憩所に飾る!」


「アレクシスと組むな!!」


 二人が同時に振り返った。


「任せて!」


「最高の休憩所にするよ!」


「嫌な連携だけ早いな!」


 ミレーヌが記録する。


『エリオット殿下。


 恋愛イベント化傾向:グループデート、サプライズローズ。


 現場転用:休憩所配置、関係者の顔合わせ、貴族間調整。


 注意:美しい言葉で作業を止めないこと』


「止めないよ!」


「さっき止めとったやろ」


「次は止めない!」


「切り替えだけは早いな」


「最高ぉう!」


「お前まで言うんか!」


「リリアーナー!」


 今度は大階段の反対側から、レオンが駆けてきた。


 その後ろには近衛たち。


 小さな筒。


 火薬の匂い。


 そして、なぜか一輪のローズ。


「工事始まるから祝おうと思って!」


「何持ってきたんや」


「花火!」


「工事現場で花火上げるな!!」


「大丈夫! 安全な場所は確認したよ!」


「そういう問題ちゃう!」


「近衛も集めた!」


「帰らせろ!」


「まずリリアーナにローズを渡して、その瞬間に花火上げる!」


「恋愛イベントと祝砲混ぜんな!!」


「絶対盛り上がるよ!」


「工事は盛り上げんでええ!」


「じゃあ始めるね!」


「話聞けや!!」


 チリン。


「そこまでです」


 バルドの鈴が、先ほどより強く鳴った。


 近衛たちが一斉に動きを止める。


「レオン卿。誠に残念ではございますが、ローズと点火棒をこちらへ」


「両方?」


「火気厳禁です」


「安全な距離は見たよ!」


「そこまでです」


「二回目!」


「馬車馬が驚く可能性がございます」


「じゃあ馬車が通らない時間に――」


「そこまでです」


「三回目!」


「火花が足場へ落下する危険がございます」


「火花が届かない向きに――」


「そこまでです」


「全部止められた!」


 バルドはレオンの手から、静かに点火棒を受け取った。


「ローズもお願いいたします」


「ローズは燃えないよ!」


「視界を塞ぎます」


「一輪やぞ!」


「安全管理です」


 レオンは真剣な顔でローズまで差し出した。


「ごめん! リリアーナを危ない目に遭わせるところだった!」


「危ない目に遭わせる前提の祝いすな」


「花火やめる!」


「そうせぇ」


「ローズもやめる!」


「そうせぇ」


「……ちょっと残念」


「そこだけ未練残すな!」


 リリアーナは近衛たちの配置を見た。


 出入口。


 大階段。


 資材置き場。


 危険な場所には、すでに人が立っている。


 花火は邪魔だが、配置と合図を考える力は使える。


「レオン」


「何?」


「合図を出す発想は悪くない」


「ほんと?」


「作業開始、停止、危険、避難。現場には全員が分かる合図がいる」


「花火で?」


「旗と声や!!」


「旗!」


「近衛を警備と合図係に回せ。危ない奴がおったら止めろ。資材を持った奴が通る時は道を空けさせろ」


「分かった!」


「花火はいらん」


「うん!」


「ローズもいらん」


「……うん!」


「返事に差つけんな!」


 レオンが近衛たちを振り返った。


「みんな聞いて!」


「赤い旗は危険!」


「白い旗は作業開始!」


「青い旗は休憩!」


「全部終わったら?」


「最高ぉう!!」


「そんな合図いらん!!」


 ミレーヌが書き込む。


『レオン卿。


 恋愛イベント化傾向:ローズ、花火、忠誠演出。


 現場転用:作業開始合図、危険通知、警備導線、避難誘導。


 注意:工事現場で祝砲を撃たない』


「もう撃たないよ!」


「当たり前や!」


「完成した時は?」


「許可取れ!!」


「分かった!」


 リリアーナは目の前を見回した。


 ローズを抱えて案内板へ向かうアレクシス。


 椅子と机を木陰へ運ぶエリオット。


 旗を持って近衛たちを走らせるレオン。


 全員、手伝っているつもりだった。


 そして、全員、一度は作業を止めていた。


「……なるほどな」


「何が分かったの?」


 エミールが、いつの間にか横で資料を見ていた。


「こいつら、邪魔の仕方に才能出とる」


「確かに!」


「嬉しそうに言うな」


「アレクシスは見せ方! エリオットは人を集める! レオンは警備と合図!」


「恋愛イベント剥がしたら、全部現場の仕事になる」


「すごいね!」


「学び方は最悪やけどな」


 レイナが扇を閉じた。


「非常に分かりやすい人材評価ですわ」


「お前も見抜いとったんか」


「ええ。三人とも、善意で邪魔をしておりますもの」


「一番厄介なやつや」


「悪意がありませんので、止めてもすぐ別の方法で手伝おうといたしますわ」


 その言葉どおりだった。


「リリアーナー! 案内板にローズの縁取り入れていい?」


「リリアーナ! 休憩所に音楽も流そうよ!」


「リリアーナ! 作業開始の掛け声考えたよ!」


 三人が同時に戻ってきた。


「戻ってくんな!!」


 チリン。


「そこまでです」


 バルドが三人の前へ立った。


「アレクシス殿下は、案内板の試作を三案お願いいたします」


「分かった!」


「エリオット殿下は、休憩の交代表を作成してください」


「任せて!」


「レオン卿は、警備位置の確認を」


「分かった!」


「皆さま、それぞれの持ち場へどうぞ」


「はーい!」


 三人は素直に散っていった。


 リリアーナは、鈴を下ろしたバルドを見る。


「お前が一番扱い分かっとるやんけ」


「皆さま、非常に素直でいらっしゃいますので」


「言い方が幼稚園の先生や」


「役割を明確にお伝えすれば、真っすぐ取り組んでくださいます」


「自由にさせたら全部恋愛イベントになるけどな」


「その前に止めれば問題ございません」


 バルドは工事現場を静かに見渡した。


「それでは皆さま」


 チリン。


「作業再開のお時間です」


 作業員たちが一斉に持ち場へ戻る。


 アレクシスは案内板を描き、エリオットは休憩所を整え、レオンは近衛たちと警備導線を確認する。


 ローズセレモニーは止まった。


 グループデートも止まった。


 花火も上がらなかった。


 それでも現場は、さっきよりずっと早く動き始めた。


 ミレーヌは黒革手帖を閉じた。


『本日の結論。


 恋愛イベントは現場では邪魔。


 ただし、邪魔の仕方には持ち場の才能が表れる。


 対応方針。


 始まる前にバルドが止める』


「全部バルド頼みやないか」


「最も効率的ですので」


 離れた場所から、三人の声が響いた。


「リリアーナ! 見て! 最高の案内板できたよ!」


「休憩所も最高だよ!」


「警備導線も最高!」


 セシルまで、どこからか飛び込んでくる。


「全部最高ぉう!!」


「お前いつ来たんや!!」


 チリン。


「そこまでです」


 バルドの鈴が、工事現場へ静かに響いた。

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