第21話 葉巻、吸いたい
「行ってきます」
「任しとけ。現場、見てこい」
リリアーナが頷き、ミレーヌが車椅子を動かそうとした時だった。
「ああ、待て清司」
「まだなんかあるんですか」
父王はリリアーナの隣へ目を向けた。
黒スーツ姿の清司は、いつもどおり刀を肩に担いでいる。
「あとお前、ワシの刀担いどるやんけ!」
「知らん間に持ってこっち来てたんや!」
「なんでワシの刀がお前について行っとんねん」
「知らん言うとるやろ!」
父王は刀を眺め、懐かしそうに目を細めた。
「ちゃんと手入れしとるか」
「俺、触られへんねん!」
「ほな誰が手入れしとるんや」
「勝手に綺麗なままや!」
「便利やな」
「雑に納得すな!」
ミレーヌが黒革の手帖を開く。
『清司さんの刀。
前世のオヤジ所有物。
転生時に無断同行。
手入れ不要』
「無断同行って書くな」
「事実ですので」
「刀に意思あるみたいになるやろ」
「姫様の魂についてきた可能性はあります」
父王が満足そうに頷いた。
「ワシより清司選んだんやな」
「刀相手に張り合うな!」
「大事に使えよ」
「斬っとるん、ほとんどエミールやけどな」
「誰やそれ」
「好感度表作っとったアホです」
「斬っとけ」
「もう斬った」
「ほなええ」
「話早いな!」
今度こそミレーヌが車椅子を動かそうとすると、父王が再び呼び止めた。
「あ、あとな」
リリアーナは振り返った。
「今度はなんですか」
父王は王の顔のまま、重々しく告げた。
「葉巻、吸いたい」
部屋が静かになった。
「……はい?」
「葉巻、吸いたい」
「二回言わんでください」
「この世界、葉巻がない」
「ないんですか」
「ない」
王妃が扇をそっと閉じた。
「清司」
「はい」
「うちは煙草や」
「姐さんまで?」
「そっちもないねん」
「吸うもん全滅やんけ」
父王が深く頷いた。
王妃も、涼しい顔で頷いている。
二人とも、冗談を言っている顔ではなかった。
清司は、少し黙った。
前の世界では、当たり前にあったもの。
オヤジの指に挟まれていた葉巻。
姐さんが煙草を持つ姿。
身体は変わっても、欲しがるものは変わらないらしい。
「……作れる奴、探すか」
父王の目が、清司へ向いた。
「作るんか」
「二人とも吸いたいんやろ」
「清司も吸いたいやろ」
「こんな身体で吸えるか!」
京子が、静かに笑った。
清司は、王宮の廊下を思い返していた。
窓の外で、庭の手入れをしていた者。
荷を運んでいた者。
棚へ瓶を並べ、紙へ何かを書きつけていた者。
何人もの横を通ってきた。
何を得意としているかは、まだ知らない。
なら、見に行けばいい。
自分が葉を育て、加工して、箱まで作るつもりではなかった。
できる者を見つける。
その仕事を見て、任せる。
清司がやるのは、そこだった。
ミレーヌの筆が走る。
『父王陛下、葉巻を希望。
王妃陛下、煙草を希望。
当地には、いずれも存在せず。
清司さん、作り手を探す意向』
「何でそんな真面目に書くんや」
「記録ですので」
「再会の余韻返してください」
「清司が作る言い出したんやろ」
「吸いたい吸いたい言うからや!」
父王の口元が上がった。
その横で、龍造も楽しそうに目を細めている。
「葉巻は男に売れる」
王妃も優雅に続けた。
「煙草は女にも売れるわ」
リリアーナの動きが止まった。
ミレーヌのペン先も止まる。
「待て。ただ吸いたいだけちゃいますね」
「なんのことや」
「葉巻と煙草やぞ。葉を育てて、乾燥させて、加工する。香料、巻紙、箱、保管、販売、王家認可、輸出、税まで繋がる」
父王の目が少し細くなり、王妃の口元も上がった。
「最初から金見てたやろ!」
「人が欲しがるもんは金になる」
「名言みたいに言うな」
「欲は流通する」
「もっと名言みたいに言うな!」
王妃は扇を開きながら微笑んだ。
「煙草は香りと見た目でも変わるわ。紙、箱、火入れ、持った時の姿まで整えれば、貴族の女性も欲しがる」
「完全に市場見てますやん」
「吸いたいとも言うたやろ」
「吸いたいだけの人間の分析ちゃうねん!」
ミレーヌは黒革の手帖へ書き込んだ。
『葉巻・煙草計画。
発端、父王陛下と王妃陛下の嗜好品欲求。
実態、新規産業候補。
必要工程、栽培、乾燥、加工、香料、巻紙、箱、保管、販売、王家認可、輸出、税。
備考、お二人とも利益を見ていた』
「備考消せ」
「残しとけ」
「オヤジも乗るな!」
父王は王らしく頷いた。
「場所と金が要るなら言え」
「人見てから、必要なもん持ってきます」
「あぁ」
短いやり取りだった。
誰に何をさせるかは、働くところを見てから決める。
先に肩書で選ぶつもりはなかった。
王宮の中には、まだ話したこともない者が大勢いる。
目立つ者の後ろでも、誰かが手を動かしているはずだった。
「……背景ちゃうもんな」
「はい?」
ミレーヌが顔を上げた。
「名前が出てへんだけや。仕事はしとるやろ」
黒スーツ姿の清司が、刀を担ぎ直した。
その目が、扉の向こうへ向く。
「王宮の中、回ってみるわ」
父王は何も言わず、清司を見ていた。
仕事を渡された顔ではない。
もう、見るものを決めた顔だった。
王妃が静かに頷く。
「楽しみにしとる」
「まず、人見つけてからですからね」
「作るんやな」
「作れる奴がおったらな!」
「作る顔しとる」
「どんな顔やねん!」
ミレーヌが再び手帖を開く。
『学園現場視察。
別件、王宮内での作り手の発掘』
「同時進行すな」
「始まっておりますので」
父王と王妃は、揃って楽しそうに笑った。
学園へ戻る許可を取りに来ただけだった。
それなのに。
父王は前世のオヤジで。
王妃は前世の姐さんで。
ミレーヌは王家公認の相棒になり。
オヤジの刀は清司の魂についてきている。
そのうえ、この世界にはない葉巻と煙草まで、作る話になった。
「……乙女ゲームどこ行ってん」
「現場へ向かっております」
「そういう意味ちゃうわ!」
ミレーヌに押され、リリアーナはようやく王の部屋を出た。
廊下の向こうで、侍女が荷を受け取っていた。
数を確かめ、置く場所を指す。
別の者が頷き、次の荷を運んでいく。
清司は、その手元を見た。
今まで、通り過ぎていた場所だった。
王宮で見るものが、また一つ増えた。




