第21話 葉巻、吸いたい
説明しよう!
リリアーナは、学園へ戻るため、父王陛下に面会した!
目的は、車椅子での学園復帰と、
専属侍女ミレーヌの学園同行許可!
その結果!
父王は前世のオヤジで!
王妃は前世の姐さんで!
ミレーヌは清司の相棒として王家認可された!
つまり!
恋愛イベントの準備をしに来たはずが、
前世の親分夫婦に相方を認められるという、
乙女ゲームとは思えない第一章ラストを迎えたのである!
「雑に説明すな」
リリアーナの口から、低い声が漏れた。
横に立つ黒スーツ清司も、まったく同じ顔で眉間に皺を寄せている。
ミレーヌは、黒革手帖を開いた。
『第一章終了時点。
父王陛下:前世のオヤジ。
王妃殿下:前世の姐さん。
ミレーヌ:王家認可相棒。
乙女ゲーム要素:減少傾向』
「最後いらん」
「重要ですので」
「重要なんか」
父王は、王の顔のまま、静かに頷いていた。
その横に立つ茶色いダブルスーツのオヤジは、腕を組み、満足そうに清司を見ている。
王妃は優雅に微笑み、その横の黒地の和服姿の姐さんは、涼しい目でミレーヌを見ていた。
話は終わった。
はずだった。
「あ、あとな」
父王が言った。
その瞬間、黒スーツ清司の眉が動いた。
リリアーナの眉も、同じように動く。
「……なんですか」
嫌な予感しかしない声だった。
父王は、重々しく告げた。
「葉巻、吸いたい」
部屋が静かになった。
黒スーツ清司が、ゆっくり父王を見た。
父王の横のオヤジは、堂々としている。
あまりにも堂々とした欲望だった。
「……はい?」
「葉巻、吸いたい」
「二回言わんでください」
「作れ」
「再会の余韻返してください」
父王は、王の顔のままだった。
だが、その横のオヤジは、完全に前世の事務所で無茶ぶりをする時の顔だった。
「この国には、まともな葉巻がない」
「王様が国産品をそんな言い方してええんですか」
「ないもんはない」
「正直すぎる」
「清司」
「はい」
「作れ」
「命令が短い」
ミレーヌは、すでに黒革手帖を開いていた。
『父王陛下。
要望:葉巻。
発言:「葉巻、吸いたい」
備考:読点に強い欲望あり』
「読点を記録するな」
「大事な間でしたので」
「そこ拾うんか」
その時、王妃が扇をそっと閉じた。
横に立つ姐さんの別表示も、同じように目を細める。
「清司」
声は柔らかい。
だが、背筋が伸びる。
「はい」
「うちは、煙草や」
「姐さんまで?」
「作ってこい」
「夫婦で嗜好品を国家事業にすな」
王妃は、にっこりと微笑んだ。
横の姐さんは、涼しい目をしていた。
黒スーツ清司は、腕を組んだまま天井を見た。
リリアーナも、同じように天井を見た。
「うちは煙草が吸いたい」
「欲望が直接的すぎるんですよ」
「清司も吸いたいやろ」
「こんな体で吸えるか!」
「ほな、作るだけ作り」
「作るだけで済むわけないでしょ」
父王が、静かに頷いた。
「済まんな」
「認めるな」
「葉巻は男に売れる」
王妃も、優雅に続ける。
「煙草は女にも売れる」
「……」
リリアーナの動きが止まった。
横の黒スーツ清司も、ぴたりと動きを止める。
ミレーヌのペン先も止まった。
部屋の空気が、少し変わる。
「待て」
リリアーナの口から、低い声が出た。
父王と王妃が、同時に清司を見る。
「なんや」
「なんやの」
「ただ吸いたいだけちゃいますね」
父王は黙った。
王妃も黙った。
横のオヤジは、葉巻もないのに葉巻をくわえているような顔をした。
横の姐さんは、煙草もないのに煙草を指に挟んでいるような顔をした。
ないのに似合いすぎていた。
「……あっ」
黒スーツ清司の顔が、すっと変わった。
リリアーナの顔も、同じように変わる。
「この二人、絶対利益見てやがる」
ミレーヌのペンが、走った。
「利益、ですか」
「葉巻と煙草やぞ」
清司は指を折った。
「栽培」
父王の目が、ほんの少し細くなる。
「乾燥」
王妃の口元が、ほんの少し上がる。
「加工。香料。紙。箱。保管。販売。王家認可。輸出。税」
オヤジの別表示が、腕を組んだまま、満足そうに頷いた。
姐さんの別表示も、涼しい目のまま笑っている。
「見てるやん」
「何をや」
「金です」
「下品やな」
「今さら品出すな!」
黒スーツ清司が机に手をついた。
もちろん、実体はない。
だが、気迫だけは机が割れそうだった。
「オヤジ、最初からそこまで見て言いましたね」
「人が欲しがるもんは、金になる」
「名言みたいに言わんでください」
「欲は、流通する」
「もっと名言みたいに言わんでください」
王妃が、ふふ、と笑った。
姐さんの別表示は、煙草を持つような指先で、空を軽く払う。
「煙草は、香りと見た目で変わる」
「姐さん」
「紙、箱、火入れ、持ち方。女が持って絵になるものにすれば、貴族の女も欲しがる」
「完全に市場見てますやん」
「吸いたい言うたやろ」
「吸いたいだけの人間の分析ちゃうねん」
ミレーヌは、さらさらと黒革手帖に書いた。
『葉巻・煙草計画。
発端:父王陛下および王妃殿下の嗜好品欲求。
実態:高収益産業候補。
必要工程:
栽培。
乾燥。
加工。
香料。
紙。
箱。
保管。
販売。
王家認可。
輸出。
税。
備考:
お二人とも、最初から利益を見ている可能性が高い』
「可能性やない。黒や」
「では、黒と記載します」
「記載するな」
「記載しとけ」
「オヤジも乗るな!」
父王は、王として重々しく頷いた。
「清司」
「はい」
「人材を探せ」
「やっぱり仕事になるやないですか」
「作るには、人が要る」
王妃も微笑む。
「葉を育てる者。香りを見る者。紙を扱う者。箱を整える者。売る者。記録する者」
「もう配置まで見えてる」
「清司」
「はい」
「お前、そういうの得意やろ」
清司は、言い返せなかった。
得意だ。
悔しいが、得意だった。
人を見る。
癖を見る。
何を見ているかを見る。
向いている持ち場に置く。
それは、前世でも今世でも、清司がやってきたことだった。
ミレーヌが、静かに顔を上げた。
「……未配置人材、ですね」
清司が彼女を見る。
「未配置人材?」
「はい」
ミレーヌは、黒革手帖を閉じた。
「庭師見習い、薬草係、倉庫番、商人見習い、下級文官、侍女見習い。必要な人材は、おそらく既に王宮や学園内にいます」
「背景におった奴らやな」
「名前が出ていなかっただけかと」
その言葉に、黒スーツ清司の目が少しだけ変わった。
リリアーナの目も、同じように変わる。
「モブやない」
部屋の空気が、ほんの少しだけ静かになった。
「名前が出てへんかっただけや」
父王の横のオヤジが、満足そうに清司を見る。
王妃の横の姐さんも、涼しい目でミレーヌを見た。
「持ち場がなかっただけや」
ミレーヌが、再びペンを構える。
清司は、低く言った。
「ほな、作るぞ」
父王は、満足そうに頷いた。
「それでええ」
王妃も、静かに微笑む。
「清司、きばりや」
「……はい」
返事をした清司の横で、黒スーツ清司が背筋を伸ばす。
リリアーナの体も、同じようにまっすぐになった。
ミレーヌの別表示は、黒革手帖を胸に抱え、妙にきりっとした顔をしている。
それを見た清司が、少しだけ顔をしかめた。
「お前も大袈裟に反応すな」
「相棒ですので」
「相棒関係あるか?」
「あります」
父王は、楽しそうに目を細めていた。
オヤジの別表示は、もう完全に何かの商談を始める顔になっている。
王妃は優雅に微笑み、姐さんの別表示は「分かっとるな」とでも言いたげに清司を見ていた。
父王はオヤジで。
王妃は姐さんで。
相棒は王家認可され。
学園へ行く準備をしていたはずなのに。
なぜか今、葉巻と煙草の国家事業が始まろうとしている。
「……乙女ゲームどこ行ってん」
ミレーヌは、黒革手帖を開いた。
『第二章。
学園現場視察予定。
同時進行:葉巻・煙草産業準備。
未配置人材発掘開始』
「同時進行すな」
「始まってしまいましたので」
「始めたん誰や」
父王と王妃は、何も言わなかった。
ただ、どちらも少しだけ楽しそうだった。
おいたわしいのは、
再会の余韻と、乙女ゲームの清らかな空気である。




