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ふわ姫若頭 〜恋愛フラグを全部現場復帰させたら、女王ルートが開きました〜  作者: 夜嶋朔
第一章 王宮現場復帰編

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第20話 遅いわ、清司


 父王陛下への面会は、思ったより早く通った。


 王女が学園復帰を望んでいる。


 しかも、車椅子で。

 さらに、専属侍女の常時同行許可が必要。


 そう聞けば、父王としても無視はできないらしい。


「……緊張しますか?」


 廊下を進みながら、ミレーヌが静かに尋ねた。


 リリアーナは車椅子に座っている。


 押しているのは、ミレーヌ。

 横にはバルド。

 そして、リリアーナのすぐ隣には、黒スーツ清司が立っていた。


 もちろん、普通の人間には見えていない。


「緊張?」


 リリアーナの口から、低い声が出る。


「父親に会うだけやろ」


「リリアーナ様の父親です」


「そこが一番ややこしいねん」


 前世の父親ではない。

 だが、この体の父親ではある。


 王であり、父であり、今のリリアーナにとっては、会わなければならない相手だった。


「目的は確認済みです」


 ミレーヌは、車椅子を押しながら言った。


「一、姫様の学園復帰について。

 二、車椅子での通学について。

 三、ミレーヌの学園内同行許可について。

 四、必要であれば、専属侍女兼記録係としての特別許可について」


「記録係って正式に入れるんか」


「必要ですので」


「押し強いな」


「相棒ですので」


「それ、最近便利に使ってへんか」


「便利ですので」


「認めるな」


 黒スーツ清司が、眉間に皺を寄せる。


 だが、リリアーナの口元は少しだけ緩んだ。


 ミレーヌがいる。


 車椅子を押す者。

 見たものを記録する者。

 リリアーナが見落としたものを拾う者。


 学園へ行くなら、この相棒は必要だった。


 扉の前に着く。


 衛兵が、静かに頭を下げた。


「リリアーナ殿下。父王陛下がお待ちです」


「……行くか」


「はい」


 扉が開いた。


 広い部屋だった。


 高い天井。

 重厚な絨毯。

 壁には歴代の王の肖像画。

 窓から差し込む光は柔らかく、部屋全体を静かに照らしている。


 その奥に、父王がいた。


 王冠はない。

 だが、そこに座っているだけで、王だと分かる男だった。


 年齢を重ねた端正な顔。

 静かな目。

 無駄のない所作。

 声を荒げずとも、人を従わせる空気。


 リリアーナは、車椅子の上で軽く頭を下げた。


「お父様」


 姫としての声だった。


 完璧な姫スマも添えている。


 横の黒スーツ清司は、腕を組んだまま、父王を見ていた。


 そして。


 固まった。


 父王の横に、男が立っていた。


 茶色のダブルスーツ。

 少し開いた襟元。

 葉巻が似合いすぎる口元。

 大きく構えているのに、目だけは妙に鋭い。


 王ではない。


 親分だった。


 前世で、何度も見た背中。


 清司の背筋が、勝手に伸びた。


「……オヤジ」


 リリアーナの口から、かすれた声が落ちた。


 父王は、静かにリリアーナを見た。


 いや。


 違う。


 父王は、リリアーナの横に立つ黒スーツ清司を見ていた。


 普通なら、見えないはずの場所を。


 まっすぐに。


 父王の口元が、わずかに動く。


「遅いわ、清司」


 その一言で、部屋の空気が止まった。


 リリアーナは、何も言えなかった。


 リリアーナの喉が、詰まる。


 黒スーツ清司も、ただ父王を見ている。


「……なんで」


 やっと出た声は、小さかった。


「なんで、王様やってんすか」


「知らん」


「知らんのかい」


 思わずツッコんだ。


 父王は、王の顔のまま、少しだけ目を細めた。


 横のオヤジは、完全に前世の調子でそこに立っている。


「わしが聞きたいわ」


「こっちも聞きたいですわ」


「死んだと思ったら、王や」


「俺は姫です」


「似合っとるやないか」


「どこがですか」


 父王は黙ってリリアーナを見た。


 横のオヤジは、にやりと笑った。


「ふわふわしとる」


「そこですか」


「金髪やしな」


「情報が見たまんまなんですよ」


 ミレーヌは、すでに黒革手帖を開いていた。


 だが、ペン先はしばらく止まっている。


 さすがのミレーヌも、父王の横に前世のオヤジが立っている光景には、数秒だけ処理が遅れたらしい。


 しかし、数秒で戻った。


「……サンシャインチバ」


 ぽつり。


 ミレーヌが言った。


 リリアーナの肩が、ぴくりと動く。


 横の黒スーツ清司も、まったく同じ顔でミレーヌを見た。


「今、なんて?」


「いえ」


「言うたやろ」


「父王陛下の別表示が、前世で観た世界的な殺陣俳優を思わせるな、と」


「この場面で俳優に例えるな」


「ですが、立ち姿、間、目線、画面を支配する圧が近いです」


「分かるけど今言うな!」


 父王は、王らしく黙っていた。


 だが、その横に立つオヤジが、ぴくりと動いた。


「……分かるんか」


「はい」


 ミレーヌは、深く頭を下げた。


 角度は正しい。

 指先も乱れていない。

 侍女としての礼は、一つも欠けていない。


 そのうえで、顔を上げたミレーヌは、静かに続けた。


「斬る前の目と、背中の圧が似ています」


 父王の口元が、ほんの少しだけ上がった。


 横のオヤジは、明らかに機嫌がよくなっている。


「わかっとるやないか」


「そこで気に入るんですか」


「目ぇええ」


「芸能人の例えで人材評価すな」


「清司」


「はい」


「サンシャインチバはな」


「語り出さんでください」


「殺陣の間が違う」


「分かりますけど」


「斬る前の目や」


「そこですね」


「踏み込みや」


「そこもですね」


「背中や」


「背中ですね」


「語り合うな!」


 ミレーヌは、さらさらと黒革手帖に書いた。


『父王陛下。

別表示:前世のオヤジ。

類似印象:サンシャインチバ。

本人認知:あり。

反応:大変良好。

備考:大ファン。』


「備考に書くな」


「重要情報ですので」


「重要や」


「オヤジも乗るな」


 父王は、重々しく頷いた。


「よく分かっとる侍女や」


「褒めるところそこですか」


「いや」


 父王の目が、ミレーヌの手元に落ちた。


 黒い革の手帖。


 華奢な侍女が持つには、少し重い色だった。


 だが、その手帖を開く指は迷っていない。

 見たものを書き、聞いたことを残し、人の癖まで拾っている。


 父王の横に立つオヤジが、にやりと笑った。


「……武器、持っとるやないか」


 リリアーナの眉が動く。


「オヤジ」


「ただの侍女ちゃうな」


 ミレーヌは、静かに頭を下げた。


「記録は武器ですので」


 父王の口元が、さらにわずかに上がる。


「わかっとるやないか」


「また刺さった」


「ええ面構えや」


 ミレーヌは礼を崩さない。


 媚びもしない。


 王の前で震えていないわけではない。

 だが、目は逸らさない。


 思ったことを、最低限の礼儀の中で、まっすぐ言う。


 それが、父王には見えていた。


「清司」


「はい」


「ええの、横に置いたな」


「……まあ、使えます」


「照れて業務評価に逃げました」


 ミレーヌが即座に言った。


「逃げてへん」


「逃げました」


「父王の前やぞ」


「事実ですので」


 父王が、低く笑った。


「変わらんな」


「何がですか」


「大事なもんほど、雑に言う」


 リリアーナは、何も言えなかった。


 その時だった。


 奥の扉が、静かに開いた。


 入ってきたのは、王妃だった。


 淡い絹のドレス。

 宝石を散らした髪。

 柔らかな微笑み。

 指先まで、優雅。


 王妃そのものは、花のように美しかった。


 だが。


 その横に立つ別表示は、まったく違った。


 黒地に花の入った和服。

 結い上げた髪。

 白いうなじ。

 赤い爪。

 涼しい目。


 怒鳴っていない。

 笑ってもいない。


 なのに、その場の全員が背筋を伸ばしたくなる女だった。


「……姐さん」


 リリアーナの口から、声が落ちた。


 王妃は、にっこりと微笑む。


「清司」


 その声は、王妃のものだった。


 けれど、清司には分かった。


 今、呼んだのは、姐さんだ。


「きばっとるみたいやな」


 リリアーナの背筋が、勝手に伸びた。


「……はい」


「まだ三歩やて?」


「はい」


「三歩でも進んどるなら上等や」


 その言い方が、前世と同じだった。


 甘くはない。

 けれど、見捨ててもいない。


 清司は、少しだけ唇を噛んだ。


 ミレーヌのペンが、止まった。


 王妃の横に立つ姐さんを見て、ミレーヌがぽつりと言う。


「……昭和極道映画の大女優」


「それも今言うな!」


 リリアーナが即座に止めた。


「ですが」


「分かるけど!」


 王妃の横に立つ姐さんが、涼しい目でミレーヌを見た。


「分かるんか」


「はい」


 ミレーヌは、また深く頭を下げた。


 礼は正しい。

 声も静か。


 そのうえで、はっきり言った。


「白い肌、静かな目、場を支配する間。怒鳴らずに全員を黙らせる圧が、とても近いです」


 王妃は、優雅に微笑んでいる。


 横の姐さんは、ほんの少しだけ口元を上げた。


「この子、目ぇええな」


「姐さんまで?」


「媚びへん」


 姐さんの目が、ミレーヌから逸れない。


「礼儀は崩さん。けど、見えたもんは誤魔化さん。怖がってないわけやないのに、目ぇ逸らしてへん」


 ミレーヌは、静かに言った。


「恐れ入ります」


「褒めとる」


「ありがとうございます」


「その黒い手帖も、飾りやないな」


「記録は武器ですので」


 姐さんは、満足そうに頷いた。


「清司」


「はい」


「ええ相方、見つけたな」


「相方では」


「相方やろ」


 オヤジも笑った。


「清司」


「はい」


「大事にせぇよ」


「……」


 リリアーナは、すぐには返事をしなかった。


 リリアーナの口は閉じたまま。

 横の黒スーツ清司も、腕を組んだまま。


 けれど、目だけが少し逸れた。


「……分かってます」


 ミレーヌが、静かに黒革手帖を開く。


「今のは記録します」


「するな」


「大事な言葉ですので」


「するな言うてるやろ」


「相棒ですので」


「相棒を免罪符にすな」


 王妃が、ふふ、と笑った。


 王としての父。

 王妃としての母。


 その横に、前世のオヤジと姐さん。


 リリアーナは、まだ混乱していた。


 嬉しいのか、腹が立つのか、安心したのか、訳が分からない。


 だが、一つだけ分かったことがある。


 この二人は、死んで終わってはいなかった。


 少なくとも、ここにいる。


 今度は王と王妃として。


「それで」


 父王が、王の顔に戻った。


「話とは、なんや」


 リリアーナは、一度だけ息を整えた。


 目的を忘れてはいけない。


 今日は、泣きに来たわけではない。

 再会しに来たつもりでもなかった。


 学園へ行くため。

 現場を見るため。

 そして、ミレーヌを連れて行くために来た。


「リリアーナの学園復帰についてです」


 リリアーナは、姫の声で言った。


 横の黒スーツ清司は、まっすぐ父王を見ている。


「私はまだ歩けません。今は、三歩歩いて座るのが限界です」


「聞いている」


「ですが、学園には行く必要があります」


「なぜや」


 父王の声だった。


 だが、問い方はオヤジだった。


「現場を見るためです」


 リリアーナは言った。


「報告書だけでは足りません。春の交流会、学園の導線、生徒の配置、不満が出ている場所。全部、紙だけでは見えません」


 ミレーヌは黙って控えている。


「ですが、車椅子で行くなら、移動に体力を使い切るわけにはいきません。見る力、聞く力、判断する力を残す必要があります」


 父王は黙っている。


 王妃も、静かに聞いている。


「ミレーヌが必要です」


 その一言で、ミレーヌの指が止まった。


「車椅子を押す者として。記録する者として。私の見落としを拾う者として」


 リリアーナの口から、低い声が出る。


「学園内での常時同行を、許可していただきたい」


 部屋が静かになった。


 父王は、ミレーヌを見た。


 王妃も、ミレーヌを見る。


 ミレーヌは逃げなかった。


 黒革手帖を胸元に抱え、深く頭を下げる。


「姫様の体力を、移動ではなく、現場を見ることに使っていただくために、必要であれば私が車椅子を押し、記録を取ります」


「前例はないぞ」


 父王が言った。


 ミレーヌは、頭を下げたまま答える。


「存じております」


「侍女が学園内へ常時同行するなど、反対も出る」


「承知しております」


「それでも行くか」


「はい」


 ミレーヌは、顔を上げた。


「相棒ですので」


 父王の横のオヤジが、にやりと笑った。


 王妃の横の姐さんも、涼しい目を細める。


「清司」


「はい」


「まかしとけ」


 その声は、父王のものだった。


 だが、リリアーナには分かった。


 言っているのは、オヤジだった。


 王妃も、優雅に微笑む。


「うちも話を通しとく」


「姐さん」


「まかしとき」


 その一言で、清司の背筋がまた伸びた。


 父王は、王として告げた。


「ミレーヌの学園同行を許可する。名目は、リリアーナ付きの特別記録官兼介助係とする」


「記録官」


「侍女では通りにくいなら、役目を足せばいい」


「権力の使い方が早い」


「必要な人間を、必要な場所に置くんやろ」


 清司は、言葉に詰まった。


 それは、自分が言ってきたことだった。


 姐さんが、静かに続ける。


「清司に必要なんやろ。ほな、通し」


「……はい」


 ミレーヌが、深く頭を下げる。


「ありがとうございます」


 父王は頷いた。


「よう働け」


「はい」


 王妃が微笑む。


「清司の横、頼むわ」


「はい」


 ミレーヌの声は、静かだった。


 だが、揺れてはいなかった。


 リリアーナは、車椅子の上で、ただ前を見た。


 学園へ行く理由はできた。

 相棒を連れて行く許可も下りた。


 そして、父王はオヤジで。

 王妃は姐さんだった。


 乙女ゲームの第一章は、

 恋愛ではなく、現場視察の許可で幕を閉じようとしている。


 おいたわしいのは、

 まだ出番を待っている学園恋愛イベントである。

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― 新着の感想 ―
一章が終わりましたね 導入章として、とても意外性の連続で面白かったです 次の章でどのように展開していくのか楽しみにしています
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