第137話 知らん日本人おらん!!
クラウス大草原には、遮るものもなく風が吹いていた。
見渡す限りの草が波打ち、遠くの丘まで緑が続いている。
馬車が止まった。
バルドが扉を開け、オヤジとセイジが降りる。
クラウス国王とエミールも続いた。
ミレーヌは風に髪を押さえながら、前方へ目を向ける。
草原に立つ男が、こちらを振り返った。
「皆様お揃いでどうなされましたでしょうか」
ハット卿は、一同へ丁寧に頭を下げた。
国王が前へ進む。
「ハット、本人達の意思を聞かず無理に婚約を押し切ったのか」
ハットは顔を上げた。
「両家は長年の因縁がございます、若いお二人が一緒になれば両家も良い関係になれるではありませんか」
オヤジが、その顔を見た。
「タケリオは知らんがセレスティアは嫌がっとるやろ」
「そうだったのですか?聞いておりません」
ハットは僅かに眉を上げた。
セイジが一歩、前へ出る。
「タケリオに上手い事言われたんやろ」
「なにをおっしゃってるのかわかりませんね」
風が、二人の間を抜けた。
セイジは目を逸らさなかった。
「狙いはリュミエールやろ」
ハットの表情が止まった。
先ほどまで浮かべていた穏やかな笑みが、ゆっくり消える。
「……ここまでのようですね」
「やっぱりかい」
オヤジが低く返した。
ハットの足元に、黒い影が広がった。
草の上を這い、身体へ巻きついていく。
エミールが目を見開いた。
国王も足を止め、ミレーヌは黒革手帖を胸元へ引き寄せる。
黒い影が、一気に膨れ上がった。
ハットの姿が、その中へ沈む。
次の瞬間、頭上へ巨大な幻影が立ち上がった。
草原へ濃い影が落ちる。
見上げた先で、その輪郭が風に揺らぐように歪んでいた。
『3日後にこちらでお待ちしております』
声が、大草原へ響き渡った。
『リュミエールは頂きます』
セイジは、顔を上げたまま聞いていた。
隣のオヤジも、動かなかった。
幻影が薄れていく。
黒い影が消えると、そこにはもうハットの姿はなかった。
風が吹いた。
踏み倒されていた草が、ゆっくり起き上がる。
「戦争やな」
オヤジが言った。
セイジは、ハットが立っていた場所から目を離す。
「帰って戦支度やな」
*
放課後。
王立学園の廊下には、授業を終えた生徒たちの声が響いていた。
鞄を手に帰る者。
友人を待ちながら、窓辺で話している者。
その間を抜け、ルカたち五人も教室を出た。
ルカが四人を振り返る。
「テレビ局に会いにいくか、修行かどっちにする?」
「会いに行くやろ!」
ジュリアンが即答した。
「当たり前やろ!」
ルイもすぐに続く。
「親友が生きとったんや!」
アランは、もう出口へ身体を向けていた。
「はよ会いたいやろ!」
アルバートまで身を乗り出す。
ルカは四人の顔を見て、笑った。
「わかっとるって、冗談やん」
「悪い冗談やの!!!」
四人分の声が、廊下へ響いた。
*
サニーテレビの建物が見えてきたところで、五人の足が緩んだ。
人が多い。
正面の広場には、何重にも人の輪ができていた。
セイジの名前が入った応援の品を持つ者。
SNGの写真を胸へ抱えている者。
BIGWAVEの名前を掲げ、友人と並んで立っている者。
建物に設置された大きなスクリーンには、番組の映像が流れていた。
画面へ目を向けながらも、玄関で人が動くと、一斉にそちらを振り返る。
誰かが出てくるたび、人垣の向こうから歓声が上がった。
五人は、その様子を見ながら入口へ向かった。
テレビ局の者が、こちらへ歩いてくる。
「どのような要件でしょう?」
ルカが四人を示した。
「王子の昔の仲間らしい」
職員は四人へ目を向けた。
一度顔を確かめ、それから建物の中を示す。
「……かしこまりました、こちらへ」
「いけんのかい!」
ジュリアンとアランの声が重なった。
「すんなり通れた!」
ルイも驚いた顔で後へ続く。
アルバートは硝子扉を抜ける前に、もう一度広場を振り返った。
「おっかけの人すごいな」
「すごい人気やな」
アランも、外に集まっている人々を見た。
画面の中で見つけたばかりの仲間が、この大勢に待たれている。
まだ、王子という肩書きにも慣れていなかった。
案内された廊下の先から、明るい声がした。
「こんにちはー!セイジの仲間?」
セシルが、笑顔で迎えた。
その向こうにも、華やかな青年たちが並んでいる。
艶やかな髪。
光を映す瞳。
立っているだけで周囲が明るく見えるほど、整った顔ぶれだった。
「キラキラしとる……」
ジュリアンが呟いた。
アルバートは、一人ずつ目で追う。
「いち、に……7人おる!」
「あ!!!」
ルカが声を上げた。
「なに?!」
四人が振り向く。
ルカは目の前の七人を見回していた。
「これロイヤル・フラグメント?!」
エリオットの顔が、ぱっと明るくなる。
「僕たちを知ってるの?!」
「そのゲーム無理矢理に友達にやらされて、この世界に飛んだんよ!」
「えーーーー?!」
ロイヤル・フラグメントと四人の声が、一度に響いた。
ルカは七人の顔を確かめながら、指を向けていく。
「それがレオン、ノエル、ルシアン、アレクシス、エリオット、そしてあんたがセシル!」
「知ってくれてるの嬉しい!」
セシルが嬉しそうに笑った。
ルカも、その笑顔を正面から見る。
「実物イケメンやなー!タイプちゃうけど」
「タイプちゃうんかい!」
ルイがすぐに振り向いた。
「キラキラしすぎやろ?」
「たしかに輝きすぎや」
アルバートが七人を見て頷く。
「眩しい……」
ジュリアンが僅かに目を細めた。
その時、廊下の向こうから足音が近づいてきた。
「アニキの知り合いなのか?」
低い声に、五人が顔を向ける。
土方が立っていた。
画面越しではない。
すぐ目の前で、こちらを見ている。
「出たーーーー!!!!鬼の副長!!」
「え?」
土方が足を止めた。
その肩越しに、沖田が顔を出す。
「土方さん、どうしました?」
ジュリアンの目が、さらに大きくなった。
「おきた!そうじ!」
沖田が首を傾げた。
自分の名前を区切って呼んだ男と、その隣で同じように驚いている四人を見る。
アルバートは、二人の後ろへ視線を移した。
「斉藤一と原田もおるー!!」
「どうも」
斎藤が、軽く頭を下げた。
「歴史上の人物!!」
ルイは隣のアランの腕を叩いた。
「夢のようや!」
アランも、目の前の四人から視線を離せない。
「なになに?」
原田が、楽しそうに覗き込んできた。
ルカはその顔を見上げる。
「原田こんなかっこええん?!」
「こんな可愛い子に言われると照れるじゃねぇか!」
原田が大きく笑った。
廊下へ集まった者たちの向こうから、また声がする。
「どうした?」
高杉が顔を出した。
五人が、揃ってそちらを向く。
「高杉晋作ー!!!」
高杉の足が止まった。
その後ろから、龍馬が覗き込む。
「どうたがか?」
「坂本龍馬ー!!!」
また、五人の声が重なった。
「皆さん、落ち着いてください」
桂が、二人の間から穏やかに声をかけた。
「桂小五郎ー!!!」
桂まで、その場で止まる。
セシルは五人を見て、土方たちを見た。
誰が来ても、全員がすぐに名前を呼ぶ。
しかも、さっきから一人増えるたびに声が大きくなっていた。
「なんで知ってるの?」
五人が、一斉に振り返った。
「知らん日本人おらん!!」




