第136話 知らんことだらけ
クラウス王国へ向かう馬車には、エミールも乗っていた。
窓の向こうへ、見覚えのある街並みが近づいてくる。
エミールは何度も外を覗き、通りを曲がるたびに顔を明るくした。
向かいにはオヤジとセイジ。
ミレーヌは黒革手帖を確かめ、バルドは膝の上へ書類を収めている。
馬車が王宮の門をくぐった。
広い前庭を抜け、玄関前で止まる。
出迎えた者たちへ挨拶を返しながら、エミールは父の待つ部屋へ向かった。
扉が開くと、真っ先に顔を上げる。
「父上!お久しぶりです!」
クラウス国王は息子を見ると、表情を和らげた。
「よくやってるみたいだな、テレビを見ておる、誇らしいぞ」
「えへへ、ありがとう!」
エミールが嬉しそうに笑った。
国王はその顔を眺めてから、後ろに立つ兄へ目を向ける。
「兄上、どうかなされましたか?」
「久しぶりやの、兄弟。セレスティア嬢の婚約知っとるか」
国王の眉が、僅かに動いた。
「存じておりません、貴族個人の婚約は把握できておりません、結婚したならばこちらにも報告が入るのです」
セイジがバルドへ目を向け、それから国王を見る。
「記録係からうちのもんが聞いとる」
呼ばれていた記録係が、書類を手に進み出た。
「はい。国務大臣殿とタケリオ公爵が密会、国務大臣が婚約を進めたという記録です。こちらをどうぞ」
卓の上へ、書類が広げられる。
国王が中央へ寄せ、オヤジとセイジも覗き込んだ。
面会の日付。
その後に動かされた婚約の話。
セイジは記載された順序を、指先で追った。
「タケリオが接触してから国務大臣が動いとるな」
オヤジも同じ箇所を読み、腕を組む。
「上手い話持って行って利害が一致したんやろ」
国王は書類から顔を上げた。
「リュミエール国と私の座を狙って婚約を押し切ったという事でしょうか」
「本人に聞いてみんとわからんけど、その可能性が高いな」
オヤジが答えた。
セイジは次の頁まで目を通し、書類を卓へ戻す。
「タケリオは後や、国務大臣と話した方がええな」
「それがええやろ、兄弟、そんな怯えんでええ」
オヤジの言葉に、国王は兄を見た。
卓へ添えた手に力が入っていたことに気づき、ゆっくり指を緩める。
その隣で、エミールが目を丸くしていた。
「あのおじさん悪い人なの?!昔よく遊んでもらったのに!」
セイジがそちらを向く。
「しらん一面あってもおかしないやろ」
「えー!良い人だったのにー!」
エミールは、まだ納得できない顔をしていた。
幼い頃に遊んでもらった相手。
顔を見れば、嬉しくて近づいていった。
その記憶と、今聞いている話が、うまく繋がらなかった。
セイジは答えを決めつけず、国王へ視線を戻した。
「本人どこおんねん」
「ハットはどこにおる?」
国王が側近へ尋ねた。
「大草原におられます」
ミレーヌが黒革手帖を閉じる。
「皆様、参りましょう」
チリン。
バルドが扉のそばで一礼した。
「出発の準備が整っております」
*
昼食の時間。
王立学園の食堂には、大勢の生徒が集まっていた。
高い窓から陽が差し込み、長い卓の上に並んだ皿を照らしている。
焼いた肉に、野菜の付け合わせ。
パンの籠と、湯気の立つスープ。
食器の触れる音に混じって、あちこちから話し声が聞こえていた。
ルカたち五人も、同じ卓を囲んでいる。
ジュリアンは腰を下ろしてからも、まだ楽しそうだった。
「飛べるなんてな!」
アランも、パンを手に取りながら頷く。
「ダンジョンとかあるんかな」
「異世界転生やろ?」
ルイが顔を上げた。
「でも乙女ゲームやろ?」
アルバートが四人を見る。
ルカはスプーンを持ったまま、少し考えた。
「乙女ゲームでも戦いあるかもしれんな」
「戦えるんか?飛んだだけやぞ」
ルイに言われ、ルカは自分の手へ目を落とした。
指を鳴らした。
衣装が変わって、飛べた。
確かめたのは、そこまでだった。
「多分魔法使えると思う、修行やな」
「それがええわ!」
アランが笑った。
アルバートはグラスを置き、ルカへ顔を向ける。
「この国の事調べなあかんやろ?」
「忘れとった!でも見て!」
ルカが、食堂の壁を指さした。
大きな魔導テレビが掛かっている。
四人も、そちらへ顔を向けた。
映っていたのは、眩しい照明の下に立つ男たちだった。
SNG。
BIGWAVE。
二組の名前とともに、ステージの映像が流れている。
揃った動き。
観客の歓声。
続いて、画面が切り替わった。
『先日デビューされました、SNG!BIGWAVE!こちらをプロデュースされました!我らの国!リュミエールの王子!セイジ殿下!』
黒髪の青年が映った。
中央で分かれた髪。
静かな目元。
すっと通った鼻筋と、形の整った唇。
四人の手が、一斉に止まった。
「清司?!王子なん?!」
声が重なった。
ルカがテレビから四人へ顔を戻す。
「知り合いなん?」
「知り合いどころか仲間じゃ!!」
ジュリアンが画面を指さし、アランも前のめりになる。
ルイとアルバートも、もう一度テレビを見た。
間違えようがなかった。
あの顔も、立ち方も知っている。
ただ、紹介されている肩書きが、知っているものと違いすぎた。
「そうなんや、会いに行く?」
ルカは、あっさり言った。
「当たり前やろ!」
四人が揃って振り向く。
ルカは頷き、画面のセイジを見た。
「あのスロープも王子が作ったらしいで」
「そうなん?!」
ジュリアンが目を見開いた。
学園へ来た時に見た、あの大きなスロープ。
校舎へ続く道まで、清司が変えていたらしい。
「大階段なくなったって男の子が文句言うてたで」
「便利やのにな」
アルバートが首を傾げる。
「告白とかイベントができんくなったからやろ」
「そういうことか!!」
アランが、ようやく頷いた。
ルカはパンをちぎりながら続ける。
「スロープで助かってる人もおるから正解やと思うけど、美しさは減っとる」
「たしかになぁ」
ルイが窓の向こうへ目を向けた。
便利ではあった。
ただ、華やかな学園の正面にしては、随分と思い切った造りでもあった。
ルカは再びテレビを見る。
画面には、SNGとBIGWAVEのステージが戻っていた。
その下へ、一人ずつ名前が表示される。
土方。
沖田。
斎藤。
原田。
龍馬。
高杉。
桂。
ルカの手が止まった。
四人も、画面を見つめている。
「てかなんで新選組と幕末志士がアイドルなん?」
「ほんまそれ!!!」




