第135話 五人の始まり
朝食を終えると、オヤジがナプキンを卓へ置いた。
「今から行くぞ」
セイジもカップを戻し、隣へ顔を向ける。
「そうやな、セレスティアに現場は任せる」
「かしこまりましたわ」
セレスティアは、すぐに頷いた。
ミレーヌが黒革手帖を閉じる。
「準備は出来ております」
セイジが椅子を引いた。
オヤジも立ち上がり、扉へ向かう。
チリン。
その先で、バルドが静かに一礼した。
「クラウス国へ参りましょう」
*
王立学園。
開いた教室の扉の前で、四人はルカを見ていた。
椅子の背へ軽く腕をかけ、こちらを振り返っている。
明るいブラウンの髪が、肩から柔らかく流れていた。
薄い前髪の下には、大きな瞳。
目が合うと、形のよい唇が少し上がる。
「どういう事?!ってかめっちゃ可愛いやん!」
ジュリアンは戸惑いながらも、教室へ足を踏み入れた。
その肩越しに、ルイもルカを覗き込む。
「ほんまや!ヒロイン可愛いすぎる!」
アランは扉の脇へ手をかけたまま、目元を緩めた。
「やばいな、恋愛するゲームやろ?楽勝やん」
「ホンマに可愛すぎるやろ!」
アルバートまで顔を見合わせ、もう一度ルカを見る。
四人分の視線を受けても、ルカは照れて俯かなかった。
「知ってる、ありがとう」
にこっと笑った。
柔らかな頬が持ち上がり、瞳まで楽しそうに細くなる。
ジュリアンの足が止まった。
ルイも、その笑顔を見たまま口元を緩める。
アランは思わず笑い、アルバートまで釣られた。
可愛い。
その返しまで、妙に気になる。
ルカは四人を順に見て、椅子の上で身体の向きを変えた。
「とりあえずこの国の事調べへん?」
四人の顔が上がった。
さっきまで見惚れていたジュリアンが、すぐに頷く。
「それや!」
アランも扉から手を離し、ルカの近くへ来た。
「この世界の事わかる事からや」
「この学園だけじゃなくな」
ルイが教室の窓へ目を向ける。
広い中庭の先には、まだ知らない街が続いている。
「まず知る事からやな」
アルバートも頷いた。
何が起きたのか。
ここで自分たちは、何ができるのか。
動くにしても、知らないままでは始まらなかった。
ルカは四人の反応を見て、満足そうに笑う。
「話早くて助かるわ」
*
魔法の授業は、広い実習場で始まった。
高い天井を、大きな梁が支えている。
壁際には教材が並び、床には生徒たちが間隔を空けて立っていた。
窓から差し込む光の下で、教師が一人ずつ魔法を確かめていく。
ルカと四人も、同じ列へ並んでいた。
教師の説明を聞きながら、ジュリアンが自分の手を見ている。
隣ではアランも、掌を握ったり開いたりしていた。
「次、君やってみなさい」
教師がルカへ顔を向けた。
「はーい」
ルカは列から出た。
実習場の中央へ立ち、片手を持ち上げる。
親指と中指を重ねた。
「私はルカ」
パッチン。
乾いた音が、実習場へ響いた。
指先で、白い光が弾ける。
そこから広がった風が、ルカの長い髪をふわりと持ち上げた。
四人の制服の裾も、一斉に揺れる。
「何が起こった?!」
四人が声を揃えた。
ジュリアンが自分の胸元を見下ろす。
制服が、黒い衣装へ変わっていた。
肩から胸へ沿う、硬質な生地。
胴を覆う装甲は細かく分かれ、腕を動かしても引っかからない。
腰には幅のあるベルト。
指先まで覆う黒い手袋に、膝下まで包むブーツ。
肩から下がった長いマントが、風を受けて広がっている。
アランも。
ルイも、アルバートも。
そして、中央に立つルカまで。
五人揃って、黒をまとっていた。
「なんか衣装変わった!」
ジュリアンが両腕を広げた。
「なにこれ?!」
アランは肩越しに、自分のマントを見る。
「かっこええやんけ!」
ルイが嬉しそうに笑い、手袋をした指を握った。
「すげぇ!なんなんこの世界」
アルバートも腕を曲げ、足元まで確かめている。
「乙女ゲームらしいやん?謎やな」
ジュリアンがルカを見た。
ルカは、自分のブーツへ目を落としていた。
踵が、床から少し浮いている。
片足を持ち上げる。
もう片方も、離れた。
「あ、飛べそう」
ルカの身体が、ふわりと浮いた。
教師が顔を上げる。
生徒たちも、中央へ視線を集めた。
ルカは宙で少し姿勢を崩したが、すぐに両腕を広げた。
マントが背後へ流れる。
顔を上げ、片腕を前へ伸ばした。
次の瞬間、天井へ向かって真っ直ぐ飛び上がった。
長い髪が、風を引いてなびく。
梁の手前で身体を返し、今度は窓に沿って大きく旋回した。
「素晴らしい!」
教師が声を上げた。
その横で、ジュリアンも床から浮いていた。
自分の足元を見て、それからルカを見る。
片腕を前へ伸ばすと、身体が一気に進んだ。
マントが大きく翻る。
アランも、その後へ続いた。
最初の勢いに少し目を見開き、それでもすぐに顔を上げる。
ルイが飛び出し、アルバートも両足で床を離れた。
四人分の風が、実習場を駆け抜ける。
生徒たちは髪を押さえ、次々に天井を見上げた。
教師も、その場で身体を回して五人を追う。
ルカが振り返った。
後ろから、四人が飛んでくる。
ジュリアンはもう笑っていた。
アランが隣へ並び、ルイは大きく弧を描いてその向こうへ出る。
アルバートも高さを合わせ、五人が宙で顔を見合わせた。
足元には、さっきまで立っていた床がある。
風が頬を撫でていた。
腕を向ければ、その先へ進める。
身体を傾ければ、景色が一緒に回った。
ルカが笑う。
四人も、堪えきれずに笑った。
「最高やんけ!!!」
五人の声が、実習場へ響いた。
その下で、拍手が起こる。
一人が手を叩くと、隣の生徒も続いた。
教師も顔を上げたまま、両手を打ち合わせている。
大きくなっていく音に、ルカが下を見た。
生徒たちと目が合う。
ルカは嬉しそうに笑い、宙で四人を振り返った。
「みんな!降りるぞ!」
「おう!!」
四人の返事が揃った。
ルカがゆっくり身体を起こすと、背後へ流れていたマントが下へ垂れた。
ブーツの先を床へ向け、高さを落としていく。
ジュリアンも、その隣へ降りてきた。
アランが周りとの間隔を確かめ、ルイとアルバートも続く。
五人の靴底が、順に床へ触れた。
マントの裾が揺れ、長い髪がルカの肩へ戻る。
地面を踏んだ感覚を確かめるように、ルイが一度足を動かした。
ジュリアンはまだ笑いながら、頭上を見上げている。
そこを、自分たちが飛んでいた。
ルカは片手を上げた。
「戻る!」
パッチン。
指が鳴ると、五人の身体を淡い光が走った。
黒い装甲も、手袋も、ブーツも消える。
肩から下がっていたマントがなくなり、見慣れた制服の裾がふわりと落ちた。
アルバートが胸元へ触れる。
アランも自分の袖を見て、指を開いた。
四人とも、元どおりだった。
ルカは制服を軽く整えると、四人へ顔を向けた。
「戦いになってもこれで大丈夫やな!」
ジュリアンが、すぐに頷いた。
「ほんまやな!」
アランは先ほど飛んでいた場所へ目を向け、それからルカを見る。
「万が一があってもいけるわ」
ルイは両手を腰へ当て、楽しそうに笑った。
「楽しくなってきたわ」
「この世界悪くないんちゃう?」
アルバートが四人を見回した。
ついさっきまで、何が起きたのか分からずにいた。
今は全員、目を輝かせている。
ルカは口元を上げた。
「それどころか最高やん?」
「ほんまそれ!」
四人の声が重なった。
顔を見合わせ、五人が笑う。
ジュリアンがアランの肩を叩き、ルイはまだ笑いながら天井を指さしていた。
アルバートも頬を緩め、その隣でルカが楽しそうに髪を払う。
教師も、とうとう声を出して笑った。
近くにいた生徒たちも釣られ、顔を見合わせる。
さっきまで拍手が響いていた実習場は、今度は笑い声に包まれていた。




