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乙女ゲームの姫に転生した元若頭、攻略そっちのけで世界を変える――ふわ姫若頭  作者: 夜嶋朔
新章 ベルベット・ローズ

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第134話 ベルベット・ローズ

 翌朝。


 王宮の一室には、大きな窓から朝の光が差し込んでいた。


 庭へ続く硝子扉。


 厚い絨毯。


 磨かれた長い卓の上では、侍女たちが白いクロスを整えている。


 銀のカトラリーが並べられ、執事が一人ずつの前へカップを置いた。


 セイジは、オヤジの向かいへ座っていた。


 昨夜のタキシードから、白いシャツと細身の黒い上着へ着替えている。


 ネクタイはない。


 襟元を少し開け、長い脚を卓の下へ収めていた。


 隣にはセレスティア。


 向かいには、オヤジと姐さん。


 ミレーヌは黒革手帖を開き、バルドは給仕の様子を確かめている。


 オヤジはカップを持ち上げる前に、息子の顔をもう一度見た。


「姫戻らんかったんか」


「これから王子らしいわ」


 セイジが答えると、オヤジは卓の端へ置いていた書類を指で叩いた。


「それでか姫の記録が全部セイジに変わっとる」


 ミレーヌのペンが止まった。


 差し出された書類へ目を通す。


 そこには、セイジ・リュミエールの名があった。


「手続き不要なんですね」


「王子らしいからな」


 セイジも書類を覗き込んだ。


 昨日まで、リリアーナとして動かしていた仕事。


 その記録まで、今は自分の名になっている。


 名前の欄を確かめる横で、姐さんが笑った。


「清司やからセイジ王子て雑でおもろいな、でも戻れてよかったやないの」


「ほんまそれな」


 すぐに返事が出た。


 朝、目を覚ましても、この身体だった。


 鏡には黒髪の男が映っていた。


 顔を洗い、自分で服を選び、誰かが来る前に部屋を出た。


 それだけのことが、まだ嬉しかった。


「素敵ですわ」


 セレスティアが微笑んだ。


 セイジがそちらを見る。


 彼女は、昨夜から何度もこの姿を確かめていた。


 今も目が合うと、嬉しそうに目元を和らげる。


 そこへ、扉が静かに開いた。


 侍女と執事たちが、料理を載せたワゴンを押して入ってくる。


 銀の蓋が持ち上げられると、温かな湯気が広がった。


 焼きたてのパン。


 柔らかな卵料理。


 薄く切られた肉と、彩りよく盛られた野菜。


 スープが一皿ずつ置かれ、コーヒーと紅茶が注がれていく。


 食器の向きを揃え、料理の説明を終えると、給仕たちは静かに壁際へ下がった。


 バルドが、手元の書類を揃える。


「ご報告させて頂きます」


 オヤジが顔を上げた。


「クラウス国の王宮での記録係方から共有して頂きました」


 書類が卓へ置かれる。


 ミレーヌが身を寄せ、セイジもその頁へ目を落とした。


「国務大臣がセレスティアの婚約を動かして断れんようにしとったらしい」


 セレスティアは、膝の上で指を重ねた。


 何度も申し出た。


 別の方法も示した。


 それでも話が止まらなかった理由が、少しずつ見え始めている。


 オヤジは書類を読み、セレスティアへ目を向けた。


「セレスティアは仕事だけやない、魔法強いやろ」


「そうやな」


 セイジが頷く。


「セレスティア閉じ込めて、姫攫うつもりやったんやろ」


 セレスティアの背筋が伸びた。


 自分の婚約だけではない。


 その先に、リリアーナを狙う意図があったのかもしれない。


 セイジは、卓へ置いていた手を止めた。


「姫弱かったからな、それでリュミエールの現場止める気やったんか」


「多分な。リュミエールがデカなったやろ、傘下国増えたしな」


 オヤジは、書類を次の頁へ送った。


 セイジも、その手元を見ている。


 自分が連れ去られていたら。


 ミレーヌもバルドも、仲間たちも、仕事を止めて動いただろう。


 そこを狙うつもりだったのか。


「リュミエールを崩壊させたいんか」


「これは手始めやろな」


 姐さんも、カップを卓へ戻した。


 料理の湯気が上る向こうで、オヤジとセイジの視線が合う。


「クラウス国は傘下やろ」


「クラウス国王は弟や、あいつが裏切るわけないんや」


 オヤジの声は、はっきりしていた。


 セイジは短く頷く。


 国務大臣が何を動かしたのか。


 タケリオが、どこまで関わっているのか。


 そして、国王には何が伝わっていたのか。


 書類だけでは、まだ見えていない。


「話しに行かなあかんな」


「婚約破棄だけやなくてな」


 オヤジが書類を閉じた。


 ミレーヌのペンが動き出す。


 バルドも、静かに一礼した。


 セイジは隣へ目を向けた。


 セレスティアは顔を上げ、話を聞いていた。


 もう、何も知らないまま婚約の席へ立たされている女ではない。


 今度はこちらから、確かめに行く。



     *



 山城組本家。


 廊下の奥から、若い衆の挨拶が聞こえていた。


 庭に面した部屋には、低い卓と座布団。


 開いた障子の向こうで、手入れされた植木が風に揺れている。


 卓の上には、飲みかけのコーヒーと灰皿があった。


 恭平は座布団へ腰を下ろし、上着の前を緩めた。


「今日も疲れたなぁ」


 向かいでは、龍二が煙草へ火をつけている。


「最近入った若い衆が口ばっかり達者や」


 圭吾が頷き、灰皿へ灰を落とした。


「すぐ言い訳しよる」


「自分は良く見られたいんやろな」


 拓真が煙を吐いた。


 四人とも、一仕事終えたところだった。


 恭平が煙草を咥える。


 龍二は庭へ顔を向け、圭吾はコーヒーを持ち上げた。


 拓真が、卓の端へ置かれていた書類を寄せる。


 その手元が、白く霞んだ。


 拓真の指が止まる。


 恭平も、火をつけようとしていた手を下ろした。


 障子の向こうが見えなくなる。


 庭も、畳も、目の前の卓も。


 四人が立ち上がるより早く、部屋いっぱいに光が広がった。


 煙草を持っていたはずの指から、感触が消える。


 足元が抜けた。


 次の瞬間、靴底が硬い床へ着いた。



     *



 目の前にあったのは、白い石造りの廊下だった。


 高い窓。


 磨かれた床。


 壁には大きな絵画が掛かり、窓の向こうには噴水のある中庭が広がっている。


 制服姿の生徒たちが、こちらを振り返っていた。


 恭平は自分の手を見る。


 煙草がない。


 その代わり、手首には仕立てのよい制服の袖があった。


 龍二も、拓真も、圭吾も。


 揃って、見慣れない制服を着ている。


 四人が互いを見た。


 誰も、すぐには口を開けなかった。


 説明しよう!!


 ここは乙女ゲーム『ベルベット・ローズ』の舞台となる王立学園!!


 ヒロインと、華やかな攻略対象たちが出会い、恋を育む場所である!!


 そして、今。


 煙草休憩の途中で連れてこられた四人も、その攻略対象だ!!


 ジュリアン・ヴェルナー!


 前世の恭平!


 アラン・ローゼル!


 前世の龍二!


 ルイ・ベルモンド!


 前世の圭吾!


 アルバート・レイフォード!


 前世の拓真!


 全員、公爵家のご子息!!


 細かい説明はさておき、今日から学園生活である!!


「俺ジュリアン?!」


 恭平が、自分を指さした。


 動いた拍子に、少し長めの黒髪が額へ落ちる。


 くっきりした眉の下には、真っ直ぐに人を見る大きな瞳。


 すっと高い鼻筋と、鮮やかに形の整った口元。


 黙っていれば近づくのをためらうほど華やかな顔なのに、目を見開いた途端、愛嬌がこぼれた。


 長身の身体には、制服の上着がよく似合っていた。


 窓から差し込む光が横顔へ落ちると、通りかかった生徒が思わず足を緩める。


 本人はそれどころではなく、隣の龍二を見ていた。


「俺アランやて!」


 龍二が胸元へ目を落とす。


 緩く癖のある黒髪。


 無造作に額へかかる毛束の下で、切れ長の目が僅かに細くなった。


 高い鼻筋から、薄く形のよい唇へ。


 横を向くだけで際立つ頬と顎の線が、窓の光を受けている。


 整いすぎた横顔には、どこか気怠げな色気があった。


 けれど、眉を寄せて制服の襟を引っ張る仕草は、いつもの龍二だった。


「俺ルイ?!」


 圭吾も、自分の身体を見下ろした。


 柔らかな髪が、軽く額を包んでいる。


 長い睫毛に縁取られた、澄んだ瞳。


 すっきりした輪郭に、小さく整った鼻と、柔らかな唇。


 驚いて目を丸くすると、人形のように整った顔へ親しみやすさが加わった。


 細身の制服姿は清潔で、少し首を傾げるだけでも目を引く。


 圭吾は袖を確かめ、それから三人の顔を順番に見た。


「アルバートぉ?!」


 最後に、拓真の声が廊下へ響いた。


 背が高い。


 すらりと長い脚に、自然に伸びた背筋。


 制服の上からも分かるしっかりした肩が、四人の中でもひときわ目立った。


 短く整った黒髪の下には、凛々しい眉と、涼やかな目元。


 鼻筋の通った精悍な顔立ちだった。


 口を閉じれば落ち着いた品があるのに、今は聞き慣れない名前へ眉を上げている。


 四人が、もう一度顔を見合わせた。


 顔も、髪も、体格も、前世のままだった。


 ついさっきまで、山城組本家で向かい合っていた顔だ。


 ただ、妙に華がある。


 目元へ光が映り、髪が揺れるだけでも目を引く。見慣れたはずの横顔まで、やたら眩しかった。


 その顔で、全員が揃って眉を寄せている。


 制服だけは、誰が見ても立派な公爵家のご子息だった。


 そして、忘れてはならない!!


 このゲームのヒロインは――。


 ルカ・ヴェイン!!


 伯爵令嬢!!


 ただいま、教室で着席中である!!


 四人の視線が、開いた扉へ向いた。


 教室には、朝の光が満ちていた。


 整然と並んだ机。


 大きな黒板。


 窓際では薄いカーテンが揺れ、何人かの生徒がこちらを見ている。


 その中で、一人の少女が椅子へ座ったまま振り返った。


 明るいブラウンの長い髪。


 柔らかく巻かれた毛先が、肩から背中へ流れている。


 薄く下ろした前髪の隙間から、形のよい眉が覗いていた。


 大きな瞳に、窓の光が映る。


 長い睫毛。


 すっきりした小さな輪郭。


 整った鼻筋の下には、柔らかく弧を描く唇があった。


 華奢な身体で椅子の背へ軽く腕をかけ、こちらを見ている。


 清楚な制服を着ているのに、畏まったところはない。


 目が合うと、少しだけ首を傾げた。


 その動きにつれて、長い髪がさらりと揺れる。


 四人が立っていることにも、その顔ぶれにも、怯んだ様子はなかった。


 ルカは一人ずつ顔を見て、口元を上げた。


「あんたらが攻略対象なんや?よろしく」

かつて山城組で清司と苦楽を共にした、四人の親友たち。


恭平、龍二、拓真、圭吾。


彼らが次に転生したのは、新たな乙女ゲーム『ベルベット・ローズ』の攻略対象だった。


そして、新たなヒロイン・ルカとの出会いから、五人の物語が動き出す。


今世こそ、自由に人生を楽しむために――。

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