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任侠の若頭だった俺、なぜか乙女ゲームのヒロインになりました――ふわ姫若頭  作者: 夜嶋朔
第一章 現場復帰編

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第13話 僕よりパン?!

 ふわ姫女神が逃げた翌日。


 リリアーナは椅子に座り、歩行訓練で疲れた足を休めていた。


 机には、昨日届いた商会の聞き取りが置かれている。


 街道の遅れ。


 荷馬車の不足。


 食べ物の値上がりで、買う量を減らしている客もいるという。


 清司は、その一行を見ていた。


 横では、黒スーツ姿の自分が刀を肩へ担いでいる。


「まだ怒っているんですか」


 ミレーヌが聞いた。


「何がや」


「昨日の女神様です」


「恋愛しろ言うだけ言うて、肝心なこと答えんと逃げよったからな」


「本日は、逃げない方がいらっしゃいます」


「誰や」


「グランヴェール王国第二王子、ノエル殿下です」


「あの重い王子の弟か」


「双子の弟でございます」


「似とるんか」


「お顔は」


「中身は?」


「種類の違う重さです」


「嫌な予告やな」


 廊下から、軽い足音が近づいた。


「リリアーナー!」


 バルドが開けた扉から、金髪の青年が顔を出す。


「僕が来たよ!」


 エリオットによく似ていた。


 大きな瞳。


 小柄な身体。


 柔らかい頬の線が、年齢より幼く見せている。


 衣装も、その可愛らしさを引き立てるよう整えられていた。


「久しぶり!」


「あぁ」


「……それだけ?」


「ほかに何言うねん」


 ノエルが頬を膨らませる。


「もっと僕を見てよ!」


 黒スーツ姿の清司が、刀を肩から下ろした。


 ミレーヌの筆が動く。


『分類――チワワ王子』


「早いな」


「異論はございますか」


「ない」



     *



 ノエルは椅子の前まで来た。


 視界へ入るように、顔を傾ける。


「ねえ、僕を見て!」


「見とる」


「もっと!」


「うるさい!」


 鞘が振られた。


 もちろん、ノエルは気づかなかった。


「前はもっと可愛いって言ってくれたのに!」


「覚えてへん」


「僕、可愛いでしょ?」


「顔はな」


「顔以外も可愛いよ!」


「自分で言うな」


「だって、みんな言うもん!」


 もう一度、鞘が振られる。


 ミレーヌが手帖へ書き足した。


「そこ数えんでええ」


「記録です」


 ノエルがさらに近づいた。


「僕が来たんだから、嬉しいでしょ?」


「近い」


「嬉しい?」


「近い言うとるやろ」


「ねえ、僕を見て!」


 清司が顔を上げた。


「お前も、人のこと見ろ」


「見てるよ?」


「俺以外もじゃ」


 ノエルが瞬いた。


 机の上の紙へ目を落とす。


「何を読んでたの?」


「食べ物の値段が上がって、困っとる客の話や」


「お客さん?」


「商人が聞いてきたんじゃ。買える量が減った言うとる」


 ノエルは紙を見た。


 清司の顔へ、すぐに目を戻す。


「それで、どうするの?」


「まず、どこで誰が困っとるか確かめる」


「誰が?」


 清司はノエルを見た。


「お前、行ってみる気あるか」


「なんで僕が?」


「見てほしいんやろ」


「うん!」


「なら先に、お前が見ろ」


「誰を?」


「腹減らしとる子どもらも、おるかもしれんやろ」


 ノエルが首を傾げた。


「子ども?」


「あぁ」


「僕を見る?」


「まず、お前が見るんじゃ」


「でも、僕は王子だよ?」


「王子やったら余計、見てこい」



     *



 ノエルは納得できない顔だった。


「僕、お見舞いに来たんだけど!」


「それは分かっとる」


「まだ何もしてないよ!」


「ほんまに何もしてへんな!」


 鞘が空を切った。


 ミレーヌの筆が動く。


『お見舞い開始直後、現場訪問の打診』


「配送みたいに書くな」


「経過です」


 ノエルが清司の顔を覗く。


「そこへ行ったら、僕を見てくれる?」


「何を見たか、聞くわ」


「その子たちは僕を見る?」


「腹減っとったら、先に食べ物見るやろ」


「僕よりパン!?」


「当たり前やろ!」


「僕、王子だよ!?」


「腹は身分見て鳴らんぞ!」


 ノエルが自分の服を見下ろした。


「じゃあ、何を着て行けばいい?」


「汚れても動ける服や」


「可愛くして行った方が、みんな喜ぶでしょ?」


「まず、何に困っとるか聞け!」


「僕、ずっと可愛いって言われてきたんだよ!」


「知っとる! さっきから聞いとる!」


 鞘が振られる。


 ノエルは唇を尖らせていた。


「可愛いだけじゃ駄目なの?」


「可愛いんは別にええ」


「じゃあ、見て!」


「話戻すな!」


 ミレーヌが口元へ手を当てた。


 清司がそちらを見る。


「笑うなよ」


「まだ笑っておりません」


「準備しとるやろ」



     *



 清司は机の紙を寄せた。


「何に困っとるかは、ここにおるだけでは分からん」


 ノエルの目が、紙へ落ちる。


「飯かもしれん。服かもしれん。家のことかもしれん」


「僕に分かるかな」


「分からんかったら聞け」


「誰に?」


「そこで暮らしとるもんにじゃ」


 ノエルが少し黙った。


「子どもにも、聞いていいの?」


「本人が話してくれるならな」


「王子なのに?」


「王子やから聞いたらあかんのか」


「……聞いたことない」


「なら、聞いてみろ」


 清司はノエルを見た。


「上から眺めて、分かった気になるなよ。ちゃんと相手の顔見て、話聞け」


「顔を見るの?」


「そうじゃ。自分を見てほしい時だけ近づくんちゃうぞ」


 ノエルは椅子の横へ置かれた紙を見ていた。


 そこには、困っているという話だけがあった。


 誰の顔も描かれていない。


「……どんな子がいるのかな」


「俺も知らん」


 清司が答えた。


「せやから、知りたい」


 ノエルが顔を上げた。


「ちゃんと聞いてきたら、僕の話も聞いてくれる?」


「あぁ」


「ほんと?」


「嘘ついてどないすんねん」


 顔が一気に明るくなる。


「じゃあ、行ってくる!」


「今からか」


「早く行った方が、早く僕を見てくれるでしょ?」


「そこは変わらんのやな」


「パンも持って行く!」


「自分だけで決めんな。どこへ何持って行くか、担当のもんに聞け」


「担当?」


 清司がバルドへ顔を向ける。


「城下の暮らしを見とる役人、おるな」


「はい。救済を担当する者へ、まずお繋ぎしましょう」


「訪問できる場所も、そこで確かめてくれ。一人でふらっと行かすなよ」


「承知しました」


 ノエルがバルドを見る。


「護衛も?」


「もちろん、ご同行いただきます。殿下のご随行の方にも、お話を通します」


「分かった!」


 清司が言った。


「向こうが困るような行き方すな。話したくない奴へ、無理に聞くなよ」


「分かった!」


「できるか分からんこと、約束すんな。分からんかったら、持って帰って聞け」


「分かった!」


「返事だけはええな!」


「僕、可愛いから!」


「関係ないわ!」


 鞘が、もう一度ノエルをすり抜けた。



     *



 ノエルが扉へ向かった。


 バルドも、その後へ続く。


「リリアーナ!」


「なんや」


 扉の前で振り返った。


「帰ってきたら、ちゃんと僕を見てね!」


「報告聞く言うとるやろ!」


「絶対見てよ!」


「まず担当の話聞いてこい!」


「行ってきます!」


 勢いよく廊下へ出た。


 すぐに声が聞こえる。


「パンも持って行けるかな!」


「まず、お話を伺いましょう」


「持って行くなら、可愛い袋がいい!」


「袋どうでもええわーーー!」


 ノエルが扉から顔を戻した。


「可愛い袋も嬉しいかもしれないでしょ!」


 清司が一瞬、黙った。


「……それは、そうかもしれんけど」


「でしょ!」


「パン入る袋にしろよ!」


「分かった!」


 また顔が引っ込んだ。


 バルドと話す声が、遠ざかっていく。


 ようやく、部屋が静かになった。



     *



 リリアーナは深く息を吐いた。


「うるさいチワワやな」


「はい」


 ミレーヌが手帖へ書き加える。


『ノエル・グランヴェール。


自分を見てほしい。


人の話を聞くため、担当者との面談へ。


パン持参を希望。


袋の可愛らしさも重視。』


「最後まで書くんか」


「ご本人のこだわりですので」


 清司は、閉じた扉を見た。


 まだ、何も見ていない。


 行けば分かるとも限らない。


 可愛いと言われたいまま、帰ってくるかもしれない。


 それでも、さっき一度だけ、どんな子がいるのかと聞いた。


「何持って帰ってくるかやな」


「パンの空袋だけでないことを祈ります」


「話聞いて帰ってきたんなら、それでもええわ」


 ミレーヌが顔を上げた。


 清司は机の紙へ目を戻す。


「一回行っただけで、全部分かるわけちゃう」


「そうですね」


「分からんかったことも聞く。次、誰に繋ぐかは、それからじゃ」


 ミレーヌが新しい欄を作った。


『次回、報告確認』


 その下へ、もう一行。


『内容次第で追加制裁』


「先に書くな」


「記録は武器ですので」


「まだ起きてへんことは記録ちゃうねん」

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