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ふわ姫若頭  作者: 夜嶋朔
第一章 王宮現場復帰編

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第13話 ノエル王子

 ふわ姫女神が逃げた翌日。


 リリアーナは椅子に座り、歩行訓練で疲れた足を休めていた。


 その横では、黒スーツ姿の清司が刀を肩へ担ぎ、昨日ふわ姫が消えた辺りを睨んでいる。


「まだ怒ってるんですか」


 ミレーヌが黒革の手帖を開いた。


「恋愛しろ言うだけ言うて逃げよったからな」


「本日は逃げない方がいらっしゃいます」


「誰や」


「グランヴェール王国第二王子、ノエル殿下です」


「あの重い王子の弟か」


「双子の弟でございます」


「似とるんか」


「お顔は」


「中身は?」


「種類の違う重さです」


「嫌な予告やな」


 その時、廊下の向こうから軽い足音が近づいてきた。


「リリアーナー!」


 扉が勢いよく開く。


「僕が来たよ!」


 現れたのは、エリオットとよく似た金髪の少年だった。


 大きな瞳。


 小柄な体。


 柔らかな頬。


 王子らしい衣装まで、本人の可愛らしさを引き立てるように整えられている。


「久しぶり!」


「あぁ」


「……それだけ?」


「ほかに何言うねん」


 ノエルは頬を膨らませた。


「もっと僕を見てよ!」


 黒スーツ姿の清司が無言で刀を抜く。


 ミレーヌの筆が動いた。


『分類――チワワ王子』


「早いな」


「異論はございますか」


「ない」


 ノエルは椅子の前まで来ると、リリアーナの視界へ入るように顔を傾けた。


「ねえ、僕を見て!」


「見とる」


「もっと!」


「うるさい!」


 清司がノエルを斬った。


 もちろん、ノエルは気づかない。


「前はもっと可愛いって言ってくれたのに!」


「知らん」


「僕、可愛いでしょ?」


「顔はな」


「顔以外も可愛いよ!」


「自分で言うな」


「だって、みんな言うもん!」


 清司がもう一度斬った。


 ミレーヌは黒革の手帖へ書き足す。


『二太刀』


「そこ数えんでええ」


「記録です」


 ノエルはさらにリリアーナへ近づいた。


「僕が来たんだから、嬉しいでしょ?」


「近い」


「嬉しい?」


「近い言うとるやろ」


「ねえ、僕を見て!」


「うるさい! 現場見てこい!」


 ノエルが大きな目を瞬かせた。


「現場?」


「貧民街や」


「なんで僕が?」


「見てほしいんやろ」


「うん!」


「ほな先に、お前が見ろ!」


「誰を?」


「腹減らしとる子どもらや!」


 清司が刀を振り下ろした。


 ノエルは何も知らないまま首を傾げている。


「子ども?」


「お前と同じくらいの年でも、毎日の飯に困っとる子がおる」


「僕と同じ?」


「同じ人間や」


「でも僕は王子だよ?」


「知るか!」


 斬り。


「王子やったら余計見てこい!」


「僕、お見舞いに来たんだけど!」


「見舞いは終わりや!」


「まだ何もしてないよ!」


「ほんまに何もしてへんな!」


 斬り。


 ミレーヌの筆が止まらない。


『チワワ王子。


お見舞い開始直後、現場派遣決定』


「配送みたいに書くな」


「経過です」


 ノエルは納得できない顔でリリアーナを見つめた。


「貧民街へ行ったら、僕を見てくれる?」


「まず子ども見ろ言うとんねん!」


「その子たちは僕を見る?」


「腹減っとったら見ん!」


「なんで!?」


「パンを見るからや!」


「僕よりパン!?」


「当たり前やろ!」


「僕、王子だよ!?」


「腹は身分見て鳴らんぞ!」


 清司が横薙ぎに斬った。


 ノエルは唇を尖らせたまま、自分の服を見下ろした。


「じゃあ、何を着て行けばいい?」


「服の話ちゃう!」


「可愛くして行った方が、みんな喜ぶでしょ?」


「パン持って行け!」


「僕よりパン?」


「まだ言うか!」


「だって僕、ずっと可愛いで生きてきたんだよ!」


「知らんがな!」


 斬り。


「パン持って、子どもらの顔見て、何が足りてへんか聞いてこい!」


「何が足りないか?」


「飯。服。薬。寝る場所。何でもええ。お前の目で見てこい!」


「僕に分かるかな」


「分からんかったら聞け!」


「誰に?」


「子どもら本人に決まっとるやろ!」


 ノエルは少しだけ黙った。


 それまで自分を見てほしいと訴えていた瞳が、初めて別の誰かを想像するように揺れる。


「子どもに聞いてもいいの?」


「聞かんと分からんやろ」


「王子なのに?」


「王子やからや!」


 清司が刀を肩へ戻した。


「上から見下ろして分かった気になる奴が一番あかん。しゃがんで、同じ高さで聞いてこい!」


「同じ高さ」


「見てほしいんやったら、先に見落とされとる奴を見つけろ!」


 ノエルはリリアーナをじっと見た。


「ちゃんと見つけたら、僕を見てくれる?」


「報告持って帰ってきたらな!」


「ほんと?」


「嘘ついてどないすんねん!」


 ノエルの顔が一気に明るくなる。


「じゃあ行ってくる!」


「今からか」


「早く行った方が、早く僕を見てくれるでしょ?」


「そこは変わらんのやな」


「パンいっぱい持って行く!」


「一人で行くなよ! 護衛と役人連れて行け!」


「分かった!」


「配るだけで終わるな! 何が必要か聞いて、全部書いて帰ってこい!」


「分かった!」


「分からんことは勝手に決めるな! 聞け!」


「分かった!」


「返事だけはええな!」


「僕、可愛いから!」


「関係ないわ!」


 清司が最後にもう一太刀振り抜いた。


 ノエルは何も気づかず、扉へ向かって走る。


「リリアーナ!」


「なんや!」


 ノエルは扉の前で振り返った。


「帰ってきたら、ちゃんと僕を見てね!」


「報告次第や!」


「絶対見てよ!」


「はよ行け!」


「行ってきます!」


 ノエルは勢いよく部屋を飛び出していった。


 廊下からすぐに声が聞こえる。


「パン用意して!」


「いっぱい!」


「僕が持って行くんだから、一番可愛い袋に入れてね!」


「袋どうでもええわーーー!」


 足音が遠ざかり、部屋に静けさが戻った。


 リリアーナは深く息を吐く。


「うるさいチワワやな」


「はい」


 ミレーヌが黒革の手帖へ最後の一行を書き加えた。


『チワワ王子。


六太刀。


パン持参。


貧民街へ派遣。』


「斬りすぎやろ」


「清司さんが」


「一発も効いとらんけどな」


「それでも足は動きました」


「せやな」


 自分を見てほしい王子。


 可愛いと言われるだけで生きてきた王子。


 だが、見られることしか知らないなら、まずは見せればいい。


 誰にも見つけてもらえず、声も届かず、腹を空かせている子どもたちを。


 リリアーナは閉じられた扉を見つめた。


「何持って帰ってくるかやな」


「パンの空袋だけでないことを祈ります」


「それやったら、もう一回送り返す」


 黒スーツ姿の清司が刀を抜いた。


 ミレーヌは新しい記録欄を作る。


『次回報告。


内容次第で追加制裁』


「先に書くな」


「記録は武器ですので」

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