第12話 ふわ姫降臨
翌朝も、バルド・ハルディンは時間どおりに現れた。
「本日は、昨日より三歩だけ多く歩きましょう」
「よし! 立つぞ」
リリアーナは寝台から足を下ろした。
その横では、黒スーツ姿の清司が刀を肩へ担ぎながら腕を組んでいる。
「三歩かぁ……」
「姫様、参りましょう」
「積むしかないな」
バルドに腕を支えられ、ゆっくり立ち上がる。
息を整える。
一歩。
二歩。
三歩。
止まる。
また息を整える。
「はぁ……」
ただ歩くだけで足が震えた。
黒スーツ姿の清司も膝を押さえる。
「もう笑っとるやないか」
「姫様。昨日より長く立っておられます」
「これで進歩なんやな」
「立派な進歩でございます」
「ほな積むしかない」
昨日より三歩。
普通なら誤差。
けれど、この体では違う。
昨日できなかったことが、今日はできている。
なら積むだけや。
「本日はここまでにいたしましょう」
「おおきに」
バルドは静かに一礼した。
寝台へ戻ったリリアーナの横で、黒スーツ姿の清司は床へ座り込み、笑い続ける膝を押さえていた。
「笑うな。お前の主人は俺やぞ」
もちろん膝は止まらない。
寝台へ横になったリリアーナは天井を見上げた。
「ほんま難儀な体やな」
そう思った時。
ふと疑問が浮かぶ。
そもそも。
この体がリリアーナのものなら。
本物のリリアーナは、どこへ行ったんや。
考えた瞬間。
体から力が抜けた。
「姫様!?」
ミレーヌの声。
次の瞬間。
視界が白く弾けた。
気づけば清司は、真っ白な空間へ立っていた。
黒い上着。
黒いシャツ。
肩には刀。
目の前では光が膨らみ、金色の髪を揺らした少女が花びらとともに現れる。
やたら光っている。
やたら花びらが舞っている。
「演出過剰やな」
『清司様』
「誰や」
『リリアーナです』
「でしょうね」
ふわ姫は上品に微笑んだ。
『お会いできて嬉しゅうございます』
「それより発光止められへんのか」
『清司様。どうか運命の方々を信じてくださいませ』
「質問に答えろ」
『王子、公爵、騎士……皆様、心に傷を抱えております』
「仕事も抱えとるな」
『彼らを導けるのは愛なのです』
「人員配置でも導ける」
『恋の花は拒むばかりでは咲きません』
「恋の花より報連相や」
ふわ姫の笑顔が止まった。
『少しは、ときめいてくださいませ』
「無理や」
清司は刀を抜いた。
『キャーーーー!!!』
ふわ姫が飛び退く。
「こっちの話聞け!」
「お前の体どないなっとんねん!」
斬り。
『キャーーーー!!!』
「三歩歩いただけで膝笑うぞ!」
斬り。
『キャーーーー!!!』
「立っただけで息上がるぞ!」
斬り。
『キャーーーー!!!』
「これで恋愛なんかできるか!」
斬り。
『キャーーーー!!!』
『愛があれば乗り越えられます!』
「愛する前に倒れるわ!」
斬り。
『キャーーーー!!!』
『殿方に支えていただけば――』
「介護から始まっとるやないか!」
斬り。
『キャーーーー!!!』
『守っていただける喜びもございます!』
「自分で歩ける喜びの方が先や!」
斬り。
『キャーーーー!!!』
ふわ姫は花びらを撒き散らしながら逃げ回る。
『清司様はなぜ恋を避けるのですか!?』
「避けとるんやない! 優先順位が低いだけや!」
『優先順位!?』
「この国、火種だらけやぞ!」
「警備は甘い!」
「騎士は命捨てたがる!」
「王子は重い!」
「公爵は報連相が怪しい!」
「財政も国境も確認途中や!」
『ですが愛が――』
「愛で国境報告書は書けへん!」
斬り。
『キャーーーー!!!』
『愛は人を強くします!』
「訓練も人を強くする!」
斬り。
『キャーーーー!!!』
『愛は心を救います!』
「適材適所も人を救う!」
斬り。
『キャーーーー!!!』
『愛があれば、すべてを乗り越えられます!』
「愛に仕事押しつけすぎやろ!」
斬り。
『キャーーーー!!!』
『話し合いましょう!』
「話し合っとるやないか!」
『刀を置いてくださいませ!』
「俺の話し合いには必要や!」
『必要ございません!』
「俺にはある!」
『横暴です!』
「ほな聞くぞ」
清司は刀を向けた。
「この体、誰の体や」
『……わたくしです』
「ほな、もうちょっと丈夫に作っとけ!」
『生まれつきですもの!』
「開き直るな!」
斬り。
『キャーーーー!!!』
「今お前なにしとるんや」
『皆様の幸せを願っております』
「具体的に」
『恋の行方を見守り……』
「見とるだけやないか」
『祈っております!』
「それも見とるだけや」
『愛を送っております!』
「荷物運びでもせぇ!」
『女神に荷物を運ばせるおつもりですか!?』
「女神なんか?」
『今はそのようなものです!』
「曖昧やな!」
斬り。
『キャーーーー!!!』
『一度、愛の再調整が必要なようですね!』
「逃げる気やな」
『逃げるのではありません!』
『戦略的撤退です!』
「言い方変えても逃げや!」
『また参ります!』
「待てぇぇぇぇ!!!」
清司が追い掛ける。
『キャーーーー!!!』
「なにしにきたんじゃーーー!!!」
ふわ姫は花びらを撒き散らしながら、光の彼方へ一目散に逃げていった。
静けさだけが残る。
「逃げ足だけは一流やな」
次の瞬間。
リリアーナは寝台の上で目を開けた。
「姫様!」
「お加減はいかがですか!」
侍女たちが慌てて駆け寄る。
「……大丈夫や」
侍女たちは侍医を呼びに部屋を飛び出していった。
扉が閉まる。
ミレーヌが近づく。
「清司さん」
「なんや」
「何がありました?」
リリアーナは真顔で答えた。
「逃げに来た」
「……」
「恋愛しろ言うて説教してきて、論破したら叫びながら逃げた」
「なるほど」
ミレーヌは黒革の手帖を開いた。
『ふわ姫女神。
分類――恋愛ルート修正係。
発光量――高。
実務性――低。
論破耐性――低。
回避能力――高。
悲鳴――大。
逃亡速度――極めて速い。
目的――恋愛。
結果――逃走。』
「仕事失敗やないか」
「記録は武器ですので」
「武器にするほどの相手ちゃうやろ」
「次も来られると思います」
「来んでええ」




