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ふわ姫若頭 〜恋愛フラグを全部現場復帰させたら、女王ルートが開きました〜  作者: 夜嶋朔
第一章 王宮現場復帰編

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11/28

第11話 顔うるさっ

翌日。


リリアーナは、椅子に座っていた。


昨日よりは、少しだけ足が軽い。


ほんの少しだけである。


立てる。

座れる。

倒れる前に止まれる。


この三つができるだけで、今のリリアーナにとっては大きな前進だった。


その横では、黒スーツ姿の清司が、だるそうに腕を組んでいた。


もちろん、普通の人間には見えていない。


見えているのは、今のところミレーヌだけである。


そのミレーヌは、黒革手帖を開いていた。


「本日、隣国の第三王子、アレクシス・ローゼン殿下がいらっしゃいます」


「昨日言うてた、美意識過剰王子か」


「はい」


ミレーヌは、手帖の頁をめくった。


「ピンクの長い髪。濃い目元。声量大きめ。自己演出過多。本人曰く、美は責務だそうです」


「面倒くさそうな責務背負ってんな」


「姫様を口説くために来る予定です」


「恋愛してる場合か」


「はい。ですので、現場復帰先を探します」


「何に戻すねん」


「文化外交か広報ですね」


「顔面で働かせるんか」


「顔面も資源です」


「嫌な言い方すな」


その時だった。


扉の外から、やけに明るい声が響いた。


「今日も僕は美しい!」


部屋の空気が、一瞬止まった。


清司は、黒スーツ姿でだるそうに腕を組んだまま、半目になった。


声量でかいな。


うるさいなぁ。


リリアーナは、姫として微笑みを保った。


ミレーヌは、すでに黒革手帖へ何かを書いている。


扉が開いた。


入ってきたのは、淡いピンク色の長い髪を肩へ流した王子だった。


艶のある髪。

濃い目元。

整えられた眉。

ほんのり色の乗った唇。


歩き方まで、どこか舞台めいている。


清司は、数秒だけ黙った。


そして、低く呟いた。


「……顔うるさっ」


ミレーヌの筆が動いた。


『美意識過剰王子。

分類:おねえ王子。

特徴:ピンクロングヘア。目元が強い。顔面圧あり。声量もあり。

第一印象:顔がうるさい』


「第一印象まで書くな」


「重要です」


「悪口やろ」


「観察記録です」


「便利に言い換えるな」


王子、アレクシス・ローゼンは、優雅に片手を胸へ当てた。


「リリアーナ姫。久しぶりだね」


「お久しぶりです、アレクシス殿下」


リリアーナは、姫らしく微笑んだ。


アレクシスは、その微笑みを見て、満足げに頷いた。


「うん。やはり君は、花のように美しい」


清司は横で半目のままだった。


花とか言うな。


水やりせなあかん気になるやろ。


アレクシスは、ふわりと自分の髪を払った。


「けれど、安心してほしい。今日の僕もまた、美しい」


「誰も心配してへん」


リリアーナの口から、つい低めの声が出た。


アレクシスは気にしなかった。


「そうだろう。心配など必要ない。僕の美は、常に安定しているからね」


「そういう意味ちゃうわ」


説明しよう!


清司は今、リリアーナの口を使って、わりとはっきりツッコんでいる!


しかし!


アレクシスには届いていない!


なぜなら、彼は自分の美に酔っているからである!


耳には入っている!


だが、脳内で都合よく変換されている!


「誰も心配してへん」は、「当然の美ですね」という賞賛に!


「そういう意味ちゃうわ」は、「もっと語ってください」という期待に!


美意識過剰王子とは、そういう生き物である!


おいたわしいのは、今日も清司の精神である!


アレクシスは、リリアーナの前に座った。


「聞いたよ、リリアーナ。最近、君は少し変わったらしいね」


「そうでしょうか」


「美しいものは、変化してもなお美しい。だが、変化の方向を誤ると、美は乱れる」


清司は、だるそうに腕を組んだまま、半目で見た。


何の話や。


「だから僕が来た」


アレクシスは、当然のように言った。


「君の美を、正しい方向へ導くために」


「帰っていいですよ」


リリアーナは、にこりと微笑んだ。


アレクシスが固まった。


ミレーヌの筆も、少し止まった。


「……え?」


「用件が美だけなら、今の私は体力に余裕がありませんので」


「美は体力を超えるよ」


「超えません」


リリアーナは即答した。


「体力は、超えません」


清司は内心で強く頷いた。


ほんまそれや。


美で二足歩行できたら苦労せんわ。


アレクシスは、不思議そうに首を傾げた。


「以前の君は、もう少し夢を見るように僕の話を聞いてくれたはずだが」


「倒れましたので」


「倒れると、そうなるのかい?」


「場合によります」


ミレーヌは手帖へ書き込んだ。


『倒れましたので、万能説』


「万能にすな」


「便利です」


「便利で済ますな」


アレクシスは、リリアーナをじっと見つめた。


そして、ふっと笑った。


「面白い。今の君は、以前よりも輪郭がはっきりしている」


「輪郭?」


「そう。美には輪郭が必要だ。曖昧なままでは、人は見つめる場所を失う」


清司は、少しだけ目を細めた。


こいつ。


面倒くさいけど、言ってることは少し分かるな。


アレクシスは続けた。


「僕は美しい。だから、人は僕を見る。僕が立つ場所には、視線が集まる。それは生まれ持った責務だ」


「責務なら働け」


リリアーナは、姫スマのまま言った。


アレクシスは、また固まった。


「働く?」


「はい」


「僕が?」


「はい」


「美しい僕が?」


「はい」


清司は横でだるそうに腕を組んだまま、低く言った。


「同じ確認を何回すんねん」


アレクシスには聞こえていない。


リリアーナは、静かに言った。


「人が見る。声が通る。印象に残る。なら、式典や外交で使えます」


アレクシスの目が、少しだけ動いた。


「使う?」


「はい」


「僕の美を?」


「はい」


アレクシスは、ゆっくりと笑った。


「ようやく、君も僕の美を理解したのだね」


「いいえ」


「え?」


「美しいかどうかは、正直あまり分かりません」


部屋が止まった。


ミレーヌの筆も止まった。


清司は、リリアーナの横で当然の顔をしていた。


男の顔のことなんか知らん。


キラキラしてんな、くらいや。


リリアーナは、姫らしく続けた。


「ですが、目立つことは分かります」


「目立つ」


「はい」


「それは、美しいということでは?」


「人によります」


「人による」


アレクシスは、初めて少し困った顔をした。


ミレーヌは、すぐに手帖へ書いた。


『美意識過剰王子、美しい以外の評価に弱い』


「弱点書くな」


「重要です」


「まあ重要やけども」


アレクシスは、手元の鏡を取り出した。


いつの間に持っていたのかは分からない。


「僕が目立つ。人が見る。印象に残る。つまり、美しい」


「変換すな」


「だが、それが国の役に立つなら」


アレクシスは、鏡の中の自分を見つめた。


「僕の美は、さらに意味を持つということか」


「意味は持つと思います」


「美に、意味が」


「そこまで大げさに言わんでいいです」


「いや、大事なことだ」


アレクシスは、真剣だった。


顔はうるさい。

声もうるさい。

髪も目元も情報量が多い。


だが、その奥に、妙な真面目さがあった。


自分の見られ方を知っている。


人の視線が集まることも知っている。


ただ、それを何に使えばいいのかを知らないだけだ。


清司は、内心で息を吐いた。


顔面を持て余してるタイプか。


美月が、静かに王子を見ていた。


ピンクの長い髪。

濃い目元。

よく通る声。

自分の美しさを一切疑っていない表情。


素材は、強い。


強すぎる。


強すぎて、少し散らかっている。


ミレーヌは、静かに一歩近づいた。


「王子殿下」


「なんだい?」


「少し、失礼いたします」


「え?」


ミレーヌは、返事を待たなかった。


小さな化粧道具を取り出し、アレクシスの目元へ青みを足す。


清司は、黒スーツ姿でだるそうに腕を組んだまま、半目になった。


「おい」


「はい」


「何してんねん」


「調整です」


「調整の距離感ちゃうやろ」


「目元の圧はありますが、方向性が少し散っています」


「顔面を現場みたいに見るな」


ミレーヌは、淡々と王子の目元を整えた。


青みのある影を、薄く重ねる。


まぶたの奥行きが、さらに増す。


アレクシスは鏡を見て、ゆっくりと目を細めた。


「……悪くない」


「でしょう」


「僕の美が、さらに深まった気がする」


「深まりました」


「乗せるな」


清司が低く言った。


ミレーヌは、次にアレクシスの唇を見た。


「唇は、紫寄りにしましょう」


「紫?」


「はい。高貴さと危うさが出ます」


「おい、やめとけ」


清司はすぐに言った。


もう分かっていた。


こいつは、寄せに行っている。


間違いなく、好きな漫画のあの感じに寄せに行っている。


ミレーヌは、何食わぬ顔でアレクシスの唇に色を足した。


薄く。


しかし、確実に。


「……完成に近づいています」


「近づけるな」


「好きな漫画で、あんな感じのキャラがいたので寄せました」


「わかるけど、やめとけ」


「似合います」


「似合うやろうけども」


「では問題ありません」


「問題しかないわ」


アレクシスは、鏡をのぞき込み、満足げに笑った。


「青い目元。紫の唇。なるほど、僕の美はまだ成長できるのか」


「できます」


「僕が、まだ?」


「はい。まだです」


「まだ、とは……美しい響きだ」


「響きで酔うな」


清司は、疲れた声で言った。


その間にも、ミレーヌはアレクシスの長いピンク髪へ手を伸ばしていた。


「次は髪です」


「髪?」


「片側だけ編み込みます」


「片側だけ?」


「はい。ハーフで」


「おい」


清司が止めるより早く、ミレーヌの指が動いた。


細い三つ編みが、アレクシスのピンクの髪に混ざっていく。


片側へ流れるように。


しかし、目立ちすぎないように。


目元の青と、唇の紫と、髪の色が、妙にまとまっていく。


まとまってしまった。


腹立つほど、まとまってしまった。


「……完成させるな」


リリアーナは、姫らしい声で言った。


もちろん、中身は清司である。


だが、アレクシスは鏡の中の自分から目を離さなかった。


「完成……」


アレクシスは、うっとりと呟いた。


「そうか。僕は今、完成へ近づいているのか」


「ちゃう。止めてんねん」


「止められるほどの美、ということだね」


「話聞けや」


説明しよう!


清司は今、リリアーナの口を使って、かなりはっきりツッコんでいる!


だが!


この王子には届いていない!


なぜなら、彼は今、自分の美に酔っているからである!


耳には入っている!


だが、脳内で都合よく変換されている!


「完成させるな」は、「完成へ向かっている」という賞賛に!


「話聞けや」は、「もっと語ってほしい」という期待に!


「顔うるさい」は、「存在感がある」という褒め言葉に!


美意識過剰王子とは、そういう生き物である!


おいたわしいのは、今日も清司の精神である!


ミレーヌは、黒革手帖を開いた。


『おねえ王子。

追加処置:青系の目元、紫寄りの唇、片側ハーフ編み込み。

結果:顔面圧の方向性が統一。

用途:文化外交、式典、敵国への視覚的威圧』


「敵国への視覚的威圧ってなんや」


「顔がうるさいので」


「うるささを整えるな」


「整えた方が、遠くまで届きます」


「声量みたいに言うな」


アレクシスは、鏡の中の自分を見つめ、満足そうに髪を払った。


「今日の僕は、美しいだけではない」


清司は、嫌な予感がした。


アレクシスは、目元を伏せ、紫の唇で微笑む。


「完成に近い」


「完成すな」


ミレーヌは、静かに頷いた。


「まだ伸びしろはあります」


「伸ばすな」


「次回は衣装です」


「次回作るな」


アレクシスは、そこでようやく鏡から顔を上げた。


青みを足した目元。

紫寄りの唇。

片側だけ編み込まれたピンクの長い髪。


本人は、完全に仕上がった顔をしている。


「リリアーナ」


「はい」


「君も美しい」


リリアーナは、姫スマを保った。


清司は内心で眉をひそめた。


急に何や。


アレクシスは、次にミレーヌを見た。


「そして、そこの侍女も美しい」


ミレーヌの筆が止まった。


ほんの一瞬だけ、目が細くなる。


そして、にこりと微笑んだ。


「ありがとうございます」


声は丁寧だった。


だが、黒革手帖には、すでに新しい一行が書かれていた。


『美女収集系美形枠の可能性あり』


清司は横からそれを見た。


「物騒なこと書くな」


「念のためです」


アレクシスは、満足げに微笑む。


「美しいものは、近くに置きたくなるものだ」


ミレーヌは、すっと一歩下がった。


そして、完璧な侍女の礼をした。


「連れ去らないでくださいませ」


清司は吹き出しそうになった。


「お前、分かってて言うてるやろ」


「何がでしょう」


「完全に寄せに行ってるやろ」


「防犯です」


「防犯の方向性が古い漫画やねん」


アレクシスは、不思議そうに首を傾げた。


「連れ去る? 僕が?」


「念のためです」


ミレーヌは、姫スマで答えた。


「美しいものを集める方は、物語上、警戒対象ですので」


「物語上で判断すな」


「経験則です」


「何の経験やねん」


アレクシスは、優雅に笑った。


「安心していい。僕は美しいものを傷つけたりはしない」


ミレーヌは、黒革手帖に追記した。


『本人曰く、傷つける意図なし』


「信用してへん書き方やめろ」


「意図と結果は別ですので」


「現場目線やな」


「清司さん仕込みです」


「俺のせいにすな」


アレクシスは、そんな二人のやり取りには気づかない。


ただ、鏡を見ていた。


そして、少しだけ真面目な声で言った。


「だが、文化外交か」


リリアーナは、アレクシスを見た。


「はい」


「僕の美が、国と国の間に立つ」


「正確には、美だけではありません」


「では、何が?」


「見せ方です」


アレクシスの目が、初めて鏡ではなくリリアーナを見た。


リリアーナは続ける。


「人は、目立つものを見ます。

美しいもの、珍しいもの、強いもの、華やかなもの。

そこに人が集まります」


アレクシスは黙って聞いていた。


「でも、集めただけでは意味がありません。

何を伝えるか。

どこへ視線を向けさせるか。

誰と誰をつなぐか。

それができるなら、殿下の美しさは、ただの自己満足では終わりません」


アレクシスの表情が、少し変わった。


さっきまで鏡にしか向いていなかった目が、わずかに外へ向いた。


「つまり」


彼はゆっくりと言った。


「僕は、国の美しさを背負える?」


「背負いすぎなくていいです」


清司が即座に言った。


「ですが、国の顔にはなれます」


「国の顔」


「はい」


リリアーナは、姫らしく微笑んだ。


「恋愛で姫を口説くより、その方が向いていると思います」


アレクシスは、しばらく黙っていた。


そして、ゆっくりと笑った。


今度の笑みは、少しだけ静かだった。


「リリアーナ」


「はい」


「君は、僕を見ていないようで、よく見ているね」


清司は、横で半目になった。


顔は見てへんけどな。


動きと使い道は見てる。


アレクシスは立ち上がった。


「分かった。次の親善式典、僕が前に立とう」


「よろしいのですか」


「もちろんだとも」


彼は、片側に編み込まれた髪へ触れた。


「今日の僕は、完成に近いからね」


「だから完成すな」


「姫は照れているのかな?」


「してへん」


ミレーヌは、黒革手帖に書き込んだ。


『美意識過剰王子。

現場復帰先:文化外交、広報、式典演出。

注意点:否定を美的評価へ変換する傾向あり。

対策:否定ではなく具体的指示で動かす』


「ちゃんと仕事の記録になってるやん」


「業務ですので」


「趣味混ざってたけどな」


「二割ほど」


「八割や」


アレクシスは、帰り際、扉の前で振り返った。


「リリアーナ」


「はい」


「次に会う時、僕はさらに美しくなっているだろう」


「仕事してください」


「もちろん。美しく働こう」


「働くなら何でもええわ」


アレクシスは満足げに笑い、部屋を出て行った。


扉が閉まる。


部屋に、急に静けさが戻った。


清司は、黒スーツ姿のまま、深く息を吐いた。


「……濃かったな」


「はい」


ミレーヌは、黒革手帖を閉じた。


「顔も声も思想も濃かったです」


「情報量で疲れるタイプや」


「ですが、使えます」


「せやな」


清司は、少しだけ真面目な顔になった。


あの王子は、自分の美に酔っている。


だが、自分が人に見られることを知っている。


人の視線を集める力がある。


それを恋愛や自己陶酔だけに使えば、ただ面倒くさい男だ。


だが、式典に立たせ、国の顔として使えば、武器になる。


清司は、静かに頷いた。


「顔うるさいのも、使い道次第やな」


「名言のように言わないでください」


「お前が言わせたんやろ」


その時、リリアーナの足がじわりと震えた。


限界である。


清司は、すぐに判断した。


「ミレーヌ」


「はい」


「座り直す」


「承知しました」


ミレーヌは、すぐに椅子と足置きを整えた。


リリアーナは、ゆっくりと身体を預ける。


立つこと。

座ること。

倒れる前に止まること。


この身体にとっては、それも立派な前進である。


「姫様」


「なに?」


「本日のふわ管に記録しておきます」


「ふわ管ってまだ続いてるんか」


「はい。ふわ姫体力管理記録です」


「略すな」


「本日の記録。おねえ王子を現場復帰。座り直し成功」


「成功扱いなんや」


「倒れる前に座れましたので」


清司は、少しだけ笑った。


それは確かに、成功だった。


ミレーヌは、黒革手帖を開いた。


「本日の記録に追加します」


「何を」


ミレーヌは、さらさらと書いた。


『恋愛より文化外交』


清司は、その文字を見て、少しだけ笑った。


恋愛より物流。


恋愛より文化外交。


この世界は、今日も順調に、乙女ゲームから遠ざかっている。


おいたわしいのは、今日も清司の精神である。

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