第128話 さわやか
翌朝。
サニーテレビ放送局では、朝から明るい音楽が流れていた。
『さわやか』
白い机の中央で、エリオットが両手を広げる。
「世界のみんなー! おはよう☆!」
きらきら。
眩しい笑顔。
その隣には、歌手や役者たちが日替わりのコメンテーターとして並んでいた。
「朝の情報番組! 『さわやか』の時間だよ!」
スタジオに拍手が響く。
「今日は、開局記念歌謡祭で顔をお披露目した二組の新人男性アイドル! SNGとBIGWAVEの育成現場に密着するよー!」
映像が切り替わった。
鏡張りのレッスン室。
魔石カメラの前へ、セシルが勢いよく飛び込んでくる。
「世界のみんなー! こちらレッスン室だよー!」
ぱちり。
ウインク。
「まずはSNGから☆!」
セシルの後ろでは、土方、沖田、斎藤、原田の四人が横一列に並んでいた。
その前には、音ちゃん、舞ちゃん、レオン。
音ちゃんが楽譜を広げる。
「SNGの曲は、明るくて、聴いた人が一緒に踊りたくなる曲です」
舞ちゃんも四人の顔を見た。
「ただ笑うだけではいけません。一人ずつ、見ている方へ笑顔を届けてください」
「はい!」
レオンが手を叩いた。
「じゃあ最初からいくよ!」
音楽が流れる。
曲名は。
『爆弾』
明るい音。
弾む足。
大きく広がる腕。
レオンが拍に合わせて合図を出した。
「右! 左! 回って!」
最前列では、セシルが四人と向かい合って踊っていた。
一度教わっただけの振り付けを、すでにほとんど覚えている。
「ここで腕を上げるよー! 次は足を前へ! 最後は笑顔☆!」
くるりと回り、鏡越しの魔石カメラへ、ぱちりとウインク。
モニター室。
リリアーナとバルド、ミレーヌは、その映像を見ていた。
「なんでセシルが一番踊れんねん」
「身体を動かすことがお得意なのでしょう」
バルドが静かに答える。
ミレーヌも黒革手帖を見ながら笑った。
「振り付けを一度見て、ほとんど覚えたそうですよ」
「ヨガの先生みたいになっとるやん」
レッスン室の隅では、エミールが大きな表へ次々に書き込んでいた。
『得意』
『不得意』
『歌』
『踊り』
『表情』
『体力』
『協調性』
一人が回れば書く。
一人が歌えば、また書く。
一人が振りを間違えれば、さらに書く。
「細かいな」
「一人ずつ、得意と不得意を分けているようですね」
ミレーヌが画面を覗き込む。
バルドも静かに頷いた。
「全員を同じ形へ揃えるより、それぞれに適した位置へ置く方がよろしいかと」
「せや」
リリアーナは腕を組んだ。
「全員を同じにすんな。得意なもんを前に出せ。苦手なもんは、隣の奴に支えさせろ」
「プロデューサーらしくなってきましたね」
「最初からプロデューサーや!」
SNGが、もう一度『爆弾』を踊り始めた。
まだ揃ってはいない。
完璧でもない。
それでも、音を外し続ける者はいない。
立っていられなくなる者もいない。
思っていたより、ずっと動けていた。
舞ちゃんが顎へ手を当てる。
「悪くありません」
音ちゃんも楽譜を見ながら頷いた。
「声も出ています。ちゃんと育てれば形になります」
「思ったより下手ちゃうな」
「セシルさんほどではありませんが」
「セシルを基準にすな」
そのセシルは、踊り終えるとすぐに水分補給へ向かった。
ルシアンが人数分の飲み物を並べている。
「一気に飲まないで、少しずつ飲んでね。汗をかいた分はちゃんと補給するんだよ」
「ありがとう」
その隣では、ノエルが白い上着を着て待機していた。
机の上には包帯、薬、冷却用の氷。
「痛いところがあったら、すぐ言ってね! 我慢したら駄目だよぉ!」
「保健医までおるんか」
「安全第一でございます」
「アイドル育成に隙がないな」
画面の端では、アレクシスが衣装のデザイナーたちと話していた。
布を広げ、飾りを合わせ、舞台照明の下でどう見えるかを確認している。
「SNGは明るさと親しみやすさを前に出したいね。でも、子どもっぽくなりすぎないようにして」
別の布を手に取る。
「国外へ出た時にも、一目で覚えてもらえる衣装にしよう」
デザイナーたちが一斉に書き留めた。
「こっちはもう世界進出の話しとるぞ」
「アレクシスさんですから」
「初めから国外まで見ていますね」
スタジオのエリオットの声が映像へ重なる。
「SNGのみんな、思ったより踊れてたねー!」
コメンテーターたちも笑顔で頷いた。
「笑顔が素敵でした」
「『爆弾』も楽しい曲ですね」
「一緒に踊りたくなりました」
画面が再びレッスン室へ戻る。
セシルは、もう廊下を走っていた。
右手には楽譜。
左手には水筒。
肩にはタオル。
魔石カメラに気づくと、走りながら手を振る。
「次はBIGWAVEだよー! 急げ急げー☆!」
「まだ元気なんかい」
リリアーナが思わず画面へ叫んだ。
別のレッスン室。
龍馬、桂、高杉が、黒を基調とした練習着で並んでいる。
セシルが魔石カメラへ振り返った。
「こちらはBIGWAVEのレッスン室だよー! SNGとは全然違う曲に挑戦するんだって☆!」
音ちゃんが新しい楽譜を置く。
「こちらは、明るく笑う曲ではありません。別れた相手を思い続ける、切ない曲です」
曲名は。
『シュンシュン』
静かな音から始まった。
舞ちゃんが一人ずつの表情を見る。
「笑わないでください。目線を落として。それでも、見ている方から目を離させないように」
レオンが指を鳴らした。
「三、二、一。顔を上げて!」
三人が一斉に顔を上げる。
音が強くなった。
足が動く。
腕が交差する。
身体が大きく沈む。
最前列では、セシルがもう一緒に踊っていた。
「ここで止まるよー! 次は一気に前へ!」
振り返る。
髪が揺れる。
切ない顔。
次の瞬間。
魔石カメラへ、ぱちりとウインク。
「そこでウインクはいらんやろ!」
「セシルさんですから」
「なんでも可愛くなりますね」
「曲の切なさどこいってん!」
それでも、BIGWAVEも思っていたより動けていた。
振りを間違える者はいる。
拍が遅れる者もいる。
それでも全員、音を聞いて合わせようとしている。
舞ちゃんが高杉の顎を少し上げた。
「その目はいいですね。最後まで残してください」
「分かった」
音ちゃんは桂へ声をかける。
「声が低いので、ここを任せましょう」
「承知しました」
龍馬は鏡の中の自分を見ながら笑った。
「踊りも、やってみると面白いのう!」
「笑わないでください」
「今の曲は駄目ながか!」
「切ない曲ですので」
「難しいのう!」
エミールが、また表へ書き込む。
『低音』
『表情』
『瞬発力』
『体力不足』
書く。
見直す。
また書く。
「エミール、表何枚目や」
「十三枚目だよ」
モニター越しにエミールが答えた。
「本人より詳しくなりそうやな」
「まだ増えるよ」
「怖いわ!」
リリアーナは、二つのレッスン室を交互に見た。
SNGは明るく、四人で弾ける。
BIGWAVEは切なく、一人ずつの個性が目に残る。
「これでええ」
刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司も、二つのモニターを静かに見ている。
「同じもん二つ作ってもしゃあない。SNGは、みんなで笑わせろ。BIGWAVEは、一人ずつ惚れさせろ」
ミレーヌが目を輝かせた。
「分かりやすいです!」
「せやろ」
バルドが静かに一礼する。
「音ちゃんと舞ちゃんへ、お伝えいたします」
レッスン室では『シュンシュン』が終わった。
三人とも肩で息をしている。
ルシアンがすぐに飲み物を渡し、ノエルは足を痛めた者がいないか一人ずつ確認する。
レオンは次の振りを考え、音ちゃんと舞ちゃんは楽譜を挟んで話し合っていた。
アレクシスはBIGWAVE用の衣装へ黒い布を重ねている。
エミールは十四枚目の表を書き始めた。
そして。
セシルは再びSNGのレッスン室へ走っていった。
「まだ戻るんかい!」
画面がスタジオへ戻る。
エリオットが両手を広げた。
「SNG! BIGWAVE! 今後も二組の成長を見届けてね☆!」
スタジオの全員が手を振る。
コメンテーターたちも楽しそうに笑っていた。
「思っていたより踊れていましたね」
「曲もまったく違って素敵です」
「早く舞台で見たいです」
「二組がどんなアイドルになるのか、楽しみだねー!」
エリオットが眩しい笑顔で締めると、『さわやか』は次の話題へ移った。
モニター室。
リリアーナはSNGとBIGWAVEの資料を見比べた。
「歌も踊りも、これからやな」
「ですが、十分に可能性はございます」
バルドが静かに答えた。
「うん」
リリアーナはもう一度モニターを見た。
歌う者。
踊る者。
走り回るセシル。
表を書き続けるエミール。
飲み物を配るルシアン。
怪我を見て回るノエル。
指示を出すレオン。
衣装を見るアレクシス。
皆、それぞれの持ち場で動いている。
ふと。
リリアーナの眉が寄った。
「……レイナは?」
ミレーヌが顔を上げた。
「そういえば」
黒革手帖をめくる。
「開局記念歌謡祭にも、いらっしゃいませんでしたね」
「昨日のCM撮影にもおらんかった」
バルドの表情も、少しだけ変わった。
「ここ数日、お姿を拝見しておりません」
賑やかなレッスン室。
歌声。
笑い声。
足音。
忙しく行き交う人々。
そのどこにも。
レイナの姿だけがなかった。
刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司も、静かにモニターを見つめる。
「……なんかあったんか?」
さっきまで賑やかだったモニター室が、少しだけ静かになった。




