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乙女ゲームの姫に転生した元若頭、攻略そっちのけで世界を変える――ふわ姫若頭  作者: 夜嶋朔
第二章 日本編

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第126話 開局記念歌謡祭

「来たぞー!!」


 翌朝。


 王宮の正門から、巨大な荷車が何台も入ってきた。


「魔石カメラや!」


 リリアーナは窓から身を乗り出した。


 荷車の上には、黒い箱型の魔導具が隙間なく積まれている。


「何台作ったの?」


 レオンが目を丸くした。


「知らん! 死ぬほど作れって言うたから!」


「そんな頼み方したの!?」


「いっぱい欲しかったんや!」


「いっぱい来たね!」


「ほんまに死ぬほど来たわ!」


 荷車の横では、光秀と大久保が次々に運び込まれる機材を確認していた。


 これで王宮の噴水前。


 外の大きな螺旋階段。


 そして大広間。


 三か所を同時に生放送できる。


 テレビ局の建物は、まだない。


 だが王宮はすでに、完全な撮影スタジオへ変わっていた。


「姫様。お時間です」


 バルドが白い手袋を整えた。


 その声だけは、いつもと変わらず落ち着いている。


「バルド、緊張せぇへんの?」


「しております」


「嘘つけ!」


「しております」


「全然見えへん!」


 チリン。


 バルドは何事もなかったように魔石カメラへ向き直った。


 赤い魔石が光る。


 その瞬間、国中の魔導液晶テレビへ王宮の大広間が映し出された。


「皆様。本日、サニーテレビは開局いたします」


 声。


 間。


 姿勢。


 昨日、食堂で一度やっただけとは思えない。


「記念すべき最初の番組は、開局記念歌謡祭でございます」


 大広間の幕が一気に開いた。



 最初に現れたのは、ルカ・ベルノだった。


『まだ見ぬ明日へ』


 まだ若い。


 だが魔石カメラを見た瞬間、表情が変わった。


 暗闇。


 孤独。


 それでも前へ進む足音。


 甘く真っすぐな歌声が、大広間を突き抜ける。


 王都の食堂で。


 港の酒場で。


 工場の休憩所で。


 人々が一斉に顔を上げた。


「誰や、あれ……」


「歌、うますぎんか?」



 映像が切り替わる。


 王宮の噴水前。


 夕日のような照明の中で、リゼ・カトレアが歌っていた。


『あなたを忘れる百の方法』


 恋。


 別れ。


 強がり。


 消せない名前。


 恋をした日も、別れた夜も、笑いながら傷ついた心も。


 全部、歌に変えていく。


 その次に現れたのは、一本の楽器を抱えたフィン・ローレルだった。


『ひとり分の灯り』


 小さな部屋。


 一脚の椅子。


 帰らない人。


 消せない灯り。


 派手な演出はない。


 ただ一人で音を重ね、一人で歌い、広い噴水前を自分だけの世界へ変えていく。


「うわ……」


 セシルが中継を忘れて見入っていた。


「セシル、仕事や!」


「あっ!」


 セシルは慌てて魔石カメラへ向き直った。


「現在、王宮の噴水前ではリゼ・カトレアとフィン・ローレルが歌ってるよ! すごい!」


「語彙! もうちょい頑張れ!」


「すっごくすごいよ!」


「増えただけや!」


 セシルは爽やかに笑った。


「現場からは以上だよ! 画面の前の君に届け!」


「そこだけ完成しとんねん!」



 映像は、外の大きな螺旋階段へ切り替わった。


 頂上に立っていたのは、ゼノ・ヴァレス。


『月夜の逃亡者』


 静寂。


 鼓動。


 鋭い足音。


 振り返れば、もう誰も追いつけない。


 音が鳴った瞬間、階段に並んだ踊り手たちが一斉に動いた。


 ゼノ・ヴァレスが一歩。


 足を滑らせるように前へ出る。


「浮いとる!」


 リリアーナが叫んだ。


「地面の上、滑っとるぞ!」


「足は地面についてるよ!」


 エミールが横から言った。


「見たら分かる!」


「じゃあ浮いてないよ!」


「分かっとるわ!」


 歌。


 踊り。


 指先。


 視線。


 そのすべてが一つの演出になっていた。



 続いてニール・ファロ。


『君だけに聞こえる声』


 愛。


 後悔。


 約束。


 もう一度。


 軽やかな声で歌いながら、遊ぶように踊る。


 螺旋階段の手すりまで使い、画面の向こうを笑わせながら最後まで完璧に決めた。



 その空気を、ザリア・レインが一瞬で塗り替えた。


『私は私の王になる』


 傷。


 誇り。


 強さ。


 立ち上がる女たち。


 強い。


 美しい。


 ただ立っているだけで、全員の目を奪う。



 その後ろから、ヴェラ・ノクスが現れた。


『自由という名の翼』


 鎖。


 檻。


 空。


 自由。


 衣装が変わる。


 照明が変わる。


 音が変わる。


 一曲の中で何度も世界が生まれ変わっていく。


「なんやこれ!」


 リリアーナが魔導テレビを指した。


「一人ずつが祭りやんけ!」



 さらに。


 ミラージュ・ノアが巨大な羽根飾りを背負い、上から降りてきた。


『怪物たちの舞踏会』


 仮面。


 宝石。


 狂気。


 革命。


「どっから来たん!?」


「上だよ」


 ノエルが普通に答えた。


「見たら分かるわ!」


「聞いたから答えたのに」


「そうやけど!」


 ミラージュ・ノアは歌いながら噴水の縁へ立つ。


 奇抜だった。


 派手だった。


 だが、その歌声には誰にも見せなかった孤独があった。


 最初は衣装を見て笑っていた者たちも、いつの間にか静かに聴き入っていた。



 大広間では、アリア・フェリスの高音が響いた。


『天まで届け』


 悲しみ。


 祈り。


 愛。


 希望。


 高く伸びた声に、窓ガラスがわずかに震える。


「割れへん!?」


「強化済みです」


 光秀が即答した。


「そこまで想定しとったん!?」


「必要ですので」


「またそれや!」



 続いて、ベルベット・アワー。


『午前零時の約束』


 夜。


 秘密。


 熱。


 欲望。


 陽気な音。


 耳に残る旋律。


 誰でも口ずさめそうなのに、演奏は恐ろしく巧い。



 ルーメン・アーク。


『夜明けの向こう側』


 喪失。


 再生。


 雨。


 光。


 大広間の天井いっぱいに星のような光が浮かぶ。


 静かな歌声が、少しずつ大きな波へ変わっていく。



 ボーダーレス・ベル。


『名もなき兵士』


 戦争。


 貧困。


 国境。


 祈り。


 帰れなかった者。


 待ち続けた者。


 名前すら残らなかった者。


 重い音が、魔導テレビの向こうにいる者たちの胸を叩いた。



 そして最後に、アッシュ・リベリオン。


『壊れた世界で叫べ』


 怒り。


 痛み。


 絶望。


 叫び。


 激しい音が大広間を揺らす。


 胸の奥へ押し込めていたものを、全部吐き出すような歌だった。


 最後の音が消えた瞬間。


 王国中が息をすることすら忘れていた。



 チリン。


 バルドが再び中央へ立つ。


「続きまして、舞ちゃん一座が制作いたしました自主映画、『タイタニック号』をお送りします」


「自主映画?」


 リリアーナが舞ちゃんを見る。


「はい」


 舞ちゃんは誇らしげに頷いた。


「作ってみました」


「軽いな!」


 魔導液晶テレビの画面が暗くなる。


 やがて、青い海が映った。


 その海を進む、巨大な豪華客船。


 タイタニック号。


 甲板には宝石を身につけた貴族たち。


 華やかな舞踏会。


 給仕。


 船員。


 荷物を運ぶ者。


 名前も台詞もない者まで、全員がその船で暮らしている人間として動いていた。


「舞ちゃんやな」


 リリアーナが小さく笑った。


 主役しか見せない映画ではない。


 一瞬しか映らない者にも、その場にいる理由があった。



 物語の中心にいるのは、ルシアン・ヴェルネが演じる若き公爵チャック。


 気品がある。


 だが、堅苦しくはない。


 笑うだけで画面が明るくなる。


 その前に現れたのが、エリナ・ロシェの演じるブレアだった。


 美しく。


 芯が強い。


 誰かに守られるだけではない。


 自分の意思で、自分の人生を選ぼうとする女性だった。


 二人は出会い。


 反発し。


 少しずつ惹かれていく。



 だが。


 タイタニック号は氷山へ衝突した。


 船内へ海水が流れ込む。


 逃げ惑う人々。


 倒れる家具。


 閉ざされた扉。


 離される手。


 叫ぶ名前。


 名前のない船員が子どもを抱き上げる。


 年老いた夫婦が、互いの手を握る。


 演奏者たちは震えながらも、最後まで楽器を置かなかった。


 舞ちゃんが、誰一人として背景にはしなかった。


 チャックには、公爵として救命艇が用意された。


 だが。


「先に、船倉の人々を」


 チャックはそれを拒んだ。


 そして、ブレアの手を握る。


「君も行け」


「嫌よ」


「命令だ」


「私は、あなたの部下じゃない」


 ブレアはチャックの手を強く握り返した。


「生きるなら、二人でよ」


 王宮の大広間で、誰かが鼻をすすった。


「泣いてへんぞ」


 リリアーナが言った。


「まだ誰も何も言ってません」


 ミレーヌが答えた。


「先に防御すんな」


「うるさい」



 船は沈む。


 チャックとブレアは、最後まで人々を助けた。


 海へ投げ出されても、手を離さなかった。


 夜。


 氷。


 静寂。


 遠ざかる声。


 やがて、暗い海の向こうに救助船の灯りが見える。


 ブレアがゆっくり目を開いた。


「チャック……?」


「ここにいる」


 チャックも、震えながら笑った。


 二人とも。


 生きていた。


 画面に朝日が昇る。


 映画が終わった。



 大広間は静まり返っていた。


 セシルは両手で顔を覆っている。


 エリオットは何度も目元を拭い。


 レオンも腕を組んだまま、静かに涙を流していた。


 ノエルは隠す気もなく泣いている。


「生きててよかったぁ……」


「お前めっちゃ泣いとるやん」


「だって死ぬと思ったもん!」


「僕も思った」


 エミールまで資料で顔を隠していた。


「お前も泣いとる?」


「泣いてない」


「その資料、逆さまやぞ」


「……見ないで」


「泣いとるやん」


 バルドも白い手袋で、そっと目元を押さえていた。


 音ちゃんも。


 舞ちゃん一座の者たちも。


 泣いている。


 街で。


 港で。


 城で。


 食堂で。


 工場で。


 遠い傘下国の広場で。


 魔導テレビを見ていた人々が、同じように涙を拭っていた。


 その中で。


 舞ちゃんだけは泣いていなかった。


 腕を組み、胸を張り、自分たちが作った映画を誇らしげに見つめている。


 リリアーナの横では、刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司も、泣かずに暗くなった画面を見ていた。


「前世のとは、ちょっと違いますけど」


 ミレーヌが涙を拭いながら微笑んだ。


「これもアリですね」


「俺は、前世で知っとる方の終わり方が好きや」


「どうしてです?」


 リリアーナは暗くなった画面を見た。


「ジャックはローズを生かした。ローズはジャックの意思を受け継いで、自分の人生を最後まで生きた」


 大広間が静かになる。


「ほんで、人生を全うした最後にタイタニックへ帰る。死んでいったみんなが待っとるんや。笑って迎えてくれる」


 刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司も、静かに画面を見ていた。


「俺は、あの終わり方が好きや」


 その時。


 魔石カメラが突然、王宮の奥を映した。


「ワシは前世のやつの方が好きや」


 オヤジが言った。


「うちは、こっちもええと思うけどなぁ」


 姐さんが答える。


「前世の方が深いやろ」


「せやけど、二人とも助かるんもええやん」


 映像がすぐに戻った。


「え?」


 舞ちゃんが首を傾げる。


「そこだけ出てくんな!」


 リリアーナの声が響いた。


「……これ、ほんまに自主映画なん?」


「はい」


 舞ちゃんが誇らしげに頷いた。


「みんなで作りました」


「自主の規模ちゃうやろ!!!」



 開局記念歌謡祭の最後。


 バルドが再び中央へ立った。


「続きまして、サニーテレビより皆様へ、新たな二組をご紹介いたします」


 舞台袖から、七人の男たちが現れる。


 土方。


 沖田。


 斎藤。


 原田。


 そして。


 龍馬。


 桂。


 高杉。


「四人組、暁ノ刃」


 歓声が上がる。


「三人組、蒼海三奏でございます」


 さらに大きな歓声。


 だが。


 音楽は鳴らない。


 誰も歌わない。


 誰も踊らない。


 七人は、ただ魔石カメラの前へ並んでいた。


「……歌わねぇのか?」


 土方が小声で聞いた。


「歌えるん?」


 リリアーナが聞き返す。


「……歌ったことはない」


「踊りは?」


「ない」


「ほな今日は顔だけ出しとけ!」


「顔だけとはなんだ!」


 沖田は楽しそうに魔石カメラへ手を振った。


「こんにちは」


「お前、慣れるん早いな!」


 原田も大きく手を振る。


「見えてるかー!」


「距離近いねん!」


 斎藤は微動だにしない。


「斎藤もなんかせぇ!」


「何をすれば?」


「手振るとか!」


 斎藤は少し考え、小さく手を上げた。


「小さっ!」


「振りました」


「真面目やな!」


 龍馬は魔石カメラへ興味津々で顔を近づけた。


「これで海の向こうまで見えるがか?」


「今はまだや!」


「そのうち見えるんじゃろ?」


「近い近い!」


 桂は、その横で一歩下がった。


「私は、この辺りでよろしいでしょうか」


「逃げるな!」


「前に出るのは得意ではありません」


「アイドルなったんやぞ!」


「覚えます」


「真面目!」


 高杉だけは腕を組み、不敵に笑っている。


 隣の土方を見る。


「負けねぇからな」


「まだ何もしてねぇだろ」


「始まる前から勝負だ」


「望むところだ」


「顔見せだけで戦うな!」


 歌わない。


 踊らない。


 今日は、顔を見せるだけ。


 それでも。


 世界中の魔導液晶テレビの前で、悲鳴のような歓声が上がった。


「土方様ー!!」


「龍馬様ー!!」


「沖田様!」


「高杉様!」


 原田が目を輝かせた。


「俺は!?」


「今からや! 頑張れ!」


「はい!」


「素直やな!」



 チリン。


 バルドが静かに一礼した。


「以上をもちまして、サニーテレビ開局記念歌謡祭を終了いたします」


 大広間が静かになる。


「皆様。また次の放送で、お会いいたしましょう」


 赤い魔石の光が消えた。


「終わった……」


 リリアーナは、その場へ座り込んだ。


 七人も。


 ロイヤルフラグメントも。


 レイナも。


 ミレーヌも。


 ようやく息をつく。


「楽しかった!」


 エリオットが一番に笑った。


「お前、元気やな……」


「またやろう!」


「休ませろ!」


「明日もあるよ?」


「そうやった!」


 リリアーナが頭を抱えた。


 その横で、刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司も額へ手を当てる。


 その時。


 大広間の扉が開いた。


 土まみれの鉄ちゃんが、静かに顔を出した。


「姫さん」


「なんや……」


「テレビ局、もうできやす」


「……」


 リリアーナがゆっくり顔を上げた。


「もうできるんかい!!!!」


 大広間に、最後の絶叫が響いた。

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