第121話 覚悟
翌日。
リリアーナは、ミレーヌ、バルド、レイナ、『ロイヤルフラグメント』の七人、そしてモビーズと共に、テルリッチ公園へ来ていた。
その横では、刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司が、公園の向こうに広がる繁華街と、少し離れた花田丸の方角を静かに見ている。
「芸能事務所は、この辺やな」
リリアーナが繁華街を指した。
「人通りも多いし、交通もええ。オーディション受ける奴も通いやすいやろ」
ミレーヌが黒革手帖を開く。
「繁華街の一等地であれば、人材も仕事も集まりやすいでしょう」
「見つけてもらう場所やからな。目立つとこがええ」
アレクシスが街並みを見渡した。
「外観も大事だね! 新しい文化が始まる場所なんだから、見ただけですごいって思う建物にしようよ!」
「ローズはいらんぞ」
「まだ何も言ってないよ!」
「顔が言うとる」
「じゃあ噴水は?」
「いらん」
「金色の像は?」
「もっといらん」
「まだ誰の像か言ってないよ!」
「お前やろ」
「なんで分かったの!?」
「分かるわ!」
エリオットは、人の流れを見ていた。
「入口と、普通に街を歩く人の道は分けた方がいいよね。人がいっぱい集まったら、道が塞がっちゃうよ」
「せやな。裏口と搬入口も作ろ」
「あと、入口は広い方がいいよ!」
「なんで?」
「みんな一緒に入れるから!」
「一緒に入る必要ある?」
「あるよ!」
「何人で入る気やねん」
エリオットは少し考えた。
「七人?」
「ロイフラ基準やめろ」
「みんなで入った方が楽しいよ?」
「事務所の入口に楽しさ求めんな!」
レオンは花田丸の方角を見た。
「テレビ局は、あっち?」
「せや」
リリアーナは花田丸を指した。
「新しいテレビ局は、花田丸の横や。情報も、機材も、出演者も集まる。変なん来たら、そのまま捕まえられる」
ルシアンが少しだけ眉を寄せた。
「テレビ局って、そういう場所だっけ?」
「ちゃう」
「だよね」
「でも大事やろ」
「それは分かる」
レオンも静かにうなずいた。
「花田丸の警備と、新しい局の警備も繋げられるね。何かあっても、すぐ動ける」
「捕まえたら花田丸?」
「せやな」
「近くて便利だね」
「お前まで物騒な方に馴染むな!」
エミールは、すでに紙へ書き込んでいた。
「芸能事務所は繁華街の一等地。テレビ局は花田丸の横。スタジオは局内と隣の土地にいくつか。入口、裏口、搬入口、休憩室――」
「まだ土地見とる段階やぞ」
「でも忘れたら困るよ!」
「忘れたら書いたらええやん」
「だから今書いてるんだよ!」
「それもそうやな」
「あと、爆発した時の避難経路」
「なんで爆発前提なん?」
「何があるか分からないでしょ?」
「お前の爆弾表のせいで不安なんねん!」
「今回は関係ないよ!」
「今回は言うな!」
ノエルは公園を見渡した。
「出演する人も、働く人も、ちょっと休める場所が近い方がいいよね」
「公園あるしな」
「でも、人に見られたくない時もあると思うから、休憩室も作ろうよ」
「それええな。頼むわ」
「うん!」
セシルも柔らかく笑った。
「相談できる場所も欲しいね。新しい仕事って、楽しくても不安になることあるでしょ?」
「そこ任せる」
「任せて!」
「お菓子も置こうよ」
「相談室に?」
「甘いもの食べたら、ちょっと元気になるかもしれないよ」
「それはええんちゃう」
「いっぱい置こう!」
「ほどほどにな」
「いっぱいの方がいいよ!」
「お前も極端やな!」
リリアーナは、もう一度、繁華街と花田丸を見た。
「よし。事務所は繁華街。テレビ局は花田丸の横。これでいこ」
その時。
「姫さん!」
道の向こうから、大きな声が響いた。
鉄ちゃんだった。
大きな身体を揺らしながら、こちらへ走ってくる。
「新しいテレビ局を建てるってのは、本当ですかい」
「もう聞いたん?」
「全国へ流れてやした」
「また勝手に放送されとるやんけ」
鉄ちゃんは息を整えるより先に、花田丸の横へ広がる土地を見た。
地面。
街道。
搬入口。
水路。
花田丸までの距離。
しばらく何も言わなかった。
「どうや」
「悪くねぇでさぁ」
「建てられそうか」
「まだ地面掘ってねぇんで」
「そこ慎重やな」
「嘘つけねぇんでさぁ」
「せやったな」
鉄ちゃんは、もう一度土地を見た。
それから、リリアーナへまっすぐ向き直った。
「姫さん。テレビ局も、スタジオも、俺たちに建てさせてくだせぇ」
「また仕事増えるぞ」
「望むところでさぁ」
鉄ちゃんは、大きな手を静かに握った。
「俺を見つけてくだすったのは、オヤジさんでさぁ。何もなかった俺に、大工として生きる道をくれやした」
刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司は、静かに鉄ちゃんを見ている。
「けど、腕を使える現場を次々に与えてくだすったのは、姫さんでさぁ。パン工場、ラーメン工場、花田丸。ほかにも、数え切れねぇほど」
鉄ちゃんの声が少しだけ低くなる。
「姫さんのおかげで、鉄ちゃん組はここまで大きくなりやした。オヤジさんと姫さんには、感謝してもしきれねぇ」
リリアーナは黙って聞いていた。
「だから今度は、まだ何者でもねぇ奴らが立てる場所を、俺たちに作らせてくだせぇ」
刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司が、少しだけ目を細めた。
リリアーナも、少しだけ黙った。
「……頼むわ」
「へい」
鉄ちゃんは少しだけ笑った。
「必ず、胸張れる建物にしやす」
その時。
遠くから、いくつもの声が重なって聞こえた。
「黒王子ー!」
「アニキ!」
「姫さん!」
「若頭!」
「姫様!」
「姫殿下!」
リリアーナが振り返る。
「全員、何してんねん」
放送を見て、いても立ってもいられなかった者たちが、一斉にテルリッチ公園へ駆けてきていた。
パード。
『紅月の海賊ヴァンパイア』の面々。
スギナ。
アネイモ。
『幕末恋刃録 〜斬らないで新選組〜』の面々。
『幕末革命恋航録 〜生きて帰るまでが開国です〜』の面々。
キルナたち。
光秀。
そして。
百ちゃんまで。
「黒王子!」
パードが真っ先に前へ出た。
「うちらもやる!」
「お前ら、向こうの局やろ」
「そんなの関係ないっしょ!」
「あるやろ!」
「向こうもやるし、こっちもやる!」
「二重勤務やんけ!」
「余裕余裕!」
「軽いな!」
スギナとアネイモも、静かに前へ出た。
「私たちも、お手伝いいたします」
「お前らも向こうの局やろ」
「両方担当いたします」
「向こうの局、ほってきたらあかんやろ」
「ほっておりません」
アネイモが静かに答えた。
「向こうも、こちらも担当いたします」
「悪いけど」
リリアーナは二人を見た。
「こっち、メンタル豆腐おらんねん」
「…………」
スギナが少しだけ目を瞬かせた。
「ですが」
アネイモが静かに続ける。
「これから新しく入られる方には、必要になります」
「ちょっと待て」
「若頭!」
キルナたちが前へ出た。
「うちらもやるに決まってんだろ!」
「キルナ」
「おう!」
「お前らは、貧民街とラーメン頼むわ」
「……」
「そっちの現場、止めたらあかん」
キルナは少しだけ黙った。
それから、まっすぐうなずいた。
「分かった。若頭が新しい現場作るなら、うちらは今ある現場守る」
「頼んだぞ」
「おう!」
キルナたちは、来た時と同じ勢いで貧民街へ戻っていった。
「姫殿下!」
百ちゃんが勢いよく手を上げた。
「私も、何かお手伝いを――」
「百ちゃん」
「はい!」
「米」
「…………」
「早く作ったって。オヤジ、ずっと待っとるから」
「それは、確かに大切です」
「めちゃくちゃ大事や」
「では、農業へ戻ります!」
「頼んだで!」
百ちゃんも、来た時と同じ勢いで農地へ戻っていった。
「何しに来たんや」
光秀は、すでに紙を持っていた。
「姫様。国王陛下には報告済みです」
「早っ」
「土地、資金、傘下国への連絡。すぐに整えます」
「もう動いとるやん」
「必要ですので」
「全員、それ言うようになったな」
その時。
『幕末恋刃録 〜斬らないで新選組〜』の四人が、揃って前へ出た。
「アニキ」
土方が、まっすぐリリアーナを見た。
「警備も、アイドル活動も、中途半端にはしません。やると決めた以上、最後までやります」
沖田が少し笑った。
「せっかくやるなら、一番を取りたいですね」
「お前、最初から楽しんどるもんな」
「はい」
斎藤も静かにうなずいた。
「アニキが、格好悪くはさせないと約束してくれました。私は、その言葉を信じます」
「任せとけ」
原田が拳を握った。
「俺も、絶対に人気者になります!」
「そこだけ元気すぎん?」
「大事です!」
「せやな」
近藤が四人を見た。
「アニキ。こいつらを、よろしくお願いします」
「お前も警備頼むぞ」
「はい!」
続いて。
龍馬、桂、高杉が前へ出た。
「姫さん」
龍馬が、新しいブーツで地面を踏んだ。
「わしらも腹は決めたぜよ。やるからには、海の向こうまで名前を届ける。世界中へ会いに行くぜよ」
「頼もしいな」
桂も静かに続けた。
「中途半端に舞台へ立つつもりはありません。歌も、踊りも、見せ方も、学ぶべきことはすべて学びます」
「真面目やな」
「仕事ですから」
「ええやん」
高杉は腕を組んだまま、土方を見た。
「やるからには負けない。特に、土方にはな」
土方の眉が少しだけ動いた。
「こちらも、負けるつもりはない」
「もう始まっとるやん」
龍馬が笑った。
「ライバルがおった方が燃えるぜよ」
沖田も楽しそうに笑う。
「面白くなりそうですね」
原田が拳を上げた。
「絶対勝ちましょう!」
「お前、何で一番やる気なん?」
「人気者になりますので!」
「強いな」
刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司は、二組を静かに見ていた。
もう誰一人、やらされる顔はしていなかった。
自分たちの仕事として。
自分たちの名前で。
舞台へ立つ覚悟を決めていた。
リリアーナは鉄ちゃんを見る。
「鉄ちゃん」
「へい」
「こいつらが立つ場所、一から作るぞ」
鉄ちゃんは、その場で地面へ図面を広げた。
「その場所は、俺たちが建てやす」
リリアーナは全員を見渡した。
「芸能事務所は繁華街。テレビ局は花田丸の横」
刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司も、集まった仲間たちを見渡している。
昨日まで。
仕事を与えられた者たちだった。
今は。
自分の持ち場を持ち。
新しい現場が生まれると聞けば。
誰に呼ばれたわけでもないのに。
勝手に集まってくる。
リリアーナは笑った。
「新しい現場」
「ここから始めるぞ!」
「おおーーーー!!!」
声が、テルリッチ公園へ大きく響いた。




