第119話 こっちはこっちで
翌日。
リリアーナは、中央放送局へ来ていた。
その横には、刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司。少し後ろではミレーヌが黒革手帖を持ち、バルドが静かに先を歩いている。
局内は朝から慌ただしく動いていた。
撮影。
編集。
照明。
音響。
衣装。
台本。
大きな映像魔石が次々に運ばれ、収録を終えた素材が編集室へ回されていく。
「ちゃんと回っとるな」
「番組数も増えております」
ミレーヌが黒革手帖を開いた。
「ニュース、天気、国からのお知らせ、料理、各国紹介、タイフーンの音楽番組。魔導テレビの普及に合わせて、放送時間も延びています」
「一個の局で、よう回しとるわ」
刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司は、人の流れや機材の配置、収録中のスタジオから編集室へ続く導線を静かに見ていた。
その奥では、タイフーンが歌と踊りの稽古をしていた。
タクヤ。
ジュン。
トモヒサ。
三人は揃いの衣装をまとい、照明と撮影位置を確認しながら動きを合わせている。
「タイフーンは、どんな感じや」
「順調です。音楽番組、対談番組、広告、地方公演。出演依頼も増えております」
「売れとるんやな」
「はい」
タクヤがリリアーナに気づいた。
「姫さん。見に来たのか」
「ちょっとな」
ジュンも汗を拭きながら笑う。
「今日も収録なんだ」
「忙しそうやな」
「楽しいよ」
「ならええ」
トモヒサは新しい台本を持っていた。
「次は三人で街を歩く番組らしい」
「街歩くだけで番組なるん?」
「なるらしい」
「人気者すごいな」
そこへ、詠女が歩いてきた。
手には予定表。腕には何冊もの資料を抱えている。
「リリアーナ様」
「よう」
詠女は軽く頭を下げた。
「本日は、どのようなご用件でしょうか」
「見学や。中央放送局が今どんな感じで回っとるんか、見に来た」
「そうですか」
詠女はすぐに予定表へ目を落とした。
「タイフーンは午前に歌番組、午後から衣装合わせ、その後に対談番組の収録です。今月は特集番組も予定しております」
「詰まっとるな」
「人気がありますので」
「そうか」
詠女の声は、いつも通りだった。
仕事をしている顔。
資料を持つ手。
埋められた予定表。
だが。
刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司は、別のものを見ていた。
局内の壁。
その中央に、大きな宣伝用の紙が貼られている。
『密着!イケメン☆日本軍団』
土方。
沖田。
龍馬。
桂。
高杉。
畑で働く姿。
水路を見る姿。
食事をする姿。
街を歩く姿。
何でもない日常が、派手な文字と光る装飾に囲まれていた。
その横には、放送予定。
再放送。
特別編集版。
「人気番組です」
詠女が言った。
「視聴率も非常に好調です。富裕層だけでなく、公共スクリーンでも多くの方がご覧になっています。日本から来られた皆様の認知も、大きく広がりました」
「そうか」
リリアーナはポスターを見上げた。
その横で、刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司が腕を組み、静かに詠女を見る。
「一応」
リリアーナが言った。
「特集してくれて、ありがとうな」
詠女が少しだけ目を細めた。
「嫌味ですか」
リリアーナの口元が、わずかに上がった。
「分かっとるやん」
そのまま壁へ手を伸ばした。
ビリッ。
大きなポスターを引き剥がす。
局内にいた者たちが、一斉に振り返った。
詠女も初めて少しだけ目を見開く。
「本人らに話も通さんと、勝手に撮って」
ビリッ。
「勝手に流して」
ビリッ。
「勝手に人気出たからいうて」
ビリッ。
「好きに使うな」
土方の顔が裂ける。
龍馬の姿がちぎれる。
高杉の文字が割れた。
「こいつらは、見世物ちゃうぞ」
最後の一片を破る。
「これ以上、お前には預けへん」
詠女は黙っていた。
リリアーナは細かくなった紙を片手に持ったまま、まっすぐ詠女を見る。
「こっちは二組、アイドル作る」
詠女の目が動いた。
「新選組から、土方、沖田、斎藤、原田」
「幕末反乱軍から、龍馬、桂、高杉」
「二組ですか」
「あぁ」
詠女がすぐに予定表を開く。
「でしたら番組枠を調整いたします。衣装班も追加で――」
「いらん」
詠女の手が止まった。
「こっちでやる」
「こちらで?」
「芸能事務所、新しく作る」
局内がざわついた。
「テレビ局も、もう一個建てる」
ざわめきがさらに大きくなる。
「別の放送局を?」
「あぁ。建物も、スタジオも、撮影も、編集も全部別や」
詠女はリリアーナを見た。
「中央放送局は使用しないのですか」
「使わん。役者も芸能人も裏方も、こっちで一から集める」
ミレーヌは何も言わず、黒革手帖へ書き込んでいた。
「オーディションもやる。ドラマも撮る。映画も撮る。ニュースもやる」
刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司は、局内をゆっくり見渡した。
「街で何が起きとるか。誰が何しとるか。何が熱いか。自分らの目で見て、自分らで確かめて、本物を流す」
詠女は少し黙った。
「そうですか」
「あぁ」
リリアーナは詠女をまっすぐ見た。
「もう、こっちのタレント勝手に撮るな」
そして、細かく破れたポスターを詠女の前へ放った。
白い紙片。
黒い文字。
派手な装飾。
切り取られた顔。
それらが花吹雪のように舞い、局内の床へ落ちていく。
「行くで」
「はい」
ミレーヌが黒革手帖を閉じる。
バルドは何も言わず、出口の扉を開いた。
その途中。
壁際の大きな魔導テレビが光った。
『一応』
『特集してくれて』
『ありがとうな』
リリアーナの足が止まった。
「……は?」
画面には、数分前の自分が映っていた。
『嫌味ですか』
『分かっとるやん』
ビリッ。
ポスターを破る音まで入っている。
『本人らに話も通さんと、勝手に撮って』
『勝手に流して』
『勝手に人気出たからいうて』
『好きに使うな』
「もう流れとるやんけ!!」
ミレーヌも画面を見る。
「編集が早いですね」
「感心すな!」
画面の中では、紙片が花吹雪のように舞っている。
『こいつらは、見世物ちゃうぞ』
『もう、こっちのタレント勝手に撮るな』
「そこまで流すんかい!」
刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司は、魔導テレビを横目で見たまま静かに額へ手を当てていた。
「俺、新しいテレビ局作る前からニュースなっとるやん……」
「話題性がありますので」
「六本木みたいに言うな!」
局内の者たちは、誰も声を出さなかった。
リリアーナは小さく息を吐き、そのまま中央放送局を出た。
大きな扉の外には。
エリオット。
アレクシス。
レオン。
エミール。
ルシアン。
セシル。
そして、レイナが待っていた。
「……なんでおるん」
エリオットが少しだけ笑った。
「テレビ見たから」
「もう見たん!?」
「今、生放送みたいになってるよ」
アレクシスも頷いた。
「ポスター破ったところ、すごかった!」
「そこ褒めるとこちゃう!」
エミールが目を輝かせる。
「新しいテレビ局作るんでしょ?」
「作るけど」
「僕もやる!」
「まだ何も頼んでへん!」
ルシアンも手を上げた。
「僕も何かできる?」
「お前ら仕事増えるの好きすぎるやろ!」
レオンは静かに笑った。
「必要なら手伝うよ」
セシルも頷く。
「新しい人たちが来るなら、案内もできるよ」
最後にレイナが、優しくリリアーナを見る。
「清司様」
「なんや」
「また新しい現場ですわね」
リリアーナは、待っていた仲間たちを見渡した。
誰も理由を聞かなかった。
何があったのか、問い詰めもしなかった。
ただ。
新しい仕事が始まると知って。
もう集まっていた。
刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司も、一人ずつその顔を見る。
リリアーナは少しだけ笑った。
「……ほな」
「新しいテレビ局、作ろか」




