第111話 農業の人手
翌日。
リリアーナは、学園へ向かう前に農地へ立ち寄っていた。
田んぼと畑は、最初に想定していた範囲を大きく超えて広がっている。水路が何本も走り、苗が並び、農具を抱えた者たちが朝から忙しく行き交っていた。
リリアーナの横では、刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司が腕を組み、農地全体を見渡している。
「百ちゃん」
「はい」
「人、足りとる?」
百ちゃんは少し困ったように周囲を見た。
「先日の耕しの際、この街の方々が百人ほど仲間になってくださいました。ですが、まだ足りません」
「まだ足りんの!?」
「畑も田んぼも、想定より大きくなりましたので」
「自分らで広げたもんな」
「はい」
「素直やな」
百ちゃんは農地を指しながら続けた。
「水路を見る者、苗を育てる者、畑を耕す者、田を整える者、道具を直す者。皆様よく働いてくださっていますが、今の人数では、まだ手が回りません」
「分かった」
リリアーナは貧民街の方角へ目を向けた。
働きたいのに、まだ持ち場が決まっていない者はいる。仕事を覚えたい者も、少なくない。
「バルド」
「はい」
「農業やりたい奴、百人くらいスカウトしてきて」
チリン。
「連れてまいりました」
「はや!!」
リリアーナが振り返る。
農地の入口には、すでに百人近い住人が並んでいた。
「いつ行ったん」
「必要になるかと思い、事前に確認しておりました」
「先読みしすぎやろ!」
「農業経験者、力仕事が得意な方、水路を学びたい方、細かな作業が得意な方。それぞれ分けております」
「振り分けまで終わっとるやん!」
「現場を止めませんので」
「強いな!」
バルドは何事もなかったように、百ちゃんへ一枚の紙を差し出した。
「こちらが名簿です」
「ありがとうございます」
百ちゃんは新しく来た者たちへ向き直り、丁寧に頭を下げた。
「来てくださり、ありがとうございます。経験がなくても、一つずつお教えします」
一人の男が緊張した顔で手を上げた。
「本当に、私たちでもよろしいのでしょうか」
「もちろんです。この街の皆様は真面目に働いてくださいますし、覚えるのも早いです。どうか力を貸してください」
「はい!」
百人近い声が、農地へ響いた。
同じ頃。
王宮では、光秀がオヤジの前へ立っていた。
「国王陛下。農業の人手が、まだ足りておりません」
「どれくらいや」
「最低でも、二百人ほど」
オヤジは椅子へ深く座ったまま、少し考えた。
「傘下の国にも、農業学びたい奴おるやろ。日本の農民は腕ええからな。兄弟らに声かける」
「承知しました」
「働きたい奴も、農業覚えたい奴も来たらええ。家族ごと来てもええ言うとけ」
「はい」
オヤジは葉巻を指に挟み、にやりと笑った。
「飯作れるようになったら、国は強なる。ちゃんと覚えて、自分の国でも作れるようになれ言うとけ」
「そのように伝えます」
翌朝。
農地の前へ、何台もの馬車がやってきた。
一台。
二台。
三台。
まだ来る。
「多っ!」
リリアーナが目を見開いた。
馬車から次々に降りてくるのは、傘下国からやってきた農民たちだった。
リリアーナの横では、刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司も長く続く馬車の列を見ている。
「二百人を希望されていましたので」
光秀が淡々と答えた。
「ぴったり二百人来るん怖いな!」
「各国の王が、人数を調整してくださいました」
「兄弟の連携よすぎやろ」
「国王陛下が、日本の農民から学べる機会だと強く勧められましたので」
「オヤジ、売り込みうまいな」
人がそろえば、百ちゃんはすぐに現場を動かした。
「鍬は力だけで振らないでください。長く続きません。水は多すぎても、少なすぎても苗が育ちません。根を傷つけないよう、土を崩してください」
日本の農民たちも隣に立ち、実際に手を動かしながら教えていく。
「そこです」
「上手です」
「もう一度やってみましょう」
「分かりました!」
あちらでは鍬の持ち方を教え、こちらでは水路の流れを見る。少し離れた場所では、苗を植える間隔を何度も確認していた。
貧民街から加わった者たちも、昨日よりずっと慣れた手つきで新しく来た農民を手伝っている。
農地は、一気に人で埋まった。
数日後。
田んぼと畑には、それぞれの持ち場で働く者たちの姿があった。
日本から来た農民。
貧民街から加わった者。
傘下国から学びに来た農民。
教える者もいれば、覚える者もいる。重い物を運ぶ者もいれば、道具を直す者もいる。
誰が上でも、誰が下でもなかった。
刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司は、そんな農地を静かに見渡していた。
「姫殿下!」
百ちゃんがリリアーナのところへ駆けてくる。
「他の国の農民が来てくださり、とても助かっております。この街の方々も真面目に働いてくださいますし、覚えるのも早いです」
百ちゃんは嬉しそうに頭を下げた。
「ありがとうございます」
「礼はええ。それより、現場回っとる?」
「はい。今なら何人か抜けても問題ありません」
「ほんま?」
「はい」
リリアーナの目が、少し離れた場所へ向いた。
近藤が農具を運んでいる。
龍馬は、新しく来た農民たちへ笑いながら声をかけていた。
「近藤」
「はい、アニキ」
「龍馬」
「どうしたがじゃ、姫さん」
「ちょっと皆、集めてくれ」
二人が同時に振り返る。
リリアーナは、にっと笑った。
「話がある」




