109話 久しぶりの学園
第109話 久しぶりの学園
朝。
王宮の庭では、リリアーナがいつものように走っていた。
チリン。
「今日はここまでです」
バルドが鈴を下ろす。
「ほな、貧民街の農地見てから学園行こか」
「承知いたしました」
馬車が貧民街へ入ると、少し前とは明らかに景色が変わっていた。荒れていた土地には新しい住宅が増え、道が整えられ、その先には工場と農地が広がっている。
だが、変わったのは建物だけではなかった。
「……なんやあれ」
リリアーナが馬車の窓から一つの建物を見ると、入口には何人もの住民が集まり、中ではアナキ、ルク、オビ、ヨダを中心に帝国の攻略対象たちが忙しそうに動いていた。
「若頭!」
聞き覚えのある声が飛んできた。
キルナだった。
「学園行くんじゃなかったのか?」
「その前に貧民街の農地見に来たんや。何しとんねん」
「職業訓練所だよ」
「職業訓練?」
「ああ。仕事したくても、やったことねぇ仕事はいきなりできねぇだろ。建設、工場、運送、農業。まずここで基本を覚えさせて、できるようになった奴から現場に出すんだ」
「いつの間にそんなん作ったん」
「必要だったからな」
「仕事早いな」
「若頭に言われたくねぇよ」
キルナがニヤッと笑った。
その隣にも新しい建物があり、こちらにも住民が次々と出入りしている。
「ほな、あっちは?」
「職業安定所」
「……職安まで作ったん?」
「作った」
キルナは当然のように答えた。
「働きてぇ奴がいても、どこが人を欲しがってるか分からなきゃ動けねぇだろ。逆に工場や農地が人手不足でも、誰が仕事探してんのか分からねぇ。それをここで繋ぐ」
リリアーナが建物の中へ目を向けると、壁には農業、建設、工場、運送、料理、清掃と、現在募集されている仕事が並んでいた。帝国の攻略対象たちは、住民一人ひとりの希望や経験を聞き、それぞれに合いそうな仕事を案内している。
「アナキたちと作ったんか」
「ああ。あいつら、こういうの得意だからな。治安も見られるし、仕事の訓練もできる。決まった後の現場まで繋げられる」
「ええやん」
「まだ途中だぞ」
キルナは貧民街の奥へ目を向けた。
「仕事決まっても、住む場所がボロボロじゃ意味ねぇし、働けても飯食えなきゃ続かねぇ。まだやることはいくらでもある」
「十分進んどる」
「だから途中だって言ってんだろ。まあ、前よりマシな顔する奴は増えたけどな」
そう言った直後、職業安定所から一人の男が紙を握って飛び出してきた。
「仕事決まったぞ!」
外で待っていた妻と子どもが一斉に駆け寄る。
「ほんと?!」
「ああ! 工場で働ける!」
子どもが男へ抱きつき、男は笑いながらその頭を何度も撫でた。
キルナは何も言わず、その家族を見ている。だが、口元には満足そうな笑みが浮かんでいた。
リリアーナの横では、刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司も、その家族を静かに見ていた。
「……やるやん」
「誰に言ってんだ、若頭」
「褒めとんねん」
「だったらもっと褒めろ」
「調子乗るから嫌や」
「ケチくせぇな」
キルナが笑った。
「ほな、農地見てくるわ」
「ああ。あっちも人増えたぞ」
「またあとでな」
「おう」
貧民街の奥に作られた農地へ着くと、日本から来た者たちは朝から働いていた。広がった畑と田んぼの間には水路が通り、苗や農具がきれいに並べられ、その間を子どもたちが元気よく走り回っている。
「姫さん!」
龍馬が鍬を持ったまま、大きく手を振った。
「もう来たがか!」
「学園行く前に、ちょっと見に来ただけや」
「ちょっとで帰れるかのう」
「帰るわ!」
その横では、高杉が泥だらけの手で苗を植えている。
「遅ぇぞ」
「何がや」
「手が足りねぇ」
「俺は学園や!」
「畑の方が大事だろ」
「それはそうやけど!」
少し離れた水路では、桂がしゃがみ込んで流れを確認していた。
「こちらは問題ありません。田んぼへ流す水も、昨日より安定しています」
「もう完全に農業の人やな」
「必要ですので」
「ミレーヌみたいに言うな」
土方は黙々と鍬を振っていた。昨日まで刀を握っていた手で、今日は土を耕している。
沖田はその近くで、子どもに鍬の持ち方を教えていた。
「もう少し、手を離して持ってください」
「こう?」
「はい。上手です」
「優しいやん」
沖田が振り返る。
「危ないですから」
「そこだけ聞いたら普通の兄ちゃんやな」
「普通ですよ」
「それは知らん」
近藤は作業中の者たちを見ながら声を張っていた。
「無理をするな! 疲れた者は休め!」
西郷は大きな袋を一人で運び、大久保は必要な道具と人数を書き出している。
畑の中央では、百ちゃんが土の状態を確かめていた。
「こちらは、もう少ししたら収穫できます」
「早いな」
「土が良いです。それに、皆もよく働いております」
百ちゃんは周囲を見渡した。
日本から来た者。
貧民街の住人。
職業訓練所で農業を覚え、職業安定所からここへ紹介された者。
その家族。
誰が上でも、誰が下でもない。空いている仕事を見つけて声を掛け合い、分からないことは百ちゃんたちへ聞きながら、皆が同じ土地で働いていた。
そこへ女たちが大きな籠を抱えてやってきた。
パン。
サンドイッチ。
温かいスープ。
それを見た子どもたちが一斉に駆け寄る。
「ご飯だ!」
「まだ昼ちゃうやろ」
「お腹空いた!」
「働いたからな」
木陰では、年寄りたちがその様子を笑って見ている。
家がある。
飯がある。
家族がいる。
仕事を覚えられる。
仕事を探せる。
働く場所がある。
今夜も同じ場所へ帰れて、明日もまたここへ来られる。
もう、誰かの命令に怯えながら暮らす必要はなかった。
貧民街は少しずつ、ただ人が生き延びる場所から、人が暮らしていける街へ変わり始めていた。
リリアーナの横では、刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司が腕を組み、農地を静かに見渡している。その視線の先には、笑う子ども、土を耕す者、飯を運ぶ者、水路を見る者、新しい仕事を覚える者がいた。
清司の目が、少しだけ細くなる。
「……ええやん」
リリアーナも笑った。
「ちゃんと暮らし始めとる」
龍馬が鍬を肩へ乗せる。
「姫さん、次は米も作るぜよ」
「オヤジ喜ぶな」
「毎日食うがじゃ」
「絶対食う」
百ちゃんも笑った。
「国王陛下の分は、多めに作っておきます」
「それがええ。食い尽くすからな」
「ほな、今度こそ学園行こか」
久しぶりの学園だった。
「リリアーナ様!」
「お久しぶりですわ!」
「お元気そうで安心いたしました!」
門をくぐった瞬間、令嬢たちが一斉に集まってくる。
「久しぶりやな。どうしたん」
すると令嬢たちの目が、ぱっと輝いた。
「あの方はどなたですの!?」
「誰や」
「あの、テレビに映っていらした方ですわ!」
「黒髪の!」
「日本から来られた!」
「とても素敵な方です!」
「いや、誰やねん」
令嬢たちはさらに距離を詰めた。
「背がお高くて!」
「目つきが鋭くて!」
「異国のお召し物が、とてもお似合いでしたわ!」
「リリアーナ様、ぜひ教えてくださいませ!」
「お名前は?」
「どのようなお立場の方ですの?」
「ご結婚は!?」
「質問多いな!」
リリアーナは少し考えた。
黒髪。
鋭い目。
異国の服。
「……誰や」
令嬢たちは一斉に叫んだ。
「土方様ですわ!」
「……土方!?」
リリアーナの目が見開かれた。
「俺ちゃうんかい!!」




