第107話 温泉会議
翌朝。
温泉予定地へ着いたリリアーナは、湯気の向こうに並ぶ人影を見て足を止めた。
「……お前ら、何時からおんねん」
「日の出前だ」
土方が平然と答えた。
「見学の熱量ちゃうやろ!」
近藤は湧き出す湯を真剣に見ている。
「アニキ。夜の間に湯量が変わっていないか確認していました」
「見学者が安全確認すんな」
「大切な温泉ですから」
「もう自分らのもんやと思っとるやん」
龍馬も湯気の向こうで笑った。
「温泉が逃げたら困るきのう」
「温泉は逃げへん!」
沖田に至っては作業道具まで持っている。
「念のためです」
「置け」
「まだ何もしていませんよ」
「これからする気やったやろ!」
百ちゃんまで地面を触っていた。
「湯があふれても、昨日作った農地には流れません」
「百ちゃんまで働いとるやん」
「土地を見るのは癖です」
「全員、休み方知らんの?」
「お兄ちゃん! ベッド最高だったぁ! 今日も寝たい! でも温泉も楽しみー!」
「朝からうるさっ!」
心絆も元気よく拳を上げる。
「温泉建設の日です!!!」
「声デカ!」
刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司が、リリアーナの横で頭を抱えた。
そこへ王宮から馬車が到着した。
レイナ、ルシアン、晴明、式神、エミール、アレクシス、スギナ、パード、キルナ、詠女。そして黒革手帖を持ったミレーヌが降りてくる。
続いて鉄ちゃん組も現れ、木材や石材、魔石、工具を次々と運び始めた。
「姫さん。今日は何を作りやす?」
「まだ決まってへん」
「決まってねぇのに、こんなに材料あるんで?」
「オヤジや」
「ああ」
「納得すな」
リリアーナは集まった全員を見渡した。
「ほな、何作るか決めよか」
ミレーヌが黒革手帖を開く。
「露天風呂!」
真っ先に聖子が手を挙げた。
「炭酸泉です!!!」
「声デカ!」
「熱い湯もいるだろ」
キルナが言えば、パードもすぐに続く。
「ぬるいのもいるっしょ。長く入れるやつ」
「水風呂とサウナも必要です」
スギナが真顔で言った。
「外気浴も」
詠女まで加わる。
「洗い場、脱衣所、休憩所。風呂上がりの飲み物と食事、それから化粧を直せる場所も必要ですね」
「待て待て。急にスーパー銭湯なってきたぞ」
ミレーヌは構わず書いている。
「露天風呂、熱め、ぬるめ、炭酸泉、水風呂、魔石式サウナ、外気浴、洗い場、脱衣所、休憩所、飲食設備――」
「お前も詳しすぎひん?」
「一般的な温泉施設なら、この程度は必要ですよ」
「なんで知っとんねん」
「仕事で温泉へ行くこともありましたので」
リリアーナの動きが止まった。
「……そういや」
「はい?」
「お前、前世何の仕事しとってん」
ミレーヌのペンも止まった。
「まだお話ししていませんでしたね」
「何回聞いても、はぐらかしとったやろ」
「そうでしたか?」
「そうや!」
ミレーヌは小さく笑った。
「それほど面白い仕事ではありませんよ」
「それ決めんの俺や」
「そうですね」
「もう教えてもええやろ。相棒なんやし」
ミレーヌは少しだけ目を見開いた。
リリアーナの横では、黒スーツ姿の清司も静かに彼女を見ている。
「……そうですね」
ミレーヌは黒革手帖を閉じた。
「前世は、六本木のキャバ嬢でした」
「…………」
「キャバ嬢!?」
リリアーナより先に、パードの目が輝いた。
「超かっけぇじゃん!」
「六本木かよ!」
キルナまで食いつく。
「茨城のレディースじゃ伝説扱いだぞ!」
「基準が茨城やねん!」
「地元だからな」
「そりゃ場回すの上手ぇわ」
パードが納得したように頷く。
「キャバクラとか絶対怖ぇじゃん」
「レディースに言われたないと思うで」
ミレーヌは少し考えた。
「それは否定しません」
「認めるんかい!」
聖子がミレーヌをまじまじと見る。
「でも、分かる! ミレーヌさん綺麗だもん!」
「接客が上手な理由も分かりました!!!」
「心絆は声抑えろ!」
スギナは静かに目を閉じた。
「今、宇宙さんが言っています。私の方が可愛すぎますが、ミレーヌ様も美の波動が高いそうです」
「一言余計や!」
「宇宙さんの評価です」
「責任宇宙に投げんな!」
ミレーヌはくすりと笑った。
「私は顔ではなく、武器と能力で戦ってきたので」
「……なるほどな」
リリアーナには、それだけで十分だった。
相手を見る。
欲しい言葉を読む。
近づく時と引く時を間違えない。
人と人をつなぎ、場を回し、必要な者を必要な場所へ置く。
ミレーヌがずっとやってきたことだった。
「だからか」
「何がです?」
「人見るんも、距離詰めるんも、場回すんも上手い。全部、そこで磨いたんやな」
「毎日必要でしたので」
「お前、ランカーやったやろ」
ミレーヌは少し困ったように笑った。
「いえ。もうランカーからは外れていました」
「ほら見ろ」
「殿堂入りしていましたので」
「殿堂入りかい!!!!」
「えーーーーー!!!」
聖子と心絆が同時に叫んだ。
「超かっけぇじゃん!」
「やっぱ六本木すげぇ!」
「茨城なら看板だぞ!」
「また茨城出てきた!」
スギナが空を見上げる。
「宇宙さんも、殿堂入りはさすがにすごいと言っています」
「宇宙にキャバクラのランキング流れてんの?」
「はい」
「なんでやねん!」
その横で、レイナだけが不思議そうに首を傾げていた。
「きゃばじょうとは、どのようなお仕事ですの?」
「お酒の席で、お客様のお相手をする仕事です」
レイナの顔がぱっと明るくなる。
「まあ! 侍女のようなお仕事ですのね!」
「まあ、間違ってはないか」
「はい。お酒のお相手をするだけです」
「酒の相手するだけで国づくりから温泉まで回せるようになるか!」
「必要でしたので」
「必要の範囲広すぎるやろ!」
黒スーツ姿の清司まで頭を抱えた。
するとミレーヌが、ふいにこちらを向いた。
「そこのちびっ子」
「真似しないように」
「誰に言うてんねん!!」




