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乙女ゲームの姫に転生した元若頭、攻略そっちのけで世界を変える――ふわ姫若頭  作者: 夜嶋朔
第二章 日本編

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第104話 掘り起こし事変

「お前ら、なんで来てんねん!!」


 リリアーナの声が荒れ地いっぱいに響いた。


 昨日、日本から来た者たちには数日間の休暇を与えた。


 飯を食え。


 身体を洗え。


 ゆっくり寝ろ。


 家族と過ごせ。


 何度もそう言った。


 それなのに、目の前には鍬、鋤、縄、水桶まで抱えた日本勢がずらりと並んでいる。


 近藤が一歩前へ出た。


「アニキのお手伝いに参りました。護衛も兼ねています」


「頼んでへん。畑に敵は出ぇへん」


 土方は真剣な顔で荒れ地を見渡した。


「土の中に何が埋まっているか分からねぇ」


「敵兵が埋まっとる前提で話すな」


 龍馬が楽しそうに笑う。


「姫さん、田んぼを作るがじゃろ?」


「今日は土を見るだけやった」


「もう見終わったがやろ?」


「話聞けや!」


 西郷は鍬を三本まとめて肩へ担いでいた。


「力仕事なら、お任せくだされ」


「なんで三本持っとんねん」


「予備にございます」


「鍬に予備いる?」


 沖田もにこやかに答える。


「散歩の途中です」


「農具持って散歩する奴おるか!」


 聖子が元気よく手を振った。


「お兄ちゃん、私も来たよ!」


「うるさっ! 見たら分かる!」


 心絆も胸を張る。


「農業を手伝います!!!」


「声デカ!」


 刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司も、リリアーナの横で呆れたように額を押さえていた。



「しかし」


 近藤は、昨日王宮から渡された服へ視線を落とした。


「この服は動きやすいですね」


 日本勢は全員、昨日までの着物ではなく、王宮から渡された異国の服を着ていた。


 上着。


 シャツ。


 細身のズボン。


 革靴。


 日本の着物とは、形も着心地もまるで違う。


 土方は腕を曲げ、その場でしゃがんだ。


 立つ。


 もう一度しゃがむ。


「……いいな」


「めっちゃ気に入っとるやん」


「袖が邪魔にならねぇ。脚も動かしやすい」


「そこまで確認する?」


 沖田も腕を大きく回した。


「これなら剣も振りやすいですね」


「農業すんねん。剣振るな」


 龍馬は嬉しそうに自分の袖を引っ張る。


「姫さん、こりゃえいのう!」


「似合っとるで」


「ほんまかえ?」


「調子乗んな」


 日本勢はそのまま荒れ地へ入ろうとした。


「ちょい待ち」


 全員が止まる。


「それ、昨日もろたばっかりの服やぞ」


 近藤は不思議そうに首を傾げた。


「洗えば問題ありません」


 土方も当然のように頷く。


「服は使うためのものだ」


「破れたら縫えばいいです」


 沖田まで笑顔で続けた。


 リリアーナは三人を見て、小さく息を吐く。


「大丈夫や。いくらでもある」


 日本勢の動きが止まった。


「……いくらでも?」


「汚れたら洗ったらええ。破れたら新しいん渡す。着替えもある」


 誰も、すぐには返事をしなかった。


 日本では一着の服を何年も着た。


 破れれば縫い、擦り切れれば布を当てる。


 新しい服を何着も持つ暮らしではなかった。


 龍馬は自分の上着を見つめ、少し不思議そうに笑った。


「ほんまに、不思議な国じゃのう」


「その服は動きやすいけど、土仕事にはまだ向いてへん」


 リリアーナは荒れ地へ目を向けた。


「もっと動きやすくて、汚れても洗いやすい服、作らせる」


 ミレーヌがすぐに黒革手帖を開く。


「農作業用衣服。王宮モビーズとモブデザイナーへ依頼」


「仕事早いな」


「忘れる前に書いております」


 土方がすぐに反応した。


「現場ごとに服を分けた方がいい。危険な作業には厚い布が必要だ。水場では裾が濡れない形がいい。それから刃物を扱う者には――」


「それは後で会議しよか!」


「……分かった」


 土方は少しだけ残念そうに黙った。



 その時、日本勢の後ろから一人の男が前へ出た。


 日に焼けた顔。


 太い腕。


 分厚い手。


 昨日渡された新しい上着の袖は、すでに肘までまくられている。


 男は何も言わず荒れ地へ入り、しゃがみ込んだ。


 土を握る。


 指で崩す。


 匂いを嗅ぐ。


 晴明と式神が作った水路の筋も、じっと確認する。


「水は通せます。土も、まだ悪くありません」


 リリアーナは男を見た。


「お前が百ちゃんか」


 男は立ち上がり、丁寧に頭を下げた。


「はい。百姓たちをまとめております。百と申します。明智様から、姫様のお力になるよう言われてまいりました」


「堅いな」


「姫様の御前ですので」


「仕事中は普通でええ」


「では、そうさせていただきます」


 その声を聞いた龍馬が目を見開いた。


「百ちゃんじゃなかか!」


「龍馬か」


 百ちゃんは特に驚くこともなく答えた。


「相変わらず、どこにでもいるな」


「それはこっちの台詞ぜよ!」


 リリアーナは二人を見比べる。


「知り合いなんかい」


「姫さん、百ちゃんを知らんがか!」


 龍馬は百ちゃんの肩を叩いた。


「信長の兵も城下の者らも、百ちゃんらが作った米で腹を満たしよったがぜよ!」


「大げさだ」


 百ちゃんは龍馬の手を肩から外した。


「俺たちは、食う者が困らないよう作っていただけだ」


「それがすごいねん」


 リリアーナは百ちゃんの手を見た。


 土の見方。


 水の流れを見る目。


 どこから手をつければいいのか。


 すでに全部見えている顔だった。


 刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司も、百ちゃんをじっと見ている。


「百ちゃん」


「はい、姫様」


「今日の頭、頼めるか」


 百ちゃんが少し目を丸くした。


「こちらの皆様を、ですか?」


「全員使ってええ。農業はお前が一番分かっとる。今日は百ちゃんが親方や」


 武士。


 幕末反乱軍。


 新選組。


 国を動かそうとしてきた者たち。


 その全員を、百姓の自分が動かす。


 百ちゃんは一瞬だけ黙ったが、すぐに荒れ地へ視線を戻した。


「承知しました」


 そして、日本勢へ向き直る。


「では、働いていただきます」


「あぁ!」


「承知した!」


「任せてくだされ!」


 返事だけは、戦へ向かう時のように立派だった。


「農業やぞ」


 リリアーナが呆れた。



 百ちゃんは荒れ地の中央へ立ち、すぐに指示を始めた。


「まず石をどけます。田にする場所は土を深く掘りすぎないでください。畑にする場所は固い土を起こします。水路には、まだ水を入れません。勝手に作業を進めないようお願いします」


 土方が素直に頷く。


「分かった」


 高杉が横で笑った。


「お前が素直に指示を聞くとはな」


「農業は専門外だ」


「自覚あるんや」


 百ちゃんは大きな石を指した。


「近藤さん、西郷さん。その石を、あちらへ運んでください」


「承知した」


「任せてくだされ」


 二人は石の両側へ回った。


「持ち上げますぞ」


「あぁ!」


 二人で力を入れる。


 動かない。


「……」


「……」


 百ちゃんが静かに言った。


「お二人とも、腰を落としてくだせぇ」


「はい」


 日本を背負おうとしてきた男たちが、百ちゃんの指示で素直に腰を落とす。


 もう一度持ち上げると、今度は石が動いた。


「おお!」


「いけますぞ!」


「最初から百ちゃんの言うこと聞けや」



「土方さん。人が同じ場所へ集まりすぎないよう、作業する場所を分けてください」


「分かった」


「高杉さん。疲れた者を見たら、交代させてください」


「任せろ」


 二人は互いを見る。


「勝手に人を動かすなよ」


「倒れるまで働かせる気か?」


「順番を決める」


「顔色も見ろ」


「どっちもやれ!」


 リリアーナが割って入った。


 百ちゃんは気にせず続ける。


「お二人とも必要です。事故を防ぐ者と、人を見る者がおれば、現場は止まりません」


 土方と高杉は少しだけ黙った。


「……分かった」


「なら、やる」


 さっきまで言い合っていた二人が、同じ方向へ歩いていった。



「桂さん、山崎さん。水路の先を見てください」


 二人は一瞬だけ互いを見る。


 日本にいた頃なら、互いの動きを探る側だった。


 桂は人の流れを読み、山崎は足跡と気配を追う。


 同じ場所に立てば、どちらかが消えるまで探り合っていたかもしれない。


 今は、同じ水路の先を見ていた。


「こちらへ通すと、荷車の道を塞ぎます」


 桂が言う。


「なら、少し曲げた方がいい」


 山崎が答えた。


「話が早いですね」


「そちらも」


 二人はそのまま並んで、水路の先を確認しに行った。



「山南さん、大久保さん。人数と農具を数えてください」


「承知しました」


「分かった」


 二人はすぐに同じ紙をのぞき込んだ。


「農具が足りませんね」


「石拾いなら手でもできる」


「手を傷めます」


「では布を巻かせよう」


「それがいいでしょう」


 ミレーヌが二人を見ながら呟いた。


「話が早いですね」


「清司さんと似た方が増えました」


「俺あんな固ないで」


「十分固いです」


「誰がやねん」



「龍馬さん、沖田さん。縄を持って、畑の端を決めてください」


「任せちょけ!」


「分かりました」


 二人は縄の両端を持った。


「もう少し右ぜよ」


「こちらですか?」


「行きすぎじゃ」


「では左へ」


「戻りすぎぜよ!」


「そちらが動けば早いですよ」


「なんで勝負みたいになっとんねん!」


 沖田が勢いよく後ろへ下がり、足元の石へ引っかかった。


 その腕を龍馬がすぐにつかむ。


「危ないぜよ」


「ありがとうございます」


「ここで怪我されたら作業止まるきな」


「素直じゃありませんね」


「おまんに言われたくないぜよ」


 二人は笑った。


 日本では顔を合わせれば、剣を向けていたかもしれない。


 今は、同じ縄を引いていた。



 晴明は土地の高い場所へ風を送り、地面の形を見やすくしていく。


 草が倒れ、隠れていた大きな石も次々と姿を現した。


 式神は地面へ手を置いた。


「百ちゃん。水、どうする?」


「まだ止めてくだせぇ。水路を掘り終えたら、少しだけお願いします」


「少しだけ」


「勝手に川作ったらあかんぞ」


 リリアーナが念を押す。


「作らない」


「田んぼだけやぞ」


「田んぼだけ」


 式神は素直に百ちゃんの指示を待った。


 以前なら、自分の力だけで辺りを水へ沈めていたかもしれない。


 今は人の作業を見ながら、必要な時に必要な分だけ力を使おうとしている。



 作業は少しずつ進んでいった。


 石を拾う。


 固い土を起こす。


 縄を張る。


 水路を掘る。


 最初は幕末反乱軍と新選組の間に、わずかな距離があった。


 互いに名前は知っている。


 噂も聞いている。


 だが、仲が良かったわけではない。


 むしろ日本では敵だった。


 それでも、作業を続けるうちに短い言葉が増えていった。


「そっち持て」


「分かった」


「次、交代するぞ」


「助かる」


「水をくれ」


「今持っていく」


 近藤が運んできた石を高杉が受け取る。


 土方が決めた作業の順番へ、西郷が人を配置する。


 桂が見つけた水の道を山崎が確かめる。


 沖田が落とした鍬を龍馬が拾う。


 気づけば、全員泥だらけだった。


 誰が幕末反乱軍で、誰が新選組なのか。


 遠くから見れば、もう分からない。



 近藤が作業の手を止めた。


「不思議なものだ」


「何がです?」


 桂が聞く。


「日本にいた頃は、こうして共に働く日が来るとは思わなかった」


「私もです」


 桂は土のついた自分の手を見る。


 龍馬も笑った。


「わしらが作った田んぼの米を、新選組の家族も食うがか」


「そちらの家族も食べるだろう」


 近藤が答えた。


「同じ国で暮らすんや」


 リリアーナが言った。


「そら同じ飯食うやろ」


 皆が少しだけ黙った。


 昨日まで同じ側ではなかった。


 今日も、親友になったわけではない。


 だが今は、同じ土地を掘っている。


 同じ水を通そうとしている。


 そして、同じ収穫を待つことになる。


 それだけで、もうただの元敵ではなかった。



「姫様」


 百ちゃんが呼んだ。


「なんや」


「人が増えております」


「増えた?」


 リリアーナは荒れ地の端を見た。


 一人の男が、少し離れた場所から作業を眺めている。


 貧民街の住人だった。


 男は百ちゃんの前まで来ると、少し緊張したように頭を下げた。


「私にも、やらせてください」


「土仕事の経験は?」


「ありません」


「では、石拾いからお願いします」


「はい!」


 男はすぐに石を拾い始めた。


 すると、通りすがりの女も足を止めた。


「私にもできますか」


「水を運べますか?」


「できます」


「では、お願いします」


 次に若者が来た。


「俺もやります」


「鍬は使えますか?」


「やったことはありません」


「なら、教えます」


 さらに、まだ仕事の決まっていなかった者がやってくる。


 一人。


 また一人。


「私にも!」


「俺にもやらせてください!」


「道具を貸してください!」


「石なら運べます!」


「水をくみます!」


 気づけば、荒れ地には人が増えていた。


 掘る者。


 運ぶ者。


 石を拾う者。


 水をくむ者。


 百ちゃんの話を聞きながら、新しい仕事を覚える者。


 欽ちゃんがその光景を見て笑った。


「姫さん」


「なんや」


「仕事のなかった奴らが、勝手に混ざってやす」


 ミレーヌも黒革手帖を確認する。


「清司さん。作業を始めた時より、人数が三倍になっています」


「誰が雇ったん」


「誰も」


「誰が配置したん」


「百ちゃんが、その場で」


「……は?」


 リリアーナは荒れ地を見渡した。


 昨日まで仕事がなかった者たちが、誰かに命令されたわけでもなく、自分から土を掘っている。


 日本から来た者も。


 元貧民街の住人も。


 昨日まで敵だった者たちも。


 同じ土地で、一緒に働いている。


 刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司も、その光景を見ながら呆れたように額を押さえた。


「勝手に現場復帰してるやん!!」

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いいね! 敵同士だった者たちが共に助け合って働き、仕事のなかった貧民街の人も集まって作業する。 マジで農業の醍醐味ですね。胸熱でした!
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