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給食おじさんの異世界食育 -太りたいのは分かったが、健康管理は譲らんぞ!-  作者: 泉井 とざま


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第16話:【間幕】明るさを取り戻したとある貴族家の話

(老執事:エレミアス=ガントレイ視点)


 仕事の支度のための着替えの時間。

「……どうでございましょうか?」

そう問いつつも、私は主人であるオットマー様に、今までの――腰回りがはっきりと緩くなったズボンをお出ししました。


 鏡の前で髭を整えていたオットマー様が、何気なくズボンの腰をつままれました。

「……む? これは……少し、緩いようだな」

驚きと、わずかな誇らしさが混じった声音でございました。


「左様でございますな。直しの手配をしておきますので、本日はこちらの前の物はいかがですかな? 少々古い型ですが……」

「いや、悪くない。悪くないぞ!」

鏡に映る自らの腹を軽く押さえて、にっと笑われました。


 その笑みは、豪奢な料理に頼っていた頃には決して見られなかった、喜色と活力に満ちたものでございます。

私は不覚にも、熱くなる目頭をこらえきれず、そっと目を伏せてしまいました。


「エレミアス、どうした?」

「……いえ、なんでもございません」


 あの日――

イルゼお嬢様が久方ぶりに“食べられた”あの日、そしてご主人様が“自らの体を改める”と誓われたあの日から、季節がひとつ巡ろうとしております。


 まずはひと月と言われて始めた生活は、今も続いております。

中でもとりわけ変わったのは、食事と運動でしょう。


 朝の散歩は欠かさず、イルゼお嬢様とゆっくり歩かれます。

まだ本調子ではないお二人ですが、庭園のささやかな変化にそろって笑みをこぼされるようになりました。


 最近では、億劫だと任せがちであった領地の視察にも足を運ばれることが増えております。


 活発に動かれるにつれ、食事も自然と進むようになりました。

慢性的な胸やけに悩まされていた頃とは違い、今では食卓を心から楽しんでおられます。


 親子で同じ食卓を囲む時間も増え、食事の場には笑みが絶えません。

……奥様。ようやく、この家に光が戻ってまいりました。


 いかんいかん。年を取ると、どうにも涙もろくなってしまいます。


「それでは行ってらっしゃいませ、旦那様」

視察の馬車へ乗り込むオットマー様を見送り、奥向きの仕事へと向かいます。

静けさの戻った館を歩むと、ふと胸に去来するものがございました。


 思えば、奥様ミリア様が亡くなられたあの日から、旦那様はどこか無理をしておられたのでしょう。


 快活に笑う姿こそ変わりませんでしたが、「娘には不自由をさせぬ」と、仕事にのめり込んでおられました。

同時に、裕福の証と言わんばかりに、宝石にドレス、美食をお嬢様にお与えになっていたものです。


 それらは旦那様なりの、精一杯の愛情の形であったのでしょう。


 しかしその“愛”が、いつしかお嬢様を苦しめていたことに、私は気づいておりました。

……気づきながら、私は何も申し上げられなかった、不甲斐ない執事でございます。


 そんな当家に唐突に現れたのが、シナモリ様でございました。


 粗食とされる魔物の肉で、絶品の煮込み料理を作るという噂を聞きつけ、オットマー様がお呼びしたお方でございます。


 最初にお会いした時、騎士団員に囲まれ料理をせがまれていたその姿は、まるで屋台や街の食堂の店主のようでございました。

失礼ながら、その時の私は噂を信じることができなかったのです。


 しかし、シナモリ様が当家にもたらした変化は、私の想像をはるかに超えるものでございました。


 それまでに呼ばれた医者とも料理人とも違う、ただただ親身に話を聞くその姿に、イルゼお嬢様がゆっくりと心を開かれました。

お部屋で野菜を育てると言われたときには、さすがの私も驚きを隠せませんでしたが……

お嬢様の喜びようから、確かに良い影響があったことは疑いようはございません。


 かの方の本分である料理に関しても、素人ながら、相当なものであると思っております。

なにせ、当家自慢の料理人であるカールが、教えを乞うているのですから。


 その光景を初めて目にした時、私は思わず足を止めてしまいました。

ご自身の腕に絶対の自信をお持ちであったあのカールが、まるで若き修行人のような面持ちで、シナモリ様の言葉に耳を傾けている。


 彼もまた、あの日を境に変わった一人なのでございましょう。


 近頃は、日々の食卓に並ぶ料理に、繊細で優しい味わいが加わるようになりました。

イルゼお嬢様や旦那様の体調を思い、負担の少ない献立を整える――

そうした“日常の料理”を作るようになったのでございます。


 歓待の席では豪華な料理を、日々の食卓では体を気遣う料理を。

シナモリ様から得た知見が、カールの料理の幅を広げたのでございましょう。

その使い分けができるようになったことで、彼の腕前は以前にも増して冴え渡っております。

――そうして当家は、少しずつ、しかし確かに変わってまいりました。


 帳簿を棚へと片付け、ふと手を止めて窓の外を仰ぎました。


 当家の先行きは、この青空のように青く澄み渡り、光に満ちている。

そのきっかけをもたらしたのは、異世界からの召喚者である一人の料理人。


 近頃、一層の活力を取り戻しつつあるオットマー様が、彼を放っておくでしょうか。

――いや、そんなはずはありません。


 街の安全が確保されているにもかかわらず、

騎士団や魔術師団との書状のやり取りは、むしろ増えているご様子。

内容までは存じませんが……どうにも、シナモリ様に関わることで動いておられる……そんな気配がいたします。


 シナモリ様の巻き起こすこの変化は、まだ始まりにすぎない――

そんな思いが、ふと胸をよぎりました。


☆や感想を頂けましたら、これ幸い。


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