道教系門派における組織体系と各呼称・称号
正直な話、ナーチャイナ(筆者が前のエピソードで勝手に作った造語)な作品を書くのであれば、少林寺よりも道教門派を舞台とした方が、よりファンタジー色が強まる。なぜなら、彼ら道士は最終的には仙人へと到達し、宇宙との合一を目指すといった壮大なスケールの思想体系であるからだ。またファンタジーなアイテムにも事欠かないので、なろう読者の感覚とも互換性が高い(……はず)。
ということで、まずは代表的な門派から(ファンタジー要素を含む注釈)
「武当派」
湖北の武当山を根拠地とする門派。開祖は張三丰(または張三豊。南宋~明代まで生きたとされる伝承的人物)とされ、太極拳・太極剣など「内家拳」の総本山。「以柔克剛(柔よく剛を制す)」が理念。少林の「外家」拳法との対比が定番。
「全真教」
実在の道教宗派。創始者は王重陽。『射鵰英雄伝』では、王重陽とその弟子「全真七子(丘処機・馬鈺ら)」が活躍。実在の教団と同様に、出家して禁欲・修行に専念する集団として描かれる。
「華山派」
西岳華山。金庸の『笑傲江湖』では剣宗と気宗の内部対立が物語の軸になる。
「崑崙派・崆峒派・青城派」
いずれも西方・四川方面の山岳系。作品によって道教色の濃淡が異なる。峨眉派は仏教(尼僧)集団といった設定が多い。
―― 全真教と武当派以外は、自分で道教の聖地を選んでもいいかもしれない(終南山を根拠地とする終南派といった具合に)。
<組織体系>
「掌門(掌教)」を頂点に「長老」や「師叔伯」がおり、弟子の序列が世代を表す字輩で決まるのも少林寺仏教と大差はない。道教特有といえば、やはりその「称号」でその階位は以下のとおり。
<神仙・修行到達者の称号>
「真人」
「真(道の真理)を体得した人」の意。もとは『荘子』に出てくる理想の人格。唐代には荘子が「南華真人」、老子の弟子の文子や列子らも真人号を追贈されて(死後に贈られて)いる。後世では、高位の道士や教団の祖師への尊称となる。
「祖師・祖」
教団の開祖や大宗師への呼び方。
「至人・神人・聖人」
『荘子』の理想人格で、修行の到達度に応じた呼び方。
「仙人」
不老不死を得た存在。地位で分けて「天仙・地仙・人仙」などと呼ぶ分類もある。
「真君・帝君」
神格化された仙人に付く称号。呂洞賓の「純陽祖師(=純陽真人)」「呂祖」もこの系統の尊称。
「天尊」
最高位の神格。「元始天尊=宇宙の根源の神格化」「霊宝天尊=道の神格化」「道徳天尊(太上老君)=老子の神格化」の最高神三柱を「三清」と呼ぶ。
<朝廷から授かる号>
「天師」正一教の教主の称号で、開祖の張道陵以来、世襲。「張天師」と呼ばれる。
「国師」皇帝の師となった道士に与えられる。
「真人・先生・大師・冲虚」などの賜号は、皇帝が功績のある道士に授与。実際の「真人」号の多くはこれ。
<教団内の役職>
「方丈」全真教などの叢林=大規模道観(※)の最高責任者。
「住持」各道観を統括する責任者。
「監院・知客・都管」運営の実務を担う執事。
「高功・都講・監斎」儀礼を司る役職。
「掌教」武侠作品では門派の長。実際にも教団の長に使われた呼称。掌門の呼称としては「掌教真人」と真人と繋げるのが通例。
(※)道観は、仏教における寺院に相当
<個人の呼称・号>
「道長」同じ道士同士や、一般の人が道士を呼ぶ一般的な敬称。
「道号」出家時に授けられる名前。全真教の丘処機の「長春子」や、馬鈺の「丹陽子」など。
「法名(道名)」派系の字輩に従って付けられる。
「子」老子・荘子と同じく、「〜子」は尊称の型。
「先生」「散人」「居士」は、在野の修行者や在家信者への呼び方。散人は世俗を離れた自由人というニュアンス。
「羽士」「羽客」「黄冠」は、道士の雅称。羽化登仙に由来。
「乾道(男)・坤道(女)」は、男性道士と女性道士を分ける言い方。女道士は「女冠」とも呼ばれる(「乾坤一擲」もここから?)。




