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中国拳法の歴史の考察

<疑問と考察>


調べていて疑問となるのが、少林寺の少林拳の登場以降、その他の代表的な拳法(徒手武術)が17世紀以降の登場となっている点。5~6世紀ごろに始まったとされる少林拳だが、次に有名な太極拳の登場は17世紀となる。この開きはいったい何だ?


中国といえば、一度、漢民族の統一王朝が途絶えた時代がある。遼、金、西夏、モンゴル、元。次の漢民族の王朝の復活は、明を待つこととなるわけだが、そのあたりでようやく拳法が見直されたのでは、というのが筆者の見立て。


異民族による支配の時期には、漢民族は武器となるようなものを全て取り上げられたため、戦うなら素手となる。その間に磨かれた拳法が明代となり評価され、「体系的なもの」として評価されていったと考えるのが、筆者の思考。


実際に、少林寺の拳法・武術の体系化も、明代(16世紀)の程宗猷や戚継光の記録によって始まったもので、それまでは隋唐時代から武僧が活躍という記録はあれど、体系的な記録は残されていないとされる。だとすると少林拳から太極拳までの時間的な距離は、1千年からわずか数十年~百年ほどに短縮される。


また明にしても、民を支配するのであれば、そのまま武器を持たせない方が色々と都合がよい。そこで国策的に拳法を称揚し、支配・制圧の楽さも狙ったと考えるのは、さすがに邪推だろうか?


ともかく、拳法や武器術などの中国武術の「体系化」は、この明代から一気に花が開く。それまではなかった技名や套路(武術の型)にまで、ひとつひとつ名前がつけられていくのも、この時期で、記録者たちのはしゃぎぶりを感じる。


有名な体系的資料には ――


戚継光の『紀效(きこう)新書』(1560年頃)

程宗猷の『少林棍法闡宗(しょうりんこんぽうせんしゅう)』

茅元儀の『武備志(ぶびし)』(1621年)


―― が挙げられ、中でも『武備志』は、全240巻という膨大な軍事百科事典というシロモノ。中国本土では一度失伝してしまった剣術も、朝鮮半島から逆輸入した「朝鮮勢法」という形で掲載している(武侠モノ作品で出てくる秘笈(ひきゅう)などは、この百科事典があれば、すべて事足りるのではなかろうか?)。


これらを踏まえると、技名がバンバン飛び出す作品を書く場合、少なくとも明代以降の時代を設定するのが妥当であるが、これだと「夢」がない。ということで、アチラの作品では、架空の大陸、王朝で実在の流派などを交えながら、ナーロッパならぬ、ナーチャイナ(なんだそりゃ)を展開しているのかもしれない(あまり史実に基づくと、クレームを入れてくる家系も少なくはないだろうしね)。


ちなみに日本では『三国志』のような史実に基づく演義と勘違いされている『水滸伝』が書かれたのも、この明代である。

中国の場合、『三国志』などの影響もあり、16~17世紀と聞くと非常に最近のように感じてしまう現象がある。しかし、よくよく考えれば、日本では「戦国時代~江戸時代への突入期」。その時期にみんなが拳法や武器で戦っていると考えれば、まったく最近の話でもないので、素直にそのへんの時代設定でも、やはり問題ないのかもしれない。

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