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二字姓(複姓)の名門・貴族系門派と郡望

前にも触れているが、中国では二字姓(複姓)は、官職や地名、少数民族の歴史などとも関係しており、一般の名字とは格式の違う名門が多い。


様々な武侠作品で、これらは名門として活用される。多くの創作作品で有名なものでは、南宮世家(なんぐうせいか)の剣術など挙げられる。ちなみに「世家」は、中国では地位や財産を代々受け継いだ名門・諸侯を指す。


ということで、創作に使えそうな二字姓を由来と共にピックアップ。


<王侯の子孫・称号由来>

「公孫」諸侯の孫を指す称号で、それがそのまま姓となったもの 例)公孫瓚

「皇甫」宋の戴公の子孫の「皇父」に由来 例)皇甫嵩

「夏侯」杞国(夏王朝の後裔)の公子が「夏侯」の称を得たとする説が一般的 例)夏侯惇

「諸葛」葛氏が諸県から陽都に移り、区別のために「諸葛」と称したとされる 例)諸葛亮

「仲孫」魯の桓公の子・慶父の子孫で、兄弟の順序にちなんだ称


<官職由来>

「司馬」周代(紀元前1046年頃から紀元前256年)の軍政を司る官職名。世襲した一族が姓とした 例)司馬遷、司馬懿など

「司徒」周代の民政・教育を司る官職名

「司空」周代の土木・工事を司る官職名

「太史」記録・暦を司る官職名 例)太史慈

「上官」楚の王族が上官邑(じょうかんゆう)に封じられたという説と、官名説がある


<封地・居住地由来>

「欧陽」越王勾践(こうせん)の子孫が、欧余山の南(陽)に封じられたことに由来

「令狐」魏の魏顆が令狐(山西)に封じられたことに由来

「南宮」周の文王の臣・南宮适(孔子の弟子のひとり)の一族で、居住地の名による

「東郭」斉の大夫が城の東郭に住んだことに由来

「西門」鄭の大夫が城の西門付近に住んだことに由来

「東門」魯の公子・遂が東門に住んだことに由来

「百里」秦の百里奚の子孫で、百里の地に由来

「濮陽」衛の濮陽の地に由来

「鍾離(しょうり)」春秋時代の鍾離国(現在の安徽)に由来

「澹台(たんたい)」孔子の弟子・澹台滅明が武城の澹台に居住したことによる


<北方民族由来>

「慕容(ぼよう)」鮮卑の部族名。前燕・後燕などを建てた実在の名族

「宇文」鮮卑の宇文部で、北周の帝室となり、国姓に。

「拓跋(たくばつ)」鮮卑の拓跋部で、北魏の帝室の国姓となるも、孝文帝時代に「元」氏へ

「尉遅(うっち)」西域の于闐(うてん)や鮮卑系とされ、唐の名将・尉遅敬徳が有名

「呼延(こえん)」匈奴の貴族・呼衍(こえん)氏に由来

「万俟(ぼくき)」鮮卑系の部族名

「長孫」北魏の拓跋氏の宗室から出た姓

「独孤」匈奴系の姓とされ、北魏〜隋唐の名門



さて、中国には「郡望(ぐんぼう)」と呼ばれる慣習がある。同じ苗字でもルーツが違うことを示すために一族の出身地を冠する呼称。「地名 + 姓 + 氏」という表現がとられるのが通例。


実在の代表例では、

五姓七家(唐代の最上位の名門)の隴西李氏、趙郡李氏、清河崔氏、博陵崔氏、范陽盧氏、滎陽鄭氏、太原王氏

六朝の門閥では、琅琊王氏、陳郡謝氏、陳郡袁氏など

その他では弘農楊氏、河東裴氏、京兆韋氏、吳興沈氏などが有名


「氏」は血統としての一族を示す格式ある表現で、口語では「家」となる(太原王氏→太原王家)。


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