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勇者、経費で落ちません  作者: みき
第2幕 国際編

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第86話 王国の防災課と帝国の獣害局、国境を越えて意気投合する

 十日後。帝都の財務省の大会議室の扉が、勢いよく開いた。


「――お待たせ! 王国自然環境課、ハンナ、ただいま到着!」日に焼けた豪快な女性が、どっさりと綴りを抱えて入ってくる。その後ろから、青白い神経質そうな男が、几帳面に埃を払いながら続いた。「防災課、ボルクです。……ハンナ君、扉は静かに開けたまえ。国際会議だぞ」「細かいわねえ、相変わらず」――三年前と寸分違わぬ掛け合いに、王国側の席から思わず笑いがこぼれた。


 帝国側の二人の局長は、値踏みするような目で王国の二人を迎えた。獣害局長がまず切り出した。「――遠路、ご苦労。だが、先に言っておく。わしらは二百年、区分一つでやってきた。王国どのの『併記』とやらを押しつけられるつもりはない」


「押しつけるつもりはないわよ」ハンナは、あっけらかんと答えた。「だって、あたしたちも最初は大反対だったもの。ねえ、ボルク?」「ええ。三年前、わたしはこの人と三時間怒鳴り合いました」ボルクは眼鏡を押し上げた。「今日は、その三時間の話をしに来ました。……我々がどう間違え、どう和解したか。同じ喧嘩をしている方々の参考になるかと」


 二人の語りは巧みだった。三年前のドラゴン騒動。所管の押しつけ合い。勇者の報酬が宙に浮き、三時間揉めた、あの日。「……で、気づいたのよ」ハンナが言った。「あたしたちが取り合ってたのは、実は仕事じゃなくて『手柄』で、押しつけ合ってたのは『責任』だったって。ドラゴンのことなんか、二人ともちっとも見てなかった」「エルナ殿に言われたのです。『所管を争う前に、記録を出し合ってはいかがですか』と」ボルクが続けた。「出し合って驚きました。わたしの災害記録と、ハンナ君の生態記録、合わせて初めてドラゴンの全体像が見えた。……片方だけでは、半分しか見えていなかったのです」


 帝国の二人の局長は、黙って聞いていた。やがて、災害対策局長がぽつりと尋ねた。「……だが、予算はどうした。併記にすれば、予算の線引きが崩れよう」「崩れなかったわ」ハンナが、にっと笑った。「逆よ。合同報告書にしたら、被害の全体像が正確になって、予算の要求に説得力が出たの。バラバラに半分ずつの絵で要求してたころより、二課とも予算は増えたわ」――その一言に、二人の局長の目の色が変わった。「「増えた?」」声までそろっていた。


「ここからは、実務の話をしましょう」ボルクが綴りを開いた。「合同報告書の書式、記録の分担、予算要求の組み立て方。すべて持ってきました。……ハンナ君とわたしの三年分の試行錯誤です。失敗例も含めて」帝国の二人の局長は、吸い寄せられるように卓に身を乗り出した。獣害局長はハンナと、生き物の記録の取り方で話が弾みはじめ、災害対策局長はボルクと、被害算定の細目でうなずき合っている。――気づけば、四人は国境も局も忘れて、一つの卓を囲む同業者になっていた。


「わかる……わかるぞ、ボルク殿。復興費の査定で、家畜小屋が『住居か、否か』で揉めるのだ」「わかります。わたしも三度揉めました。あれは、住居に準ずる、と整理すべきです」「ハンナさん、あんた、魔獣の足跡の型を取ってるのか! 見せてくれ!」「いいわよ! そっちの二百年の獣害台帳も見せなさいよ! 二百年ぶんの生態記録なんて、宝の山だわ!」


 途中、一度だけ雲行きが怪しくなった。予算の分担の細目で、獣害局長と災害対策局長が、またにらみ合いになりかけたのだ。「家畜小屋の再建は、家畜が絡む。獣害局だ」「小屋は建物だ。復興費、つまり当局だ」――だが、そのとき、ハンナとボルクが同時に口を開いた。「「その喧嘩、三年前にやりました」」息の合った二重奏に、二人の局長は毒気を抜かれた。「結論から言うとね」ハンナが指を立てた。「小屋の『建物』は災害側。中の『家畜』は獣害側。壁一枚で分けるの。……変に見えるでしょ? でも、これがいちばん揉めないの。三年使って実証済みよ」経験者の言葉ほど、強いものはない。二人の局長は素直に書き取った。


 その光景を少し離れて眺めながら、ライルはしみじみとつぶやいた。「……専門家ってのは、すごいな。三日揉めてた国際問題が、同業者の井戸端会議になっちまった」「井戸端会議ではございません」エルナが静かに訂正した。「あれこそが、本物の国際協力です。旗も条約もなしに、現場と現場が直接手を結ぶ。……条文で結ぶ絆より、ああいう絆のほうがよほど切れにくいのです」


 夕刻には、四人の専門家による共同の覚書案ができあがっていた。いわく――共通帳簿の区分は、『事実の記録』と『所管の割り当て』を分ける。帳簿には、まず事実を書く。『魔獣による被害。規模、災害級』。そのうえで、所管は両局の合同認定とする。予算は、被害の種類ごとに割り振る。家畜と作物は獣害局。家屋と復興は災害対策局。――名づけて、『二国四局、合同認定方式』。テオが、その名を聞いて目を丸くした。「四つの役所が、一枚の紙に判を押すんですか」「三年前は、二つでも大騒ぎだったのにな」ライルが笑った。


 別れ際、獣害局長がハンナに固い握手を求めた。「――王国の同志よ。二百年の台帳の写し、必ず送る。そちらの足跡の型も頼む」「まかせなさい! 国境の魔獣は、両方の国をまたいで生きてるんだもの。記録だって、またがなきゃ嘘よね」その握手を、カリナがじっと見つめていた。「……エルナ様。わたくし、今日初めて見ました。役人同士が国境を越えて、あんなにうれしそうに握手するのを」「わたしも初めてです」エルナは微笑んだ。「そして、たぶん、これが最後ではありません」世界で一番地味な二度目の冒険は、三年前のあの騒がしい二人を種火にして、国境を越えた同志の輪をまた一つ広げたのだった。あの三時間の大喧嘩が、三年の時を経て、二つの国の橋になる。無駄な揉め事など、一つもなかったのかもしれない。


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