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勇者、経費で落ちません  作者: みき
第2幕 国際編

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84/110

第84話 王国式は温かく、帝国式は正確。「良いとこ取り」は、可能か

 規格戦争、二日目。この日の議題は、いよいよ核心だった。――帳簿の本体、その書き方である。


「単純な話です」テオが会議の前に、無邪気に言った。「王国式の温かさと帝国式の正確さ。両方の良いところを取って合わせれば、最強の帳簿になるんじゃないですか」――若い勇者のその一言に、ヴァロとカリナが同時に遠い目をした。「テオ様。それができれば、誰も苦労はいたしません」「良いとこ取り、というのはですね、テオ様。たいてい、悪いとこ取りになるのです」


 実際、やってみると、すぐにわかった。試しに、王国式の『自由な余白』と、帝国式の『両面びっしりの記入欄』を一枚に合わせてみる。すると――余白が中途半端に狭くなり、記入欄も中途半端に減った、どっちつかずの紙ができあがった。「……温かくも、正確でもない」ロッツェ卿が一刀両断した。「これは、両方の悪いところ取りだ。やり直し」


 次の試作。王国式の『判子と屋号』と、帝国式の『個人番号』を両方必須にしてみる。すると、今度は記入の手間が倍になった。「字の書けない御者は、番号を書けません」とヴァロ。「番号を持たない流れの民もおります」とカリナ。「かといって、判子を持たぬ帝国の民もおります」――どちらも必須にすれば、どちらかの民がこぼれ落ちる。二日目の会議は、試作七枚、すべて没で暮れた。


 三枚目の試作では、逆の事故も起きた。帝国式の几帳面な記入欄に、王国式の自由な但し書きを無理やり押し込んだ結果――但し書きの欄が大きくなりすぎて、肝心の金額の欄が隅に追いやられたのだ。「温かさが正確さを押しつぶしました」カリナがため息をつく。四枚目は、その反対。正確さが温かさを締め出した。五枚目は欄が多すぎて、書くのに半刻かかる代物になり、六枚目は簡単すぎて、六つのうち三つの問いにしか答えられなかった。「――まるで綱引きだな」クロウが、あくびまじりに言った。「どっちかが引けば、どっちかが転ぶ」そのたとえは素朴だったが、誰よりも正しく、この行き詰まりを言い当てていた。


「……行き詰まりましたな」メルツがうなった。「足し算ではだめ。引き算でもだめ。いったい、どうすれば」会議室に重い沈黙が落ちた。そのとき、それまで黙って試作の山を眺めていたミラが、静かに口を開いた。


「――あの。教会の話をしてもよろしいでしょうか」皆の視線が集まる。「教会には、いろいろな方がいらっしゃいます。字の読める方、読めない方、耳の聞こえない方、目の見えない方。……祈りの作法も、本当は細かく決まっております。ですが、わたしたちは誰にも同じ作法を求めません。声の出ない方は、手を組むだけでいい。立てない方は、座ったままでいい。――作法は変わっても、祈りの心は一つです。『何をそろえ、何をそれぞれに任せるか』。それを分けることが、大切なのではないでしょうか」


 エルナとカリナが同時に顔を上げた。「……ミラ様。それです」エルナの目が輝いた。「わたしたちは、『すべてをそろえよう』としていました。ですが、そろえるべきは形ではなく――『帳簿が必ず答えるべき問い』のほうです」カリナがすかさず羽根ペンを走らせた。「いつ。誰が。誰に。いくら。何のために。そして、それをどう証明するか。……この六つの問いに答えてさえいれば、答え方は王国式でも帝国式でもよい、ということですね」


 それは、発想の逆転だった。書式を統一するのではなく、『問い』を統一する。判子で証明しても、個人番号で証明しても、焼き印でも、宿帳の写しでも――『それをどう証明するか』という問いに答えてさえいれば、共通帳簿として認める。形の統一ではなく、心の統一。ミラの祈りの話が、そのまま帳簿の設計図になった。


「面白い」主計局長が身を乗り出した。「だが、王国の監査官どのと、わが検査院がそれで検められるかな。答え方がばらばらの帳簿など、検査の悪夢では」「――逆です」ザイデルが静かに答えた。「私が三年検めてきた王国の帳簿も、答え方はばらばらでした。焼き印、宿帳、証文、証言。だが、『六つの問い』に答えているかどうか。検めるのは、常にそこだけだ。形がそろっていても、問いに答えぬ帳簿はある。……九十年分のぴったり三マルクのようにな」会議室が、しんとなった。ロッツェ卿が低く笑った。「――一本、取られたわい」


 方針は決まった。共通帳簿の骨組みは、『六つの問い』。答え方は、両国の流儀を認める。ただし、国境を越える記録には、ヴァロの対照表を添えて、互いに読み替えられるようにする。試作八枚目にして、初めて没にならない一枚が卓の上に生まれた。


「しかし、ミラさんには驚かされたな」帰り道、ライルがしみじみと言った。「帳簿の行き詰まりを、祈りの話で破るとは」「祈りも帳簿も、根っこは同じですから」ミラは静かに微笑んだ。「どちらも、人が人を思う気持ちを形にしたもの。形にこだわって気持ちを忘れたら、どちらもただの決まりごとになってしまいます。……三年前、故人宛ての領収書で途方に暮れたわたしが言うのですから、確かです」その横顔には、僧侶としての静かな誇りがあった。その夜、エルナは日記代わりの手帳に、こう記した。『試作八枚目、成る。そろえたのは、形にあらず、問いなり。……人も、また同じ。王国と帝国、答え方は違えど、問うているものは同じ。「どうすれば、人を守れるか」』。世界で一番地味な二度目の冒険は、祈りの知恵を借りて、規格戦争の最初の山を越えたのだった。


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拝読して、考えさせられて、唸って、涙して、頷いて、寝てしまう身がここにあり。感想も感謝も申し上げられずに申しわけない。
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