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勇者、経費で落ちません  作者: みき
第2幕 国際編

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第79話 テオの剣の一振りと、帝国騎士団の包囲網、どちらが魔獣を倒したのか

 感謝金の話がまとまりかけた、その翌日。協議の間に、招かれざる客が乗り込んできた。磨き上げられた鎧に真紅のマント。帝国軍務局の将官、ヴァレンと名乗る大柄の武人だった。彼は卓に着くなり、雷のような声で言い放った。


「――話は聞いた。魔獣討伐の功を、王国の勇者一人のものとして、公式の記録に残すそうだな。異議がある。あの魔獣を三年間、あの山地に封じ込めていたのは、わが帝国騎士団の国境駐屯部隊だ。その包囲網があってこそ、魔獣は帝都へ出てこなかった。討伐の功の半分は、騎士団のものである。記録にそう残せ」


 会議室がざわついた。カリナが眉を寄せる。「ヴァレン将軍。恐れながら、軍務局から、そのような報告はこれまで一度も」「財務にいちいち軍の駐屯を報告する義理はない」将軍は腕を組んだ。「だが、歴史の記録となれば話は別だ。後の世に、『帝国は魔獣に何もしなかった』と読まれては、騎士団の名折れ。……剣を交えた者として言わせてもらう。討伐とは、最後の一振りだけのことではないのだ」


「――それは、その通りだ」意外にも、真っ先にうなずいたのはライルだった。「俺も魔王を倒した身だから、わかる。最後の一撃は俺の剣だった。だが、そこまで俺を生かして届けてくれたのは、仲間と道々の人たちだ。討伐は一人の手柄じゃない。……ただし、将軍。『半分は騎士団のもの』と記録に残すなら、その包囲網が本当に魔獣を封じていたのか。それは確かめさせてもらう。記録とは、そういうものだ。心意気ではなく、事実を書く場所だ」


「望むところだ」将軍は、駐屯部隊の記録をどん、と卓に置いた。三年分の駐屯地の配置図と巡回の記録。それを検めるのは――もちろん、この面々である。ザイデルとロッツェ卿が左右から同時に手を伸ばし、一瞬、視線がぶつかった。「……半分ずつだ、王国の監査官どの」「異存ない、首席検査官どの」昨夜、技を交換し合った二人の目が静かに燃えていた。


 検分に先立って、ミラがそっとカリナに尋ねた。「あの将軍と財務省は、仲が悪いのですか。ずいぶん、とげとげしい物言いでしたが」「昔から犬猿の仲です」カリナは声を落とした。「軍務局は、『財務は金の出し渋りしかせぬ』と言い、財務省は、『軍は金食い虫』と言う。……協議の席に将軍が自ら乗り込んでくるなど、前代未聞です。それだけ、騎士団の名誉がかかっているということかと」ミラは静かにうなずいた。「――名誉ですか。ならば、なおさら頭ごなしに退けてはいけませんね。名誉の痛みは、お金の痛みより深く残りますから」その言葉を、エルナは隣で聞いていた。


 検分は丸一日かかった。駐屯記録と突き合わせるのは、ハンナとボルクの両課がまとめた魔獣の出没記録。そして、帝国側の村々の被害の書状。クロウが地図の上に木の駒を並べていく。「――駐屯地が、ここ、ここ、ここ。で、魔獣の出た場所が……こう」並べ終えた地図を見て、一同はしばし黙り込んだ。魔獣の出没地点は、駐屯地のあいだを縫うように点々と散らばっていた。


「……残念ながら、将軍」ザイデルが静かに告げた。「包囲網に魔獣を封じた形跡はない。魔獣は駐屯地を避けて、自在に動いている。現に、駐屯の真横の村も襲われている」「なんだと」将軍の顔が赤くなった。「わが騎士団が三年、山に張りついて無意味だったと言うか!」


「――いいえ。無意味ではございません」割って入ったのは、エルナだった。彼女は検分の途中から、別の綴りを繰っていた。帝国側の村の、あの書状の束の写しである。「将軍。この書状をご覧ください。国境の村の村長が、三年前に書いたものです。『騎士団の巡回のおかげで、街道だけは安心して歩ける。行商が途絶えずに済んでいる』――そうあります」


 エルナは続けた。「駐屯部隊は魔獣を封じてはいませんでした。ですが、街道を守っていた。魔獣が暴れる三年のあいだ、村々が飢えずに済んだのは、行商の道が生きていたからです。……将軍。騎士団の功は、『討伐』ではありません。『民の暮らしを絶やさなかった』こと。それは、討伐と並べて恥じることのない立派な功です。偽りの討伐の功を半分もらうのと、本当の守りの功を丸ごと記されるのと――騎士団の名誉になるのは、どちらでしょうか」


 将軍は長いあいだ、その書状の写しを見つめていた。武人の大きな手が、紙の上でかすかに震えた。「……街道の巡回など、地味な務めだと部下たちは腐っておった。手柄もない、誉れもないと。……そうか。村の者は見ていてくれたか」その声から雷は消えていた。「――勇者どの、財務官どの。先の発言は取り消す。記録には事実を。討伐の功はテオ殿に。騎士団には……その『守りの功』とやらを書いてもらえるなら、それで十分だ」


「一つ、付け加えてもよろしいですか」テオが進み出た。「僕、討伐のあと、村の人に聞きました。『騎士団の旗が見える日は、安心して畑に出られた』って。……最後の一振りは、確かに僕の剣です。でも、その日まで村を守り続けた剣があった。同じ記録に並んで残るのが、正しいと思います」将軍は若い勇者をまじまじと見て、それから豪快に笑った。「――王国の勇者は、剣より口が立つとみえる! 気に入った!」


 こうして、公式の記録はこうまとまった。『討伐の功、勇者テオと、その一行に。三年の街道守護の功、帝国騎士団、国境駐屯部隊に』。手柄の取り合いは、事実の書き分けによって双方の名誉に変わった。ヴァロが、その一文を清書しながら、しみじみと言った。「――記録とは、つくづく奪い合うものではなく、分かち合うものですね」


 帰り際、ヴァレン将軍はライルの肩を痛いほど叩いて言った。「経費で戦う使節団と聞いて、軟弱者の集まりかと思っていたが――とんだ見込み違いだ。あんたらの戦は、誰も血を流さんのに、誰の名誉も守る。……皇帝陛下の御前会議、わしも出る。軍務局は、あんたらの味方につくぞ」思わぬ援軍の約束に、一行は顔を見合わせた。世界で一番地味な二度目の冒険は、剣の誇りまでも帳簿の側に引き入れて、御前会議へと近づいていく。犬猿の仲と言われた軍務局と財務省が、同じ記録をはさんでうなずき合う。その光景こそ、この日、いちばんの収穫だったのかもしれない。


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