第78話 「討伐報酬は、貢献度で按分する」――では、貢献度は、どう測る?
検査院のお墨付きを得た翌日。協議の席で、帝国側から思いもよらぬ申し出があった。口火を切ったのは、第一局の筆頭官吏、その人だった。
「――先日、カリナ君の報告と、国境の村の書状の束をあらためて読んだ」老官吏は静かに切り出した。「あの魔獣は、わが帝国の村々をも長く苦しめていた。その討伐の報酬を王国だけに負わせるのは――帳簿の道理に合わん。帝国も報酬の一部を負担したい。そう提案する」
王国側に驚きが走った。請求書から始まった、この協議で、まさか帝国の側から、「払わせてほしい」という言葉が出ようとは。「……ありがたいお話です」ライルが頭を下げた。「テオの討伐が両国に認められたということだ。当人にとって、何よりの誉れです」テオは末席で、顔を赤くしてうつむいていた。
「では、負担の割合を決めましょう」カリナがてきぱきと筆を取った。「報酬の総額は、すでに両国で合意済み。あとは、これをどう分け合うか。――基準は、討伐への『貢献度』。それで按分するのが筋かと」「異存ない」と筆頭官吏。「異存ございません」とエルナ。ここまでは順調だった。問題は、その直後に始まった。
「――で、貢献度とは、どう測るのだ」
筆頭官吏のその一言に、会議室がしんと静まった。討伐を行ったのは王国の勇者。だが、魔獣に苦しめられたのは両国の村々。守られたのも両国。……その「貢献」と「恩恵」を、いったい何の物差しで測ればいいのか。
まず、メルツが案を出した。「被害額の比では、いかがでしょう。王国側の被害は、村三つの焼失。帝国側は、家畜と作物と山狩りの犠牲者。それぞれ金貨に換算して……」だが、計算を始めたメルツの手が、すぐに止まった。「……いけません。王国の被害は、討伐『前』の三か月に集中しております。帝国の被害は、三年にわたってじわじわと。期間をどう区切るかで、比率がまるで変わります」
「では、守られた人口の比では」カリナが次の案を出す。「魔獣の行動範囲に住む、両国の民の数で……」「それも難しい」ザイデルが首を振った。「帝国側は、個人番号で正確な人口がわかる。だが、王国側の山あいの村は、正確な人別帳がないところもある。片方だけ正確な数字では、按分の土台にならん」
セリカもミラも、知恵を絞った。「じゃあ、両方の国の村の人に聞いて回るのは? どれだけ助かったか」「気持ちは数字になりません、セリカさん。それに、聞かれた側が困ります。『あなたの命は、金貨、何枚分ですか』と尋ねるようなもの」「……確かに、それは聞けないわね」クロウは腕を組んでうなった。「盗賊の山分けなら簡単なんだがな。働いた奴から順に取り分を決める。だが、今回は働いたのはテオたちだけで、割るのは国と国だ。……俺の頭じゃ手に負えねえ」
「土地の広さは」「魔獣の巣が境界の上にあるので、割れません」「討伐に要した日数は」「それは貢献ではなく、費用の話です」――案は出ては消え、出ては消えた。気づけば昼をまわり、卓の上は書き損じの計算用紙で埋まっていた。「……三年前を思い出すな」ライルがぼそりとつぶやいた。「ドラゴンが野生動物か、災害かで三時間揉めた、あの日を」
「――あの」そのとき、遠慮がちに手を挙げた者がいた。テオだった。「僕、ずっと聞いていて思ったんですけど。……その報酬って、そもそも何のためのお金なんでしょうか」
一同が若い勇者を見た。テオは、たどたどしく、しかしまっすぐに続けた。「僕、報酬がほしくて戦ったんじゃないんです。村が燃えてたから剣を抜いた。それだけで。……でも、あとから報酬をいただけると聞いたとき、うれしかった。お金が、じゃなくて――『よくやってくれた』って言われた気がして。だから、その……報酬って感謝の形なんじゃないかなって。感謝って、貢献度で測って割り算するものなんでしょうか」
会議室が静まり返った。筆頭官吏がしばし目を閉じた。「……若いの。よいことを言う」老官吏は静かに目を開けた。「われわれは、いつのまにか『いくら払うか』の話に夢中になって、『なぜ払うか』を忘れておった。これは取引の代金ではない。二つの国の感謝のしるしだ。……ならば、精密な按分など、そもそもなじまぬ」
エルナが、その言葉を受けて静かに提案した。「では、こういたしましょう。報酬の本体は、当初の取り決め通り王国が支払う。討伐を正式に依頼したのは王国ですから。そして帝国は、按分ではなく――『帝国からの感謝金』として別枠で贈る。金額は、比率の計算からではなく、帝国の御心のままに。感謝は、割り算するものではなく、それぞれがそれぞれの形で表すものです」
「――名目が変われば、性質も変わる」メルツがすかさず付け加えた。「『感謝金』であれば、報酬の按分比率という前例にならず、両国の税の扱いも、贈与としてすっきり整理できます。先日の二重課税の原則とも矛盾いたしません」カリナもうなずいた。「帝国の規程にも、『他国の功労者への贈与』の定めがございます。二百年前から。……使われたことは、ほとんどありませんが、確かにあります。前例のある道です」
「前例があるなら、否やはない」筆頭官吏は深くうなずき、そしてテオに向き直った。「勇者テオ殿。帝国は、貴殿の剣に、そして、そのまっすぐな心根に感謝を贈る。……金額は持ち帰って大臣と諮るが、約束しよう。割り算からではなく、心から出た数字にすると」
散会のあと、クロウがテオの肩を、ばんと叩いた。「――やるじゃねえか、新人。半日、大の大人がこねくり回した計算を、一言でひっくり返しやがった」「ひ、ひっくり返したつもりは」慌てるテオに、エルナが静かに微笑んだ。「三年前も同じでした。理屈が行き詰まったとき、道を開くのは、いつもまっすぐな一言なのです。ライル様が、そうであったように」ライルは照れくさそうに頭をかいた。世界で一番地味な二度目の冒険は、測れないものを測ろうとして迷い――測らない勇気によって、また一歩前へ進んだのだった。残る大きな関門は、あと一つ。両国の取り決めのすべてを、皇帝の御前に諮る――帝国の御前会議だけとなった。




