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勇者、経費で落ちません  作者: みき
第2幕 国際編

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第75話 マオウ・ソフト帝国支社、爆誕していた。魔王「海外展開です」

 庁舎めぐりの疲れを癒すため、一行は帝都の大通りを少し遠回りして、宿へと向かっていた。その途中、 ヴァロがふと足を止めた。「――あれは」彼の視線の先、大通りの一等地に、見覚えのある看板が掲げられていた。『クラウド会計 “マオウ・ソフト” 帝国支社』。


「まさかな」ライルが思わず目を疑った。三年前、王国の目抜き通りで出会った、あの転職した魔王の会社。それが帝国にまで進出していた。店の中を覗くと、案の定、見覚えのある穏やかな笑みを浮かべた男が、応接の席で商談をしていた。


「これは、これは。勇者殿に財務課の皆様」魔王は、一行に気づくと、にこやかに立ち上がった。「奇遇ですな、こんな遠い帝国でお会いできるとは」「お前……なんで帝国にまで」ライルが呆れ半分に尋ねると、魔王は悪びれもせずに答えた。「商売とは、そういうものです。王国で軌道に乗ったなら、次は海外展開。至って当然の流れです」


「海外展開って、お前、魔王時代もたしか世界征服を目論んでたよな」クロウが思わず突っ込むと、魔王は朗らかに笑った。「ええ、ええ。目指すところは変わっておりませんとも。ただ、手段が剣から帳簿ソフトに変わっただけで」そのあっけらかんとした答えに、一行は揃って脱力した。


 セリカが、店内の壁に飾られた額を見つけて声を上げた。「――あら、これ。王国の四天王の皆さんの近況じゃない」そこには、バルゴの保険会社の成績表や、リネアの窓口での表彰状、ドルクのコンサル会社の契約実績などが誇らしげに飾られていた。「元・部下たちの活躍を見るのが、わたしの密かな楽しみでして」魔王は照れくさそうに笑った。「彼らも、それぞれの場所でたくましくやっている。……かつて共に世界を震わせた仲間たちです。今もどこかで繋がっていると思うと、心強いものです」その言葉に、ライルはふと微笑んだ。悪の組織にも、こうした絆があったのだと、あらためて思い知らされた。


 奥から、経理担当のガランが帳簿を抱えて顔を出した。「魔王様。帝国支社の初月の売上、まとめました。……おや、これは勇者様方」「ガランさん、久しぶりだな」ライルが声をかけると、ガランは几帳面に頭を下げた。「お陰様で、あの節の領収書の一件は、無事片付きましたでしょうか」「ああ、ばっちりだ。あんたの記録の正確さのおかげでな」


 エルナが興味深そうに、店内の掲示を見やった。「――『帝国式・複式簿記、完全対応』。なるほど、帝国の精緻な様式にも対応させたのですね」「ええ」魔王はうなずいた。「実を言えば、これがなかなかの難事業でして。王国の様式と帝国の様式は、根本的に思想が違う。両方に対応するソフトを作るのは、正直、世界を滅ぼすより骨が折れました」


「世界を滅ぼすほうが簡単だったのか」ライルが思わず聞き返すと、魔王は真顔でうなずいた。「はい。魔王軍を率いるのは、力さえあれば何とかなりました。ですが、規格の違う二つの仕組みを一つにまとめるのは――力ではどうにもなりません。今まさに、御社の皆様が両国のあいだで苦労なさっているのと、同じ種類の難しさです」


 その言葉に、カリナがはっと顔を上げた。「――あなたのソフトは、両国の様式の違いをどう乗り越えたのですか」「まだ、完全には乗り越えておりません」魔王は正直に答えた。「今まさに開発中です。ですが、一つわかったことがあります。……違いを無理に統一しようとしてはいけないということです。王国の様式も、帝国の様式も、それぞれの土地で、それぞれの必要から生まれたものです。片方を正しいとして、もう片方を切り捨てれば、必ずどこかで無理が出る」


「世界を統一しようとして失敗したのは、わたくしめ、この魔王です。あのときも力ずくで、すべてを一つにまとめようとして……勇者殿に討たれました」魔王は、どこか自嘲めいた笑みを浮かべた。「その経験があるからこそ、今はわかるのです。違いをなくすことは、正しさではない。違いを認めた上で、橋を架けることこそが本当の強さなのだと」その言葉には、かつて世界を滅ぼそうとした者だからこその重みがあった。


「では、どうするのですか」カリナがさらに尋ねると、魔王は静かに答えた。「両方をそのまま活かす道を探すのです。王国式の記録を入れれば、帝国式にも自動で変換される。帝国式で入れれば、王国式にも。……手間はかかります。ですが、それが一番誠実なやり方だと思うのです」


 エルナは、その言葉に深くうなずいた。「――此度、わたしたちがしていることと同じですね。どちらかの決まりを押し付けるのではなく、両方の良さを活かす道を探る」「ええ、まさに」魔王は微笑んだ。「勇者殿たちの旅の噂は、こちらでも耳にしております。二つの国のあいだに橋を架けようとしておられるとか。……商売人として、心から応援しております。橋が架かれば、わたしの商売もしやすくなりますので」その抜け目のない一言に、一同は思わず笑った。かつての宿敵は、相変わらず商売人の顔を崩さなかった。


 店を出るとき、魔王は見送りながら、ふと付け加えた。「――もし、両国の様式の違いでお困りのことがあれば、いつでもご相談ください。此度の開発で得た知見が、お役に立てるかもしれません」その申し出に、エルナは静かに頭を下げた。「ありがたいお申し出です。いずれ、お力をお借りするかもしれません」世界で一番地味な二度目の冒険は、思わぬところで、かつての宿敵から心強い味方を得ようとしていた。剣を交えた間柄が、いつしか同じ課題に立ち向かう同志に変わっている。それもまた、この長い旅が教えてくれる不思議な巡り合わせだった。


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