第74話 帝国財務省、たらい回しの洗礼。第一局から第十二局まで
税の原則が固まったのも束の間、一行は、その日の午後、まったく新しい壁に突き当たった。討伐報酬の正式な支払い手続きを進めようとしたところ、担当の窓口が、こう告げたのだ。「――此度の案件、当局の管轄外です。第三局にお回しください」
第三局を訪ねると、また別の答えが返ってきた。「これは、対外支払いの案件ですので、第七局の管轄です」第七局へ行けば、今度は、「討伐という特殊な事由による支払いは、特別会計の第十二局が扱います」と言われる。一行は次第に、庁舎の奥へ奥へと、たらい回しにされていった。
「……なんだか懐かしい感じがするな」ライルがげんなりとつぶやいた。「三年前、王国でも似たようなことがあった」「ドラゴンの所管をめぐる、あの一件ですね」エルナがうなずいた。「野生動物か、災害か。あのときも、こうして課から課へと回されました」
第十二局にたどり着くと、そこの局長は疲れた顔で応対した。「――特別会計ですか。ですが、この討伐報酬は、そもそも通常の軍事行動によるものではなく、他国の勇者による討伐です。当局の規程にも、明確な区分がございません。……おそらく、第一局に戻って、根本から区分を決めていただく必要が」
「――また第一局に戻るのか」クロウが思わず天を仰いだ。「俺たち、もう庁舎を三周はしてるぞ」ヴァロが冷静に、これまでの道のりを書き留めながら言った。「正確には、四周目に入ります。……ですが、これも無駄ではありません。どの局が何を根拠に断ったか。すべて記録しております。この記録が、いずれ大きな力になるはずです」
テオが途中、廊下で疲れ果てて壁に寄りかかりながらつぶやいた。「……剣で戦うほうが、まだわかりやすいです。敵は目の前にいるし、倒せば終わる。でも、これは誰と戦ってるのかもわからなくて」ミラが優しく、その背中をさすった。「これもまた、一つの戦いです、テオ様。目に見えない壁と根気強く向き合う。剣の勇気とは、また違う勇気が要ります」その言葉に、テオは少しだけ背筋を伸ばした。
カリナは、このたらい回しに、ほとほとうんざりした様子だった。「……お恥ずかしい限りです。帝国の省庁は、これほどまでに縦割りだったとは。わたくしも国境経理局にいた二年、本省の内部構造を、これほど詳しく見たのは初めてです」
「王国も似たようなものでしたよ」ライルが苦笑した。「所管が決まってないものは、誰も責任を取りたがらない。……でも三年前、俺たちは、それを乗り越える方法を見つけたんだ」「どうやって?」カリナが身を乗り出した。
クロウが横から口を挟んだ。「単純な話さ。誰も貧乏くじを引きたがらねえから、たらい回しになる。だったら、貧乏くじをなくしゃいい。両方の課で手柄を分け合えば、誰も損しねえ」その盗賊仕込みの身も蓋もない言い方に、カリナは思わず小さく笑った。「――随分、明快な理屈ですね」「難しいことは苦手なんでな」クロウは、にっと笑い返した。
「所管を争わせるんじゃなく、両方に判を押させるんだ」ライルは、にっと笑った。「『どちらの管轄でもある』と認めさせる。そうすれば、たらい回しは終わる。押し付け合いから、分かち合いに変えるのさ」エルナが、その言葉を引き取った。「此度も同じようにいたしましょう。この討伐報酬を、『対外支払い』かつ『特別会計』の両方の性質を持つ複合案件として、第七局と第十二局、両方の判をいただく。どちらか一方に決めようとするから、たらい回しになるのです」
その提案を聞いた第十二局長は、しばし考え込み、それから少し驚いたように言った。「……両方の判という発想は、これまでございませんでした。帝国の規程では、一つの案件は必ず一つの局が扱うものと決まっておりましたので」「決まりを疑うことも、時には大切です」エルナは静かに微笑んだ。「わたしも、そう教わりました」
局長はしばし悩んだ末、ついにうなずいた。「――いいでしょう。前例のない判断ですが、これ以上、皆様をたらい回しにするのも心苦しい。第七局と当局、両方の判を押しましょう」その決断に、一行はようやく、ほっと息をついた。四周にも及んだ庁舎めぐりが、ようやく実を結んだ瞬間だった。
判を押してもらう間、局長は、ふと疲れた笑みを浮かべて言った。「――正直、申し上げます。わたくしも、この縦割りの仕組みに長年悩まされてまいりました。案件が複数の局にまたがるたび、誰も責任を取りたがらず、こうして何日もたらい回しになる。皆様のような外部の方々に指摘されて、ようやく気づく。……情けない話です」「情けなくはございません」エルナが静かに言った。「中にいる方は、当たり前すぎて見えなくなることがあります。外から来た者にしか見えないこともある。それだけのことです」局長は、その言葉に救われたように頷いた。「――此度の両局判の仕組み、他の案件にも広めてみようと思います。少なくとも、当局だけでも」その小さな決意が、この迷宮のような庁舎に確かな風穴を開けた瞬間だった。
庁舎を出た夕暮れ、カリナがふと笑いながら言った。「――今日一日で、この帝国財務省の地図がすっかり頭に入りました。エルナ様たちと旅をするようになってから、わたくしの帝都の見え方もすっかり変わりました」「悪いことじゃないだろう」ライルが笑った。「所管を押し付け合うんじゃなく、分かち合う。そういう発想が一つ根付けば、次の誰かは、こんなに歩き回らずに済む」世界で一番地味な二度目の冒険は、帝国の縦割りの迷宮にも、小さな風穴を開けていた。四周分の廊下の記憶は、きっとこの先、誰かの道しるべになる。ヴァロがまとめた記録は、すでにその最初の一歩を刻んでいた。




