↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者、経費で落ちません  作者: みき
第2幕 国際編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
73/79

第73話 二重課税問題、勃発。同じ報酬に、二つの国が税をかけると言い出す

 翌朝、再び財務省本省の会議室に、両国の担当者が集まった。だが、その日、話題の中心になったのは、討伐の正当性でも境界線でもなかった。まったく新しい問題が持ち上がったのだ。


「――報酬の税務上の扱いに関して」帝国側の税務担当官が切り出した。「テオ様への討伐報酬。これに対し、帝国は課税する権利を有すると考えます」「なぜ帝国が」ライルが思わず聞き返した。「テオは王国の勇者だ。報酬も王国から支払われる」「討伐が行われたのは、帝国領内、あるいは、その可能性が高い土地です」税務担当官は淡々と続けた。「帝国の税法では、『帝国領内で生じた経済的利益』には、帝国の税がかかります。討伐報酬も、その対象となり得ます」


 メルツがすかさず立ち上がった。「お待ちください。その報酬には、すでに王国の税がかかる予定です。同じ報酬に二つの国が税をかければ――それは二重課税です。国際的な商いの世界では、通常、二重課税を避けるための取り決めがあるはずでは」


「その通りです」税務担当官はうなずいた。「通常、両国間に租税条約があれば、二重課税は避けられます。ですが――王国と帝国のあいだには、そのような条約は存在しません」「では、作りましょう」エルナが即座に言った。会議室に一瞬、沈黙が落ちた。「今、この場で租税条約まで結ぶと、おっしゃるのですか」帝国の筆頭官吏が眉を寄せた。


「大掛かりな条約全体は無理でも」エルナは冷静に続けた。「此度の討伐報酬という一件に限った、特例の取り決めならできるはずです。『どちらか一方の国のみが課税し、他方は課税を控える』。これだけをまず決めれば、二重課税は避けられます」


「どちらが課税するかで、また揉めるのでは」カリナが静かに指摘した。「そこは、シンプルにいたしましょう」メルツが身を乗り出した。「報酬を実際に支払うのは王国です。支払う側の国が課税する。これが最も単純で、わかりやすい原則です。帝国は報酬を支払わない。ならば、課税もしない。……ただし」


「ただし?」


「帝国が、この件で失う税収については、討伐によって帝国の村々が受けた恩恵――被害の終息と引き換えと考えてはいかがでしょう。税収を失う代わりに、平和を得た。それも一つの勘定ではないでしょうか」メルツの言葉に、税務担当官はしばし考え込んだ。「……税収と平和を天秤にかける発想は、これまでございませんでした」


 テオがおずおずと手を挙げた。「あの……すみません。僕には、まだ税の話は難しいのですが。一つだけ確認してもいいですか。もし、僕の報酬に二重に税がかかったら――僕は、いったいいくら手元に残るんでしょうか」その素朴な問いに、税務担当官が指を動かし、素早く計算した。「――概算ですが、報酬の半分以上が両国の税で消える可能性があります」「半分以上……!」テオは思わず声を上げた。「世界を救っても、報酬の半分も残らないなんて」その率直な驚きに、会議室の空気が少し和らいだ。筆頭官吏さえも、わずかに口元を緩めた。「――若い方の素朴な驚きというのは、時に複雑な議論より物事の本質を突くものですな」


 筆頭官吏が渋い顔で口を挟んだ。「しかし、それでは前例ができます。今後、他の討伐でも同じことが起これば、帝国は常に税収を放棄することに」「前例となることを恐れるより」ザイデルが静かに言った。「前例がないために、同じ混乱が繰り返されることを恐れるべきでは。此度、正しい前例を一つ作れば、次の混乱は防げます」


 エルナが静かに付け加えた。「――もう一つ、ご提案が。今回のような討伐報酬に限らず、今後、両国の民が国境を越えて働き、あるいは取引をする機会は増えていくはずです。そのたびに同じ混乱が起きないよう、此度決めた原則を簡単な覚書として残してはいかがでしょう。次の担当者が迷わぬように」筆頭官吏は、その提案にしばし考え込んだ。「――覚書か。前例が口伝えでは、いずれ忘れられる。文書に残すというのは……悪くない考えだ」


 カリナが、ふと口を開いた。「――第一局長。わたくしから一つ、申し上げてもよろしいですか」筆頭官吏が彼女を見やる。「わたくしは、此度の旅で国境の村々を、この目で見てまいりました。長年、被害を訴えても届かなかった声を聞いてまいりました。……税収を守ることも大切です。ですが、その税収を生み出しているのは、あの村々の人々の暮らしです。その暮らしを守った討伐に対して、なお課税を主張するのは――本末が転倒してはいないでしょうか」


 筆頭官吏は、しばしカリナを見つめていた。かつての教え子ともいえる彼女の変化に、戸惑っているようだった。「……カリナ君、随分変わったな。以前の君なら、ここまで感情を表に出さなかった」「はい」カリナはまっすぐに答えた。「変わりました。現場を見てまいりましたので」


 長い沈黙のあと、筆頭官吏は深く息を吐いた。「――本件、持ち帰り、財務大臣に諮る。だが、悪くない提案だ。『支払う側が課税する』。単純明快で公平だ。……前向きに検討しよう」その一言に、王国側の面々はそっと胸をなで下ろした。会議室を出るとき、メルツが満足げに手帳を閉じた。「――これで、また一つ王国と帝国のあいだに道ができました。二重課税の原則。いずれ、正式な租税条約を結ぶ日が来れば、此度の取り決めがきっと礎になるでしょう」その声には、税を心から愛する者の静かな誇りがにじんでいた。一つの山を越えた。だが、その先には、まだいくつもの山が待っていることを、誰もが知っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。