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勇者、経費で落ちません  作者: みき
第2幕 国際編

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第62話 両替の手数料は、どちらの国の経費になるのか

 両替商の本店は、行政都市の中心街にあった。前日より、さらに格式ばった造りの建物。ヴァロが昨日の両替の記録をまとめた書類を抱えて、その窓口に立った。


「――昨日、こちらで両替いたしました手数料の件で確認が」ヴァロが切り出すと、窓口の初老の係員が書類を受け取り、目を通した。そして、少し困ったように言った。「……これは、少々珍しいご相談ですな。手数料の扱いを確認したい、と」


「はい」エルナが進み出た。「わたしどもは王国の使節団です。この旅の経費は、すべて王国が負担いたします。ですが――この両替の手数料。これは帝国の両替商に、帝国の地で支払ったもの。……これは王国の経費として計上してよいものか。それとも、帝国側が負担すべき性質のものか。判断がつきかねております」


 テオが横で、そのやり取りを聞きながら首をひねっていた。「あの……すみません、僕にはまだ少し難しくて。手数料って、たった数マルクの話ですよね。そんなに大事なことなんですか」「大事です」エルナが振り向いて答えた。「テオ様。金額の大小ではないのです。数マルクの手数料をいいかげんに扱う組織が、いずれ何千、何万マルクの賠償や報酬を正しく扱えるでしょうか。……小さな数字をないがしろにする者は、大きな数字もないがしろにする。それは、この三年、わたしが痛いほど学んだことです」テオは神妙にうなずいた。「……肝に銘じます」


 係員は、しばし考え込んだ。「正直、そのような問いを受けたのは初めてです。……当店で両替なさるお客様は、たいてい商人か旅人。ご自身の財布から出す私費です。国と国の間で、どちらの経費とするかなどという話は……」


「ですが」ザイデルが静かに割って入った。「この両替は、王国から帝国への外交の任務の一環として行われた。私費ではない。ならば、この手数料もまた、『どちらの国の任務遂行に伴う費用か』を明らかにせねばならん。曖昧なままでは、後々、両国の会計監査で必ず揉める」


「揉めるとは」係員が尋ねると、ザイデルは淡々と続けた。「たとえば、王国がこの手数料を『帝国への協議に伴う必要経費』として計上したとする。だが、帝国側が後になって、『これは王国が勝手に両替した、王国側の都合による支出だ。帝国には関係ない』と言い出せば、どうなる。逆に王国が、『帝国の地で帝国の業者に払った手数料だ。帝国の収入ではないか』と言えば――」


「……水掛け論になりますな」係員は、ようやく事の重大さに気づいたようだった。「なるほど。これは確かに小さな話ではない。……両替一つをいいかげんにすれば、この先、あらゆる費用の負担区分があやふやになる」


「そこで、ご提案が」エルナが一枚の紙を差し出した。すでにヴァロと二人でまとめておいた案だった。「『両替は旅程上、必要不可欠な行為である。よって、その手数料は旅費の一部として、支出した側――すなわち王国の経費とする』。これを原則といたしませんか。ただし――」


「ただし?」


「もし、帝国側の都合により、特定の両替商での両替を指定された場合。たとえば、『この店で両替せよ』と指定された結果、手数料が通常より高くなったというような場合は――その超過分は帝国側の負担といたします。……つまり、原則は支出した側。ただし、相手方の指図により生じた余計な負担は、相手方が持つ。これならば公平ではないでしょうか」


 係員は、その案を何度も読み返し、やがて深くうなずいた。「……見事な案です。当店としても、この原則を記録に残させていただきたい。今後、同じようなご相談があった際の指針になります」


「ただ、一つ正直に申し上げますと」係員は少しためらいがちに付け加えた。「わたくしどもは、これまで、こうした細かな区分をあまり気にしておりませんでした。両替商は両替をするだけ。それで良いと。……ですが、こうして皆様とお話しして気づかされました。わたくしどもの日々の小さな仕事が、実は国と国の大きな話し合いの土台になり得るのだと」エルナは、その言葉に静かに微笑んだ。「それに気づかれたあなたも、また今日から、この原則の生みの親のお一人です」係員は少し照れたように頭を下げた。


 窓口を離れながら、ライルは感心したように言った。「たった一つの手数料の話が、こんな大きな原則にまで広がるとはな」「これは序の口です」エルナが静かに言った。その横顔には、これから始まる本当の協議への緊張がにじんでいた。「この先、協議の間で話し合うことは、すべて、この小さな両替の話と同じ構造を持っています。『どちらの負担か』『どちらの権利か』。今日、練習できたことは決して無駄にはなりません」


 メルツが興奮気味に手帳に書きつけていた。「これは素晴らしい先例です! 『支出者負担、ただし指図者責任』の原則。……国境を越えた費用の負担区分に、一つの道筋がつきました。持ち帰れば、王国の財務課にも大きな財産になりましょう」


 クロウがふと笑いながら言った。「なあ、思えば俺たち、三年前もこんなふうに一つずつ面倒事を片づけて、最後には大きな山を越えたよな。今回も同じか」


「ただ、今回は相手がいる」セリカが少し緊張した面持ちで言った。「三年前は王国の中だけの話だった。決まりを直すのも、人を説得するのも身内同士。……でも、今度は違う。帝国という、まるで違う考え方の国と向き合わなきゃいけない。あのカリナという方――どんな人なんでしょうね」「厳しい人なんでしょうね、きっと」ミラが静かに付け加えた。「ですが、厳しさの裏には大抵、何か譲れない理由があるものです。ザイデル様がそうであったように」その言葉に、一同はそれぞれ静かにうなずいた。


「同じだ」ライルがうなずいた。「小さな正しさの積み重ねが、大きな正しさを作る。……それを教えてくれたのは、エルナさん、あんただ」エルナは、いつもの平らな声で、しかしどこか誇らしげに答えた。「教えたのではございません。皆さんと一緒に学んだのです」


 その夜、宿に戻った一行のもとへ、一通の知らせが届いた。明日、正午、協議の間にて、帝国側首席交渉官との初会談を行う、との正式な通達だった。差出人の署名は、これまでにない緊張感をもって皆の目に映った。――カリナ・ヴェルト。ついに、その名が目の前に現れた。窓の外、灰色の都市に静かな夜が更けていく。明日、いよいよ二人の財務官が初めて顔を合わせる。


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