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勇者、経費で落ちません  作者: みき
第2幕 国際編

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第54話 御前会議、紛糾する。「戦争ではなく、経費で戦う」と王は言った

 御前会議は荒れた。


 玉座の間に、諸侯と各省の長が居並ぶ。議題はただ一つ。帝国からの請求書にどう答えるか。口火を切ったのは、東部に領地を持つ武断派の重鎮、ガルド辺境伯だった。鎧の似合う雷のような声の男である。


「言語道断!」辺境伯の拳が卓を震わせた。「わが国の勇者が、わが国の民を守るために魔獣を討った。それに金を払えだと? これは王国への侮辱である! かような言いがかりに頭を下げれば、帝国はつけ上がるぞ。ここは国境に軍を並べ、断固たる意思を示すべきである!」


「そうだ!」「辺境伯の言う通り!」武断派の諸侯が次々と声を上げる。玉座の間の空気が一気にきな臭くなった。テオは末席で青ざめていた。自分の討伐が、戦争の火種になろうとしている。ライルはその隣で、静かに嵐を見つめていた。


「……発言をお許しいただけますかな」


 静かなしわがれた声が喧噪を割った。財務課長、フェルゼン。老人はゆっくりと立ち上がると、諸侯を見回した。


「辺境伯どののご立腹、ごもっとも。わしとて腹は立っております。……ですが、その前に一つだけ、数字の話をさせていただきたい」老人は懐から一枚の紙も出さずに続けた。「国境に軍を並べる、と仰せになった。では、並べるとして、国境警備の増強、兵一万。一人あたり日に銀貨一枚の手当。馬糧、兵糧、武具の損耗、野営の資材。ざっと月に金貨一万二千枚。にらみ合いが一年続けば十四万四千枚。緊張が高まれば、帝国との交易は止まります。東部交易の税収、年に金貨八万枚が消える。あわせて二十二万枚。これはまだ、一本の矢も放っていない場合の勘定でございます」


 玉座の間が、しんと静まった。老人はそろばん一つはじいていない。四十年、王国の金庫を預かってきた頭の中に、すべての数字が入っているのだ。


「もし本当に矢が放たれれば」フェルゼンは静かに続けた。「戦費は月にその十倍。そして、戦で失われるものは金では買い戻せませぬ。……わしは四十年、この国の帳簿を見てまいりました。帳簿の上でいちばん高くつく買い物は、いつの世も決まっております。戦でございます」


 辺境伯がぐっと言葉に詰まった。感情ではまだ納得していない。だが、数字には反論のしようがなかった。フェルゼンはその沈黙を待ってから、王へと向き直った。


「陛下。幸い、帝国の書状は『協議』を求めております。戦を望んでいるのではない。ならば、応じる道は二つに一つ。頭を下げて言い値を払うか。――堂々と話し合いの卓につき、正しい勘定を示すか。財務課は後者を進言いたします」


 王は深くうなずいた。そして居並ぶ一同を見渡して、静かに告げた。


「三年前を思い出すのだ」王の声は穏やかで、しかし揺るがなかった。「あのとき、余は学んだ。一枚の領収書をまっとうに扱うことが、国をまっとうに保つのだと。世界を救った勇者の経費を、この国は一度、危うく踏み倒しかけた。その過ちを正してくれたのは、剣ではない。地下二階の机であった」


 王の視線が、ライルとエルナに注がれた。


「ゆえに余は決めた。此度(こたび)の一件、戦争ではなく、経費で戦う。剣を並べる代わりに帳簿を並べよ。矢を放つ代わりに問いを放て。わが国の正しさを、力ではなく勘定で示すのだ。……ライル。エルナ。前へ」


 二人は進み出て、玉座の前に膝をついた。「勇者ライル。そなたを経費外交使節団の団長に任ずる。エルナ。そなたを副団長ならびに首席交渉官に任ずる。仲間を集め、帝国に赴き、協議の卓につくがよい。此度の旅の経費は」王はそこで、ふっと口元をゆるめた。「案ずるな。此度は最初から王国が持つ。領収書の取り方は、そなたらが王国一詳しかろう」


 玉座の間にどっと笑いが起きた。張り詰めていた空気がようやくほどけた。ライルは頭を垂れながら苦笑した。三年前の苦労が王の冗談になる日が来ようとは。


「それから――テオ」王は末席の若い勇者を呼んだ。テオが慌てて進み出る。「そなたも使節団に加わるがよい。此度の件、そなたは当事者である。討伐の経緯をその口で語れるのは、そなただけだ。……それにな」王は少しだけ声をやわらげた。「先の勇者が経費の旅で何を学び、どう変わったか。余はこの目で見てきた。そなたにも、剣では学べぬものを学んでくるがよい」「は、はいっ!」テオは直角に頭を下げた。緊張で声が裏返っていた。またも玉座の間に温かい笑いがこぼれた。


「謹んで拝命いたします」エルナが凜と答えた。「ただし陛下、一つだけお願いが。わたくしが留守のあいだ、財務課の指揮はヴァロにお預けしたく存じます。書式と手続きにかけて、彼の右に出る者はおりません」指名を受けたヴァロが末席で、弾かれたように顔を上げた。かつて旅を妨害した罪を誰より重く背負い続けてきた男。その男に留守を任せると、彼女は王の御前で言い切ったのだ。「……身命に代えましても」ヴァロは深く、深く頭を下げた。その声はわずかに震えていた。


 会議が果てたあと。玉座の間を出たライルの肩を、大きな手が叩いた。振り向くと、ガルド辺境伯が立っていた。気まずそうな、それでいてどこか晴れやかな顔で。「……勇者どの。先ほどは熱くなった。詫びる」辺境伯はぶっきらぼうに言った。「わしの領地は国境にある。戦になれば、真っ先に焼けるのはわしの民の村だ。それでも舐められれば、もっと焼ける。だから、ああ言うしかなかった。……だが、あの爺さんの勘定と陛下の言葉で腹が決まった。あんたらの『経費の戦』、期待しておるぞ。負けたら承知せんからな」


「ああ。負けない」ライルはまっすぐに答えた。「あんたの村の分まで、きっちり勘定してくる」辺境伯はにやりと笑って、大股に去っていった。敵に見えた男も、守りたいものは同じだった。それがわかっただけでも、荒れた会議には意味があった。


「さて」ライルは隣のエルナに向き直った。窓の外には東へ続く街道が見えている。三年前はたった四人と一人の財務官で歩いた道。今度は王命を背負った九人の使節団になる。肩の荷は重い。だが、不思議と足取りは軽かった。「団長を拝命しちまった。となれば、次は、団員集めだ。三年ぶりに、あいつらの顔を見に行くか」世界で一番地味な冒険の二度目の旅。その仲間集めが、いよいよ始まろうとしていた。


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