第28話 元・魔王軍 異業種交流会へようこそ
三日後。城下のにぎやかな酒場の奥に、その「同窓会」は開かれていた。バルゴに案内されて、奥の一室に入ったライルたちを待っていたのは、奇妙な光景だった。かつて世界を震え上がらせた魔王軍の幹部たち。その面々が思い思いの町人の格好でテーブルを囲み、酒を酌み交わしていたのだ。
「おお、来たか、バルゴ! そっちが噂の――」一人が振り向いた。氷のように青白い肌の美しい女。かつて絶対零度の魔法で勇者一行を凍りつかせた氷姫リネア。だが、その装いはすっかり町の役人風だった。地味な制服に、髪をきっちりと結い上げている。「勇者ライルね。あなたには第三層で、ずいぶん手こずらされたわ」
「リネア……お前、今は」「役所の窓口よ」リネアはつまらなそうに言った。「町の戸籍係。一日中、書類を受け付けてるの。『はい、次の方』『その書類では受理できません』ってね。氷の魔法より、ずっと冷たい仕事だわ」彼女は、ふっと皮肉に笑った。「でも、向いてるみたい。冷たくあしらうのは得意だから。窓口で無茶を言う客を凍りつかせるのが、最近の楽しみよ」
「氷の魔法、使ってないだろうな?」ライルがつい突っ込むと、リネアはにやりと笑った。「目つきだけでね」
「ふん。役人風情と一緒にするな」もう一人がグラスを傾けた。雷光のように鋭い目をした長身の男。雷神ドルク。かつて雷の速さで一行を翻弄した猛者だ。だが、その口から出てきたのは、聞き慣れない横文字の羅列だった。「私は今、『戦略コンサルタント』だ。商家の経営課題をソリューションする。シナジーを最大化し、パラダイムをシフトさせる。要は、まあ……人に偉そうに助言する仕事だ」
「途中から何を言ってるかわからなかったぞ」ライルが正直に言うと、ドルクは得意げに胸を張った。「それでいい。よくわからん横文字を自信たっぷりに並べる。それがコンサルの極意だ。雷で敵をしびれさせていたころと、本質は同じよ。相手を煙に巻いてひれ伏させる」テーブルがどっと沸いた。元・四天王たちは、それぞれ転職先で、かつての「悪の才能」を見事に活かしているらしい。
ライルは、その光景を半ば呆れ、半ば感心して眺めていた。世界を滅ぼそうとした恐ろしい幹部たち。その誰もが魔王なき世界で職を見つけ、たくましく生きている。脅しの才能は営業に。冷たさは窓口に。煙に巻く話術はコンサルに。悪の力も使いどころを変えれば、立派に世の役に立つのだった。
「それにしても」リネアが、ライルたちの後ろに控えるエルナとザイデルを見やった。「勇者が役人を二人も連れているとはね。しかも――財務課に監査室。世界を救った旅じゃなくて、書類の旅ですって? おかしな話もあるものね」「おかしくなどありません」エルナがすかさず答えた。「世界を救った旅には、必ず後始末が伴います。その後始末をまっとうにつけることもまた、世界を救うことと同じくらい大切なのです」そのきっぱりとした口調に、リネアがわずかに目をみはった。「……あなた、面白い役人ね。気に入ったわ」
クロウはすっかり、その場の空気に馴染んでいた。「いやあ、あんたら、いい連中じゃねえか」と、元四天王たちと肩を組んで飲んでいる。「悪党だったころより、今のほうがずっと話が合うぜ」「お前も盗賊だったろう」とリネアが突っ込む。「今は世界を救った英雄パーティの一員だ」とクロウが胸を張る。「人生、わからんもんだな」――敵と味方がこうして一つのテーブルで笑い合っている。ライルは、その光景に不思議な感慨を覚えた。三か月前、互いに命を奪い合った相手だ。それが今、過ぎた日々を肴にして笑っている。戦いが終わるとは、こういうことなのかもしれない。勝った者も負けた者も、また同じ世界で明日を生きていく。
「しかし、勇者殿」リネアが、ふと真顔になった。「あなた、変わったわね。三か月前、城で会ったときは、もっとぎらぎらしてた。世界を救うって気負いでいっぱいだった。でも、今のあなたは……なんというか、肩の力が抜けてる。役人を二人も連れて、領収書を集めて回って。ずいぶん丸くなったじゃない」「そうかもな」ライルは笑った。「世界を救うのは一瞬だった。剣を一振りすればよかった。でも、その後始末は地味で、長くて、面倒で……でも、その中でいろんな人に会った。いろんな暮らしを知った。そっちのほうが、よっぽど世界ってものがわかった気がするよ」その言葉に、エルナが隣でそっと微笑んだ。
バルゴが酒を注ぎながら、本題を切り出した。「で、皆。勇者殿は城の売店の領収書を探しておられる。あの売店を仕切っていた経理担当の魔物。あいつの今の居場所を知らんか」
元・四天王たちは顔を見合わせた。「経理のあいつか」ドルクが顎をなでた。「几帳面で、しみったれた奴だったな。一銭の計算違いも許さん。我々の宴会の割り勘ですら、小数点以下まできっちり取り立てた」「ええ、覚えてるわ」リネアもうなずいた。「魔王軍の誰よりも数字に厳しかった。あいつのおかげで、魔王軍の財政は最後まで健全だったのよ。皮肉な話よね。世界を滅ぼそうって組織が、帳簿だけはきっちりしてたんだから」
エルナの目が、その話にきらりと光った。「数字に厳しい経理担当……」彼女は思わず身を乗り出した。「そのお方なら、当時の売上記録を必ず残しているはずです。几帳面な経理は記録を捨てません。たとえ組織が解散しても」彼女にとって、その「几帳面な経理魔物」は敵ではなく、むしろ同志のように思えたのだろう。「その方は今、どちらに?」
「それがな」バルゴが声を潜めた。「あいつは、この交流会にも顔を出さん。実は皆、あいつの今の居場所を知らんのだ。魔王軍の解散後、ふらりと姿を消してな。だが――一つだけ噂がある」彼は、もったいぶって続けた。「あいつは魔王様を追っていったらしい。解散後、魔王様がある仕事を始めた。その魔王様のもとへ、あの経理魔物だけはついていった、と。よほど馬が合ったのだろうな」
「魔王が……仕事を?」ライルは耳を疑った。倒したはずの、あの魔王が。世界を滅ぼそうとした諸悪の根源が。「魔王は生きてるのか? しかも仕事を始めた? いったい何の」「それが傑作なんだ」バルゴがにやりと笑った。だが、その答えを言いかけたところで、彼は、はっと口をつぐんだ。「……いや、これは会ってのお楽しみにしておきましょう。言っても信じてもらえん。あなた方の目で確かめたほうがいい。魔王様が――いや、今のあの方が何をしているのかをね」
こうして、最後の領収書への道は思いがけない方向へとつながっていった。城の売店の几帳面な経理魔物。そして、その魔物が付き従ったという転職した魔王。倒したはずの宿敵が今、どこかで何かの仕事をしている。その正体は、まだ霧の中だった。だが、ライルの胸は奇妙な高鳴りに満ちていた。世界で一番地味な冒険は、ついに、かつての宿敵――魔王、その人との再会へと向かいはじめる。元・四天王たちのにぎやかな酒宴を背に、一行は最後の手がかりを追って立ち上がった。




