第15話 関所の通行料に税は含まれるのか、門番と半日もめる
出発の村を出て三日。一行は、東の街道を行く者なら誰もが通る、峠の関所にたどり着いた。石造りの古びた門に、王国の旗。三か月前、ライルたちもここで通行料を払い、東へと抜けていった。今日の目的は、その通行料の領収書を、再発行してもらうことだった。
関所の門番は、退屈そうに槍にもたれていた、中年の男だった。名をガストという。一行が事情を話すと、ガストは「ああ、通行料の控えなら、ここで出せるぞ」と、意外にもあっさりうなずいた。これは楽勝かもしれない――ライルが、そう思いかけた、そのときだった。
エルナが、再発行された控えを一目見て、すっと目を細めた。
「ガストさん。ひとつ、確認させてください。この通行料、銀貨二枚とございますが――この中に、税は、含まれておりますか」
「税?」ガストは、きょとんとした。「さあ。通行料は、昔から銀貨二枚だ。税がどうとか、考えたこともねえな」
「それは、困りました」エルナは、眉ひとつ動かさず、しかしきっぱりと言った。「経費の精算では、税が『含まれている』か『含まれていない』かを、はっきり分けて記さねばなりません。銀貨二枚のうち、いくらが本体で、いくらが税か。それが書かれていない領収書は、不備として、扱われます」
「そんなこと言われてもなあ」ガストは、頭をかいた。「通行料は通行料だ。税なんて、分けたことねえよ。だいたい、関所の通行料に、税がかかるのかどうかも、わしゃ知らねえ」
「そこが、問題でございます」エルナは、規程集を取り出した。「関所の通行料が、課税対象か、非課税か。それによって、書き方が変わります。もし課税なら、銀貨二枚の中から税を割り出す。非課税なら、その旨を明記する。――まず、それを、はっきりさせねばなりません」
こうして、誰も望んでいなかった論争が、関所の前で、静かに幕を開けた。
エルナは、関所の通行料が「公の役務の対価」にあたるかどうかを論じはじめた。公の役務であれば非課税。だが、関所が民間に委託されていれば、課税対象になりうる。問題は、この峠の関所が、王国の直営なのか、それとも、地元の領主に委託されたものなのか――それすら、門番のガストは、知らなかった。
「わしは、ただ、ここに立って、通行料を集めてるだけだ」ガストは、半ば呆れ、半ば困り果てて言った。「この関所が、王様のもんか、領主さまのもんか、なんて、考えたこともねえ。給金は、領主さまから出てる気もするが……いや、待てよ、王様の役人が、年に一度、銭を集めに来る気も……」
「どちらなのですか」
「……わからん!」
ライルは、街道のわきに腰を下ろし、ため息をついた。たかが、銀貨二枚の通行料だ。その紙きれ一枚のために、関所が誰のものかという、国の仕組みの話にまで、議論がふくらんでいく。クロウは「もう銀貨二枚くらい、俺が出すから先に進もうぜ」とぼやき、セリカは「これが、エルナさんの世界なのね……」と、半ば感心したように、その応酬を見守っていた。
議論は、半日に及んだ。途中、ガストが古い書類綴りを引っぱり出してきたり、通りかかった行商人に「関所の税、知らねえか」と尋ねたりと、関所全体を巻き込む騒ぎになった。だが、答えは出ない。誰も、この峠の関所が、王国の直営なのか、領主の委託なのか、はっきりとは知らなかったのだ。長く当たり前に通ってきた関所の、その「正体」を、誰も気にしたことがなかった。
途中、たまらず口を挟んだのは、クロウだった。「なあ、エルナさん。こう言っちゃなんだが、銀貨二枚だぜ? その二枚のために、半日も……いや、いっそ、税が入ってる前提で、多めに書いときゃいいじゃねえか。誰も損しねえだろ」
「いいえ、クロウ様。それは、いちばん、いけません」エルナは、めずらしく、語気を強めた。「『たぶんこうだろう』で書いた数字は、いつか、必ず、ほころびます。今日の銀貨二枚の嘘が、十年後、王国の帳簿のどこかで、数字の合わない一行になる。小さな『たぶん』の積み重ねが、いつか、国の帳簿そのものを、信じられないものにしてしまうのです。――一枚の領収書は、小さい。ですが、その小さな一枚を、いいかげんにしない。それが、国の数字を、まっとうに保つということなのです」
クロウは、二の句が継げなかった。たかが銀貨二枚、と思っていたものの裏に、そんな大きな話があるとは。彼は、ばつが悪そうに、「……悪かったよ。続けてくれ」と、頭を下げた。ライルもまた、その言葉を、胸の奥で、静かに噛みしめていた。世界を救うのも、国の数字をまっとうに保つのも、結局は、目の前の小さな一つを、ごまかさないことの、積み重ねなのかもしれない。
日が傾きはじめたころ、ついに、エルナが、ひとつの結論にたどり着いた。
「――こういたしましょう」彼女は、規程集を閉じた。「この関所が直営か委託か、今ここでは、確かめられません。ですが、規程には、こうあります。『課税・非課税の判定が、その場で不能な場合、納税者に不利にならない方を選び、後日、正式な照会をもって確定する』」
「つまり?」ライルが尋ねた。
「今は、勇者様に不利にならない『非課税』として記録し、控えに『判定は王国へ照会のうえ後日確定』と但し書きを添えます。こうすれば、後で王都の税務課が、関所の正体を正式に調べ、確定してくれます。この場で、白黒つける必要は、ないのです」エルナは、すらすらと控えに書き込んだ。「大切なのは、白黒つけることではなく、『今わからないことを、わからないまま、正しく記録しておく』ことでございます」
ガストは、その手際を、ぽかんと見ていた。半日、自分を悩ませ続けた問題が、「後で調べる」というたった一行で、きれいに片づいてしまったのだ。「なんだ……それでいいのか」と、拍子抜けしたように、彼はつぶやいた。「半日、わしゃ、何を悩んでたんだ」
「悩んでいただいたおかげで、正しい記録ができました」エルナは、めずらしく、ねぎらうように言った。「ガストさん。あなたは、知らないことを、知らないと正直に言ってくださいました。それが、いちばん、ありがたいのです。知ったかぶりで適当に『税込みだ』とでも言われていたら、後で、もっと大きな間違いになっていました」
ガストは、照れくさそうに、鼻の頭をかいた。たかが門番の自分の「正直さ」を、王都の役人に褒められるとは、思ってもみなかったのだろう。彼は、再発行の控えに、関所の判を、ことさら丁寧に押してくれた。
こうして、二枚目の領収書――いや、正確には「後日確定」の但し書きつきの控えが、鞄に加わった。ライルは、立ち上がりながら、しみじみと思った。この旅は、ただ紙を集める旅ではない。立ち寄る先々で、その土地の人が、当たり前に通り過ぎてきた「わからないこと」に、一つひとつ、光を当てていく旅でもあるのだ。関所が、誰のものなのか。通行料に、税がかかるのか。誰も気にしなかったその問いに、エルナは、いちいち、まっすぐ向き合う。
「先は、長いな」ライルは、暮れていく東の空を見て、笑った。「一軒で半日だ。魔王城まで、何年かかるんだか」
「七年ほど、でしょうか」エルナが、真顔で答えた。「このペースで参りますと」
「冗談だろ!?」ライルの悲鳴に、仲間たちが、どっと笑った。その笑い声を背に、一行は、関所を抜け、さらに東へと、歩を進めていった。世界で一番地味な冒険は、一歩ずつ、けれど着実に、魔王城へと近づいていく。




