青猫の利(あおねこのり)
青猫の利
「漁夫の利」——二者が争う間に第三者が利を得るという、古来より人口に膾炙したこの故事の、現代における完全な再現を、我々は今まさに目撃しつつある。ただし今回の第三者は、漁夫ではない。青猫である。
第一章 青猫、ネズミを狙う
話は、岸壁の倉庫に棲む一匹のネズミから始まる。
「W.AID」と書かれた袋を抱え、ひまわりの種を集め続けているネズミである。
このネズミには、長年の宿敵がいた。
**青猫**である。
青猫はネズミの縄張りを虎視眈々と狙い、じわじわと圧力をかけ続けていた。しかしネズミには、岸壁の仲間たちからの援助があった。「W.AID」の袋が次々と届き、ひまわりの種も武器も絶えることなく補充され続けた。
岸壁の者たちはネズミに同情していた。
青猫はいくら爪を立てても、援助で立ち直るネズミを仕留めることができなかった。
青猫は待つことにした。
機会は必ず来ると、知っていたからである。
第二章 タコ、陸に上がる
やがてタコが現れた。
海の底から、ペルシャ猫たちの縄張りに滲み出る黒い油を求めて、波打ち際から這い上がってきたのである。
タコは根本的な事実を見落としていた。
陸はタコの領域ではない。
ペルシャ猫たちは怒った。四方八方から爪と牙が殺到した。「キアァッ」という声とともに、タコの八本の腕は縦横無尽に引っ張られ、噛まれ、引き裂かれた。
岸壁の者たちの目が、一斉にこの大騒動へと向いた。
第三章 援助、止まる
タコとペルシャ猫の争いが激化するにつれ、誰もネズミのことを気にかけなくなった。
「W.AID」の袋が、届かなくなった。
ひまわりの種は底をついた。
武器も、食料も、声援も、消えた。
ネズミは一人、青猫の爪に晒され続けた。
痩せ衰えた。
そして——お陀仏になった。
青猫は急がなかった。爪を立てる必要すらなかった。
援助が止まれば、ネズミは自然に倒れると、最初から知っていたからである。
第四章 タコも頂く
ペルシャ猫たちがタコを打ちのめし、疲労困憊して引き上げた後——
青猫は静かに立ち上がり、岸壁をゆっくりと歩いた。
急がなかった。爪も立てなかった。
やすやすとタコを平らげた。
八本の腕も、金色の髪も、何もかも。
終章 勝ちは勝ちだ
岸壁に夕陽が落ちる。
第八幸丸の船影が静かに揺れる。
青猫は寝そべったまま、動かない。
油の水たまりが夕陽を反射して光っている。
ひまわりの種が、虚しく岸壁に散らばっている。
空の「W.AID」の袋が、風に揺れている。
タコの姿も、ネズミの姿も、もうどこにもない。
青猫の腹だけが、丸く、静かに、膨らんでいる。
岸壁の壁に、誰が書いたかも知れぬ文字が残っている。
「勝ちは勝ちだ」
The end justifies the means.
これは偶然ではなかった。
タコが陸に上がることも。
援助が止まることも。
ネズミが倒れることも。
青猫は最初から、全て知っていた。
いや——あるいは。
全て、そうなるように仕向けていたのかもしれない。
狡猾とは、爪を隠し続けることである。青灰色の毛並みが、夕陽の中で静かに光っている。
しかし古記はこう記している。
「タコを喰らい、ネズミを喰らいし者、
次は何に喰らわれるかを、知らぬ」
岸壁の向こうの暗い海に、次の波が、静かに、しかし確実に、満ちてきている。
『青猫の利——現代漁夫考、附・岸壁の覇権交代論』
民明書房刊 二〇二六年
※本書は発行と同時に三カ国において閲覧制限の対象となった。理由は各国とも「コメントできない」としている。




