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民明書房刊 役に立たないネコのコトワザ図鑑   作者: ロータスシード


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猫の居ぬ間に洗濯

猫の居ぬ間に洗濯

挿絵(By みてみん)

 「猫の居ぬ間に洗濯」——この諺を、単に「邪魔者が居ない間に用を済ませる」という意味の比喩と解している者は、諺というものの深度を根本的に見誤っている。

 この言葉は比喩ではない。文字通りの事実の記録である。


第一章 虎咬拳の日常——猫という名の災禍

 虎咬拳の道場における日常は、修練と瞑想と食事だけで構成されていたわけではない。

 そこには猫がいた。

 虎咬拳の修練において、猫は不可欠の訓練具であった。猫の神速の爪撃きを躱す「猫爪回避功」、猫の重心移動を読む「猫歩察知術」——これらの訓練のために、道場には常時十数匹の猫が飼育されていた。

 問題は、猫が修練時間以外も存在し続けることであった。

 道場における洗濯は、弟子たちの重要な日課である。汗と血と土にまみれた修練着を川で洗い、竿に干す。この至極当然の作業が、虎咬拳の道場においては命懸けの難事業となった。

 理由は単純である。

 猫が、じゃれつくのである。

 干したばかりの修練着に猫が飛びつく。引きずり落とす。爪を立てる。複数の猫が修練着を巡って争い、結果として泥だらけになった着物が竿の下に散乱する。上級の弟子が丹精込めて洗った師匠の道衣が、猫の格闘技の巻き添えになった日には、その弟子は翌日の修練で師匠から格別に苛烈な指導を受けた。

 虎咬拳第十二代宗家、**陳洗空ちんせんくう**が弟子たちに下した命令は明快であった。


「洗濯は、猫の居ぬ間に行え」


 この命令が門派の日常訓として定着し、やがて民間に流出した経緯は、改めて説明するまでもないであろう。

 中国の農村部において今日も語られる格言——「猫在勿洗、猫去速洗(猫在るときは洗うな、猫去りなば速やかに洗え)」——が、武術の道場訓に起源を持つことを知る者は、もはや数えるほどしかいない。

 諺とは、かくして生まれるものである。


第二章 似島の奇縁——猫と捕虜と異国の菓子

 時は一九一四年、第一次世界大戦。

 日英同盟に基づき参戦した日本は、ドイツの租借地・青島チンタオを攻略し、多数のドイツ兵捕虜を得た。この捕虜たちの一部が収容されたのが、広島湾に浮かぶ小島**「似島にのしま」**であった。

 似島収容所のドイツ兵捕虜たちは、比較的人道的な処遇を受けていたことが記録されている。これは史実である。

 しかしここで一つ、今日まで語られることのなかった事実を記さねばならない。

 似島には、猫が多かった。

 島の漁師町に代々住み着いた猫たちが、収容所の柵をものともせず自由に出入りしていたのである。捕虜たちは当初、慣れぬ島の生活と故郷への望郷に憔悴していた。言葉も通じぬ異国の地で、彼らの心を最初に解きほぐしたのは、収容所の監視兵でも通訳でもなく——柵の隙間から無遠慮に入り込んでくる島の猫たちであった。

 捕虜たちが猫をあやしている様子を、日本人監視兵たちは最初、警戒しながら眺めていた。

 しかし猫というものは、国籍も言語も敵味方も一切忖度しない。

 ドイツ兵の膝の上で丸くなる猫を、日本人監視兵が微笑ましげに眺める。捕虜が猫じゃらしで猫をあやしていると、監視兵が思わず笑い声を上げる。猫が二人の間を行き来することで、言葉なき交流が生まれた。

 猫が居る間は、洗濯ができない。

 しかし猫が居る間は、人と人の間の壁も、いくらか低くなった。


第三章 バームクーヘンの誕生

 こうして醸成された奇妙な友好の空気の中で、収容所における共同作業が自然に生まれた。

 ドイツ人捕虜の中に、故郷のバイエルン地方出身の菓子職人**カール・ヨーゼフ・ライマン(Karl Josef Reimann)**がいた。ライマンは望郷の念を紛らわすため、監視兵に懇願して窯の使用許可を得、故郷の菓子を再現しようとしていた。

 その菓子の名を**「バームクーヘン」**という。

 木の年輪を模した、幾層にも重なる生地を棒に巻きつけながら焼き上げるこの菓子は、しかし似島では素材が十分に揃わなかった。ライマンが途方に暮れていたところへ、日本人監視兵の一人が地元の食材を工面してきた。

 猫のおかげで生まれた友好が、素材の融通を可能にしたのである。

 一九一九年三月、似島においてドイツ人捕虜によりバームクーヘンが焼かれたことは、日本のバームクーヘン伝来の史実として記録されている。

 この時、焼き上がったバームクーヘンを最初に口にした日本人監視兵の一人が、感嘆とともに呟いたとされる言葉が、監視記録の片隅に残っている。


「木の年輪のようだ。何年もかけて積み重なった、何かのようだ」


 彼が「何か」と言ったのは、菓子の層のことだけを指していたのか。

 それとも、猫を介して積み重なった、言葉なき交流の層のことも、その言葉に含まれていたのか。

 記録はそれ以上を語らない。


終章 猫の居ぬ間に——そして居る間に

 虎咬拳の道場訓が諺となり、海を渡り、日本の台所に定着した。

 猫の居ぬ間に洗濯をする。

 しかし似島では、猫の居る間に、もっと大切な何かが洗われた。

 敵と味方という、人間が懸命に作り上げた頑固な垢が、猫の無頓着な往来によって、静かに、しかし確実に。

 バームクーヘンの年輪は今日も日本の菓子店に並ぶ。その層の一枚一枚に、似島の猫たちの足跡が、かすかに刻まれているとしても——それを知る者は、もはや誰もいない。



 『猫洗濯格言東西考 附・似島収容所と異文化交流の隠れた接続』

 桂川武史・ハンス=ペーター・クラウゼ 共著 民明書房刊 二〇〇二年

 ※本書の執筆にあたり、似島の旧収容所跡地において現地調査を行った。調査中、研究者の足元に島の猫が三匹、終始寄り添っていたことを付記する。

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