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民明書房刊 役に立たないネコのコトワザ図鑑   作者: ロータスシード


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ネコヤナギ(猫柳)

 春先、河畔に銀白の穂を揺らすネコヤナギを、現代の日本人は単なる風物詩として愛でるに過ぎない。

挿絵(By みてみん)

 しかしこの樹木が、中国武術史において最も苛烈な修練の象徴であることを知る者は、今日ほとんど存在しない。無論、知らぬが仏とはよく言ったものである。

 時は春秋戦国期(紀元前七七〇年〜紀元前二二一年)に遡る。

 黄河の氾濫原に生息するこのヤナギの一種は、当時「虎咬柳ここうりゅう」と呼ばれ、武術家の間で特別な修練具として重用されていた。その理由は単純明快である。虎咬柳の枝は、一見して折れやすく見えながら、実際には鋼の如き繊維密度を内包しており、並みの武芸者が正拳を以て打ち込んでも、枝は弧を描いてしなり、力を受け流すのみで決して両断されることがなかった。

 この性質を修練に取り込んだのが、当時最強の打撃術と謳われた**「虎咬拳ここうけん」**の開祖、**柳猛虎りゅうもうこ**である。

 柳猛虎は弟子たちに次の如く訓じたとされる。



「柳は風に従い、力に従い、しかして根は大地より離れぬ。

 汝らの拳もかくあれ。折れぬことが最強にあらず、

 折れぬように見せながら折らせぬことこそが、虎咬の極意なり」



 虎咬拳の修練においては、まず河原に自生する虎咬柳の若枝を選定し、これを**「空中懸架の法」**と呼ばれる独自の手法で宙に吊るす。弟子はこの揺れ動く枝に向かい、一日に千回、正拳を叩き込む。枝が両断された時、初めて「初伝」を許された。しかし真の奥義は両断にあらず。しなる枝を、しなりきった瞬間に断ち切る——すなわち、柔の極点において剛を発する「柔剛転化の一瞬」を体得することこそが、この修練の本義であったことは言うまでもない。

 この修練により鍛えられた拳は「猫柳拳ネコヤナギけん」とも俗称され、しなやかさを外に纏いながら内に猛虎の牙を秘める打撃として、後世に広く伝播した。「猫柳」の名が今日まで残るのは、この術の温和にして苛烈なる性質を、人々が猫の爪に喩えたことに由来するとされる。


 さて、ここで現代史との接続を確認せねばならない。

 一九三一年九月十八日、奉天郊外の**柳条湖りゅうじょうこ**において、関東軍の謀略工作員が南満洲鉄道の線路を爆破するという事件が発生したことは、周知の史実である。しかしこの謀略の阻止を試み、現場に単身乗り込んだひとりの武芸者の存在は、長らく歴史の表舞台から消されてきた。

 その人物の名は陳柳鋼ちんりゅうこう。虎咬拳第十七代継承者である。

 陳柳鋼は事前に謀略の気配を察知し、柳条湖の柳林に身を潜め、工作班の制圧を試みた。彼の拳は闇の中で柳のごとくしなり、七名を無力化したとされる。しかし数において圧倒的不利であった陳は、最終的に捕縛された。爆破は決行され、満洲事変の口火が切られた。

 陳の闘いは軍事的には敗北であった。しかしその「折れずしなる抵抗」の様は、当時の民間武術家たちの間に静かに、しかし確実に伝播した。

 後年、長征の困難を「柳のごとく折れず、根を張り続ける闘争」と表現した毛沢東が、虎咬拳の伝承を収集していたことは、彼の側近であった葉剣英の回顧録にも断片的に記されている。「打不断、折不断(撃っても折れず、折ろうとしても折れぬ)」という毛の持論が、柳猛虎の遺訓と驚くほど一致することは、今日の研究者の間でも注目されているところである。


 翻って現代の日本において、ネコヤナギが「春の優しい花材」として生け花に愛用されている事実は、この苛烈な歴史を知る者にとって、いささか感慨深いものがあると言わざるを得ない。



 『柳条武術秘史 虎咬拳と近代中国抵抗運動の系譜』

 王柳明 著 民明書房刊 一九九二年

 ※本書は刊行直後、中国当局により一部地域での流通が制限された。



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