表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
民明書房刊 役に立たないネコのコトワザ図鑑   作者: ロータスシード


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

65/103

(酒を飲んで) ネコになる

酒虎変猫術しゅこへんびょうじゅつ

挿絵(By みてみん)

現代の日本語において「酒を飲んでトラになる」という表現が、酩酊により人が凶暴化する様を指すことは広く知られている。しかし同じ文脈において「トラではなくネコになる」という対比表現が存在することの真の意味を、その武術的起源まで遡って理解している者は、現代においてほぼ皆無と言っても過言ではない。

時は漢代、武帝の治世(紀元前一四一年頃)のことである。

長安の宮廷に「虎猫判定官ここびょうはんていかん」という、極めて特殊な官職が存在した。その職務は一言で言えば——酒宴において暴れ始めた者が「虎」であるか「猫」であるかを即座に判定し、対応策を講じること——である。

この判定が何故必要であったか。理由は単純にして深刻であった。

漢の宮廷において酒宴は外交の場でもあった。そこで暴れ者が出た際、その者が本来どれほどの実力を持つ者かを瞬時に見極めなければ、対応を誤り国家的失態を招く恐れがあった。

虎猫判定官・酔眠堅剛斎すいみんけんごうさいはこの問題に対し、長年の観察から導き出した判定基準を「虎猫酔乱録ここすいらんろく」に著した。その冒頭はこう始まる。

「酒に飲まれて暴れる者を見よ。トラになる者とネコになる者では、暴れ方の質が根本的に異なる。」


虎になる者の特徴

平時 → 極めて静かで温厚

 → しかし内部に莫大な気を蓄積している

 → その気が酒によって解放される

 → 普段の温厚さの反動で制御不能となる

 → 周囲が手をつけられなくなる

虎は平時、滅多に吠えない。

しかし一度牙を剥いた虎を止められる者はいない。

酒によって解放された真の実力者の気は——**宴席全体の気圧を変える。**皿が割れ、柱が揺れ、周囲の者は本能的に後退する。これを「虎化ここか」と呼んだ。


猫になる者の特徴

平時 → それなりに威勢が良い

 → しかし内部の気の総量が元々少ない

 → 酒によって解放されても

 → 解放される気の量が知れている

 → 精々テーブルを叩く程度で終わる

 → 翌朝には本人も忘れている

猫は確かに爪を立てる。

しかしその爪で虎を倒せる者はいない。

酒によって「暴れた」と本人は思っているが——**周囲は概ね苦笑しながら見ている。**これを「猫化びょうか」と呼んだ。


酔眠堅剛斎の結論

「虎猫酔乱録」第七章において、酔眠堅剛斎はこう断言している。

「酒は器を変えない。酒は器の中身を外に出すだけである。

大きな器に満ちた気は、外に出れば天地を揺るがす。

小さな器に入った気は、外に出ても部屋を満たすに過ぎない。

ゆえに——

トラになる者を恐れよ。

酒を飲む前から、既にトラだからである。

ネコになる者を笑うな。

酒を飲む前から、既にネコだからである。

酒は正直者である。

人が隠していたものを、全て外に出す。」


現代語への接続

この判定基準は現代においても完全に有効である。

酒を飲んでトラになる人

 → 平時から莫大な気を内包している

 → 普段それを意識的に抑制している

 → 酒がその抑制を解除する

 → 結果として周囲が手をつけられない


酒を飲んでネコになる人

 → 平時の気の総量が元から少ない

 → 抑制を解除しても出てくる気が知れている

 → 本人は大暴れしたつもりでいる

 → 周囲は「まあまあ」と言いながら水を飲ませる

「酒を飲んでトラになる」と「ネコになる」の差は——

酒の強さの差ではなく、その人物の器の差である。

これが三千年を経て現代語に定着した、この表現の真の意味に他ならない。


最後に一つの逆説

酔眠堅剛斎は「虎猫酔乱録」の最終頁にこう書き残している。

「最も恐ろしい者とは何か。

酒を飲んでもトラにも猫にもならない者である。

その者の器は——酒をもってしても溢れないほど、大きいのかもしれない。

あるいは——最初から空なのかもしれない。

著者にはわからない。」


【図版説明】

虎猫判定基準図 ——気の総量と酔乱規模の相関——

横軸に平時の気の総量、縦軸に酔乱時の影響範囲を取ったグラフを示す。右肩上がりの直線が「虎化曲線」、左下に収束する曲線が「猫化曲線」である。両曲線の交差点——すなわち「虎とも猫ともつかない」領域に位置する人物が、宴席において最も判定困難であることは、本図を一瞥すれば論を俟たない。なお原典には交差点付近に小さな書き込みがある。解読した結果**「この辺の人が一番めんどくさい」**と書いてあった。三千年前も今も、変わらない真実がある。



【参考資料】漢代宮廷酒宴記録(部分)

武帝治世の宴席記録において、虎化した人物と猫化した人物の記録が合計四十七件残存している。虎化の記録には必ず「周囲退散」の文字が、猫化の記録には必ず「一同苦笑」の文字が添えられている。**一件だけ「判定不能」と記された記録がある。**その宴席に何が起きたかについての記述は、以降の頁が何者かによって切り取られており、永遠に不明である。



『漢代宮廷礼儀と酔乱判定術の系譜 ——酒は正直者である——』

著・酔虎すいこ 猫眠斎びょうみんさい

民明書房刊 一九八九年

第七章「虎化と猫化——酒が暴く器の真実」より抜粋

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ