雨後のネコの娘(コ)
雨後猫娘 ― 汚染される生存本能
当初、百合城の生き残りたちが駆使した「勝てば軍艦、負ければ漁船」の偽装略奪術は、周辺の野盗や軍勢から忌み嫌われる「孤独な悪」に過ぎませんでした。しかし、その「あまりに効率的で、あまりに生存率の高い」戦術は、周辺で戦火に怯えていた婦女子たちの耳に、甘い毒のように入り込んでいったのです。
1. 「絶望」という名の感染源
村を焼かれ、夫を失い、明日の糧もない女性たちにとって、百合城のネコたちが体現した「被害者の仮面を被った捕食者」という生き方は、唯一の救済(恥衣)に見えました。
「真面目に生きて略奪されるか、卑劣に生きて奪う側になるか」
この究極の選択を迫られた時、各地の村々で、雨後の筍のごとく、同様の戦術をとる「自称・被害者」の集団が同時多発的に発生しました。
2. 蔓延する「偽装のネットワーク」
街道の至る所に、ボロボロの服を纏い、赤子を抱いて泣き叫ぶ「憐れな避難民」の姿が溢れました。しかし、かつての「雨後の筍」が春の訪れを告げるものだったのに対し、この「雨後のネコ」たちは死の訪れを告げるものでした。
至る所の漁船: どこの入り江にも、助けを求める「漁船(被害者)」が停泊している。しかし、ひとたび背を向ければ、彼女たちは一瞬で「軍艦(略奪者)」へと変貌し、背後から喉元を掻き切る。
疑心暗鬼の荒野: 誰が本当の被害者で、誰が偽装した捕食者なのか、もはや判別不能となりました。善意で差し出したパンが、毒入りの凶器となって返ってくる。この「善意の搾取」こそが、社会の根底にある信頼という土壌を腐らせていったのです。
3. 民明書房刊『社会崩壊の力学 ― 鏡合わせの悪意 ―』の記述
「『雨後猫娘』の真の恐ろしさは、暴力そのものではない。それは、善良であったはずの婦女子たちが、『生き残るためには悪にならざるを得ない』という論理を共有し、自ら進んで怪物化を選んだという事実である。
大地は『自称・被害者』という名の加害者で埋め尽くされ、真に助けを必要とする者は、偽装の波に飲み込まれて消えていった。これこそが、人間性が死に絶えた後の、不毛な繁殖の記録である。」




