天上無給(てんじょうむきゅう)
天上無給考——位は天に昇れど、懐は地に沈む
(『名誉官職考』民明書房刊・二〇二六年/著者・無俸堂空腹)
「天上無給」——名誉は天上に届くほど高く、肩書きは立派でありながら、俸給は一文も支給されず、ただ働きを強いられる職を指すこの言葉。かの「天壌無窮」——天地とともに永遠に窮まりなく続くことを指す成語——と音韻を同じくするがゆえに混同されがちであるが、前者が「窮まりなき繁栄」を言祝ぐのに対し、こちらは「窮まりなき懐の寒さ」を嘆く点で、両者は祝辞と愚痴ほどに隔たっていることを、まずもって明らかにせねばならぬ。単なる名誉職の別名と侮る者は多いが、この成語が北魏の宮廷に設けられた一つの官職に由来することを知る者は、今日ほとんど残っていないのである。
国庫の空いた朝廷
事の起こりは北魏の中期、戦続きで国庫が底をつきかけた頃である。朝廷には、長年国に尽くした老臣・功成がいた。三代の帝に仕え、数々の戦と政を支えた功労者であり、何らかの形で報いねばならぬと、誰もが考えていたと『名誉官職考』は伝える。
ところが、肝心の俸禄を支払う銭がない。
天上官の新設
そこで時の宰相が、一つの策を編み出した。新たな官職「天上官」を設け、功成を任ずるという案である。
宰相は帝にこう奏上した。「功成殿の功は、地上の官では収まりませぬ。位は三公の上、天に等しき高みの官を授けましょう。名誉は天上のものにございます」と。帝は大いに喜んだ。「それは良い。して、俸禄は」と問うと、宰相は少し間を置いて答えた。「天上のお方に、地上の銭は、無粋かと存じます」と。
こうして、位は最高、俸給は無しという官職が誕生したのである。
授与の式
任命の式典は、盛大に行われた。功成は紫の衣を賜り、金の印綬を授けられ、群臣の前で「天上官」の称号を読み上げられた。万雷の拍手の中、功成は涙を流して感激したという。
「この老骨に、これほどの栄誉を賜るとは」と。
ところが式が終わった後、功成の家人は、ふと気づいた。「旦那様、これまでの俸禄は、いつから出るのでございますか」と。功成は、しばし黙り、答えた。「天上官には、俸禄はないそうだ」。
増える務め、減らぬ出費
任命の翌日から、功成の暮らしは一変した。
天上官たるもの、朝議には必ず出席せねばならぬ。祭礼の折には、先頭に立って式を執り行わねばならぬ。地方からの使者が来れば、接待の席に出ねばならぬ。しかも、紫の衣を日々整え、供の者を連れて歩き、位に見合った体面を保たねばならない。そしてその費用は、すべて自腹であった。
さらに悪いことに、天上官は「天に等しき高位」であるがゆえに、商いや内職をすることは、品位にそぐわぬとして禁じられた。収入の道は断たれ、出費だけが重なった。
三月も経つと、功成の蔵の米は底をつき、供の者に暇を出し、紫の衣の裾は、継ぎ当てだらけになった。それでも功成は、「名誉ある務めである」と、朝議に通い続けたという。
命名
ある日、功成を訪ねた弟子が、あまりの窮状に絶句した。粥をすすりながら、それでも背筋を伸ばして天上官の印綬を傍らに置く老師の姿に、弟子は思わず呟いたと記録は語る。
「天壌無窮とは、天地が窮まりなく続くことと聞きます。されど先生の場合は、天上にあって、無給。まさに天上無給にございますな」と。
功成は、苦笑して答えた。「うまいことを言う。だが、窮まりなきは、私の腹の空き具合のほうよ」と。これが「天上無給」の初出であることに、もはや疑いの余地はない。
注目すべき点
注目すべきは、この故事の核心が、官職の不当さを訴えることにだけあるわけではない点である。『名誉官職考』の著者は、こう指摘している。「名誉とは、与える側にとっては、銭のかからぬ報酬である。ゆえに与える側は、いくらでも気前よく与えられる。しかし受ける側にとって、名誉は腹を満たさぬ。この非対称こそが、名誉職の構造的な陥穽である」と。さらに著者は続ける。「しかも名誉は、断りにくい。断れば、栄誉を拒む不遜者となる。受ければ、務めに縛られる。どちらを選んでも、報われるのは、与えた側ばかりである」と。善意と体面に頼って成り立つ役職は、担い手の生活が犠牲になった時、静かに崩れ始める。この理は、組織の仕組みを学びし者であれば当然知っているであろうが、あえて詳述する次第である。
その後
功成の窮状は、やがて朝廷の知るところとなった。ある心ある大臣が帝に進言した。「功に報いるとは、位を授けることではなく、暮らしを支えることにございます」と。帝は恥じ入り、国庫の許す範囲で、功成に年ごとの扶持米を支給することを決めた。以後、天上官には、名誉に見合う最低限の俸禄が付くことになったという。
功成は、扶持米を受け取る日、深く頭を下げた後、こう述べたと伝えられる。「名誉は、ありがたい。しかし、米はもっとありがたい」と。
現代への系譜
現代においても、「名誉会長」「顧問」「理事」「協会の役員」といった立派な肩書きが与えられながら、報酬は無く、務めや費用だけが当人にのしかかる例は、決して珍しくない。栄誉は嬉しくとも、栄誉で家賃は払えない。かかる時、人は北魏の老臣・功成の逸話を思い起こすべきであろう。名誉は、与える側の誠意を示す手段の一つにすぎず、本当の誠意とは、その名誉を担う人の暮らしまで、きちんと考えることなのだから。




