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民明書房刊 役に立たないネコのコトワザ図鑑   作者: ロータスシード


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百騎夜行(ひゃっきやこう)

百騎夜行考——人の眠る刻に、荷を運ぶ者たち

挿絵(By みてみん)

(『駄送夜話』民明書房刊・二〇二六年/著者・夜道堂荷駄)


「百騎夜行(ひゃっきやこう)」——荷を運ぶ者たちが、通行料の割引を求めて、深夜に大挙して官道を走り抜けることを指すこの言葉。かの「百鬼夜行」——妖怪たちが夜の道を行列して練り歩くという、古来の怪異譚——と音韻を同じくするがゆえに混同されがちであるが、前者が「鬼」の行列であるのに対し、こちらは「騎」の行列、すなわち血の通った人間の行列である点で、両者は全く別物であることを、まずもって明らかにせねばならぬ。単なる夜道の風景と侮る者は多いが、この成語が唐代の官道に実在した、運び手たちの苦闘に由来することを知る者は、今日ほとんど残っていないのである。


夜は安し


事の起こりは唐代中期、長安と洛陽を結ぶ官道である。この道には、要所ごとに関所が置かれ、荷を運ぶ者は、そのたびに通行の銭を払わねばならなかったと『駄送夜話』は伝える。


ある年、朝廷は、昼間の混雑を緩和するために、一つの策を打ち出した。「夜半から明け方にかけて関所を通る者には、通行の銭を割り引く」というものである。


この布告は、運び手たちにとって、福音であった。


損得の算盤


運び手の暮らしは、決して楽ではなかった。荷主から受け取る運賃は薄く、関所ごとの通行銭、馬の飼葉、宿代、そして自分の飯代を差し引けば、手元に残る銭は、ごくわずかであった。割引の一文が、そのまま己の取り分になるのである。


ゆえに、布告が出ると、運び手たちは、算盤を弾いてこう結論した。「昼を走るのは損、夜を走るのが得」と。


こうして、日が落ちるのを待っていた運び手たちが、ひとたび夜半を迎えると、一斉に動き出した。各地の宿場から、荷を積んだ馬や驢馬の隊が続々と官道に出て、その数はたちまち百騎を超えた。深夜の官道は、松明の灯りが長い列を成し、蹄の音が遠雷のように響き渡ったと記録は語る。


夜行の苦しみ


この「夜の行列」を目にした沿道の村人は、最初、驚いてこう言ったという。「あれは何事か。夜の道を、百の騎影が行くとは。まるで百鬼夜行のようだ」と。


しかし、その行列の中身は、鬼ではなく、ただの疲れ果てた人間であった。『駄送夜話』は、彼らの苦しみを、克明に描いている。


眠気:昼の務めを終えてから夜に走り出す者も多く、まぶたは鉛のように重い。居眠りをして馬の背から転げ落ちる者が、毎夜のように出た。眠気覚ましに頬を叩き、唐辛子を噛み、冷水を浴びて、それでも目を開け続けた。


寒さと孤独:夜の官道は、冷え込みが厳しく、人気はない。道の両側は闇で、狼の遠吠えが聞こえる。話し相手もなく、ただ前の馬の尻を見つめて、何刻も歩き続ける。


休息の場所がない:夜の宿場は、同じ考えの運び手で、すでに満杯である。ようやく見つけた休み場は、馬を繋ぐ場所すらなく、地面に外套を敷いて、数刻だけ仮眠を取るのが関の山であった。


時間との戦い:荷主は、「明朝までに届けよ」と急かす。遅れれば運賃は削られ、時には弁償を求められる。夜の割引を得るために走り出した者が、時間に追われて、結局は休む暇を失った。


身体の消耗:来る日も来る日も夜に走り、昼に眠る生活は、体の巡りを狂わせた。腰を痛め、胃を悪くし、目を患う者が相次いだ。


一人の運び手


この行列の中に、夜行(やこう)という名の、中年の運び手がいた。夜行は、十年前に父の稼業を継ぎ、毎夜、塩の荷を載せた驢馬三頭を引いて、官道を行き来していた。


ある夜、夜行は、前を行く若い運び手が、驢馬の背で居眠りをしているのに気づいた。声をかけようとした刹那、若者の体が、ゆらりと傾いた。夜行は咄嗟に駆け寄り、その体を受け止めた。若者は、目を覚まして礼を言うと、こう呟いたという。


「親父さん、俺たちは、なぜこんなに、夜に走らねばならぬのですか」


夜行は、しばし黙って、前を行く松明の長い列を見つめた。そして、静かに答えた。


「昼の道は、人の道。夜の道は、運び手の道。だが、夜に走るのは、好きでそうしているのではない。皆が昼に安らかに過ごす間、荷を届けるために、我らが夜に走るのだ。我らが走らねば、明日の市に塩は並ばぬ。我らが夜を引き受けているからこそ、昼の世が回るのだ」


命名


この言葉が、行列の運び手たちの間に広まり、誰からともなく、この夜の隊列を「百騎夜行」と呼ぶようになった。それは、百鬼のように恐ろしいものではなく、百の疲れた騎手が、黙々と夜道を行く姿への、静かな敬意を込めた呼び名であったという。これが「百騎夜行」の初出であることに、もはや疑いの余地はない。


注目すべき点


注目すべきは、この故事の核心が、割引の損得にはない点である。『駄送夜話』の著者は、こう指摘している。「夜の割引は、運び手の懐を少し潤したが、同時に、彼らを夜に押し出した。制度が安さを用意すれば、人は安さを求めて、自らの身を削る。割引は、運び手に選択を与えたようでいて、実際には、選べぬ事情を作り出していた」と。さらに著者は、続ける。「世の便利さは、誰かの夜の上に成り立っている。店に並ぶ品、朝に届く荷、そのすべての裏に、眠らぬ者がいる」と。この理は、物の流れを学びし者であれば当然知っているであろうが、あえて詳述する次第である。


夜行のその後


その後、朝廷は、運び手の過酷な実情を耳にし、夜の割引を見直すとともに、運び手のための休息所を、官道沿いに設けた。そこには、温かい粥と、馬の飼葉と、仮眠のための寝所が用意された。夜行は、その休息所の一つで、久しぶりに、足を伸ばして眠ったという。


翌朝、目覚めた夜行は、休息所の壁に、誰かが墨で書いた一行を見つけた。「夜を走る者に、感謝あれ」と。夜行は、その文字を、長いこと見つめていたと伝えられる。


現代への系譜


現代においても、深夜の高速道路を、大型の貨物車が連なって走り抜ける光景は、珍しくない。通行料の深夜割引を目当てに、夜間に走る長距離ドライバーは多く、眠気、孤独、休憩場所の不足、納期の重圧と、さまざまな困難と向き合っている。長時間労働の是正が課題とされるのも、まさにその苦労の表れであろう。かかる時、人は唐代の官道に連なった、百の騎影の逸話を思い起こすべきであろう。店に並ぶ品も、朝に届く荷も、夜の闇の中を黙々と走り続ける、誰かの手によって運ばれてきたものなのだから。

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