↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
民明書房刊 役に立たないネコのコトワザ図鑑   作者: ロータスシード


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
288/290

一騎当選(いっきとうせん)

騎当選考——千の議席に、ただ一騎

挿絵(By みてみん)

(『議場孤騎録』民明書房刊・二〇二六年/著者・孤騎堂数足)


「一騎当選(いっきとうせん)」——見事な公約を掲げ、ただ一人だけ当選を果たしながら、議場の大多数を占めることができず、何一つ成し遂げられぬことを指すこの言葉。かの「一騎当千」——一騎の武者が千人の敵に匹敵するほど強いことを指す成語——と音韻近きゆえに混同されがちであるが、前者が「一人で千人分の働き」を讃えるのに対し、こちらは「千人の中の一人でしかない」現実を嘆く点で、両者は表と裏の関係にあることを、まずもって明らかにせねばならぬ。単なる少数派の愚痴と侮る者は多いが、この成語が北宋の一州に設けられた合議の場に由来することを知る者は、今日ほとんど残っていないのである。


千の席を持つ議場


事の起こりは北宋中期、とある州で試みられた合議の制である。州の政を、太守一人の決裁ではなく、各郷から選ばれた代表千人の合議によって定めるという、当時としては画期的な仕組みであったと『議場孤騎録』は伝える。決議は、過半数、すなわち五百一人の賛同をもって成立すると定められた。


一人の騎士


この選挙に、一人の青年・孤騎(こき)が立候補した。若く、弁が立ち、馬術に長けて「馬上の孤騎」と渾名された男である。孤騎は、掲げる公約が実に見事であった。


「堤を築いて水害を断つ」「飢饉に備えて公の穀倉を満たす」「税の取り立てを軽くし、不正な役人を正す」。


どれも民の切実な願いを突いており、演説を聞いた者は皆、深く頷いた。孤騎の熱弁は評判を呼び、彼の郷では、見事、当選を果たしたのである。


初登院


当選の日、孤騎は、新調した礼服に身を包み、胸を張って議場に入った。千の席が並ぶ広間に立ち、孤騎は燃えるような決意で、心に誓った。「私一人でも、この州を変えてみせる」と。


ところが、議場を見渡した孤騎は、すぐに気づいた。


千の席のうち、孤騎と同じ志を持つ者は、ほんの数人しかいなかったのである。残りの席は、旧来の有力者の一派、商人の利害を代弁する者たち、役人と癒着する者たち、そして日和見を決め込む者たちで、ほとんどが埋まっていた。


孤騎は、確かに当選した。しかし、議席は、千のうちの、わずか一であった。


否決の山


孤騎は、初の合議の席で、堤の建設案を提出した。熱弁を振るい、図面を示し、洪水で失われた命の数を挙げた。聴衆は、静かに耳を傾けたが、採決に移ると、賛成は孤騎を含めてわずか八票であった。


穀倉の案も、否決。税制改革の案も、否決。不正役人の調査案も、否決。提案するたびに、議場に「否」の声が響き、孤騎の提案は、次々と、紙屑のように積み上げられていった。


ある老議員は、孤騎の肩を叩いて、こう言ったという。「若いの、立派な話だ。だが、千の中の一では、風に向かって叫ぶようなものだ」と。


命名


その夜、宿舎に戻った孤騎は、同郷の友人に、苦笑いして、こう漏らしたと記録は語る。


「一騎当千とは、一人で千人に匹敵することだと聞く。されど私は、千人の中に、ただ一人。まさに、一騎当選だ。当選はしたが、当てるべき千には、ほど遠い」と。


友人は、思わず吹き出した。この言葉が議場の外にまで広まり、孤立無援の当選者を指す成語として定着したのである。これが「一騎当選」の初出であることに、もはや疑いの余地はない。


注目すべき点


注目すべきは、この故事の核心が、孤騎の公約の巧拙にはない点である。『議場孤騎録』の著者は、こう指摘している。「公約が正しいことと、公約が実現することは、別の話である。合議の場では、案の正しさだけでなく、賛同の数が、決議の成否を決める」と。つまり、どれほど優れた案も、過半数の同意を得なければ、ただの意見に留まる。そして過半数を得るには、一人で叫ぶのではなく、他の者を説得し、時に歩み寄り、仲間を増やさねばならない。当選とは、スタートラインに立つことであり、ゴールではない。この理は、合議の歴史を学びし者であれば当然知っているであろうが、あえて詳述する次第である。


孤騎のその後


孤騎は、しばらく落ち込んだが、やがて考えを改めた。「私は、一人で戦おうとしすぎた」と。


翌日から孤騎は、議員たちの間を歩き、一人ひとりと向き合って話し始めた。堤が必要な理由を、水害に遭った郷の議員に。穀倉の意義を、商人に。税の公平を、日和見の議員に。時に案を修正し、相手の関心に応じて条件を調整し、少しずつ賛同を積み重ねていった。


一年後、孤騎の堤の建設案は、ついに過半数の賛同を得て可決された。完全な形ではなく、当初の案から大きく修正されたものであったが、それでも州の水害は、確かに減ったという。孤騎は、後にこう語ったと伝えられる。「正しい案を一つ通すためには、百人と話さねばならぬ。それが、千の議席の重みだ」と。


現代への系譜


現代においても、優れた公約を掲げて当選しながら、議会での議席が少なく、思うように政策を実現できない議員の姿は、洋の東西を問わず見られる。理想を語ることと、理想を実現することの間には、数と交渉という、長い道のりがある。かかる時、人は北宋の議場に立った孤騎の逸話を思い起こすべきであろう。一騎で当選することは、始まりに過ぎない。千の席を前に、一人ずつ言葉を尽くし、味方を増やす根気こそが、本当の「当千」への道なのだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。