怪盗乱麻(かいとうらんま)
怪盗乱麻考——糸乱れし世に、盗人は跋扈す
(『乱世盗賊誌』民明書房刊・二〇一九年/著者・麻乱堂盗蔵)
「怪盗乱麻」——麻糸がもつれ絡んだように秩序の乱れた世の中では、盗賊が各地に跋扈し、手の付けようもなくなることを指すこの言葉。転じて、盗賊のはびこる乱れた世そのものをも指す。かの「快刀乱麻」——もつれた麻を鋭い刀で断ち切るように、難しい問題を鮮やかに解決することを指す成語——と音韻近きゆえに混同されがちであるが、前者が解決の鮮やかさを讃えるのに対し、こちらは解決されぬまま乱れが深まる世相を嘆く点で、両者は全く正反対であることを、まずもって明らかにせねばならぬ。単なる世相批判の語と侮る者は多いが、この成語が南北朝の北斉に実在した一つの郡の混迷に由来することを知る者は、今日ほとんど残っていないのである。
麻の如く乱れし郡
事の起こりは南北朝、戦乱が続いた北の一郡である。この地では、度重なる戦で官の力が衰え、役人は賄賂に溺れ、兵は給金が出ぬまま四散し、法はあっても守る者がいなかったと『乱世盗賊誌』は伝える。
秩序とは、麻糸の束に似ている。一本一本がきちんと揃っていればこそ、布となる。しかし一度もつれ始めると、誰も端を見つけられず、引けば引くほど絡まってゆく。この郡の政も、まさにそのようであった。
盗賊の跋扈
秩序が乱れれば、まず現れるのは盗賊である。この郡では、昼は商人、夜は賊という二つの顔を持つ者が増え、山には山賊、川には水賊、街道には追剥、町には空き巣と、ありとあらゆる盗人が跋扈したと記録は語る。
中でも名を馳せたのが、「七面」と呼ばれた怪盗である。七つの顔を使い分け、ある時は役人、ある時は僧、ある時は商人に化けて、蔵から蔵へ、屋敷から屋敷へと忍び込んだ。役人が追えば、その役人の顔で別の屋敷に現れ、誰が本物か、誰も分からなくなったという。
さらに悪いことに、この七面を真似る者が続出した。「我こそは七面」と名乗り、盗みを働く偽者が次々と現れ、民はどれが本物の怪盗か、誰が単なる盗人かさえ区別できなくなった。
断ち切れぬ乱れ
郡の太守は、討伐軍を繰り出した。しかし兵の中に賊と通じる者が混じり、討伐の日取りは事前に賊へ筒抜けとなった。捕えた盗人は、賄賂を払えば釈放され、牢は空になり、被害の訴えも「また盗賊か」と受け流された。
ある老いた商人は、こう嘆いたという。「昔は、悪事を断つのに快刀が一振りあれば足りた。だが今は、刀を振るう者すら、麻の中に絡め取られておる」と。
命名
この様を目にした郡の古老が、役所の壁にこう書き残したと『乱世盗賊誌』は記す。「快刀乱麻と讃えられた時代は遠く、今あるは怪盗乱麻なり」と。「快刀」が断ち切るべき「乱麻」の中に、いつしか「怪盗」が絡みついたのである。これが「怪盗乱麻」の初出であることに、もはや疑いの余地はない。
注目すべき点
注目すべきは、この故事の核心が、怪盗の腕前にはない点である。『乱世盗賊誌』の著者は、こう指摘している。「盗賊が跋扈するのは、盗賊が強いからではない。取り締まる側の秩序が、もつれたからである」と。つまり盗賊は、乱れの原因ではなく、乱れの結果として現れる。役人の腐敗、法の形骸化、民の不信という絡まりが先にあり、そこに盗賊が棲みつくのである。ゆえに盗賊を一人ずつ捕えても、麻の乱れは解けず、必要なのは、一本の快刀ではなく、絡まった糸を一本ずつ解きほぐす、根気ある立て直しである。この理は、治安の歴史を学びし者であれば当然知っているであろうが、あえて詳述する次第である。
郡のその後
その後、新たに赴任した清廉な太守が、役人の綱紀を正し、兵に給金を支払い、法を守る者を重んじたことで、郡は数年をかけて少しずつ落ち着きを取り戻したと伝えられる。「七面」の正体は、ついに明らかにならなかったが、秩序が戻るにつれ、その名もいつしか聞かれなくなったという。
現代への系譜
現代においても、災害や政情不安、統治の弱まった地域で、犯罪が急に増える例は少なくない。かかる時、人は北斉の一郡の逸話を思い起こすべきであろう。盗賊を恐れるだけでなく、乱れた麻の根を見つめ、絡まりを一本ずつ解いてゆくことこそが、真の「快刀」への道なのかもしれぬ。




